第三話、あるいは舞台説明という名の日常回③
今回ちょっと難産だったかもしれない
会話を続けたり聞き逃したりしながらエスカルゴを口へと運び咀嚼していると、それを見たルーニャちゃんが何とも微妙そうな表情でこちらを見て口を開く。
「というかそれって蝸牛ですよね?よく食べれますね……。」
「うん?普通に美味いぞ?無理を言ってメニューに加えさせた甲斐があったというものだ。」
「……何してるんですか、イオカルさん。」
呆れ顔でこちらを見てくるルーニャちゃん。この店は私の家、というか城の近くにあり、私は結構足繁く通っていた。そして私はこの街を治める父の娘であり、支配者階級である吸血鬼であった。そのある程度の長さの付き合いと地位、そして父にねだって手に入れたお小遣いを注ぎ込みこの店にエスカルゴの調理を依頼したのだ。そして何度かの試食を経て無事にメニューに追加された訳である。
とはいえもちろん、何もない状態からのあれではない。この辺りの事ではないが、この世界においてもエスカルゴを食す地域はある、とは旅の者から聞いていたし、この辺でも彼らが生息していることも(暇そうにしてたメイドに調べさせた結果)判明している。そしてこの店はそこそこのクオリティを持った優良店である。これだけの条件が揃えばいけるのではないかと思ったのだ。
えっ、なんで態々そんなことをしたのかって?もちろん理由はある。正直なところ、この世界はいわゆるファンタジー世界であり、伝え聞くところの暗黒中世などよりもよっぽど発展しているし住みやすい。道にいきなり糞尿を捨てるとかそういうことは皆無という次元だ。前世において先進国で生まれ育った私から考えても観光位なら行ってもいいかなと思うくらいの文明レベルではある。あるのだが、しかし、それでも、前世の引きこもり天国と言えるような環境と比べてしまえば数段落ちると言わざるを得ない。飽食と娯楽と利便性に特化した我らが故郷はやはりその分野においては極めて高い水準にあったのである。
そうなれば当然のこととして、私は前世のことが恋しくなる。いわゆるホームシックという奴だ。だがこの世界と前世の世界は全く別の世界であり、いくら恋しくなろうとたどり着くことなどできない。そこで私が考えたのが前世の食べ物を再現して食べる、という行為である。なぜカ……エスカルゴなのか、ということにももちろん理由はある。
私の前世に存在したあるチェーンのレストランのメニューにエスカルゴが存在したのだ。普通のチェーンのレストランには存在しないそのメニューは、ある意味でそのレストランの象徴とも言え、私を含め幾人ものファンを作っていた。当然この世界にはその店はないのだから食べることは叶わないが、しかし似たようなものを作ることは可能だと考えたのである。
ゆえにこそのエスカルゴだ。このたまに食べたくなる味がたまらないのである。あ、でもこれ醤油とかかけるのもありか?……いかんいかん、ないものねだりになりかねない。私はこれを楽しく美味しく味わうのだ。フォークで刺してバターを絡めて、ん~……!そのまま口の中に味が残っているうちに付け合わせのパンをちぎってもしゃもしゃ。口の中のバターの油分をパンが吸い取ってくれる。
そして少なくなった水分をスープで補給、っと今日はトマトスープか。うんうん定番で好きだな、こういうの。……まあ私がトマトって認識してるだけできちんと比べたらトマトじゃないのかもしれないが、まあ美味しいからヨシ!やはり人間、もとい知的生命体にとって食事というのは欠かせない娯楽なのだ。自然と頬も緩んでいるのを自覚する。外から見れば威厳などないのかもしれないが、せっかくの食事だ、威厳よりも質を求めたい。
「相変わらず美味しそうに食べますねぇ、イオカルさん。」
「うん?そりゃそうだろう。1日に限られた回数しか行えない潤いの時間なのだ。楽しまなくては嘘だろう?」
無論、毎回そうであるとは限らないがな。何らかの事情で食事が抜きになることも、食べる料理が不味いこともあるわけだし。とはいえ今は行きつけの店で、自分が用意させたメニューを食べているのだ。これが楽しくないわけがない。
「まあ食事が楽しいのはよろしいんですが、さっきの話の続きをしても?」
ルーニャちゃんが自分の料理……ハンバーグを綺麗にナイフとフォークで食べながらそう言ってくる。ハンバーグかぁ、ハンバーグもいいものだ。子供向けのメニューと思う人もいるかもしれないが、玉ねぎの硬さはどれくらいかだとか周りの部分の硬さだとかタネの割合だとかソースだとかトッピングだとか色々な選択肢があって奥が深い料理なのだ。
えっ?そんな風に言うってことは前世で料理していたのか、って?食べる専門だが?そりゃ冷蔵庫の中身をどうこうすることはない訳ではないし、家庭科の調理実習は真面目に受けていたがな?自分で料理作ると食べ終わった後に洗い物とか色々しなきゃいけないだろう?それに作る間も手間もかかるし。ゆえに私は食べる専門だ。なるべく食べる専門で居たいと思っている。
ああ、素晴らしき人任せ。口に含んだエスカルゴの旨味を感じながら今世においてそこそこの地位とお金が手に入る立ち位置であることに感謝する。ありがとう、私の幸運値。泥船でなければもっとよかったんだけどな、私の幸運値。ついでに私のことをなんでも聞いてくれて給料がいらない美少女メイドとかくれないか、私の幸運値。
「…………イオカルさん?話聞いてますか?」
「すまない、聞いてなかった。」
「まったく……、とりあえずまずですね。『血液操作』の練習をしましょう。さすがに種族魔法ならきちんとやれば優位取れるはずです。特に種族魔法が苦手って訳ではないんでしょう?」
「まぁそれはそうだが……しかしなぁ、どうにもこれ以上強くなる感じがしなくてな。」
「これ以上強くなる感じがしない?おかしいですね、そんなはずはないのですが……、う~ん?」
私の言葉に眉を顰めて考え込むルーニャちゃん。ルーニャちゃんは種族魔法が得意だから何か分かるようなことがあるのかもしれない。なおこれ以上強くなる感じがしないというのは真実だ。剣やなんなら弓を作ることはできるのだが(なお弓の引き方なんて知らないからする意味はない)、その質はこれ以上よくなったりは、硬くなったり鋭くなったりはしないだろうと思うのだ。感覚的なものではあるが、どうにもこの魔法という技術というか能力は感覚によるものが大きいようであるし(私が勝手に思ってるのではなく複数の書物にそんな感じの記載がある)、的外れではないと思う。
「えっと、イオカルさん。『血液操作』……というか血液にどんなイメージを持ってます?」
「うん?イメージ?急にどうしたんだ?」
「いえ、魔法って行使者のイメージに左右されることも多いんですよ。なので『血液操作』を使うのだとしたらそこに問題があるのかな、と。」
「そういうものか。う~ん、そうだなぁ、血液のイメージ、イメージ……。」
ルーニャちゃんに促され、私は血液にどんなイメージを持っているかを考える。まず前提として液体であること、あとはそうだな、まあ鉄臭いとかもあるがそれよりも身体中を巡っているイメージが強いか?ああいや人の身体から噴き出す、とかもあるな。私は思いついたことを彼女に伝えていく。それを聞いた彼女は少し思案を巡らせると「それかもしれませんね。」と何かに納得したような表情でそう言った。
「それかもしれないというのはどういうことだ?」
「イオカルさんのイメージする血液というのは液体であり流れたり噴き出したりするものなんですよね?でも今の『血液操作』は剣に変えている……つまりイオカルさんのイメージとかけ離れたものになっているんです。」
「私の中で血液のイメージと剣やらの硬い武器というのがイメージ的に合っていない、と。しかしそうなるとかなり難しいのではないか?イメージというのはそう簡単に変わるものではないぞ?」
「そうですね、『血液操作』をこれ以上硬くするのは難しいでしょう。しかし他の方向ならどうです?」
「他の方向?」
「例えば鞭のようにしならせたり、例えば柔らかくしてみたり、例えば複数を同時に操ってみたり、です。具体的にはですね―――」
そう言ってどういう風に血を扱えばいいのかを私に解説してくれるルーニャちゃん。なるほど、イメージが液体に近いのならそちらに寄せきってしまおうという訳か。それが可能かどうかを考える……が、確かに血の剣で打ち合うよりはしっくりくる。それにルーニャちゃんが言うことだ、そうそう間違ってもいないだろう。なんというか吸血鬼というか変なモンスターと化している気がしないでもないが。
ちなみにこの世界、モンスターはいる。知能は野生動物とかとおおよそ同じだが、種族魔法や汎用魔法使ってくるので結構厄介らしい。らしい、というのは私が戦ったことがないからだな。態々そんなことしても疲れるだけだし。
しかし能力の応用という方面ならば前世でのアニメやらの知識があるのにどうして思いつかなかったんだ?と思われるかもしれない。が、これに関しては刷り込みが大きかったのだと言い訳したい。私はこの魔法を母から教わったんだが、母が使う『血液操作』は大きな槍だったのだ。いやもしかしたら手本を見せるためにわざとそうしてただけなのかもしれないが。で、父のは剣だしフレリアちゃんも剣だろう?それに魔法の名前がブラッドウェポンだ。それで私は無意識にああ、これは武器を作る魔法なんだな、と思い込んでいたという訳である。
一応言うと武器繋がりで銃器とかを作ってみたこともあるんだが……正直かなり飛ばしにくいうえに別に威力があったわけでもないから『魔弾』でいいなと思った。それで変な事せずに大人しく武器を――槍はちょっと使いづらかったので剣にした――作ることにしたのである。それに『強化』があまり得意ではなかったからな、後回しでいいやとも思っていた。私は夏休みの宿題は最終日に人がやったのを写させてもらうタイプなんだ。
「ありがとう、参考になったよ。これでなんとか勝機が掴めそうだ。」
「はいっ、頑張ってくださいね!あ……イオカルさんサボリ癖があるので気を付けてくださいよ?」
「う……分かってるさ、私はこれで割とやる時はやるお……んななんだ。」
「そこははっきり言いきってくださいよ。」
「あはははは……。」
頬を掻き、目を背ける私。アニメや漫画なら今頃汗マークが顔に出ていることだろう。しかしルーニャちゃんと繋がりを作っておいてよかった。可愛いのもそうだが、それ以上に私が知る中で彼女ほど種族魔法に詳しい人物は今のところいないからな。これでス―――
「フレリア様の血を吸いつくすんでしょう?頑張ってくださいね。」
「ん?ああ、いや別に殺そうとまでは思っていないぞ?」
「あれっ、そうなんですか?てっきり―――」
「いやいや私はそんな簡単に人をどうこうしようと思うタイプじゃないぞ?単に処女の生き血が飲みたかっただけだよ。」
「……それで態々勝負を仕掛けるのもそれはそれでアレではないですか?」
「待った、それはつまりあれか?どちらにせよ、私はアレだと思われるということか?」
「あははははは……」
ルーニャちゃんは顔を背けた。
「前から思っていたんだがな、どうにも君は私のことをなんだかこうとっても残念な奴扱いしてないか!?」
「い、いえそんなことはありませんよ?ありませんとも。」
「そのセリフはこちらを向いて喋って欲しかったなぁ!!」
一匹のエスカルゴも残さず消えた食卓に見守られながら私はしばらくルーニャちゃんの私に対する認識を問いただすのであった……。
「あ、それはそれとしてデザート何を頼む?こちらが相談に乗ってもらったのだし奢ろうと思うんだが。」
「いいんですか?ではチーズケーキを。」
「分かった。すまない、チーズケーキを2つと、それから紅茶を2杯頼む。」
「チーズケーキと紅茶を2つずつですね~、かしこまりました~、そのままお席でおまちくださ~い!」
サ〇ゼリアのエスカルゴ好きです。