第二十八話、ルーニャ・ステイアハート
すいません、遅くなりました……。
辺りに広がる鉄臭さ。転がる男たちの死体。その数はおよそ十。ある者は首を刎ねられ、ある者は腹を貫かれ、ある者は腰の辺りまでまるで食べられたかのような歯形が付いている。それらに共通するのは無残であるということと、それを為した者が同じであるというだけ。ぼろ臭いが少し広い平屋の木造建築。その中の椅子に腰かけた女――この惨状を作り上げた下手人は退屈そうに死体を眺めている。
「まったく、この程度で私を始末するつもりだったなんて片腹痛いですよねぇ。力量の差というモノが理解できなかったんでしょうか?そりゃ確かに私は彼女に苦戦、というか判定負けという醜態を晒しましたけど、だからって別に弱くなったわけじゃないんですけどねぇ。」
くすくすと死んだ者たちを頬に付着した血液を拭いつつ嘲笑うアヴラパヴァンではルーニャ・ステイアハートと名乗っていた女。『合成獣』という固有魔法を持ち、それ故に自身の種族さえ知らない工作員は、普通にしていれば柔らかさと可憐さを感じさせるはずの姿で水色の髪を揺らしながらため息を吐く。
「しっかし幾度とこの仕事を続けてきましたけど、そろそろ潮時ですかねぇ。」
ぼそりと呟くに発せられたのはこれ以上は難しそうだという諦観。『合成獣』という潜入向きの固有魔法を持つ彼女はしかし、どこかの専属ではなく依頼次第で何処へでも潜り込むフリーの工作員であった。彼女がそんな特殊な傭兵のような職についたのはある意味当然の流れだったのかもしれない。
彼女が生を受けたのはある交易都市の中でも世界最大と評される街だった。アヴラパヴァンは言うに及ばず、メルマークでさえ比べれば小さいと言わざるを得ないその大都市は、けれどその分だけ歪みも存在した。その中の一つがダンジョンを利用して作られた巨大な貧民街である。捨てられ、あるいは流れ着いた大量の孤児たち。東西南北問わず大量の人々が流入するこの街の貧民街はまさに種族の坩堝。少し見渡すだけでも十近くの種族の姿を確認できるほどだ。
そんな世界最大の交易都市による特殊性を持った貧民街で生まれた彼女もまたそれに類するあるいは凌駕するだけの特殊性を備えていた。それは物心付いた時にはすでに彼女は己が固有魔法、『合成獣』を修得していたということ。文字を覚えるよりも早く彼女は己が独自の牙を持っていたのである。
一般的に固有魔法とは汎用魔法、種族魔法の先にあるものとされる。まず誰でも使用できる汎用魔法で魔法とはどういうものかということに触れ、種族魔法で自らの特質について理解を深め、その理解を以て自身の最奥を知る。それが正しいかは分からないが、多くの魔法について学ぶ者たちはそのように教えられ、また数多くの魔法使用者はそういう道筋で魔を操る術を鍛えてゆく。
だが魔導の道を自在に使えるようになった者の中にはこのように言う者もいる。曰く「固有魔法こそもっとも簡単にして単純な魔法である」、と。何故なら固有魔法とはただ自身のみを以て発動する法に他ならないからだ。ただ自らの魂に従うだけでも魔力がそれに付き従い魔法を顕現させる、才能こそを最重視する法は逆説的に才能のみを以て道を切り開くことを可能とする。
その言葉の正しさを示すように固有魔法から魔法を修得する例外はいつの世も存在した。そう、例外だ。数はいれどもその在り様はどこまでも多数派になることはなかったのである。彼女もそんな一人。産まれて間もなくのうちに己が固有魔法を発現し、それ故に捨てられた例外の中でもさらに珍しい例外だ。
そんな天才とも呼べる彼女は誰に命じられることもなく、ただひたすらに自らの魔法を磨いていった。世界最大の交易都市であるがゆえに能力のサンプルには事欠かない。あれは何の種族でしょう?だの、あの種族は面白そうです、などと言いながら自らの種族を好きなように組み替えて、あっという間に種族魔法にさえも辿り着きその研鑽を積んでいった。
彼女にとって固有魔法とそれによる種族魔法の研鑽は努力ではなく、おそらく遊びあるいは睡眠や食事などと同様の本能的な行動でしかなったのだろう。けれど十どころか五にも満たないうちから魔導士となったがゆえに、貧民街の孤児であるにも関わらず彼女は食事に困ることがなかった。ある時は盗み、ある時は奪い、ある時はお金で買って、当たり前のように彼女は適用して生きていった。
その成長は止まらない。寄る辺たる親もなく、強いがゆえに身を寄せる孤児仲間すら持たなかった彼女に自重する必要は発生しない。出来そうなことにあれやこれやと手を伸ばしつ続けていった。そんな中で彼女は今の仕事に巡り合う。固有魔法を利用しての潜入や破壊工作だ。多種多様な種族がいるがゆえにこそ同種族で作り上げられるコミュニティ、彼女の力はそこに亀裂を入れるのにこれ以上ないほどに適していた。潜入、裏切り、潜入、裏切り……自身の力で遊んでいるだけの彼女に思想や勢力を選ぶわけもなく。ただただより面白そうな仕事を引き受け、その身を穢していく。その存在が噂になり、罪業が積み重なりすぎて交易都市に居られなくなるほどに。
だが彼女は止まらない。それなら別の場所でやればいいと彼女は前向きだったのだ。この世界における土地の単位は街である。だからこそ工作員や破壊工作というものの需要は常にあった。町同士は離れているため戦争にしろ調略にしろ力押しで上手く行くことは少なかったのだ。新たな環境、上昇した難易度に彼女は喜々と自らの力を振るう。やがて彼女の存在はここ十数年近くの戦争の激化を多少なりとも担うほどにまで膨れ上がった。だが―――――
「一種の有名税でしょうかね?どうにも最近裏切られることが多くなってきました。」
―――誰がそんな存在を信用するというのか。彼女自身がいくら誠実に仕事はしていると言おうとも雇い主側からしてみればいつ他に雇われるかも分かったものではない。それに時として自分たちが彼女を雇い破壊工作をしたことやその過程で得た情報そのものが危険となるのだ。ならば、と彼女を殺そうとするのは当然の帰結だった。
とはいえもちろん彼女が今も生きているということは、その企みは全て失敗しているということだ。そもそも吸血鬼の『再生』だけでなく、『健康化』だの『硬質化』だのという種族魔法さえも使いこなせる彼女はどこかの転生吸血鬼同様に非常に殺しづらく、それでいてあちらよりも応用力と攻撃力に優れているために持久戦以外でも十分戦える。それを相手取ろうと思えばそれなりの戦力では足りないのだ。
しかし裏切られても生命的に大丈夫であることと労働者として大丈夫なことは別のこと。工作員としての名が売れ潜入が難しくなっただけでなく、よく裏切られるようになってくれば商売あがったりなのだから。
カランコロン
死体を軽く片付けひとまずの仮宿……脛に傷がある者たちが利用する宿へと帰還した彼女はけれど今後の展望に眉を顰める。結局成功報酬はもらえず、どころか下手をすれば追われることになるかもしれない。この場所のような裏社会故の一定の秩序がある場所はまだマシだが、ずっとここにいるわけにもいかないのだから。だが今回の仕事を得るのも中々苦労したという経緯がある。今まで積み上げてきた実績が足を引っ張りだしたのだ。
「う~ん、どうしましょうかねぇ?そう簡単に次の仕事が見つかるとも思えないんですけど……」
「おや、キメラ殿は仕事がなくてお困りかい?ならちょうどよかった。」
度数の高いウィスキーを煽りながら宿屋に併設された酒場で愚痴ていた彼女。そこに掛けられた声。視線が上げる。現れたのは蝙蝠の羽と鼠の耳と尻尾を持ち、真っ黒いサングラスを掛けた男。彼女はその男に見覚えがあった。
「おや?ドボルゲさんじゃないですか。お久しぶりですねぇ。以前お会いしたのは……タルメルカの一件でしたね、懐かしい。」
「おいおい、やめてくれよ。あの件は未だにトラウマなんだ。思い出させないでくれ。」
「ああ、そういえばあなたは……。」
「そういうこった。だから掘り下げないでおくれ。……つーことで話を続けていいかい、キメラ殿?」
「えぇ、大丈夫ですよ。何の御用ですかドボルゲさん?また仕事を紹介していただけるので?」
旧知なのだろう、多少なりとも気心知れているゆえの会話。片や可愛らしい笑顔、片や苦笑を浮かべながら話を手繰る。だがキメラと呼ばれた彼女は知っていた、この男ドボルゲが何の用もなく誰かに話しかけてくることなどないことを、そして彼が持ってくる仕事は何かしらの厄介さを持っていることを。以前の一件では負担を上手く投げ返してやったものの、だからと言って安心できる手合いではない。
「あぁ、そういうこった。仕事を持ってきたんだ、それもキメラ殿をご指名の……ってそんなに警戒しないでくれよ。今回は別にそこまでやべぇ話じゃねぇんだから。」
「態々私をあなた経由で指名しておいて?」
「あぁ、中身はただの護衛依頼だ。それに俺経由になったのもたまたまさ。偶然俺の知り合いがこの依頼を持っててな、あんたを探してるっつーからちぃとばかしの仲介料でこうして使いぱっしりみてぇな真似をしてるってわけよ。」
「私相手に護衛依頼ですか?」
態々工作員向きの自分を名指しで護衛依頼、となればそこにどうしても罠の匂いを感じ取れてしまう。どうしてそんなものをこの男は態々持ってきたのだろうかと訝しみながら目線を向ける。だがそう言われることは百も承知だったのだろう。またも苦笑しながらまあまあそう言わないでくれと依頼の詳細が書かれた紙を手渡す。
「見てくれよ、悪くない報酬だろ?それにどうやら依頼主はキメラ殿と会ったことがあるらしいぜ?そりゃ罠って可能性もあるが依頼書を読むくれぇはしてくれよ。」
「―――私の知り合いですか?」
依頼書を訝し気に受け取りながら、眉を顰めて目を通す。確かに報酬の割はそこそこ良い。けれど自分には態々護衛を頼むような知り合いなどいないはずだ。ずっと一人で突き進んできた。長く時間を共に過ごす相手は決まって潜入先の誰か。何度か依頼をしてくれた依頼人も次第に離れ今は疎遠である。だから本当に彼女は心当たりがなかったのだ。ならばきっとこれは自分と仲がいい人物の振りをした罠に違いな―――――
「ぷっ。―――あはっあはははは!!!」
依頼書を最後まで読み終わった彼女は思わず笑ってしまう。その声に一瞬なんだと周囲の目線が集まるが、関係ない奴には手出し無用という暗黙の了解ですぐに逸らされる。けれどそんなことさえ気にならなかった。仕事内容や待ち合わせ場所、延長もあり得る拘束期間に関する説明、報酬などが記載されたその中身の最後の一文。この依頼者が誰かということを本来示すその場所に。
『きっとこれが届いた頃には色々あったんだと思うが、だからと言ってこれで終わりにしてしまうのは聊かもったいないとは思わないか?それにせっかく送った衣服を着ている姿をもう一度見たいというのは友人として極々普通のことだと思うんだがどうだろうか?さらにさらに言うならばそちらもそちらで今割と苦しいんじゃないか?ここは素直に私の善意を受け取った方がいいと思うぞ?』
なんて書いてあったのだから、思わず笑ってしまう。頭の中に鮮明に描かれる仮初の友人の姿。想像の彼女はこちらの事情を全て見透かしたような瞳でにやにやと笑みを浮かべている。この依頼はあの戦いの前に書かれたものなのだろう。だがそれでも自分たちが争うことや自身がこちらへ、彼女が逃げる方向とは別の街へ来ることも織り込んでの言葉に、やられたという苦笑が止まらない。
「で、どうだ?受けるのかい?」
「えぇ。――――面白そうですから。」
同じ力を用いながら消耗戦という自らの土俵に引きずり込んだ彼女は面白かった。そしてこれが罠であろうが真実であろうが、きっと自分の力は先へと行けそうな気がする。ならば悩む必要はないとばかりにルーニャ・ステイアハートと再び名乗ることに決めた女は席を立つ。明日以降も今まで通り。いつだって彼女はより面白そうな方へ、より自分を高めてくれそうな方へと進むのだ。今後のことを考えるその表情には想像の中の吸血鬼と同じ弧が描かれていた……。
さすがに次回はイオカルさん出しますのでご安心ください……(汗)




