第二十七話、タックルボア③
今回は三人称視点風味に挑戦してみました。
「ブモォォォォォォォォ!!!!」
アヴラパヴァンとヤバノメ、二つの街を結ぶ道程の途中に位置する森。周囲の住人たちから安らぎの森と呼ばれるこの森は本来ならば危険なモンスターは早々発生しないはずであった。それこそ奥地、人が入り込まないモンスター同士による戦いの蟲毒によって弱きモノが淘汰され、強きモノのみが生き残る、その場所でもない限り。
その奥地からやってきた例外―――通常の個体よりも大きく成長したタックルボアはその研ぎ澄まされた本能による思考の中に苛立ちを募らせていた。自身と相対するのは三体の矮小なる個体。その中の一人、全身真っ黒な男はまだ見どころがあるとはいえ、本来であれば自身と釣り合いが取れるはずのない彼ら。そんな弱きモノたちと互角の戦いを演じさせられているという事実が彼に怒りという燃料を注いでいたのだ。
その原因は彼の切り札にして得意技、全力の『強化』と『初最速』を乗せたタックルが通じていないことにあった。無論、脅威になってはいる。眼前の三人、そのいずれであっても直撃を当てればそれで倒せるということを彼は理解している。だがそれでも彼は今苦戦していた。
子犬族の男は狙おうにも素早く自身の後ろに回り続けてその隙を与えない。単純な速度でなら拮抗、あるいは凌駕しているものの圧倒的な対格差が小回りの差となって現れる。ならばと他の二人を狙おうと『初最速』を用いてタックルを行おうとしても、黒づくめの男が風の力を用いて、茶色と緑が混じった服装の男が尻尾を巻き付け引き寄せることで、それぞれ足を掬おうと虎視眈々と狙っている。その様子から感じ取れるのは慣れ。こいつらは明らかに自分よりも巨大な敵を相手にするのに慣れている。
だが最も厄介なのはそれではない。厄介なのは敵側の最高戦力。動かずにじっとこちらの隙を伺っているあの女である。何故直接的に襲ってこないのか、何故倒れたフリをしているのかは分からない。けれど目の前の三人よりも強いこと、そしてこちらを意識していることには気づいていた。一度風により足を掬われ、転ばされた時には動かなかった。だがこちらがそれ以上の、致命的な隙を晒せばそこへ攻撃を挟みこんでくるのは間違いないだろう。
動かないからこそタックルボアは警戒を余儀なくされる。さりとて彼らも無視できるほど弱いわけではなく、その意識の隙間を眼前の男達に突かれるのだ。結果として言うならば普通通りにイオカルが参戦するのよりもタックルボアは苦戦を強いられていた。もし彼女が普通通りに参戦したとすれば、そちらに対処するがゆえにこそ彼女以外は蹴散らされていた可能性が高かったのだろう。彼女のスタイルは耐久型、強さ……魔導士としての力量に比して直接的な戦闘力は低いゆえに。それが如何なる理由に起因するものであれ、戦わないという選択が産み出した能力の不透明さがタックルボアの足を重くしていた。だが―――――
「ブモォォォォォォォォ!!!!」
「ぐっ、無理やりに突進を!?体勢を崩してでも押し切るつもりか!?」
「ぬぉぉぉぉ――――――!!!???」
―――忘れる勿れ、例え満足に動けなくとも彼は怪物。この辺りに現れていい存在ではないオーバーパワー。気を抜くどころか、気を張り詰めらせていようともふとした拍子に全てを覆す暴威の象徴。特異な魔法など持たずともただ大きく強くあればそれでいいという力押しの体現者。多少の存在を受け入れて勝負に出たその突進は足を宙に浮かされようとも止まらず、否、むしろそれを利用して回転力へと変化させる。至近距離で戦っていた三人全てを巻き込む破壊の体躯が大いなるうねりとなって襲い掛かった。
吹き飛ばされ、森の恵み、硬い木へと叩きつけられる三名の男達。猪を繋ぎとめていた連携の檻はもはやなく、この機を逃すまいと地に半身を付けたその姿勢から無理やり地面を蹴り飛ばしさらなう突進を行おうとし―――
「ブモッ!?」
―――それを取り止め弾かれるように立ち上がる。瞳の奥に映るのは最警戒対象。倒れたフリをしている彼女の口が薄く、だが確かに弧を描いたのを確認したがゆえに、巨大なる猪は追撃ではなく防御を選択した。
けれどそれは結果論的には悪手であった。怠惰を貪りたい彼女は動くはずもなく、ただいたずらに時間は浪費される。吹き飛ばされた男達もそのままではやられることなぞ百も承知。それゆえに彼ら自身の行える範囲において可能な限り速やかに、体勢を立て直して再び猪を縫い付けるべく襲い掛かる。
「すまん、遅くなった!!」
「あちらの回復は終わりましたよ!今から参戦します!」
「俺らはいけるぞ、テータイ!指示をくれ!!」
そして変化はそれだけではない。響く足音。揺れる草木。仲間の苦境に駆け付けた新たな狩人、影絵の鳥に呼び寄せられた戦士達が現れたのだ。
「おらぁ!!足元がお留守だぜ、デカブツゥ!!」
「おっと、そっちばかり気にしていていいのかな?」
「皆行くわよ、『魔弾』一斉発射!!」
数による個への解答。囲んで邪魔して満足にその性能を発揮させない。先日の人間たちへの苦戦の記憶が彼らをより一層奮起させる。放たれる数多の剣戟、数多の『魔弾』。それらは着実にタックルボアへとクリーンヒットする。傷を与え、勢いを殺し――――
「ブモォォォォォォォォォ――――――!!!!!!!!!」
―――けれど未だ猪は健在なり。
『強化』されたその毛皮が、森の同胞たちを幾重も倒しながら鍛え続けたそのスタミナが、彼が倒れることを許さない。直接的な突進が封じられてなおその暴威は荒れ狂う。『初最速』を使わずにただ『強化』のみを乗せた蹂躙が、ただただ強さを見せつける。敵が増え、余裕が減ったからこそタックルボアは一歩を踏み出すのだ。
彼にとっては想像だにしない矮小な理由で動かない吸血鬼の存在を思考から外し、ただ眼前の敵たちを葬ることに全力を注ぐ。もはやあれに振り回されるのはやめたと言わんばかりに。吹き飛ばなかった敵へ向けての『初最速』を用いたタックル。一度目の蹂躙で蹴散らされていたがゆえにそれを抑えるには足りず、抵抗により叶うのは転倒という結果まで。けれど元より織り込み済みであり威力も速度もほとんど変わらずその弾丸は飛翔する。
「くっ――――!?堪えろ、抜かせるな!!一人では押し通られる!!複数名で相手の足を狙うんだ!!」
「か、回復が必要な人はこちらに!!『森の癒し』で治します!!」
「そうだ、イオカル!!イオカルをルブラリエの元へ!!」
「あの人がいりゃあ百人力だ。ってことなら俺らは時間を稼がないとな!」
「へっ、分かってるっての!!」
個の暴虐に立ち向かうは群の絆。知性を持った多くの生き物たちが何故群れを形成するのか、その答えがタックルボアへとぶつけられる。回復、連携、攻撃、防御、回復―――――。再び均衡へと戻ろうとする天秤。驚くべきことに全力の蹂躙に彼らは数の力を持って対抗していた。蹴散らされ、土を舐めさせられようとも仲間を回収し回復させ戦線へと復帰させる。突進を執拗な足狙いで押しとどめる。暴威を抑えることに成功しているのだ。
「ブーーーモォォォォォォォォォォォォーーーーーーー!!!!!」
だからこそ魔獣は咆哮する。数の利、回復何するものぞと怒りの声を上げるのだ。そうだ、自分はこんなところでやられるはずがない。あの恐るべき死神ならばまだしもこんな奴らに梃子摺るはずがない。蹴散らせ、蹴散らせ、蹴散らせ。暴威をこの身に宿すのだ。ここに全てのモンスターが持つ種族魔法『進化』が発動する。
「はっ、なんだ!?こいつさらにでかく―――!?」
「不味い、全員攻撃しろ!!強くなる前に仕留めるんだ!!!」
より大きく、より速く、より硬く――――そう、より強く。経験を糧に自らの肉体に変容を起こすその魔法が彼を作り替えていく。体積が膨張し、毛皮はさらに厚く硬く、足は散々痛めつけられた傷なぞ気にしないように太く、持ちうる体力と魔力を消費して力を手にするのだ。
―――――だが。
結論から言えば彼はこの魔法を使うべきではなかった。敵の魔力だって無限ではないのだから苦戦することを許容し持久戦を選択していれば少なくとも目の前にいる連中に対しては順当に勝利できた。『進化』によってすり減った体力とそれによって生まれた文字通りに致命的な隙を突かれることはなかったのだ。
風切り音と共に飛来する『魔弾』。当然その存在は彼も認識はできた。しかし多少速度は早いがその程度、毛皮に多少の手傷を与えるのが精々だろうと無視した、してしまった。もし彼が『進化』を使用しなければ気付けたはずなのだ。それが誰によって発射されたものだったかを、そしてそれが普通の『魔弾』ではないことを。
突然不自然に曲がる軌道。何事かと目を見開けば、『魔弾』の中に含まれた影絵の啄木鳥。不味いと思う暇さえなく、彼はそのまま見開いた目を、そしてその奥にある脳を穿たれ――――意識を、生を失った。
「やれやれ、済まないね皆。簡単に気絶させられてしまうとは手間をかけた。……だがこれで役立たずの汚名は雪げたと思うんだがどうかな?」
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
歓声を心地よさそうに浴びながら一人の吸血鬼が魔法を行使した手を前へと突き出した姿勢でくつくつと、己が企みが上手く行ったことにほくそ笑んでいた……。
「……タックルボアが一匹足りない?」
ある吸血鬼が巨大なタックルボアに出会う少し前。彼らが居た浅い場所ではなく安らぎの森の奥深く、本来なら魑魅魍魎が跋扈し安らぎとは程遠いこの地はしかし、その名を少しでも体現しようとしたかのように異様な静寂が広がっていた。
まず目を引くのは夥しい数の死骸。巨大なタックルボアだけでなく、グリズリー、ジャイアントアント、マウンテンゴーレム、果てはドラゴンに至るまで多種多様にしてそのいずれもが強力無比。一騎当百、当千、当万のはずのモンスターたちが地面に転がり自らの死を雄弁に表現していた。
視線を少し上げればそれを為したのであろう黒い黒い鮫の群れ。海にいるのが正しいはずの恐怖の象徴が宙を悠々と泳いでいる。モンスターではなく魔法によるのであろうその姿からは生の輝きは一切感じられない。彼らを見て感じることができるのは、ただただその力が自身に振るわれたどうなるのかという絶望的な死の恐怖のみ。
最後にこの混沌たる死の楽園を築いた存在。真っ白な、色素が抜け落ちた長い髪。されどその純白が老いなどではないことを主張し、若さを感じさせる艶。それと相対するような真っ黒なゴスロリ衣装。周囲を睥睨するは深紅の瞳。見た目はまだ幼子と言っても過言ではないというのに、そこには見る者に不安を抱かせる不吉な美しさがあった。
「……一匹くらい誤差。」
ぼそりと呟く。誤差、そう誤差。タックルボアより遥かに強い存在を含めてそのほぼ全てに尽く死というプレゼントを与えた少女にとってはただ巨大で力強いだけのタックルボアなど誤差でしか、一瞬で刈り取れるほどの弱い存在でしかないのだ。
「ならお仕事終わり。……帰る。」
はたから見れば恐るべき殺戮であろうとも彼女にとってはちょっとした仕事でしかなく。それゆえに自身が為したことにも左程の意味も見出していない。ぼんやりと彼女が右手を翳すと宙を泳ぐ黒い鮫の一匹が近くへとやってくる。彼女にとってはいつものように軽やかにその背に飛び乗ると、何も言わずとも分かっているというように鮫の群れが移動を開始する。触れたもの皆傷つける、はずの鮫肌も使役者たる彼女を傷つけることはない。むしろ和らげられた鋭さが心地よさを産み出すほどである。
「一度戻ったら―――次はメルマーク、だったよね。」
吸血鬼たちの行く手には未だ暗雲が立ち込めていた……。
この鮫ロリをやっと出せた……




