第二十六話、タックルボア②
今回ちょっと少な目です。
「ごはぁ!?」
吹き飛ばされた私が勢いよく木に叩きつけられる。丈夫な木であったのだろう、私がぶつかったが折れたりする気配はない。だから当然のように枝もまたとても丈夫であった。――私の心臓を穿っても折れないくらいに。
「ええぃ、付いてないな。私が吸血鬼でなかったら死んでるぞ。まったく私はのんびり静かに楽しく暮らせればそれでだいたい良いというのに……」
口から零れる血を拭い、木を『強化』を掛けながら蹴り飛ばすことで枝の束縛から離れる。もちろん『再生』で即回復だ。ああ、痛かった。というか心臓を綺麗に穿たれるという嫌すぎる初体験のおかげで冷や汗が出てきている。同時に戦闘意欲は下降の一途。だがそれでも急いで動いたのは正解だったのであろう。
「ブモォォォォォ!!」
見れば件の猪モンスターが私が連絡用に吹き飛ばされながら出していた大きな鳥の『影絵の獣』に跳躍して襲い掛かる場面。まあ多少は目立ったし幾人かは気づいてくれるだろう。それより私が気になるのは……あいつがあんなに高くまで跳べるということだ。なんだあの跳躍力。デカくてパワフルなタイプは愚鈍と相場が決まっているのに、お約束の分からない奴だ。それどころか前足を器用に使ってさえいる。パワータイプがスピードとテクニックを持っているんじゃない、全く。
「ああ、空気が読めないのは当然か。読めるなら態々私に攻撃するはずがない。いくら強くとも所詮は獣ということか。……いやもしかしてフラグという空気を読んだのか?だとしたら評価を改めざるを得ないんが。」
「ブモォッ、ブモォォォォオォォォ――――――!!!」
私の言葉が通じているとは思えないが、しかし私の存在を認識した瞬間に再度行われる悪質タックル。二度目の相対で私はその真の恐ろしさに気付く。それは初速。如何に脚力が高かろうとも基本的に動き出しの瞬間というのは最高速度と比して遅いものだ。だが――こいつのそれは何故か最初から最高速だった。
「がっ――――――!?馬鹿な、初速を強化する種族魔法だと!?なんだ、それは!?」
またしても私は容易く吹き飛ばされながら目の前で起きた現象に恐怖する。そんなまるでタックルをするためのような魔法、しかも種族魔法が存在していることに私は動揺を隠せない。いや見事に初見殺しを決められたからだろうか。そんな隙だらけの私を野生の獣が見逃してくれるはずもなく。反転した猪が宙を浮かぶ私へと再度の突進を行った。
「ごっ―――!?」
口から吐き出される血液。酸素を求め大きく上下する胸。速い。速くていつ反転したのか分からなかった。見た特徴は聞き流していたタックルボアのそれに近しい。本気か?本気でこんなものを私に刈らせようとしていたのか?どう考えても無茶ぶりだ。無理があるにも程がある。私を何だと思っているのか。さっきからがだとかごだとかそんな意味もない言葉を吐き出させられ続けているというのに。買い被りもいいところだ。煽てられるのも褒められるのも畏敬の念を抱かれるのも好きだが買い被られるのは好きじゃないんだよ、私は。
「タ、タックルボア……?でもこんな大きな個体がいるなんて――――!?それに速さも桁違いだ……!!」
あ、よかった。これがデフォではないのだな。そうだよな、さすがにこれを狩れとかそんな無茶なことは言わないよな。よかった。――いや、それはそれでよくないな!?つまり想定していなかったレベルのモンスターに襲われているということに他ならないじゃないか。
というかまたか、また私が突然の困難に対処しないといけないのか、これ。前の人間たちで十分だと言うのに、また私がメインで?冗談じゃない。こんな短期間に何度もそんなことができるか。というか私は戦わないために、痛い目に遭わないためにこうして逃げているというのに。何たる理不尽か。どちらをえらんでも大して変わらないノベルゲームの選択肢だったとでも言うのだろうか?私にとってもそれなり重い選択だったというのに。安寧とした生活を捨てることに恐怖を感じなかったわけがないというのに。その結果がこれではあんまりだ。
ああ、そうだ。あんまりだ。痛い。身体が痛い。辛い。心が辛い。こんなもの、慣れたくなどないというのに、いつも通りだと感じている私がいる。当たり前のように対処し始める私がいる。心の中に淀みが溜まり始める。一つ二つでは我慢できたが、段々と疲れてきたのだろう。あるいは怒りか、憎しみか。負の感情が心を支配し始める。だからこそ私は思考を切り替える。
私の目的は楽しく生きること。幸福になること。それこそが全て。だからそのためにならないものは不要である。疲れたのならば休めばいい。頑張りたくないのなら頑張らなければいい。より楽に、より快適に、より簡単に。私は怠惰と飽食こそを是とする転生者なんだ、そういう体育会系のノリは真っ平ごめん被る。そこまで私は考えて――――――――
「ブモォォォォォ!!!」
―――意図的に力を抜き、少し跳ねて足を地面から離した状態でその突進の直撃を受ける。三度吹き飛ばされる身体は、けれど今までで最も高く飛んでいた。予想した通りに行われる追撃の突進。対して私は下、タックルボアのいる場所へ向かって『魔弾』を放つ。迎撃を期待したものではない。現に私の放った『魔弾』はタックルボアに当たりこそするものの、有効打にはなっていない。その『強化』された重厚なる毛皮に全て弾かれている。精々少し鬱陶しいと感じさせる程度。
だが私の狙いは攻撃そのものではなくその反動だ。『強化』した足で踏ん張っているだとか『血液操作』で身体を固定しているのならばともかく、そうでなければ当然『魔弾』を撃てばその分だけ私は移動する。その結果として今回は少しだけ重力に逆らうことになった。
そしてその少しの差こそ私の狙い。元々宙に浮いている私が更に浮いたのだ。地面からの距離は当然なかなかのものになる。そう、本来なら掠め十分私にダメージを与えたはずのタックルボアの体当たりが届かない程度に。
さてどうする、猪くん?自慢の脚力でジャンプをしてみるかな?ああ、それも良いだろう。ただし今からジャンプしても角度の問題で最大威力とはいかないだろうがね。ついでに言えば、わざわざ背を晒してくれるというなら私はもちろんこれ幸いと『血液操作』を使ってしがみついたりもするが。それともここは外れてしまうことを受け入れる?そうすれば君は無防備に私に背を晒すことになるんだが、受け入れられるかな?さぁ、君の選択は如何に?
「ブモォォォォォォォ!!」
「ちょっ、勢い強――――がっぶぅ!?」
彼(あるいは彼女)が選択したのは足での攻撃。勢いのまま足を回転するように思いきり跳ね上げて私を殴打する。まさかそこまで勢いよく行われるとは思ってはいなかったが、しかしその選択自体は想定通りだ。でも痛い。
どうやらこの猪くんは空気が読める方の猪くんだったらしい。空中にいる私を下から攻撃すればどうなるか、それは当然上へと弾き飛ばされる。しかも跳躍があまり選択肢にならないということはその角度は方向的に斜め上だ。斜め上に弾かれるということは即ち飛距離が伸びるということである。そして私が狙っていた通り、この方向には――――――
「っ!?なんだ、これは。っ!?イオカル!?」
―――こちらへと向かってきているテータイくんたちがいるのである。私の『無対価利用』はその性質上使用できる固有魔法を観測する。このことを応用した魔導士限定のソナー、それが今回の戦況誘導のタネである。
吹き飛ばされてきた私に驚くテータイくん。無理もない、中々に良いスピードで飛来し、彼を通り過ぎて木へ衝突、そのまま木をへし折って地面に叩きつけられたのだ。ぶっちゃけ滅茶苦茶痛い。箪笥の角に小指をぶつけたあの痛みが全身を襲っているような感覚だ。今にも痛い痛いと転げまわりたいが、私はそれをグッと我慢する。いやそれだけではない、瞼をギリギリ外が見えるように可能な限り閉じ、身動きを止める。呼吸も最低限だ。『再生』も発動させない。
「起き上がってこない……?まさか気絶しているのか!?いったい何がこれほどの……はっ!?とにかく手当を――――」
そう、私の狙いはこれ。いくら切羽詰まった状況とはいえ気絶している相手に戦えなどとは言わないだろう。そして吸血鬼の不死性も気絶していれば発動しない……者もいる。ここに関しては『再生』の熟練度の差だな。私がどうなっているのかは分からないが、この魔法得意だし多分できるんじゃないかと思う。だがそんなことをテータイくんたちは知る由もない。ゆえに彼らは私が気絶したと思うのだ。これぞ、合法的サボリ術!!まあすごく痛いというデメリットはあるが、あるが、ここは妥協だ、私。今立ち上がればきっともっと痛い目に遭うからな!我慢のしどころという奴だ。時間帯も陽が落ちた頃合いで『夜の帳』がなくとも日の光を浴びないというのも素晴らしい。
えっ?そんなことをしてもすぐに起こしに来る?おいおいっ、君たちは何を見てたんだ?彼らにそんな暇はないさ。何故なら――――
「ブモォォォォォォォ!!!!!」
「くっ、なん――――――ぐわぁぁぁぁ!?」
―――この子がいるからな。
「くっ、最深部サイズのタックルボアだと!?なんでこんな森の浅いところに!?皆構えろ、尋常の敵じゃないぞ!?」
一人が無惨に気絶し脱落。残る人数が3人になったテータイくんたちは己の獲物を構え、やってきたタックルボアへと闘志を向ける。ここで倒さなければ他の仲間がどうなるか分からないと彼らは気を引き締めたのだ。
発動する汎用魔法の『強化』、種族魔法の『飛行』と『黒剣』、固有魔法の『風の鎧』。全てのバフを用いた本気モード。それに続くように気絶していない残り二人の男……子犬族と蜥蜴人の二人も『強化』と種族魔法を発動させる。
「行くぞ、ワイン!カゲル!俺に続け!!こいつをのさばらせれば全滅しかねない!!ここで食い止めるんだ!!」
「「応!!」」
「ブモォォォォォォォォ!!!!!!!」
飛行しながら上を取り果敢に攻めるテータイくん。その彼を越える速度でタックルボアの後ろに回り剣で斬りつける子犬族のワイン。『韋駄天』の種族魔法を持つ子犬族らしい立ち回りだ。そして最後に行われるのがカゲルによる『伸びる尾』による変幻自在の一撃。かなり嫌らしい連携である。
だが相手も剛の者。その程度の攻撃など脅威にはならないと言わんばかりに硬い毛皮と巨体に任せて暴れまわる。現在は当たってはいないものの当たれば一撃でノックアウトされるであろうその破壊力は三人の集中力を確実に削っていく。
ここに苛烈な戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
まあそういうわけだから、頑張ってくれ皆。私はここで皆のことを見守っているから。頼んだよ、応援してる。私は狸寝入りをしながら決死の戦いに挑む三人に心の中でエールを送るのであった……。
ついに戦闘をサボり出した主人公ぇ……




