第二十四話、旅の中の日常……ってそれは日常って言うのか?
というわけで今回から第二章です。
まあ一区切りというだけで話は地続きなんですが。
森の中を歩いていく。風に揺られた草木が音を奏で、そこに人々の小さな話し声が入り混じる。空には忌々しい太陽が雲の合間からちょこんと顔を出している。気温は暑くはない程度、時折肌を撫でるそよ風が心地よく思わず目を細めてしまう。
アヴラパヴァンを出発して早四日。足を挫いた者が出ただとか誰かの発作だとかで進みはかなりノロノロとしているが、私はそこまで短気な方ではない。それに途中の休憩が増えるのはそう悪いことでもないからな。のんびりゆったりというのもこれはこれで良いものだ。
とはいえもちろんインドア派の私がこんなにも落ち着いていられるのは休憩があるからという理由だけではない。ここの旅がそれなりに快適だからである。まずは食事、何せここにはあの私の要望に今まで答えてくれてきたゴルドくんが指揮を執って幾人かで全員分の食事を作っているのだ。そりゃもちろん前のワイバーンだとかそういうのには及ばないが、この逃避行中という環境を考えれば十分、むしろこの非日常感が食事を美味しくしている気さえする。前世でいろんな人物たちがキャンプへと出かけるのはこういうのを求めていたからだったのだろうか?今思うともう少し前世でそういうのにも手を出していればよかった気がする。いやでも一緒に行く相手がいなかったか。
少し冷え込んだ夜に温かいスープを飲む。飲み干した温かみが喉を伝い私の内部へと落ちてゆくあの感覚。肉(と言っても保存用なのでそんな大したものではないが。というか何の肉だろう?牛……?)を焚き火からじっくり焼くあるいは温める。パチパチという音を鳴らす炎をぼーっと見つめる。実にいい。ちなみに私の持ってきた食料は血液以外は渡してある。全員で管理するということだし、クオリティが高くなるなら多少率が悪かろうと構わないからだ。それにその分だけ私の運ぶ量が減るしな。
けれど私の最たる楽しみはこれではない。私がこの度の中で最も楽しみにしているのは……そうだな、陽が傾いてきた。そろそろ今日は休憩に入りそうだ。なら私の楽しみがそろそろできるはずだ。というか私が前世から普通に夜更かししたり休日に生活リズム変な事にしても大丈夫なタイプだったからいいが、吸血鬼の街に居たのに皆朝方の生活になっているんだが大丈夫なのか?いや夜目が利かない種族も多いのと夜のモンスターが危ないことを考えてなんだろうけどな。
「よぉーし、皆!!今日はここで休むぞ!!」
テータイくんの声が響き、皆がやっとかぁ、だのもう少しいけるのに、だの好き好きに言いながらその場に止まる準備を始める。またゴルドくんを含む調理班が食事の準備を始める。私?私は基本的に食べる専門だが?というわけで調理班には加わらずに私もいそいそとキャリーバックから大き目の布……シート代わりのそれを敷く。そこにぞろぞろと集まってくる幾人かの人々。
如何にもいかつい感じの蜥蜴人の兄ちゃんに、おっさんという言葉がここまで似合う奴もそういないだろうと思わせてくる子犬族、よぼよぼなのに何故か覇気を感じさせる何の種族がよく分からない青いお婆ちゃん、それからあの回復魔法の子などなど。結構な人数だ。
彼らが何をしに来たのか。当然それは親父狩りならぬ吸血鬼狩りなどではない。いや確かにちょっと出発前の戦闘で引かれてはいたが、だからと言っていきなりどうこうというわけではあるまい。というかそもそもこの人数で戦っても私に競技としてならともかく殺し合いで勝てるかというと難しいしな。それに彼らとはここ数日でそこそこ仲良くなれたと思っている。名前は知らないけれど。
では彼らはここに何をしに来たのか。その答えが―――これだ。私はサイコロを3つ入れたお椀を複数取り出す。その横には薄い金属製の板の束も同様に複数個。それを広げると私は皆に声をかけた。
「さてさて、よく来たな皆の衆。ルールはいつも通り、詳しく読みたければ説明用の書類も用意した。貸し出し料は昨日と同じく1セット銅貨4枚、ただし紛失は厳しく取り締まるから注意しろよ。」
私がやっているのはギャンブルである。胴元、というには聊かあれだがこうやって道具とルールブックを貸し出しつつ各々に好きなように賭け事をやらせている。無論道具を貸すだけでなく私もやっている。えっ、そんなにいっぱい道具を持ってきたのか、だって?そりゃそうだろう。娯楽というのは人生における最重要項目の一つと言っても過言ではない。人はただ生きるために生きるのではなく生を楽しむために生きているのだからな。だから多少荷物が嵩張るのを覚悟でこれらを持ってきたのだ。まあ上手いことすれば飯の種にできるかもという動機もあったけれど、住んでいた家を離れるのだ、金になりそうなものを持っていくのは当然の心構えだろう。
特にこだわった、というか頑張ったのはこのトランプだ。サイコロやお椀くらいはあったのだが、トランプはなかったので私が作らせたものである。できれば硬い紙なりプラスチックなりがよかったのだが、さすがに技術的に無理だったので鍛冶師……金細工職人に依頼したのである。出来たのは割と簡単なもので裏側は全て同じ柄……というか無地。表もマークと数字――あくまでこの世界の、だが――だけという簡便さだ。だが私が出した最重要の注文、裏側が傷つきにくいようにというのをクリアしてくれたので私としてはいい買い物だったと思っている。裏側からどのカードが分かってしまったら色々台無しだからな。お父様に集った甲斐があったというものだ。今頃どうしてるだろうか、お父様。首でも門の辺りに飾られてたりするのだろうか?
ともあれ私からギャンブルの道具やルールブックを借りて皆が好きなように賭け事を始める。あちらで凄みを感じなくもない連中がサイコロの奇数偶数を当てる賭け……丁半博打のようなものをやっているし、あっちではトランプに何故か衣服をかけて戦って――悲しいが全員男だ――いる。ああ、あそこは賭けはせずに純粋にゲームとして遊んでいるようだ。
それじゃあそろそろ私も賭けを始めようか。どうせあくどく巻き上げるんだろ?おいおい、ひどい偏見だ。むしろいつも初心者相手に手を抜いて楽しませたりだってしているというのに。ん?何を企んでいるだって?いやいや普通に考えてくれ、これは所詮ちょっとしたゲームでしかないんだ。言ってみれば旅行中の暇つぶし。そりゃもちろん私には前世の蓄積があるからな、立ち回りやらセオリーを知っているから勝つことはそこまで難しくない。だがな?これでお金を巻き上げたって私とやらなくなるだけだろう。そして得るのは精々が小銭程度、それでは割に合わん。人を陥れるときは許してもらえそうな裏切りにするか誰かに擦り付けるかバレないようにするかそいつを敵に回しても得られる利益が大きい時だけだ。そして私の今の目的は娯楽。つまり遊ぶことなんだ。そこを間違えてはいけない。それに初心者に色々教えるのはこれはこれで楽しいぞ?あるいは布教活動と言うのかもしれないが。
というわけで適当に声を掛けて私も楽しくトランプでも。今日はそうだな、ポーカーでもやることにし―――――
「済まない、少しいいか?」
―――ようと思っていた私に掛けられる声。声の主は……テータイくん?何だろうか?私としてはトランプに興味があるとかだと嬉しいんだが。ここに来る直前に何やら真剣そうな表情で他の――ギャンブルをやっていない奴らだ――連中と話をしていたが、私は希望があると信じている。きっとギャンブルをやりたいけれど普段まとめ役でこういうところに入っていくのは気後れするとかそういう可能性だってあるはずだ。それなら表情がウキウキワクワクではなく不安そうなのも納得がいく。だから希望はまだある、あるのだ。
「なんだ?トランプに興味でもあるのかな?それなら私が優しく教えてやってもいいんだが。」
「いやすまない、ギャンブルとは関係ない話なんだが……少しいいだろうか?」
希望は露と消え去った。ああ、嫌だ。聞きたくない、聞きたくないなぁ。態々人が楽しく遊ぼうとしているところに不安そうな顔で真剣に話しかけるとか。やけに良い声で「済まない、少しいいか?」だなんてどう考えてもめんどくさいことか戦闘系だろう。今忙しいって言えたらどんなにいいだろうか。逃避行という集団行動中であるからと人の足元を見るとは……。なんと汚い輩だろうか。えっ、私の普段の行い?すまないな、最近どうにも忘れっぽくてな。あっはっは。
「今忙しい……と言いたいところなのだがね。重要な用事なのだろう?」
「ああ。悪いがこちらへ来てくれないか?そこで話したい。」
「ふむ。……彼女はいいのか?」
私は目線を彼女――ヒーラーの子、あるいは回復魔法の子へと移す。こういう表現として利用する時はいつものように広く取っていくスタイルではなく分かりやすく、だ。それに釣られテータイくんも私の目線の先を追い、そして彼女の存在に気付く。
「ルブラリエか。そうだな、彼女にも話をした方がいいだろう。……それにあれは少し止めたほうがいい気がするしな。」
「あれ?……ああ、そうだな。確かに止めたほうがいいかもしれないな。」
「さぁさぁさぁ!!どうするんですか!?乗るかか乗らないか!?この席に座った以上、あなたは決断しなければいけないんです!!さぁ、返答を――――!!!」
まるで人が変わったかのように、あるいはあれが本性なのかもしれないが、とにもかくにも、ドンとチップを乗せて人が変わったように凄む彼女。その様子は誰がどう見てもギャンブルにのめり込んでおり、良識的な人物ならそろそろ止めに入った方がいいのではないかという状況。
けれど悲しいかな、彼女が座った席はなんというかそっち方面にのめり込んだ奴が多かった。彼女に凄まれている可哀そうな――あっ、今チラっと胸を見たな?そんな近距離で。なんて羨ましい―――可哀そうだった男はともかく。横に座っているのはファッファッファと愉しそうに笑う老婆や頬に十字傷を付けている男性などなどだ。あいつらは本当にカタギなんだろうか?
というかルブラリエという名前だったのか。知らなかったよ、今知った。ふむ、ルブラリエちゃんか。少し言いにくいが可愛いらしい名前だ。いやまあ今の状況を見ると彼女に可愛らしさを期待するのは間違いのような気がするが……い、いや普段は可愛らしいしな!!うん!!!
「というわけでまずは彼女の方に行ったらどうだ?その間に私は、まあ片付けでもしておくさ。」
「あ、あぁ……分かった。なら片付けが済んだらあっちの木の辺りに行ってくれ。他の奴もそこにいる。」
あれに声掛けられるか……?という不安の表情をした彼がとぼとぼとギャンブルが大盛り上がりし始めたその場所へ足を踏み入れる。正直なところギャンブルの場に仕事に近い話を持ち込んで水を差すなんて真似、私だったら絶対にしたくはないところだが、私に促された手前行かないわけにもいかなかったのだろう。ざまぁ。
せっかくこれから遊ぼうと思ったところで出鼻を挫かれた腹いせをして、気分が良くなった私はわざと緩慢な動きで片付けを行う。しかしやらなければいけないことをやるのはどうしてこんなに心を重くするのだろうか。やれやれとため息をついて先ほどのテータイくんのようにとぼとぼと指示された木へと向かう。
ふと見ればテータイくんは何故か席に座らされてトランプを手に持っている。これはあれかな?私を連れて行きたければ一戦しろとかそういうことを言われたんだろうか?ここは素直にご愁傷様と言っておこう。こういうのは無理やりやらされると面白さが減ってしまうからなぁ。やらなければならない仕事があれば猶更だ。また少し気分を盛り返し、歩く速度が少しだけ上がる。
たどり着いたのは調理班とも私たちのような何か集まって遊んでいる連中とも少し離れた地点。ここで本当にあっているのかと見れば奥に何人かがぞろぞろと集まっている。その姿は見覚えがある。以前の戦い――あのピンチになって強くなるとかいうふざけたことをしてくれた傭兵っぽい連中と戦った時に悪くない動きをしている連中だったと思う。とはいえ影のMVPであるゴルドくんの姿はないけれど。まあ彼は調理班に居なくてはならない人材だから仕方ない。えっ、表のMVPは誰かって?おいおい、私に決まっているだろう。私が居なければ今頃こいつら死んでいたんじゃないか?……そう考えるとこいつらは全員もっと私を敬うべきじゃないか?具体的にはお金とか料理とか血とか酒とか接待とかの献上。
「テータイくんに呼ばれたんだが、ここであっているか?」
「大丈夫だ。もうすぐリーダーも来るだろう。」
「それは良かった。さすがにこの程度の距離で間違えるほど私は方向音痴ではなかったようだな。」
さてはて、それでいったい私はどういう理由で呼ばれたんだか。可能な限り楽な理由だと嬉しいんだがなぁ……。
これも一種の現代チート。
とはいえ主人公の目的は娯楽ですがね。




