第二十三話、門出
前書きで言うことがなくなってきました……。
ギラギラとした眼でこちらを睨みつけ『決意の灯』を発動させた頭領を見て、私は思わず後ずさってしまう。ちょっと待ってくれ、嘘だろう!?『決意の灯』!?なんでこんなところで『決意の灯』を発動するんだ!?くっ、これが人間の恐ろしさか……。というか弱いんならちゃんと最後まで弱くいて欲しい。大人しくボコられて何もできないまま死んでくれれば後は何も望まないというのに。なんだよ、ピンチになったら強くなるって。どこの主人公なんだ、君は。言っておくが侵略軍の、しかも逃げる奴を追いかけるための部隊とかどう転んでも主人公にはならないからな?それにだ、人生そんなに必死になって頑張っても後が疲れるだけだと思わないか?ほどほどでいいじゃないか、ほどほどで。な?
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ちょっ!?待て待て待て、よりにもよって私狙いか!?」
私の心の中での必死の交渉も虚しく、剣を振りながらこちらへ猛スピードで駆けてくる頭領。辛うじて展開が間に合った『血液操作』。血の剣が頭領の剣を防ぐ。キィィィィンという音。一瞬の膠着。
しかし次の瞬間私の血の剣は砕かれ、私の身体を鋭い金属の塊が通過する。最初に感じるのは冷たさ。次に感じるのが痛みを伴った熱。ああ嫌だ、痛い。苦痛に耐えながら、よくもやってくれたなと噴き出る血液を持って相手を刺し貫かんと狙う。けれど私が攻勢に移ったその瞬間に彼は後ろへと下がり、距離を取った。ちっ、このまま狙っても凌がれるか。
噴出した血液を集め武器として確保しつつ、身体を周る毒と受けた傷を『再生』で押しつぶす。前を見れば向かっていった肉壁たちがバッタバッタとまるでゲームのように薙ぎ払われている。体力がそうあるわけでもないだろうによくもまあそんな無茶な動きができるものだ。火事場の馬鹿力とは言うけれど、この世界独自の法則――魔法が組み合わさったそれはなるほど、確かに手が付けられない。人間たちが版図を広げてきた理由も分かろうというものだ。
さて、この状況どうしたものか。フレリアちゃんと異なり『再生』が使えない純粋な人間であるのだから負傷覚悟で攻撃すればいずれ沈むはずではある。だがそれは奴の『毒付与撃』によってその戦法は取りづらい。負傷覚悟で傷を受け、そこに毒が回れば死んでしまうかもしれないからだ。誰だってこんなところで命を失いたくはないだろう、私だってそうだ。いや他の連中はまだ毒のことは知らないか?それなら上手くやれば――――
「ぐ……が……何をした……」
「へっ、ようやく効いてきたのかよ。頑丈な奴らだ。俺の『毒付与撃』は毒の攻撃、俺の攻撃を受ければかすり傷だろうとでかいダメージを受けるのさ!おらおらっ!先に死にたいのはどいつだ!?こうなりゃ自棄だ!全員ぶっ殺してやる!!」
―――なんで言ってしまうんだ!?言わなければ皆で戦いを挑んで負担を軽減するという方法が使えたのに!?せっかく彼の望みを部分的にでも叶えてあげようと思ったというのに彼自身が台無しにしてしまった。困ったな、こうなると私が『吸精』しながら『再生』と『血液操作』と『毒付与撃』でゴリ押すのが最適解だとバレてしまう可能性がある。えっ、いつだってその戦法はお前にとっての最適解だろ、だって?嫌に決まっているだろう、こんな戦法。痛いし怖いし、押し切られたら死ぬんだぞ?というかそもそも戦いのたびに痛い思いなんて御免だ。本音を言えば肌を貫通させて血を出す必要がある『血液操作』だって余り使いたくないくらいだ。
ではどうするか。『影絵の獣』で動きを止めつつ、皆で『魔弾』を放つ。悪くないように思えるが……おそらくこれをすると猛スピードで私に突っ込んでくるだろう。拘束しきれるかもかなり怪しい。何も思いつかなければこれだが基本は没だな。
もう知らないと逃げる。悪くはない、悪くはないがこれをすると今までここに来るまでに費やしたリソースが全てパーになってしまうので余り選びたくない。というか相手は最後っ屁のようなものだしまだ損切りする場面でもないだろう。これも没。
……上手く行くかは分からないが、試してみたいことがある。他の皆が時間稼ぎをしてくれている間に準備をしてみよう。私は『影絵の獣』を使って札の準備を始める。最初は私を狙った頭領であったが、さすがに自分を囲まれている状況で私を優先するほどでないのか、あるいは追い詰められてそこまで考える余裕がないのか、今は大人しく肉壁掃除に勤しんでくれているようだ。
ありがとう、おかげで準備が整った。まあ、上手く行くとも限らないんだがな。私の横にいた黒い熊たちが用意した私の作戦の核を投擲する。それなりの速さ、結構な重量で頭領へと飛来する投擲物。とはいえ今の彼なら避けることも手に持った剣で斬り捨てることも可能な程度。だから彼もどちらかを選ぼうとし、次の瞬間に目を見開いた。
「てめぇ……!!」
私が放ったのは死体。彼の仲間だった人間の死体だ。彼らの間にどの程度情があったのかは私には分からないが、それでもつい先ほどまで一緒にいた存在の死体が自分に投擲されれば動揺するだろう。彼は動揺のまま後ろへと下がってそれを回避しようとする。だが――――
「こなくそっ、またこれか!!」
彼の足元に地中から現れる黒い土竜と蛇。すぐに蹴飛ばされ消滅したものの、戦いの刹那において足を使ったならばそこからさらに動くことは難しい。彼は忌々しげに剣を振るって飛んできた死体を切り伏せる。―――――ここだ。
投擲された死体が切断され勢いを失ったその瞬間、血色が悪い顔(死体なので当然だが)の両の眼球から黒い蛇が二匹、飛び出す。そのグロさやショック、斬った後の体勢などが相まって頭領はそれに対応できない。二匹の蛇は一匹は首に、もう一匹は顔に巻き付き牙を立てる。
これこそが私の考え付いた『決意の灯』対策、精神攻撃である。『決意の灯』は精神力を力へと変える魔法だ。逆説的に言えば、精神が弱ればその出力は落ちるということである。だからこそ私は仲間の死体での攻撃、それに対して剣を振るわなければならない状況、眼球からの出現、ラッシュによる混乱と精神に対して影響を及ぼしそうな攻撃を行ったのだ。
これが普通の連続攻撃であったのなら避けられているか切り伏せられていそうだし、よしんば当たったとしても上手く牙が損傷になるほど突き立てられたかは疑問の余地が残る。まあそれを言うと今回のこの方法が実際どのくらい効果があったかも『決意の灯』が不安定すぎるせいで自信は持てないのだが。
ともあれこれでチェックメイトだ。私は当然蛇にだって『毒付与撃』を仕込んでいるし、それに私の傍らの熊くんたちは別に投擲しか仕事がない訳ではないのだ。いくら『決意の灯』があろうとも元からあった負傷と毒に今与えた負傷の毒、そして熊によるさらなるダメージと毒、そのすべてを受けて起き上がれるほどではないだろう。
耳が拾うのは悲鳴と許さんだとか卑怯者だとか呪ってやるだとかそういう声。そういう声が聞こえてくるということはどうやらやっぱり私は勝ったらしい。それにしても言うに事欠いて卑怯者とはなぁ。
「卑怯者?やれやれ、何を言っているんだ、君は。卑怯だのなんだと人を罵る権利が(私以外の)攻撃側にあると思っているのかね?そんなことを言いたいのなら最初から戦いなんてしなければよかったのだ。私もできることなら(親の脛を齧って)のんびり静かに平和に暮らしたかったよ。……っと、もう聞こえていないか。」
私が『毒付与撃』を使えなくなったことからあちらの死を確認した私はこの状況を収集するために全体へと目を向け―――おっと、なにやら恐怖の視線。どうやら死体投擲コンボは皆のお気に召さなかったらしい。まあ分かる、グロいからな。私も君たちの立場ならちょっと引いたかもしれない。
でも他の手も思いつかなかったし、もっと言えば君たちがもっと奮闘してくれればここまでする必要もなかったと思うんだがなぁ?少し納得がいかないとはいえ恐怖されてしまったものは仕方がない、それならそれでそういう風に振舞えばいいだけだ。
私は頭領の死体を持ち上げ、そこに牙を突き立てる。さして美味しくもない血の味が口内を駆け巡り、体内が魔力に満たされていく。周囲の息を飲む声が聞こえる。その影響を分かった上で私は意図的に薄く笑い、ペロリと血の付いた指を舐める。鏡の前で何度となく行い、吟味し、堪能した仕草だ。これが絵になることは、妖艶に見えることは知っている。これでできることなら恐怖を畏怖へと変えたいところだがどうだろうな?ともあれ私への注目は集まったみたいであるし収集をつけようか。私はパンパンと手を叩いて皆の意識を切り替えさせる。
「さて、とりあえず倒れている者の手当をしよう。まだ息がある敵がいるなら拘束するか止めを刺してくれ。疲れているところ悪いが急がないと―――――」
瞬間、世界がその光量を突如として増した。一体何事かと振り向いた私を出迎えたのは空にまで届くほど大きく、そして紅い火柱。その火元はアヴラパヴァンの街であり、あそこに自分がまだいたらという想像が恐怖を抱かせる。熱くないはずなのに熱さを錯覚させる炎の在り様に呆然とする。だが何よりも恐ろしいのはあれが魔法――個人によって引き起こされたものであるということだ。その血のような紅さも規模も自然ではあり得ないからだ。なんて化け物がいるんだ……!!
「嘘、だろ……?」
「あんな、あんなのがあり得るの!?」
「は、早く逃げないと……!!」
そうだ、早く逃げなければならない。逃げなければならないが……ここでバラバラになったらいったい何のための戦闘だったか分からない。狂乱になりかけている肉壁たちに声をかけよう。だがこのまま私が落ち着くように声をかけるのでいいのか?すでに頼れる度や恐ろしい度は稼げただろう。これ以上稼いでしまうと私がリーダーみたいに扱われてしまって少し面倒なことになりそうだ。そうなると……ああ、ちょうどいいのがいた。
私は『影絵の獣』で大きな烏を作り、それを羽ばたかせて先ほど治療が終わり立ち上がったばかりのテータイくんの肩へと降りさせる。生まれる一瞬の静寂。彼も烏には驚いたようであったが、自分がしなければならないことに気付いたのだろう。すぐに立ち直り口を開いた。
「皆、落ち着け!俺たちはまとまって動く。そうじゃないと逆に危険だ。この森は街に近いとはいえモンスターが出ることも多い。まずは荷物や怪我の確認。それが終わったら出発するぞ。いいな!?」
むぅ、良い声だ。イケメンボイスというのだろうか?肝心なところで休んでいた癖にすごく良い声をしている。しかもこの場に通りやすい声だ。今生の私も声には自信はあるが、性別から比較してしまうのは前世の私だ。そして悔しいが、前世の私ではこの声に太刀打ちするのは少し難しい気がする。むぅ……。
私がテータイくんの声に嫉妬しつつ遠くに置いてあったキャリーバッグを手に取りに行くと、他の皆もゆっくりと動き始める。それはどこかぎこちないというか気もそぞろといった感じだが、もうしばらくすればきっと落ち着いてくれるだろう。
私は横になったキャリーバッグを持ち上げ――っと、土が付いてしまっている。仕方ないが面倒だな。というかこいつ、汚れるの色々と早くないか?私は新品だったはずのキャリーバックの汚れ具合に悲しみを覚えつつ、土を払って多少の綺麗さを取り戻させる。ついでに私の衣服も軽く払っておこう。この服割とお気に入りなんだ。
清掃を終えると他の皆の点検も終わっていたようでテータイくんが準備はいいな?とかなんとか言っている。全体がゆっくりと動き出し道を歩きはじめる。森の奥へと進んでいく皆に私も最後尾近くで付いていく。道はそれなりに使われているのか地面が固めで想像よりも歩きやすい。もっと獣道みたいなのかと思っていた。まあ私インドア派だから本当の獣道とか知らないんだがな。
それにしてもまさかここまで街から脱出するのが疲れるとは思わなかった。何故平和主義の私がこうまでして戦わなければならないんだ。それを避けるための街からの脱出だったんだがなぁ。まあ、でも、きっとこれからだろう、これから。これからはもっと楽になるはずだ。少し頼りないが仲間もいる。綺麗どころもちらほらちゃんといる。発言力は恐らく稼げたはずだし、私を置いていくとかも多少はしづらいだろう。
うん、私の未来は明るいな!これからはいい感じに楽な生活が送れるはずだ。少し厄介な旅もレジャーだと思えば楽しめる。何も問題はない。軽快薔薇色ラクラクライフの始まりだ。気分を盛り上げて行こう!!そうだ、せっかくだし鼻歌でも歌おうか?これでも音楽的センスもカラオケで合いの手をしっかり入れてもらえる程度には高いと自負している。
「~~~~~~~~♪」
軽く鼻歌を歌い、軽やかに歩く私。そんな私をサポートしてくれているかのように雲が出始め憎き太陽が隠れる。差し直した日傘をしかと持ちながら私は土を踏みしめるのであった……。
今回で故郷脱出編は終了です。
次回からは交易都市への道程編になります。




