第二十一話、出発前②
初めての集団戦描写、とはいえ戦場全体の固有魔法数が少ないので主人公はまだ辛い模様。
「このっ、往生際が悪い!さっさと倒れやがれ!!」
「誰がだ、人間風情が舐めてんじゃねぇぞぉぉ!!」
キィンという金属同士がぶつかり合う音があちらこちらから聞こえてくる。それと同時にお互いに対する罵り合いも盛んだ。そんな中で私は仕事量が少なく、それでいて好感度を稼げる立ち位置を確保していた。それは護衛、非戦闘員たちを後ろに庇う最終防衛ラインだ。もちろん私一人では簡単に抜けられるだろうが、私には『影絵の獣』がある。これで護衛用の動物を並べてやれば迂闊にこちらに手は出せないという寸法だ。
とはいえ元より戦闘員の数はあちらの方が多い。そこで私は時折相手側に攻撃――狼型の『影絵の獣』を飛ばすことで牽制を行っている。こちらが攻める意思を見せればあちらはこちらを襲い非戦闘員を襲うことだけを考えているわけにはいかなくなるのである。というかむしろ非戦闘員であるならば放っておいてもいい、とすら考えるかもしれない。
何せ先ほども言ったが数の利を持っているのだから時間はあちらの味方である。テータイくんや『森の癒し』の子、意外なところではゴルドくんなんかが奮戦し、一人で複数人を相手取っているがそれでも全体の状況としては不利というところ。お互い脱落者はまだ出ていないが、相手の頭領が戦線に復帰すればどうなることかという状態だ。
それゆえに私を睨み、取り囲まんとする人間たちの動きは消極的だ。私を釘付けにすることを優先しているのだろうな。私としてもこうして膠着状態が続けば仕事をしなくていい分楽である。だからいざという時の準備をしつつ大人しく彼らの戦法に付き合っている。なんなら他の連中を確認する余裕さえあるほどだ。
「このっ……!!ちょろちょろしてんじゃねぇ!!」
「ははっ、どうした?お前たちはこの程度か?」
テータイくんは例の巨漢の男とその取り巻き数名を相手取っている。巨漢の男は何と驚くべきことに魔導士であり、固有魔法である『一撃粉砕』を使用できる。おそらくは自身の攻撃時にのみその威力を大きく向上させるのではないかと思う。大振りでハンマーを振り回しているが、その速度は早く周囲の木はその攻撃を受け何本もへし折れている。明らかなパワータイプの癖に普通に魔法も上手いとかすごいな。というか下手すると奴らの頭領より強いんじゃないか?
だがテータイくんは『風の鎧』という固有魔法を有しておりそれを使って上手く攻撃を躱しているようだ。彼の周りに風が渦巻いているように見えることと名前から恐らくは自身の周囲に風を鎧のように発生させる魔法なのだろう。防御力そのものはそれなりなのだろうが、相手の攻撃を風の力で上手く方向転換させていなしている。純粋な物理アタッカーである巨漢の男やその取り巻きでは彼を突破するのは中々辛いだろう。ここは相性有利で間違いなさそうだ。是非そのまま頑張ってもらいたい。
「へへへっ、そろそろ諦めちまったらどうだぁ?」
「まだ倒れるわけには……!!」
続いて『森の癒し』の子、ここは打って変わってかなり辛そうだ。おそらく近接技術はあまり学んでいないのだろう。囲まれた状態で必死に手に持った木製の杖で応戦しているが、どんどん傷が増えてゆく。そのたびに『森の癒し』を用いて回復するのだが、回復を挟んだ分の一手分で再度傷を受けるという繰り返しだ。どれくらい魔力があるのかにもよるがここはあまり長くなさそうだ。というか回復要員なんだから前に出なくても―――ああ、私が後ろは護るから気にせず前に出てくれって言ったんだったか。いやぁ、悪いな。でもやられると辛いのでそのまま頑張って耐えていてくれ。
「失礼。」
「んなっ!?このくそっ、邪魔すんな!!」
ゴルドくんはなんというか上手いな。いや純粋な戦闘力や戦闘技術が高いわけではなさそうなんだが、山羊族の種族魔法『救助山羊』で色々なところにちょっかいをかけて味方の援護を行っている。『救助山羊』は、味方への攻撃に割り込んで受けたり位置を入れ替えるというゲームで言えばタンクのような魔法だ。移動系の魔法であり、中々に厄介な種族魔法なんだが、全部を引き受けるようなことはせず、これはというものに対してだけピンポイントで護っているようだ。しかも溜まるであろうヘイトを『救助山羊』の連鎖発動などで移動することで断ち切っているのも素晴らしい。未だに脱落者が出ていないのは彼の影響が大きそうだ。正直な話単に腕のいい料理人だと思っていたから意外な奮戦である。
なんてポップコーンとコーラが欲しくなるな、と思うくらいサボって戦況を観察していたのだがさすがにずっとそうしているわけにはいかないらしい。もう少し皆が強ければ本当にそれだけで終われたんだがなぁ。視界の端であちらの頭領が立ち上がるのが見える。どうやらなんとか私の蛇を引き剥がし、毒からも多少回復したらしい。ちっ、そのまま毒で倒れてくれれば助かったんだがな。
「待たせたな、てめぇら。」
「「「お頭!!」」」
「おらっ、今からこいつらを蹂躙してやるぞ、全員気合を入れ―――」
さてリーダーの復帰に活気づいているところ悪いんだが、さすがにそれは通さない。彼が剣を構えて混戦した戦場へと突入しようとした瞬間、周囲の森から余りにも黒い鴉が襲い掛かる。当然それを防ごうと取り巻きたちやリーダーが剣を向けるが、残念。そっちは囮だ。
「な……んだ……と……!?」
「「「お、お頭ぁぁぁぁーーーーー!!??」」」
彼が鴉たちに気を取られたその瞬間に、反対側の足元から飛び出した黒い土竜が人間たちの頭領を貫いた。ああ、この嵌めてやったぞという感覚のなんと心地よいことか。それに思いついた戦法が決まった時のこの達成感も素晴らしい。計画が成功して高笑いを浮かべ、その油断からひっくり返される悪役の気持ちというのはこういうものだったのだろうか。私としては計画を完遂して勝ち逃げするタイプを目指したいので少し自重しようか。
「ぐ……が…………」
とはいえ単に『影絵の獣』の土竜で奇襲しただけで終わらせたりはしない。彼らが己が頭領の苦境――というかここまでやってまだ生きているのか。地面に膝を付き多くの血を流しているから復帰はそう簡単ではないだろうが、だとしても丈夫なことである――に気を取られている間に、私を取り囲んでいたうちの一人、名前は知らないので仮称オヤツくんとでもしておこうか。オヤツくんが全身から血を抜かれ帰らぬ人となる。とはいえ最後に美女に抱き着いてもらえたのだ。中身が男だとしても十分にお釣りがくるはずだ。……もし来世で逢ったら追加料金を請求しなければならないな。いやまあ私は今世で死ぬ気などさらさらないんだが。
それにしてもやはりこれだけ『影絵の獣』を大量に使うと魔力消費もかなり重くなるな。補給できて本当に助かった。味は正直かなり微妙だったがな。それに臭かったし。やはり女の子がいいな、いい香りがするし精神的にも潤いがある。フレリアちゃんのもルーニャちゃんのも美味しかったなぁ。また飲みたいものだ。
ドサリ、と哀れなオヤツくんが地面と抱擁する。その音で事態を把握した傭兵たちが私を怒りを込めた表情で睨め付ける。まったく最近の若者は怒りっぽいものだ。
「おいおい、どうしたんだその表情は?そもそもそちらが襲ってきたんだ。それで私に怒るのはお門違いというものだろう。怒るのならそこで紅葉のように真っ赤な衣装に衣替えをしようとしている君たちのリーダーに言いたまえよ。」
私が優しく諭してやったにも関わらず顔を真っ赤にしたオヤツくんたちの仲間はこちらに一斉に突撃してきた。少し煽り過ぎただろうか?とはいえ仕方ない、人を煽るというのはいつの時代も楽しいものなのだから。それに彼らの煽り耐性が低いのが悪いのだ。煽り耐性とは言ってみれば社会における最重要状態異常耐性のようなもの。状態異常がテーマのダンジョンに対策なしで挑むなんて馬鹿のやることだろう。
それよりも私が気になるのは彼らの『強化』である。『強化』の魔法は最も基本的な魔法とされる。それこそこれを修得していないものが戦闘のある職種に着こうとしたら笑われるであろう程度には基礎的なものだ。だから彼ら全てが『強化』を使えるのは問題ない。使えない奴がいたほうが楽ではあったが、それは高望みというべきものなのだから。
問題はその練度である。ほとんど誰でも使える魔法だからといってその効力が誰でも同じとは限らない。むしろ基礎であるがゆえにその練度には差が生じる。で、私の敵の傭兵たち、フィクションなら一山いくらのモブという連中の『強化』の練度は―――なんと私と同程度だ。
いやいやいやちょっと待って欲しい。私は吸血鬼、誉れ高きチート種族であり、物語ならばまず間違いなくネームド、ボスキャラやヒロインをできるような格の存在だ。だというのにその私と同程度の『強化』だと……!?くっ、もしかして私結構弱―――い、いや仮にも相手は傭兵(だと思われる連中)、剣や防具にも傷がある歴戦(だと思いたい)の存在だ。いくらモブとはいえその戦力は十分に高いと考えて何も不思議なことはない、そのはず!えっ、味方側のモブの『強化』も私と同じか私より上だって?大丈夫だ、私は緊急性のない都合の悪いことはスルー出来るメンタルと耳と目を持っている!
それに戦況を俯瞰するに明らかに敵よりも味方の方が『魔弾』を多く放っている。大半は左程効いていないように見えるが、それでも数の差があるということは、おそらくこの人間たちは基本的に『強化』の習熟を優先した接近戦主体のビルドなのだろう。それなら遠距離戦型の私が押し負けるのも不思議ではないな、うん!『強化』でも『魔弾』でも私の上らしきテータイくんなんて知らない。
なんて考えつつ迫り来る敵集団を『影絵の獣』で迎え撃つ。とはいえ耐久性の関係もあり全員を抑えられるわけでもない。抜けてきたのは……三人か。最初にこちらに来た奴の剣を『血液操作』で迎え撃つ。打ち合いにより金属音が響く。だがあちらの方が力か剣術かが上のようでじりじりと押し切られそうになる。
そこへ左右から迫る後方二人の剣、けれどちょうどいい。鍔迫り合いをしている『血液操作』を解除し普通の血液に戻す。それと同時に相手をこちらへと引っ張り込む。ちっ、少しかすったか。勢いよく鍔迫り合いをしていた奴の剣が私の肩を傷つける。痛い。だが倒れ込むように移動したことで二人の剣の射線上にいるのが私ではなく一人目の男になる。
驚いて攻撃をしないようにブレーキをする左右の男たち。だが急に止まろうとするということはその分だけ隙ができるということでもある。私の掌から飛び出した二本の細い槍――『血液操作』が立ち止まった男たちの無防備な喉を貫通する。そしてこちらに倒れ込みつつある男を抱きしめるようにして――吸血。やっぱり抱きしめるなら女の子がいい。絶対そちらの方がいいと思う。私が抱きしめる間だけでも女の子になってくれないだろうか?
ともあれ『再生』に費やした分を計算に入れても収支はプラス。いやぁ、『再生』を使えない種族は大変だなぁ。ちょっとした隙が命取りだ。吸血鬼に産まれてよか―――痛だぁ!?
何かと思って身体を見れば私に突き刺さった剣。しかも複数本。いったいどこからと前を見上げれば『影絵の獣』を倒し終わった連中が投擲してきたようである。しかもきちんと予備の剣を持っている。いや、それだけではない。こちらが厄介と考えたのか他の場所からも敵が集まってきているではないか。
ちらりと周囲を見れば死んではいないようだが、地面に倒れ伏す『森の癒し』の子。それだけではない、先ほどから味方に投げ込まれるような形で負傷し動けなく者たちが非戦闘員の群れ……私の後方へと投げ飛ばされているようだ。
いや味方達もう少し頑張ってくれないか!?私の目立たずのんびり計画が台無しなんだが!?特に『森の癒し』の子、ヒーラーが先に倒れるなよ!?
私は自分に刺さった剣を引き抜き(痛い)、『再生』で傷を癒し『影絵の獣』による獣軍団を再展開しながら前を見据えた。もう全部投げ捨てて一人で逃げてしまおうか……?逃げるだけならここからでも多分できるぞ、きっと。
むしろモブであり種族差があるとはいえ前衛のプロと同程度の強化倍率なので主人公は割と強いんですよね。だいたいアラネル(お母様)がスパルタ教育をちょいちょいしていたおかげだったりしますが。
なお主人公は後衛型ではなく害悪耐久型だと思います。




