第二十話、出発前①
前回話数が十八話になっていましたが正しくは十九話だったので直しました。
それから章を導入してみました。
この最初の章は故郷脱出編です。
「やぁやぁ、すまない。待たせてしまったかな?」
全体的に黒を基調とし所々に赤を差し込んだ衣服に身を包み、これまた黒い日傘で憎き太陽を防ぎながら私は気さくに、けれど多少の威厳を持って声をかけた。靴から伝わる土の感触は柔らかで、時折肌を撫でる風が心地よさを私に与える。手に持った羽根を頂点に刺したランタンがゆらりゆらりと周囲の木々と連動するかのように揺れている。そんな木漏れ日の本来ならば穏やかな情景、けれど少し遠くの方から聞こえる悲鳴や怒号が私たちに安らぐことを許さない。
私は今ゴルドくんたちとの待ち合わせ場所、街から少し離れた場所にある小さな山の麓にやってきていた。私が本当に来たことに驚いているのか、それとも吸血鬼という元々上役だった存在が来たことを不安がっているのか、ざわざわと小声で話をしだす彼ら。種族的には山羊族、子犬族、蜥蜴人あたりが主で少数ながら森人族、狼人族、鴉天狗もいるという感じか。あと数人何の種族か分からない奴もいる。
というか思ったよりこの街に住んでいる種族って多かったんだな。見て分からない連中もそうだが、森人族とかも初めて見たぞ。いたのか、ファンタジー定番種族。存在は知ってたが近くに住んでいるとは思ってなかった。……そういえばお父様が割と積極的に難民を受け入れていたような?正直興味がなかったからスルーしていた。いや行商人の類とかそういうのが居たら話を聞きに行ったりはしたんだがな?
とはいえ今気にするべきは種族の豊富さよりは構成人員の偏りだろう。妊婦に子供、老人……そんな如何にも戦えなさそうな連中が多い。もちろん真っ当に戦える奴もいるみたいだが……やはり非戦闘員の集まりに近いようだ。戦争ともなればどうしても兵士はピリピリするし西側へ弱っている彼らを連れて行くのは不味いと判断したのだろうな。あるいは裏切り者と街の者に追撃されるかもしれないしな。東側へ行くのならその心配は薄くなるだろうとこちらを選んだんだろう。というか彼らには元から西、人間側へ行くという選択肢はなかったのかもしれない。
「時間は大丈夫だ、まだ来ていない者たちもいるからな。……だが驚いたよ、まさか領主様の一人娘さんが我らと一緒に来ることになるとは。」
「悔しいが今回は敗戦濃厚だからな。皆で全滅するよりは血が残った方がいいだろう?」
「…………そう、か。すまない、答えづらいことを聞いてしまった。」
「いやなに、気にすることはないさ。」
こちらに語り掛けてきたのはおそらくこの集団をまとめているのであろう男性、鴉天狗のテータイ……だったはずだ。いや確かお父様と一緒に書類仕事をしているときに報告をしに来たことがあった気がするんだが、正直なところほとんど覚えていないんだよ。記憶が正しければ哨戒なんかの仕事だったはずだ。鴉天狗は『飛行』の種族魔法を使用できる種族の一つだからな、かなり便利なんだ。強種族と言い換えてもいいかもしれない。
それにしても、飛行できるのだから一人で逃げることもできるだろうし働き口を探すこともできるだろうに態々こんな集団のまとめ役とは……貧乏くじ体質なんだろうか?私が彼の立場なら喜んで一人で逃げているぞ?いやむしろ戦争だから空への警戒が大きいと判断したのか?まあ戦争中に味方じゃない空を飛んでいる奴がいたらとりあえず撃ち落とすよな。空が飛べるとは言ってもそこまで高度を上げられないからな、『魔弾』の射程範囲内だったりするし。
なんて考えていたら遠くの方から誰かが走ってくる。足音的にも見える動き的にも一人ではないようだ。それに対してテータイくんは「やっと来たか。」なんて言っている。どうやらまだ来ていない者たちというのは彼らのことのようだ。私も(ルーニャちゃんとのバトルや着替えや火事場泥棒をしていて)かなり遅かったが、それより遅いとはいったいどういうことだろう?
ドタドタという音を聞きながら彼らが来るのを待っていると、そこに現れたのは―――怪我人を背負った集団?どうやら彼らは何らかのトラブルなどで逃げ遅れた人物を運んできていたらしい。二つの意味でよくやるものだと思いながら彼らの観察を行う。
背負われている方はやはり辛そうで、この場所にたどり着いた後は包帯などを巻き直されていたりする。背負ってきた方は逆にこの集団の中でも屈強そうであったり、あるいは魔法を習熟していそうだったりする。状況を予想するに動ける者たちに救助活動をさせていた、というところだろうか?とはいえ魔導士は少ない、というか帰ってきたものたちの中には一人しかいないようで少しではなく不安が残るが。
……そうなると貴重な魔導士である私も将来的にそういうことをしないといけなくなるのか、それはかなり面倒だな。サボりたい。何とかサボれないだろうか?私は小学校の掃除だってきちんとサボってきたんだ、何としてもサボらなければ。
私がとりとめもない思考をいつものように巡らせていると怪我人を背負ってきた方の一人……種族が分からないな。とりあえず女性で美人であり、胸のサイズもそこそこある……これだけ分かれば十分だな、うん。その女性が怪我人たちに対して魔法を行使し始めたのだ。するとどうしたことであろう、彼らの傷がゆっくりと癒えていくではないか。どうやら彼女は回復系統の固有魔法を持っているようだ。魔法の名前は――『森の癒し』か。名前から察するに森林で使用できる回復魔法の類だろうか?
しかし回復魔法か。私の感覚で言うとこの世界の住人達は記憶にある前世の者たちよりもよほど頑丈だ。それは汎用魔法の『強化』の影響も大きいのだろうが、それだけではないと思う。魔法による摩訶不思議な攻撃を受けようがある程度は当たり前のように動いて見せたりするからな。もしかしたら『強化』には頑丈さやら身体能力やらの成長力を上げる効果もあったりするのだろうか?ともあれファンタジーらしく頑丈な肉体を持つ彼らは、些細な傷であれば時間をかければケロリと治ってしまうことも多い。
だがそれは回復系の効果の効果が軽視されているというわけではない。むしろその逆だ。戦闘支援、致命傷の回避、病気の治療などなど回復系の魔法や魔道具というものはともすれば戦闘系の固有魔法や種族魔法よりも高い価値が見積もられる。治せない傷や病が治せる、戦いの最中に傷を癒せる、というのはとても重要だと考えられているのだ。それに住民が逞しいとはいえ使う武器も魔法という段違いのものだからな。
それにしても我々の街にも回復魔法の類いを使える存在がいることくらいは知っていたが、よもやこのような東側へと逃げる集団に混じっているとは思わなかった。西側だろうと財産を築くくらいは訳ないであろうに。……まあ価値が高すぎて自由がなくなる例もあるみたいだし、そういうのを嫌ったのかもしれない。私だって軟禁生活はごめんだしな。
テータイくんとの挨拶を済ませた、というか状況的に自然と話を止めた私は少し距離を取り、キャリーバックを椅子にしてぼんやりと治療の光景を眺めていたのだが、しばらくするとテータイくんが皆の中心へと歩いていくのが見えた。先ほどまでは怪我人を背負ってきた集団の一人……言いづらいな、アッシーくんとでも呼ぼうか。アッシーくんの一人と何事かを話していたのだが、何やら少し頷くと歩き出したのである。
「皆、聞いてくれ!」
パンパンと手を叩き注目を集めた彼はそのまま話を始める。皆は彼が語るのを静かに……かどうかは微妙なラインではあるが、少なくとも耳を傾け目を彼の方へと向けていた。そこでテータイくんが語ったのは何とか街を脱出できたことに対する喜び……というか励ましと、これからの道のり―――ヤバノメ、アリエリエを経由して交易都市メルマークを目指すこと、道中で出るモンスターや野宿などのために皆で一致団結する必要がある、などなどだ。
思ったよりも大所帯だったからな、こういう説明や意思統一は必要なのだろう。それに先ほど到着した彼らを少しでも休ませたいという意識もあるように見受けられる。まるで校長先生の話のように話す時間が伸びていっている。台本もなさそうなのに大したものだ。けれど今回に関しては悠長だったようである。私は目立たないように『夜の帳』と『影絵の獣』を発動させた。
「―――っ!構えろ!!」
そしてテータイくんを含む何人かも気づいたようで近づいてい来る者たち―――人間の軍隊へと武器を向け、他の者たちを下がらせる。あちらは軽装で皮製の防具に身を包んでいる。鎧などでガチガチに装備とかそういうのでないのは助かる――『強化』のおかげで凄まじく硬くなるんだ――が、それでもそれなり人数がいる。
まあ人数だけならこちらの方が少しだけ多い……が、非戦闘員も多いからな、ここの奴らで相手をするのは結構辛いかもしれない。とはいえ所詮人間だ。数は多いが種族魔法が貧弱な彼らは固有魔法を使える魔導士でさえなければそこまでの脅威にはならない。あちらの魔導士の数は……どうやら二人のようだ。こちらは私、テータイくん、『森の癒し』の子で三人、どうにも微妙な塩梅だがなんとかは恐らくなるだろう。
「ふんっ、どうやら非戦闘員ばかりのようだな。いくらか戦えるのもいるようだが、この数を相手に守りきれないだろ?大人しくするのなら命だけは許してやるよ。」
へへへっ、と如何にも悪役顔で笑いかけてくる人間。その後ろにはこれまた如何にもな連中が同じようにゲス笑いの表情を浮かべている。一人だけ太った巨漢の男も混じっているあたりそれっぽいな。命だけは助けるという言葉はつまりそれ以外は保証しないということであるし、降伏してもあまりろくなことにはならなさそうだ。
とはいえこんなところで街から逃げる奴を捕まえるための別動隊というか厄介払いに近そうな扱いをされているとはいえ最初にすることが降伏勧告とは、質が悪いなりに上澄みなのだろうか?いやそれはそうか、でなければ別動隊を任せたりはしないからな。一緒に戦うのはどうかと思われたが見張っていないといけないほどではない、と判断されたというところか。よく見れば装備にはいくつかの傷があり少しぼろい。傭兵の類だろうか。
とはいえここに集まった彼らはそんな脅しには従うつもりはないようで武器を構えて人間たちを睨みつける。『強化』の魔法も発動し、今にも襲い掛かってやると言わんばかりだ。それに対して傭兵たちも同じように武器を構え、『強化』の魔法を発動させる。私?非戦闘員の振りをしつつ後ろに下がっているが何か?そんな中あちら側の頭領なのだと思われる先ほど語り掛けてきた男がめんどくさそうに話を始める。
「おいおい、マジでやる気か?そっちの非戦闘員合わせての人数と同じぐらいにいる俺たちと?数くらいちゃんと数えたほうがいいぜ―――ってうん?おい、なぁ、あれって」
「へへっ、間違いねぇぜ、お頭!あの見た目は吸血鬼だ!」
「おいおいおいおい、マジか?へへっ、気が変わったぜお前ら――――――
おっと、さすがにそこから先を喋らせるわけにはいかない。
―――――がぁ!?」
木の上から落ちてきた真っ黒い蛇が男――奴らの頭領だと思われる男に巻き付き、牙を立てる。無論、仕込んでおいた私の『影絵の獣』だ。おそらくこいつは私を差し出せば見逃してやるとかそのようなことを言おうとしたのだろう。まあ私の首を持って帰ればボーナスが出そうだしな。とはいえもちろんそんなことを言わせるわけにはいかない。信頼関係が築けておらず、戦闘員の人数の関係で不利なこの状況なら私を差し出す可能性があるからな。私が犠牲なる展開なんて認められるわけがない。ここは交渉ではなく戦闘をなし崩し的に始めてしまうのがよいだろう。
蛇を引き剝がそうと暴れる相手の頭領。けれどその顔色が急速に悪くなっていく。『毒付与撃』、良い魔法だ。字面的にやはり自身の攻撃に毒を乗せる魔法だったか。魔法にも乗せられることを考えるととても使い勝手がいいのだろう。似合っているとはいえ、こんな序盤の如何にもなやられ役ムーブをやっている奴にはもったいないほどだ。だが毒性は割と抑えめ―――いや本人の耐性によるものか?それによって死に至るまでは時間がかかるようだ。が、こんな風に苦しんでくれるのなら隙としては十分だろう。蛇も首や顔に巻き付くことで剥がされにくくしているしな。まさか自分たちのリーダーが一歩間違えば死ぬような刃物で蛇を殺すなんて野蛮な方法は取れまい。
「―――はっ!?い、今がチャンスだ、かかれ!!」
「っ―――!!てめぇら、お頭を護るんだ!!」
奇襲のチャンスなのに動き出すのが遅いな、と思っていたがもしかしてテータイくん含めてこちらの人員はあまり戦闘に慣れていないのだろうか?まあそれならそれでいいというか好都合だ。ここは収集を付けさせたり交渉をされないためになるべく早くあちらの頭領を倒したいところだが、あまり目立つのはよくない。目立ってしまえばこれ以降の戦闘も頼られることになるからな。ほどよく地味に貢献しよう。
今後こういう交渉があった時に私を見捨てることを躊躇わせる程度に戦友感を出しつつ、なるべく私の負担を少なくしたいところだ。うん、そう考えると目立つこと自体はいいのか?ただ目立ち方を強いとは思わせずにきちんと戦っているように見せる、というのがベストか。欲を言うとそのうえで駄目な部分を適度に見せてあいつだから仕方ないな、みたいなポジションに付きたくはあるんだが……逃避行中だとかじ取りが難しいしな。
響く金属同士がぶつかり合う音。悲鳴と怒号。剣と血と魔法が踊り合う混戦模様の戦場を見ながら、私はこの戦闘を如何に私の点数稼ぎに利用するかを考えるのであった……。
相変わらずの主人公。
とはいえ今回は前までの戦いと比べると結構余裕がありますね。
まあそもそも主人公は集団戦の方が得意だったりします。
とくに今回のような混戦は。




