第二話、あるいは舞台説明という名の日常回②
眠い。
そしてサブタイトル間違えたので直しました。
「で、私のところへやってきたんですか?」
「ああ、解決策が思いつかないものはあれこれ一人で考えるより他人の考えを聞いた方がいいだろう?」
町の中にあるそこそこお高い飲食店。客足はそれほど多くはないが、整った身なりのマダムたちが多く存在する店内は、木製で統一されたテーブルや椅子、食器によって彩られていた。私は温かみを感じさせるこれまた木製のコップでホットブラッド……ようは温かくした血液を飲みながら目の前にいる彼女、ルーニャ・ステイアハートに相談を行っている。温めるとなんというか口当たりがまろやかになるんだよな、血液って。最初はどうなのだろうと思ったものだが、飲んでみたら割と好きになっていた。あ、まろやかと言っても鉛が入ってるとかそういうあれではないぞ?
「解決策、と言っても私はまずどんな風にイオカルさんが負けてるのかちゃんと知らないんですが。」
「む、そうだったか?」
「だってイオカルさん、自分が負けたこととかあんまり話したがらないじゃないですか。」
「それはそうだな、負けたことを話せば不愉快な気分になるし。」
アドバイスが欲しいのならまずは説明をしろ、とルーニャちゃんは私に言ってくる。可愛らしいジト目に合わせて短いながらも綺麗な水色の髪の毛が揺れる。だが彼女の容姿について語るのであればそれらよりも外せない事項が一つ存在する。
そう―――胸だ。今世の私も(絶壁なフレリアちゃんと違って)それなりにあるのだが、ルーニャちゃんのそれと比べれば大きさという点では霞んでしまう。む?大きさ以外?あいにく私は自分の胸を揉みしだくことはできてもさすがに彼女の胸を揉みしだくことはできないので比較の仕様がないな。今世では同姓なのでそこを利用すれば、と思わなくもないがやはり童貞である私には聊かハードルが高い。
「…………いやそこは話し始めてくださいよ!?なんで会話終わらせようとしてるんですか!?」
胸部装甲について考えを巡らせているとルーニャちゃんが私の沈黙を話を終わらせようとしていると勘違いしてツッコミを入れてくる。……実を言うとちょっとめんどくさいし、今日のところは食事して終わるだけでもいいかな、と思い始めていたのであながち勘違いとも言えないのだが、ここは勘違いということにする。どうせ私の内心のことだし、少しでも都合がいい方がお得だからな。
「分かった、分かった。きちんと話すさ。……とはいえ負け方も負けた理由もなぁ、割とどうしようもないんだよな。」
「おや?負けた原因は分かっているんですか?」
「なんだその意外そうな顔は?まるで私が何も分かっていないかのように。」
「い、いや、そんなことはないですよ?ただ、その、ちょ~っとだけ驚いたと言いますか。ほ、ほら!失敗の原因を探るのって結構難しいじゃないですか!?」
「失敗したわけではない、ただ負けただけだ。」
「……えぇ?それは、その、無理があるのでは?」
「失敗ではないさ、私は負けても信用とか信頼とか以外に失うものはないのだからな。」
「あ、そこの自覚はあったんですね。」
なんというか今日はやけに私を駄目な奴扱いしてくるルーニャちゃん。まあ私が真っ当な、品行方正な部類でないのは自覚しているが、だからと言って扱いがひどくないだろうか?少し頬を膨らませつつもようやくある程度の気安い交流関係に近づいたのだと前向きな解釈をしておくことにして話を進めよう。ここを突っ込みだすとまた思考があらぬ方向へ行ってしまいそうだ。
「で、負け方とその理由だが……まずは負け方、これは単純だ。近づかれて武器を弾かれて喉元に剣を向けられる。基本的に全部こういう形だな。その理由も分かってる。努力量とセンスと適正の差、そこから発生するスペック差だな。」
「それは……その……」
言いづらそうな表情で苦笑いを浮かべるルーニャちゃん。まあそうだろう、これが事実だと割とどうしようもないからな。
「そうだな、私もそう思う。だから言いたくはなかったし、自分で考えても答えが出なかった。というわけで何かアイデアを出してくれ。」
「えっと、自信はないですが分かりました。すいませんが、戦闘の推移と中身についてもうちょっと詳しく話して頂いても?」
「……分かった。」
脳裏に浮かび上がってくるのは先日の敗北。私の放つ魔法、『魔弾』の雨を時に避け、時に『血液操作』で作った剣で弾きながら私の方へと一直線に向かってくフレリアちゃんの姿。私も同様に『血液操作』で作った剣で受け止めたんだが……数回の打ち合ったら砕かれて、2本目を作る余裕もなく懐に入られ体勢を崩され、そのまま首元に剣先が―――。うん、どうしようもないな。
「……よりにもよって種族魔法の『血液操作』の打ち合いでも負けてるんですか?」
「仕方ないだろう、苦手なんだよ、あれ。それに『強化』の差もあるしさ。」
困ったような呆れたような表情で私の方を見つめるルーニャちゃん。確かにハーフのフレリアちゃんに押し負けてるのは呆れられるのは分かるんだが……分かるんだが、私にはM属性はあんまりな、げふんげふん。もといそんなどこぞの青狸が同居人の小学生を見るような目で見なくたっていいと思う。
彼女の表情の理由を説明するにはまずこの世界における魔法について説明する必要があるだろう。こちらの魔法とは汎用魔法、種族魔法、固有魔法の3種類に分けられ、これらは後に行けば行くほどに修得や行使が難しいとされる。
ちなみにこれをどの程度使えるかによっても呼称が変わってくる。汎用魔法しか使えないのなら魔法士、種族魔法をきちんと扱えて魔法使い、最も難しい固有魔法を使えるようになった者は魔導士だ。私もフレリアちゃんも現状では魔法使いということになっているので固有魔法に関しては私と彼女の戦いでは出てこないと思うがな。
汎用魔法はその名の通り特に条件なく訓練さえすれば誰でも使用できる、とされている魔法だ。私が戦いでメインウェポンにしている『魔弾』は魔力――魔法の糧となるとされる全ての生き物が持っているエネルギー、ゲーム的にはMPと言えば伝わりやすいと思う――を一定の大きさの弾丸にして発射して攻撃する汎用魔法だし、フレリアちゃんの得意な『強化』――身体能力や手に持った武器や防具を底上げする魔法――なんかも汎用魔法だ。
ちなみに私も『強化』を使ってはいた。使ってはいたんだが、効力が明らかに負けていたのである。ここに関しては正直適正差だから仕方ないと思う。単純にフレリアちゃんはゲームで言うところの前衛タイプで『強化』が得意。対して私は後衛タイプで『強化』より『魔弾』の方が得意なのである。
で、次の種族魔法……を飛ばして先に固有魔法について説明しよう。なにせどちらも使ってないからな。先述の通りこれはもっとも修得するのが難しい魔法とされていて、その内容は(親や師などと類似する魔法になる場合もあるらしいが)千差万別である。つまり使用する個々人によって発言する効果が違うのだ。これは魔法とは言うが前世知識で言うと異能力的なものだと思っている。
どっちかというと純粋に魔法技術の方が色々覚えられて面白そうだったんだが、産まれた世界に文句を言っても仕方あるまい……とでも言うと思ったか!私は言うぞ、世界この野郎!そこは純粋によくあるファンタジーでもいいだろうが!!いや異能力バトルが嫌いかっていうとそうではないんだがな?でも世界は文句言い返してこないし言い得じゃなかろうか?
では最後に種族魔法について説明しよう。これは文字通りその種族にしか使用できない魔法だ。人間なら人間の、吸血鬼なら吸血鬼の魔法があるわけである。『血液操作』は自らの血液を操作し硬質化して武器やら盾やらにする魔法だ。これで我々は剣を作って戦っていたわけだな。ちなみに打ち合って分かったが、完全に剣の技量では負けていた。裏で練習とかしてるんだろうか?してるよなぁ、やっぱり。
勝負を持ちかけてからしばらくたった後なんだが、私が勝負を持ちかけたのは気に入らないフレリアちゃんを吸い殺そうとしているからだ、って噂が流れてたのである。確かに箪笥の角に足の小指をぶつけて涙目になる程度の不幸を願ってはいるが、私はさすがに殺そうとは考えていない。何度も言うがむっとしてるだけで普通に好きな方だからな、彼女。
人の血をどれくらい吸えば危険領域か、というのはどうやら吸血鬼に備わってる知覚らしくて分かるからそれを使って危ないところの二歩手前くらいしか血を啜るつもりなどないのだ、私には。それゆえに私には君を殺すつもりなんてない、とは言ったんだが……どの程度信じられているかは微妙なところだ。あんまり理由を突っ込まれると私の駄目な所がバレそうなのでそこまではっきり否定したわけでもないからな。きっと最悪を考えて必死に訓練、とかしてそうである。私なら3日持てばいい方な奴をな。
ともあれそれが種族魔法なのだが(関係ない話がメインになってたことからは眼を背ける)、ハーフとなると少し仕様が異なってくる。ハーフは両親の種族、そのどちらの種族魔法も使用できるのだが血の薄れている影響か本来の種族よりもその効果は低いのだ。だからこそルーニャちゃんは呆れ顔をしているのである。
なにせハーフであるフレリアちゃんと純粋な(転生してるのを純粋と言っていいのかは疑問だが少なくとも肉体は純粋な)吸血鬼である私が、吸血鬼の種族魔法である『血液操作』を使って打ち合えば普通に考えて私の方が圧倒的に有利なのだ。にもかかわらず私の方の剣で砕かれたのはあまりにひどいのでは?と彼女は言いたいわけだな。まあ実際私と彼女の種族差よりも『強化』の差や技量の差、そして『血液操作』に対する習熟の差が大きかった、ということである。
「というか『血液操作』って私たち吸血鬼の象徴みたいな魔法なんですけど……一応聞きますけどちゃんと訓練してるんですよね?」
その言葉を聞いた私はにっこりと彼女に向って微笑み――――そのまま顔を逸らした。
「ちょっと!?サボってたんですかっ!?サボってたんですよね!?」
「いやだってさぁ、人のならともかく自分から血使うのちょっとグロくないか?」
「言いたいことは分からないでもないですけど……またアーネイア様に怒られても知りませんよ?」
「うぐっ。それは困る。父さんの浮気が発覚してからすこぶる機嫌が悪いのだよなぁ、母さんは。」
ただでさえ体罰主義なのに、癇癪もひどくなって正直虐待の域だからなぁ。まあ基本的にはメイドやらなにやらを盾にやり過ごしてはいるし、なるべく近づかないようにもしてるんだが……用事があればあちらからやってくるだろうしなぁ。憂鬱になってきた。……はぁ。
「だったらきちんと訓練しましょうよ。」
「う~ん、そうは言っても使いこなせるイメージが―――」
「失礼します、エスカルゴのバター焼きブラッドソース掛けのセットをご注文のお客様?」
「ああ、私だ。」
「お熱くなっておりますのでお気を付けくださいませ。」
「うむ、分かっている。ありがとう。」
やってきた注文の品を満面の笑みで受け取ってフォークとナイフに手を伸ばす。ずっと待っていたんだよな、これ。なんというか時々食べたくなるというか。付け合わせのサラダとスープも実に美味しそうだ。
「で、何の話をしていたっけ?」
「……『血液操作』の訓練ですよ。」
「ああ、そうだったな。とはいえせっかくの料理だ。そちらが頼んだのもどうやら今運んできているようだし、冷めないうちに食べるのを優先しよ―――なんだその眼は?」
ルーニャちゃんにジト目を向けられながら、私は料理へと視線を動かすのであった……。
なんでファンタジー世界に来てまで食べるのがこれなのだろうか……?