第十三話、親の心を知ったとしてもやることは変わらない①
気が付くと後回しにして時間が立っている……(汗)
「いやはや大変なことになったな、お父様。」
くつくつと笑いながら眉間に皺を寄せ苦い顔をしているお父様に話しかけ部屋へと入る。その隣には、おそらく準備に使うのであろう書類が山のように積まれている。勝手知ったるとばかりに私はその山の1/4程を手に取って近くの椅子に座る。目を通しペンでサインを入れながら、時に没として裁いていく。
「……珍しいな、お前が対価を要求せずに手伝い始めるなど。」
「そりゃ無論そういうことを言っている場合ではないからな。緊急事態だ、できる限り協力するとも。」
「……戦闘の方はどうする?」
「もちろん参加するさ。そもそもあいつら人間の目的は我々吸血鬼の討伐だろう。西の方へ行けばまた話は変わるんだろうがこの辺りの人間はどこもかしこも反吸血鬼だしな。戦わざるを得ないだろう。」
はぁ、やれやれとため息をつきながら書類を捌き続ける。それと同時に私はこの世界の仕組みに思いを馳せる。仕組みと言っても法則とかそういうあれではない。単に社会の在り方だ。この世界は所謂ファンタジー世界である。そして以前にも言ったが、モンスター……魔法を使う生物たちが跋扈する世界でもある。つまりこの世界においては野生動物の脅威が前世よりも恐ろしいのだ。いやまあ前世は前世でヤバイのは居たんだがな、ライフル弾く熊とか。どうなってるんだ、あれ?
ともあれそういう生き物が襲ってくる中で生活圏を築くのは難しい。もちろんこの世界の住人達もその分強くなってはいるんだが、だからと言って何か作業している時に襲われればそれどころではないのはお分かりだろう。膝の上に猫が乗って来るだけでも作業効率は落ちるものだ、言わんやそれがモンスターならという話である。(えっ、猫の場合は作業効率が落ちる理由が違うだろうって?なに、それは些細な差というものだ。)
それに対してこの世界の人々が取った行動も簡単だ。防衛用の城壁でぐるりと拠点を囲んでしまうのである。城壁を壊すほどの魔法が使えるモンスターなど少数派であるし、そういうのが来た時だけ専門の兵士が対処を行えばいいのだから内部で生活する者たちはかなり安全に暮らすことができるのである。(もちろんどうにもならないようなヤバイのがやってくることもあるだろうが、元の世界だって災害があったりするのだし似たようなものだろう。……まあこの世界、モンスター以外の災害もなんならファンタジー由来の災害もあるんだがな。)
そして城壁が拠点を囲む形で住居を作っている関係上、この世界における集団の単位は都市である。国というのは全て都市国家かあるいは都市の連合という形になるわけだ。ゆえにこそこの世界において他国を攻めるという行為はリスクが高い。モンスターが発生する世界の中で集団行動を行い、疲弊した状態から城壁へと攻め入らなければならないのだ。これは一人一人がモンスターに対処できるほどの実力を持っていたとしてもなかなかの難事である。
だというのに人間たちはこちらへ攻めてきている。それは何故か。おそらく一つは歴史あるいは宗教的理由だ。この辺りの地方一帯は昔から吸血鬼が治めていたらしく、また今よりも彼らの勢力は大きかった……この辺りの都市のほとんどは吸血鬼のものだったらしい。それに今現在でもこの都市にもいたりするが被征服者として暮らしていた人間も数多い。
そんな危機的状況において彼らの拠り所となったのはおそらく宗教だったのであろう。どうやら彼らは我々吸血鬼を悪としそれに対抗するという形で精神を保ってきたようなのだ。(と言っても人間全てという訳ではなくこの辺りの地域らしく、別の地域だと同一の宗教でも吸血鬼に対する評価がまた変わって来るとかなんとか、詳しくは知らない。これでも情報を集めているつもりだが、それでも状況的に手にはいる量に限界があるのである。)そしてそれだけならまだ楽なのだが、この地方の吸血鬼と人間のバランスはだんだんと人間側に傾きつつあるのだ。
何故って?その要因はいくつか存在する。まずは人間の支配地域の広さだ。人間だけではなく多くの種族を迎え入れている他種族都市国家も含めれば人間が支配者側に多く存在する。無論彼らは前世の人間たちと同じように普段は内ゲバをしたり人間同士で争ったりしているのだが、そうは言っても吸血鬼などという強力な勢力の矢面に立つのは嫌に決まっている。それゆえに吸血鬼に攻め込まれたりすると他の都市が援助を行うのである。分かる、私も人間だったらそう言うよ。私のところに来ないように頑張って食い止めてくれって。
そうして吸血鬼が攻め、人間が護り時に反撃するという停滞を重ねていった結果、ある時点でその力関係が逆転するようになった。その理由はもちろん人間側の魔法士や魔法使いなどが増えたということもあるがそれ以上に数の差が大きい。吸血鬼は長い寿命と高い能力を持つ生物だが、その分子供の数は少ない。少産少死の種族だ。対して人間は貧弱であり一部の魔法使いでもなければ寿命も短い多産多死の種族である。
ではその2つの種族が殺し合ったらどうなるか。もちろん死ぬのは圧倒的に人間の方が多いのだが、それでも再生力という点においては人間側に軍配が上がる。じりじりと押され始めたのだ。さらに厄介な事に人間側はあくまで敵を吸血鬼のみに絞った。吸血鬼の下に従っている他の種族は降伏すれば許し他の市民と同様の扱いにすると宣言し、その上で様々な調略を仕掛けこちらの切り崩しを行ったのである。
これらの理由により力関係は逆転し、多くの吸血鬼の治める都市が人間たちによって攻略されていった。そしてついに私の住む街、アヴラパヴァンへとやってきたというわけである。まったくもって嫌なものだ。まずこの街は負けるだろうしな。
ん、どうしてって?私とフレリアちゃんの模擬戦に数多くの種族が集まっていたことから分かるようにこの街はかなり他種族の街だ。ついでに言うと結構スパイも混じってるんじゃないかと私は予想している。少なくとも確定で一人は見つけているし、蝙蝠族の連中とかそっくりそのまま寝返りそうだしな。前に見たハーフの扱いとか見るに。んでまあその辺の原因のきっかけは何かと言えば―――――
「融和政策が裏目に出たとみるか、あるいは下半身のツケと言うべきか。いずれにせよ一致団結して敵を倒すとはならないだろうな。意見の対立もあるし人間側に寝返る奴も出てくるだろう。その辺については考えているのか?」
「……私も戦場に出る。アラネルにも出陣を頼むつもりだ。」
「ふぅん、お父様とお母様が並んで出陣することで無理やりまとめつつ裏切りにくく、か。まあそれしかないだろうな。」
お父様が低い声を滲ませるように告げる。戦いを好まないお父様が前線に出る、か。やはりかなり追い詰められていると見るべきだろう。いやそれとも私のようにブラフだったりするのだろうか?
「それでお前の配置はどこがいい……?」
「そうだな、ならば私もそこへ行くべきだろう。やはり領主一家でまとまっているというのをアピールしなければ。」
「…………………………そう、か。」
私が珍しく積極的に戦うと言ったのにも関わらず難しい顔をするお父様。その顔は困った様子で、けれどもどこかほっとしているようななんとも言えない味わいを醸し出していた。顔が良いので絵になるのが正直むかつくのだが、まあ仮にも今世の父であるのだし緊急事態だ今はスルーしよう。それに私の顔面偏差値も結構高いからな。
「そう、だろうな。私、はお前に父親らしいことなぞほとんどしてこなかった。むしろ私のツケを押し付けるような形でずっと過ごしてきた。そんなお前が、その決断に至るのは、当然のことだ。……すまない。」
「いやお父様?私は一緒に戦うと言っているんだが?いったい何を言っているんだ?」
「お前が私たちのいる前線へ行く、と言うはずがないだろう。言うとすれば後方で物資の警備あたりが関の山だ。」
――――正解だ。
「ひどい言いがかりだな、お父様。子供がやる気を出した時にそれを否定するというのは教育的によくないと思うが?」
「なぁ、イオカル。今がこうして話ができる最後かもしれないんだ。少し腹を割って話さないか?……この場所なら誰に聞かれることもない。」
「………………。」
私は自分のことを演技が上手いとは思っていないが、しかしそれでもこう簡単にバレるとはな。あるいは仮にも街一つを治めている相手のことを甘く見過ぎた、というべきだろうか。会話をした記憶もさほどあるわけでもないが、しかしいつも苦々しげな顔をしている集りやすい男だと思っていたんだがな。
私はため息をつきながら周囲を探り、部屋の近くに誰もいないことを確認する。それから押し入れの奥に閉まってあったグラスと酒……ウィスキーを取り出し、机の上に置く。知られていたのかとお父様が驚いたような表情で苦笑するが、しかしここで態々止めるような野暮な真似はしないだろう。
カンという音がなり私とお父様の持ったグラスがぶつかる。お互いにチビチビと無言で酒を呷る。奇妙な静寂が場を支配する。だがそれも長くは続かない。やがてお父様がゆっくりと口を開く。
「ここを出た後はどこへ行くつもりだ?」
「……私が街を出て行くことは確定なのか。」
「お前がこの街に留まる理由もないだろう?」
「……家族のためにここに留まる、というのは?」
「ありえん。家族のためというが、一体誰のためだ?そもそもお前は家族のことがあまり好きではないだろうに。」
やれやれ、どうにも私の評価が低いようだ。私は別にお母様以外は嫌いではないのだがなぁ。お母様?ビジュアルは好きだぞ、ビジュアルは。でもほらいくら美人でもこっち痛い思いさせてくる奴は、なぁ?そういう意味では素直に負けてくれないフレリアちゃんもそうではあるんだが、まあちらほら美味しい思いをさせてくれることもあるし、あちらからなんかしてくることはないしな。
「いやいやそうでもないさ、お父様のことは割と好きだとも。」
「……金を渡すからか?」
「ふふっ、その通りだ。理由を付ければなんやかんや折れて金を払ってくれるからな。今だってこのウィスキー年代ものなんじゃないか?」
「……そうだな。いつか飲もうと思ってもうどれくらいになるか。結局今までもったいなくて開けることができなかった。」
「それならよかったじゃないか。自分の子供との語り合い、これ以上なく適切な場面だろう。まあもっとも相手がフレリアちゃんじゃないのはお父様としては複雑だろうがな。」
「い、いや……あの子とこういう場を作っても、何を言えばいいか分からなくなってしまうだろう。だから、お前でよかった……。」
「なんだ?私なら気がねなく話せると?それとも雑に扱っても構わないとでも?」
「……お前は、もう大人だ。いつからそうだったのかは分からない。だがお前は自分で考え自分で動き、そして必要に応じて現実と妥協してやっていける、なんなら誰かを食い物にすることも厭わないそんな立派な大人だ。」
「……それは褒めてるのか?それとも貶しているのか?どちらにせよ買い被りだと思うがな。」
とはいえもちろん褒められて嬉しくないということはない。何、単純?褒められて嬉しく思うのは万人共通だろう。もちろんその結果として何かをするかは千差万別だがな。
「……褒めている、いや僻んでいるのかもしれないな。お前のようにやってこれていたらこんなことにはならなかったかもしれないと、そう思ってしまって、な。」
お母様のこと、フレリアちゃんのお母様のこと、私のこと、フレリアちゃんのこと、この街のこと、あるいはこれからのこととそうなった原因、そうした様々の不安事や後悔、どうすればよかったのかという嘆きを滲ませてお父様が唸る。顔は憎たらしいほどに整っているというのに、どこか老いを感じさせるような表情。苦しい中でもなんとかこのままいけばと思っていたところに人間たちの襲撃。しかも話を聞くにかなりの大規模だ。がっくりしてしまうのも致し方のないことだろう。まあ世の中他人が落ち込んでいるからと言って容赦してくれる者ばかりではないどころか、むしろ喜々として漬け込むやつの方が多数派なのだがな。私とか。
「あははっ、私がお父様だったらとっくにお母様にでも実権を渡してのんびりしているさ。権力は欲しいが責任とか仕事はごめん被る。そんな罰ゲームを態々やろうと思う輩の気が知れないな。」
「……そんな風に思っていたのか。」
私の意見に呆れたような声を上げるお父様。しかしそう間違っていないと思うんだがな。確かに権力者になれば差配できることも多いが考えなければならないことも多いし、仕事量だって増えるだろう。もちろん私腹を肥やそうと思えば肥やせるのだろうが、その難易度は時代とともに上がっていく。それに私は吸血鬼、長い時間を生きる種族だ。つまりある程度以上未来のことも考えて経営しなければならない。……ぶっちゃけめんどくさくないか、それ?というかストラテジーゲームの類をするだけでも色々面倒が多いのは分かるしな。私は、あれだ、高等遊民になりたい。好きなことに時間を使いながら権力とお金がある程度ある暮らしがしたいのである。
「なに、子供は親の背中を見て過ごすとよく言うだろう?お父様が大変な思いをしてこの街を治めていることは知っているとも。(上手くできているとは言わんがな。)」
「…………はぁ。」
苦々しい顔をこちらへと向けるお父様。だが私のことをある程度分かっていたのだろう。仕方ないな、と苦笑する。それからウィスキーにまた口を付け、そして意を決したようにこちらをじっと見つめて口をを開いた。
「……お前がアラネルのことが嫌いなのは分かっている。だがフレリアの方はどうだ?……やはり恨んでいるのか?」
お父様はそう真剣な表情で聞いてきた。
今回かなり難産でした。表現難しい。