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虎の威を借りる吸血鬼  作者: トカウロア
故郷脱出編
1/46

第一話、あるいは舞台説明という名の日常回①

一回挫折したけどやっぱりやりたい欲求が出てきたのでもう一度チャレンジしてみます。


「……参った。」

「ふん。」


 真っ赤に光る紅い剣を尻もちをついて倒れる私の首元に当てこちらを睨む赤髪の少女。その長い髪が戦闘を終えて後ろを向く先に揺れる。それはまるで物語の一部であるように美しく思わず見とれてしまうほどだ。だが私としてもっと気になるのは私が今尻もちをついている、すなわち常よりも頭が低い位置にあるということ。そしてもう一つ、()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。黒いニーハイと髪と呼応するように揺れるスカート。その間の絶対領域もさることながら、その奥にある秘境を垣間見ることができるのではないかと期待させてくるチラリズム。例え生まれ変わって性別が変わったのだとしても、いやはや悲しいかな、本質的な部分というものはそう簡単には変わってはくれないらしい。


 けれどそれでもいいのではないかと私は自己肯定する。転生、古くは宗教に由来し現代においてはフィクションにおいて一つの大きなジャンルを築き上げた現象。死んだ存在が別の存在へと生まれ変わるというそれ。お手軽に変身願望やら承認欲求を満たせると私もその手の物語は好み、数多く読んでいたのだが、まさか自分がその例に当てはまることになるとは思ってもみなかった。そう、私は生まれ変わったのだ。しかも元居た世界とは異なる世界、異世界に。


 こうなってくると問題になってくることはいくつかあるだろうが、私としてはアイデンティティについて語りたい。異世界、すなわち元の世界では元の国ではないということ。つまり今まで培ってきた常識や当たり前はすべて吹き飛んでしまう。それだけではなく転生、すなわち別人になったのだから当然容姿も異なる。私の場合は性別もついでに言えば()()まで変わっているのだからもはや原型など欠片もない。こんな状況では自己同一性などほとんどないようなものだ。発狂してしまう可能性すらあるだろう。某TRPGのシステム的に言うのであれば1d6/1d20くらいはあるかもしれない。なんと恐ろしいことだろうか。


 しかし私も人間……では種族的になくなったので、えっと、そう、私も知的生命体なのであって、当然のことながら生きていかねばならない。いやもっと単純に言うべきか、心身ともに健やかに生きていたい、と思うわけだ。ではどうするか。その方法はいくつかあるだろうが私が選んだのは自己肯定だ。何はともあれ、いや何がなくとも自分を全肯定する。自分の駄目な所をそれでもいいのだ、と認めるのである。無論これは言うほど簡単なことではないが、実に幸運なことに生まれ変わる前から私の得意分野だったのだ。つまり私は生前……というと語弊があるか、今も生きているわけだし。転生前と同じように自分で自分を肯定してやればいい。何はなくとも自分は自分で素晴らしいのだと。


 えっ、転生前と変わらないのなら今までの話結局意味ないんじゃないかって?いやいやこれは重要な事なのだ。なぜならこれで私には、アイデンティティの崩壊を防ぐために行っていることだ、という免罪符が手に入るのだから。つまり例え他人の絶対領域を見ていても仕方のないこと、ということになる。発狂するよりも変態である方がまだまともだからね。


 というわけでこっそりばれないように彼女の絶対領域を眺めて――


余談だが人というのは視線に敏感な生き物だ。目は口程に物を言う、なんて言葉もある位に。これは多少の差はあれ男女ともにそうだと私は思っている。ゆえにこそ自分ではばれていないつもりでも相手にはばればれ、なんてこともよくあるわけだ。当たり前の話だが他人の身体をじろじろと見ていればその相手からの心象は悪くなる。そこで私が前世で5年の時をかけて編み出したのがこの技法、目の焦点が合わないように視野を広く持ち視界の端に目当てのモノを入れる。可能ならば中心は相手の顔などが良いだろう。そして視界の端にあるソレを頭の中で拡大するのだ。こうすることでぼんやり全体を見ているように見せかけつつじっくりと眺めることができる、というわけである。


――いたのだが、あちらはこちらと話すことなどないのだろう。すぐに部屋を出てしまった。もう少し見ていたかったのだが、とても残念である。


 彼女が部屋、練習場と呼ばれる盛り上がった円状の土が中心にある、戦闘の訓練で使用する場所を出て行った直後、ざわざわとざわつくような音が聞こえる。まあそれはそうだろう、先の戦いで私は全くと言っていいほど歯が立たなかったのだから。


 ……そう考えると劣等感やら嫉妬やらがふつふつと湧き上がってくる。あとで嫌がらせでもしに行こうか、例えば靴を履いたら妙に湿ってるとかそういう地味に嫌な奴を。


「くっ、混ざり者の癖に生意気な……」

「イオカル様もイオカル様だ。あんな奴に手も足も出ないとは……」


 おーい、そこ聞こえてるぞ、陰口ならもっと聞こえないようにやってくれ。なんて思いつつ口元をひくつかせながらパンパンと身体をはたいて立ち上がる。ちなみにこのパンパンは服の汚れを落としたのであって決して―――っと、スカートの動きが煽情的であったがために思考回路が()()()の方面によってしまった。一回落ち着こう、落ち着いて目を閉じて、深く息を吸って~、吸って~、吐~~~~~く。うん、こんなところでいいだろう。


 ぼっこぼこにされたことを思い出しちょっとイラっとするが、まあ状況的にその姿を見せておいた方が無表情よりはいいだろう。ということであえて感情を否定せずに私は不機嫌そうな表情――眉間に皺を寄せる――をする。決して抑えられなかったとかそういうあれではない。


 それに惨敗を期したとはいえ自分の中に負けを言い訳できる理由はあるし、そもそも彼女―――フレリア・ナイトリアカードとこうして試合をするのも今日だけではなく、もう何度も行ってきたことだ。……そのたびにぼっこぼこにされてるということからは眼を逸らすことにする。


 実を言うともうちょっと善戦できるだろうと始めた時は思っていたんだが……いやぁ、強い強い。前世で運動が得意だったというわけでは決してないというかむしろあまりしないタイプであったとはいえ、今世の身体は凄まじく優秀であったがゆえに私はかなり油断していたのである。なにせ生まれ変わった私は―――吸血鬼(ヴァンパイア)、フィクションにおいて強キャラの代名詞とも言えるそれになっていたからだ。


 吸血鬼(ヴァンパイア)はその名の通り血を吸う知的生命体で、鬼のような強さを持つ生き物だ。前世ではワラキアの方とかそういうのが有名だったり、血を与えることで増えたりしたが……この世界においては一つの種族、いやこの場合は人種になるのだろうか?ともあれ一つの大きな括りとして存在している。また血を与えるとかではなく普通に有性生殖で増える。食性は普通の飲食が行えるが知的生命体の血液を好む、というより栄養として必要なのだろう。血を一定期間吸っていない吸血鬼は衰弱して死ぬらしい。


 血液でないと駄目というのは何というかどうなっているのか割と疑問ではあるがファンタジーってそういうものだよな、ととりあえず納得しておくことにする。こういうファンタジーで説明が全てついてしまう世界というのは賛否両論あるだろうが、私は嫌いではない。なんというか元の世界と違う法則が働いている感じが如何にも異世界……暮らしてきた物理法則と科学が支配する世界と異なる世界だと実感できてわくわくするがゆえに。


 あとついでに言うと元の世界と類似が増えるとホームシックが辛い。欲を言うとハンバーガーとかアイスクリームとかきつねうどんとか白米とか食べたい。ゲームもしたい。あと暑くなったら扇風機を取り出してそこに向かって「あ゛~~~~」と声をあげたりしたい。だがしかしそうは言ってもないものねだりにしかならないので、泣く泣く、そう泣く泣く諦めてこの世界での楽しみを見つけようと色々試行錯誤しているわけだ。フレリアちゃんの絶対領域とか。


 まあそのような私のささやかな生活の彩りはともかく私の彼女の関係は少し複雑だ。まず私が吸血鬼でありこの世界の吸血鬼は有性生殖で増える、ということは私にも当然両親というものが存在する。そして私が純粋な吸血鬼である、ということは私の父と母も吸血鬼な訳だ。対して彼女、フレリアちゃんは先ほどそこの隅に座っているふくよかな狼男―――狼人族(ウルフ)の男性が言っていたように彼女は混ざり者、吸血鬼(ヴァンパイア)人間(ノーマル)のハーフ、いわゆるダンピールという存在なのである。


 しかしそれだけならそうなんだ大変だね、で済む話だ。この街を治めているのは吸血鬼(ヴァンパイア)―――というかぶっちゃけ私の父なのだが、住んでいる人々も同じ吸血鬼(ヴァンパイア)やその配下として忠誠を誓っている氏族、というか種族(この部屋にいる吸血鬼(ヴァンパイア)でない連中がそうだ。)がほとんどである。そして近隣には人間(ノーマル)が中心の街がいくつかありそれらとは現状敵対関係にある。それゆえにフレリアちゃんの立場は悪いのだが、彼女が単なるダンピールならば私には関わりのないことで終わる。けれど残念ながら彼女と私の関係ではそうとは言えないのだ。というのも彼女の父親となった吸血鬼(ヴァンパイア)、敵性種族であるはずの人間(ノーマル)と子供なんて作りやがったのが―――私の父親だからなのである。


 つまり私、イオカル・ナイトリアカードと彼女、フレリア・ナイトリアカードは異母姉妹なのだ。えっ?じゃあ私は妹の絶対領域を熱心に見つめていたのか、だって?無論、その通りである。だがここで誤解しないで欲しいのは私がシスコンの変態であるわけではないということだ。


 そもそも腹違いどうこうの前に彼女は隠し子で私が彼女と出会ったのは割と最近であるし、私には前世というものがある以上、そちらの意識で見ればこちらの家族も全員交流がある赤の他人である。そして、これが何より大きいのだが、私はヴィジュアルが好みであれば割と誰でもいいので彼女にそこまで深い感情を持っているわけではない。いやまあ姉より優れた妹であることに関しては割とむっとはしているのでそういう意味ではマイナス感情はあるが。とはいえ可愛いは正義という言葉もあるしプラスとマイナスで言えば私の彼女に対する感情はプラスである。人格も嫌いではないしな。


 で、そんな彼女と私が何故こうして定期的に戦うことになったかと言えば―――まあ単純に私が勝負を持ちかけたからである。当時の針の筵状態だった(まあ今もそうなんだが)彼女に力を示せば多少は生活しやすくなるんじゃないか、とかほとんど幽閉に近い君の母親も君が認められば外に出られるようになるんじゃないか、とかそういう適当なことを言って勝負の場を整えたのだ。ちなみにこれらは一応嘘ではないがやっかみも増えるだろう、というか増えているな。そもそも種族の段階でマイナス感情ゆえに活躍しようが結局不快に思われるだけ、という悲しいあれだ。


 もちろん私が何の意味もなくこんな話を持ち掛けた訳ではない。当時の私にはちょっとしたマイブームがあった。それは処女の血を飲むことだ。普段の生活でもたまに食卓に上がる処女の血がとても美味しく私の新しい好物になったのである(もちろん私の元々の好物はここではほとんど手に入らないというのも大きい)。フレリアちゃんのも飲んでみたいなと思ったのだ。そこで先の勝負を設定するときに私が勝ったら君の血をもらう、という条件をつけたのである。


 え?私が負けたら?特には何もないが?そもそもこの場所を借りる申請とかするのは私であるし、彼女がこの手の試合、というか訓練を誰かとするのも立場上難しいのだからこの場自体はむしろ私の下心(好意)によるところが大きいのにそんな条件を付けれるわけもないからね。ゆえにこそ私が勝ったら血を吸うというだけのローリスク・ミドルリターンな勝負だったのだ。それに例え負けたとしても、定期的に行えば何回かは勝つだろうから私は確実に彼女の血を吸える……という計画だった、のだが。


 何度もやってるのにまだ一度も勝てていないのだよなぁ。う~ん、まさかここまで勝てないとはちょっと思わなかった。そろそろ真剣に対策を考えるべきか?私としては努力とかそういうめんどくさいことはできる限りしたくないんだが、これ以上負けが込むのもそれはそれでまずい。


 そんなこんなで眉間に皺を寄せ、ああでもないこうでもないとどうするべきかをあれこれ考えながら練習場を後にするのであった……。

なんで私は第一話で妹の絶対領域を見る主人公なんて書いているのだろう……?

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