得てして巻き込まれる ④
いつも遅くなってすみません。現場へと入っていきますが、アクションは次回からです・・・。
得てして巻き込まれる ④
ヘリが寝名榎市の航空基地に着陸し、もろもろの手続きを済ませて、基地駐車場に向かう頃には、時計は11時を過ぎていた。
そこから貴船の愛車であるクランエースと言う白色の大型ミニバンに乗り込んだ。国調は車と課員をセットで運用するので、必ずどこにいても配車されるのだと教えてくれる。
大きいが故に運転がしにくいのではないかと思ったが、絶妙なハンドル捌きで進んでいく。ああ、手慣れているなと乗っていて漆原は感じた。
事件現場の近くではパトカー2台が道路を閉鎖しており、警察官が誘導灯を振ってこちらに止まるように指示を出していた。
「さてさて・・・」
その奥に機動隊のバスと数台の覆面パトカーが停車しているのも見える。
車を指示位置で停車させると、駆け寄ろうとした警官の顔色が変わった。慌てて左肩にある無線機で何か会話を始めた。
「現場はまだ閉鎖中だったか」
面倒くさそうに貴船がため息をついた。
「多分、付近の家々を確認しているのだと思います」
「ああ、ミーティングで話していたことですね」
「ええ」
「一日中やるつもりかな?」
今日は平日でしかも真昼間である。
「多分、在宅の家屋だけを先に潰して、残ったところを夜間にといった感じでしょうか」
「共働きで殆どの家は不在でしょうから、実質は夜なわけですね。そうなってくると、深夜巡回の兼ね合いも考えて、人員不足は否めないでしょうね」
「ええ、でも、被害者宅を確認することが先決ですから」
「そういわれるということは、捜査本部はその線を真剣に考えているわけですね」
「ええ、首が何よりの証拠です」
「確かに、しかし、首については何かわかっていますか?」
「そうですね。朝の範囲ですが、司法解剖後に県警を通じて県医師会、県歯科医師会、に捜査協力依頼をお願いしました。特に市内の医療機関には極力照合をお願いするようにしてありますが・・・、現場がいまだにローラー中ということは身元不明のままといった感じですよね」
「共通カルテにはアクセスできないのですか?」
「マイナンバーの共通カルテですか?手続きに膨大な時間がかかりますので、難しいと思います」
マイナンバーの使用を促進するために、政府は国民皆保険制度を変更して、保険を統一し、共通の電子カルテを導入している。これによって迅速に、どこでも、病歴を基にして医療を受けることが可能となっている。無論、警察にとっても犯罪被害者や犯罪者の病歴を調べるのに重宝していた。
まぁ、余談だが、一番、助かっているのは健康保険を統括する厚生労働省だ。投薬や2重治療などを防ぐことが可能となり、今まで掛かっていた莫大な医療費が削減されている。
「それでも、すべきでしょう」
「並行して手続きをしてると思いますが、検察や裁判所が速やかに許可を出してくれるとは思えません」
「被害者があっても?」
「手続きには、個人情報に際しての詳細な記入項目がありますから」
個人情報であるが故にお役所仕事もさらに増えるのだ。お役所はザルではない、逆に微妙に詰まった排水溝である。
「自発的に、医療機関から情報提供をしてもらう必要があるわけですね」
「ええ、その方がてっとり早いですから」
共通電子カルテは情報省のサーバーに一括管理されている。医療機関はマイナンバーを基にして、そこからカルテデータを引っ張り出してくる訳だが、その医療機関から該当者ありと言ってもらえれば、照会書類が簡素化されて記載しやすくなり、手続きも幾分か楽になるのだ。
警察だって手続きは極力省きたい。
「じゃぁ、ローラーかけつつ、あたりを待つわけですね」
「ええ、まぁ、時間はかかりますけど・・・」
そう言いながら漆原は前方の制服警察官を見る。視線が合うと先方は意図的にずらして、無線機に集中しているような姿勢を見せた。
「多分、しばらくは通れませんね」
「でしょうねぇ」
ハンドルを指でトントンと叩いている貴船の視線は前方の警察官ではなく、奥の機動隊バス周辺に向けられていた。同じところに視線を向けると、数人の男女が集まって、こちらを見ながら何やら話をしている。
「降りて入れるように話をしてきましょうか?」
国調付きである以上、嫌な顔をされても現場の調整も自分の仕事なのだ。
「それすると、今後の活動に影響を及ぼしますよ。できれば、漆原さんは現場と仲良くしておいてほしいのです」
「こんなものを吊り下げて、仲良くとは難しい話です」
腕章をひっぱりながら文句をぶつける。
「そりゃそうですね」
「でも、そうなると、入れるまで待ちますか?」
「いえ、そこまでこちらも暇でもないですからね」
助手席側のサンバーザーを下ろして、その中に埋め込まれている青赤の警光灯を点灯させた。
「さて、どう動くか」
今までは中が見えているとはいえ、身分を明かしていない。これは、警察にとっては分かりませんでした。と言い訳の言える立場を貴船は用意していた。彼らの現場にも準備というものがあるだろうし、それに合わせての配慮でもあった。だが、警光灯をともした以上はもう待てませんよ。と意思表示である。それで入れなければ、強制的に現場に介入しますよ、とも暗黙でいっているのだ。
彼らの中に国調のやり口を知ってる者があればわかる筈である。
「一発で動きがありましたね」
バス横で話し込んでいた男女の中から一人がこちらへと走って来る、黒のパンツスーツ姿に長い髪をポニーテールで纏めた小柄な女性だった。
「若い方のようですから案内役ですかね」
遠目から姿を見ても若そうな感じが見て取れる。
「いえ、若いですけど、県警の現場指揮官です」
「ご存じなんですか」
「ええ、きっと麹町真理子管理官です。オンライン会議で何度か顔を合わせたことがありますので」
「顔見知りならよかった、で、人物としてはどうですか?」
「詳しくは知りませんが、出世はしなさそうなタイプとだけ申し上げておきます」
「というと?」
「頑として譲らない、堅物と聞いています」
「そんなにですか?」
「県警本部で揉めることも多く、年配者にも食って掛かるそうですからね」
「ああ、キャリアとしては失格ですね」
「まぁ・・・ですけど、発言が的確なのです」
「へぇ。それはすごい」
「ええ、話には筋が通り、矛盾がない。ところがそれを直球で言うものですから、まぁ、揉めますよね」
漆原は溜息をつきながら、嫌そうな表情を隠そうともせずに向かってくる麹町に呆れた。貴船を見れば苦笑いをしながらヘッドセットを掛け直して弄っている。
「私から話しましょうか?」
「そんな堅物なら、こっちへ来ると思いますから話してみます」
案の定、運転席の方へと走ってきて窓の近くで敬礼をした。貴船は窓を開けてから敬礼を返す。
「お疲れ様です。現場指揮官の麹町真理子です、どう言ったご用件でしょうか?」
「国内調査部第7課の貴船です。現場状況を確認したいのですが入れて頂けますか?」
「失礼ですが、現場にお越しなられるとは伺っておりませんでしたので、今、捜査本部に問い合わせをしております。もうしばらくお待ちいただけますか?」
目線を合わせて一切引かない態度で麹町が言う。
「連絡なしで現場に現れることは、国調ならいつものことですよ」
「そうは言われましても、私が現場を預かっている以上は確認が取れるまではお待ち頂きたいです。国調付きがいらっしゃるのでしたら、その方から報告を入れて頂くのが筋ではないかと思うのですが」
「ああ、私は事前に連絡することを好まないものですからね、漆原さんには連絡をしないように言ってあったのですよ」
「それはそちらのお気持ちだと思います。こちらは手続きなし、連絡なしでは認めることはできません」
「なるほど・・・それは困ったな」
「困ることではないと思いますが、本部の許可が取れれば入れるように手配いたしますから、それまでお待ち頂きたいのです」
「麹町管理官、どうか配慮を頂きたいのですがね」
「配慮とは?」
「今はまだ、介入ではなく、現場調査という感じなのですよ。現場で少し調査、確認すればすぐに移動しますから、少しだけ事情を組んで入れて頂けるとありがたいのですがね」
「ですから、私は本部に確認が取れればきちんと対応しますと申し上げているのです」
「ご配慮頂けませんか?」
「無理です。きちんと手続きを踏まれるまでお待ちください」
「そうですか・・・」
厳しい視線を向けたままの麹町の一歩も引かない姿勢に感心しながらも、漆原も事態がことのほかまずい方向に向かっていることに気がついていた。
「国調として、要請します。現場内への立ち入りを求めます」
「ですから!」
これが最終警告なのだろうなと漆原は感じて、若い現場指揮官を教育する事にした。
「麹町管理官、警察庁の漆原です。至急、現場内へ誘導しなさい。そののちに本部には私から命令があったと伝えなさい」
「それは困ります。私は捜査本部から現場指揮を一任されております。本部命令で無い限りは警察庁の命令には従えません」
頑ななお嬢さんだ。内務省案件という面倒くさいこの事態がまるで飲み込めていないと、漆原は憤っる。
「いいから、言うことを聞きなさい。麹町、現場を取り上げられたいの?」
「聞き捨てなりません。取り上げるとはどういうことですか?漆原警視にその様な権限はないはずです」
それはそうだ。私だってそんな権限は持っていないが、事態を報告すれば上層部がどう動くかくらいは分かる。私を支持して麹町を切るだろう。
「貴女は国調の関与する事件に携わった人から、話を聞いたことがあるかしら?」
まずは国調介入というものがどんなものか分かっているのだろうか、もし分かって言っているなら大問題だ。遠慮する事なく潰さねばならない。
「いえ、伺ったことはありません」
ある意味で漆原はほっと胸を撫で下ろした。それなら話を聞いて貰えそうだ。
「じゃぁ聞きなさい。要請の内は警察の権限で扱えます。捜査でも、なんでも、国調は無理を言ってこないわ。でも、介入をされたら警察扱いではなく国調の扱いとなるの。警察は何をするにも許可を貰わなければならなくなり、捜査は国調権限で彼に好き勝手、遠慮無く荒らされるわよ。貴女は警察権限で行える現場を見す見す捨てるつもりなの?」
当の本人が隣にいるのに言うなぁと貴船は感心した。
「しかし・・・本部から指示がないことには・・・」
「現場裁量を少しは考えなさい。それが判断できないのなら、私が指示を出したことにしたらいい。私は国調付きですが、捜査本部にも派遣されています。先輩からのアドバイスよ。今すぐ、現場に入れなさい」
厳しい口調で伝える漆原に、麹町が納得のいかない表情で聞いていたが、それを見ていた貴船がため息をついてから口を開いた。
「国調として介入を行います」
「待ってください、貴船さん、今回は私に免じてそれはやめて頂けますか、お願いします」
「入れて頂けない以上は介入しか道はないですからね」
冷たい視線を貴船は漆原に向ける。あ、これが最後通告なのだろうと漆原には分かった。
「麹町!すぐに誘導しなさい。これは命令です。聞けないのだったら、私の独断で入ります。その後に現場指揮を変えるように、捜査本部に要請を出します!」
漆原の怒鳴り声が周りにも聞こえたのか、入り口の制服警察官が道を開け始めた。しかし、よく見れば無線機からの指示に従っているようで、再度、報告を入れながらこちらの様子を伺っている。
「わかりました。立ち入りを許可します」
段々と事態の深刻さが分かったのか、諦めたように麹町が制服警官に手を振って指示を出した。
「あの警察官の誘導に従って下さい」
「ありがとう、分かってくれて助かるわ。なので貴船さん、要請でよろしいですか?」
「ええ、入れて頂けるのであれば要請でかまいません」
先程の顔つきとは打って変わり、柔和な笑みを浮かべて貴船が納得する。
「それを聞いて安心しました。麹町、あとで私の所まできなさい。話があります」
「分かりました・・・。お伺いします」
誘導棒で案内されながらその場を離れ、規制線を跨いで現場へ車が入ると、漆原はほっと胸を撫で下ろした。
「すみません。ご迷惑をお掛けしました」
貴船に対してお礼とお詫びをする。
「なんのことです?」
「いえ、介入を仄かして下さって助かりました」
「ああ、その事ですか、それよりも彼女、今さっき現場責任者を解任させられましたよ」
貴船が残念そうな声で言った。
「え?どういうことですか?」
事情が飲み込めない漆原に片手でヘットセットを叩いた。
「警察無線を聞いていたんですがね、まぁ、指揮官用チャンネルの奴ですが、山之辺警部と言う人が現場責任者となったようです。彼女が此方へついた段階で、山之辺さんから本部の高倉捜査1課長に、指揮官交代の打診がされ、私から国調の介入が仄めかされた段階で、山之辺さんがおっとり刀で駆け付けて、それを防ぐ手筈になっていたようですね。まぁ、その前にしっかりと指示を出した女性警視のお陰でそうはなりませんでしたが・・・」
「でも、解任された」
「ええ、今度は介入されそうになった事を問題視したようですね。まぁ、程のいい厄介払いでしょうけど」
「結局は現場から外す算段をしていたって事ですね」
「そのようです、さて、となると彼女はフリーな訳だ」
「その後の指示は出ていないのですか?」
「ええ、現場にて待機せよ。となってますね。本部にも戻したくない、かと言って、どこにもつける部署がない。永遠の待機って奴ですね」
現場殺しという手法だ。他の皆は活動しているのに動くことができない。罪悪感だけが残り、最終的に現場から外してくれるように本人から頼ませる。そして、そんな奴はキャリアとしても外れるから潰し合いにはぴったりの技だ。
「猫の手でも欲しい時に…」
「まぁ、あの堅物にどうこうする方が無理ってものだと考えたんでしょうが、でも、それはつまらない」
誘導していた警察官が止まるように指示を出したのでその場で車を停車する。
「えっと・・・、何をするおつもりですか?」
「なにもしませんよ、さぁ、降りましょう」
警光灯を回したまま車を降りる。機動隊バスの近くに誘導されたお陰もあって、現場本部から割と近い場所で、本部内には数人の私服警官が長机の上の地図を見ながら、何やら話し合っては指示を飛ばしていた。2人は連れ立ってそちらへと歩き始めて丁度、中間地点辺りに差し掛かると近くの車から降りてきた人物に声をかけられた。
「失礼ですが、貴船調査官と漆原警視ですね」
漆原と同い年くらいで短髪にスーツ姿の少しふっくらした柔和な顔をした女性だった。
「ええ、国調の貴船です」
「先程は麹町が失礼しました。私、現場指揮官になりました山之辺と申します」
警察手帳を見せてから頭を軽く下げて挨拶をしてくる。
「あれま、さっきの件で配置換えですかね?山之辺さんは国調に対して配慮頂けるとありがたいんですがね」
「ご要望には出来るだけお答えしようと思っております」
思っているだけで配慮するとは一言も言わないところがいやらしい。
「それは助かります。ところで、麹町さんは何方へ移動となりますか?」
「えっと、麹町ですか?」
どうやら、どんな話を振られるのかと身構えていた山之辺に対して、貴船は突拍子も無い事を言った。
「ええ、そうです」
「麹町でしたら、しばらくは現場待機です。先程の件もありましたので車内待機を本部から
命じられると思います」
「そうなのですか、いえね。麹町さんのことで、この漆原警視がことの外怒っておられましてね。先程も後で来なさいと呼び出されていたのですよ。今から来ていただく事はできませんかねぇ」
「私はそんな・・・」
「いえいえ。後輩を指導するのも先輩の義務ではないですか、鉄は熱いうちに打てとも言いますし、私はその説教が済むまで調査を待てますから大丈夫ですよ」
「すぐに呼びましょう」
山之辺が無線機に手を伸ばしたのを確認し、よし食いついたと貴船は心の中でほくそ笑む。説教の時間には調査をせずに待つなら警察にとってこれほどありがたい事はないと考えたのだろうが、それは安易な考えだ。
「麹町管理官、すぐに此方まで来て下さい。漆原警視がお呼びです」
先程の場所でスマホで何やら話をしていた彼女だったが、電話を切って直ぐに此方へと小走りを
始めた。もちろん、表情は変わっていないが。
「では、私の車で話しましょうか、どうです?漆原さん」
「か、構いませんが、現地本部へは顔を出さなくてよいのですか?」
「いいんです、それに私も若輩ですから、後輩への指導というものを勉強させて頂きたいですね」
「漆原さん、せっかくの勧めですから、そうしたら如何ですか?」
山之辺も進めてくる。もはや、面倒ごとを一時的に棚上げできるのだから、諸手を挙げて喜んでいるのだろう。
「分かりました。では、車内でお話しさせて下さい」
「ええ、では戻りましょう。山之辺さん。また、お話を伺うかもしれません」
「わかりました。では、後ほど」
その場で山之辺と分かれ、車へと戻りながら、ふと漆原の頭に最後の挨拶が引っかかった。
「えっと、貴船さん」
「はい?」
「さっき、山之辺さんに、お話を伺うかもしれませんと言っておられましたよね」
「ええ、そう言いましたよ」
「どういう意味です?」
「何がですか?」
「現場指揮官に話を伺うのが筋ではないのですか?」
笑みを浮かべて若干上機嫌な貴船は笑いながら問いを問いで返した。
「あの人、素直に教えてくれると思いますか?」
「それは・・・・無理でしょうが」
多分無理だろう。ある程度は答えても濁す部分は濁す筈だ。
「ですよねぇ、知ってます?専属以外にも国調付きは指名できるんですよ」
「あ、まさか・・・」
「ええ、そういうことです」
旧現場指揮官で最新情報までを持っていながら、外されている要員。しかも、融通が効かないが命令にはきちんと従う。
こんな便利な現場辞典、使わない訳にはいかないのだ。
今回も読んでいただいいてありがとうございます。続編はちょっと血生臭くなりますね。