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得てして巻き込まれる ③

遅くなりました。

得てして巻き込まれる 3

 食堂を出ると二人はエレベーター方向へ向かった。

 漆原にとって、国内調査部との合同調査(警察では捜査)は初めての経験だった。警察庁には内務省対策用に対応チームがあり、普段は彼らが対応している。そのため、それ以外の部署が関わることは滅多にない。

 今回、漆原が関わることのなったのは、責任を取らされての最後の仕事だった。

「漆原さん、なにか?」

「いえ」

 思案時の癖である、凍てつく視線で気が付かないうちに彼を見ていた。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ、朝早かったものですから」

「なるほど。そうだ、しばらく泊まりになると思いますが、荷物の用意はできていますか?」

 エレベーターホール脇に置いていた黒い大型スーツケースを指さす。

「用意してきました。乙川から一か月以上は現地と考えろ、聞かされましたので・・」

「あはは、あの方らしいですね、ああ、そうだ、これを渡して置きます」

 貴船が持っていたプラスチックケースの側面から、黒い布を取り出した。

『国調付き』

 それは黒色の生地に銀糸で刺繍されている腕章であった。国調課員とともに活動する警察官が、着用を義務とされているものだった。警察内部では裏切り者の証と呼ばれる。

「あ、腕章・・・」

 現物を間近で見たのは初めてだった。

「ええ、着装をお願いします」

 渡された腕章を腕に通すまで、警察官として任官してから今日までの出来事が、走馬灯のように思い出された。

それほどまでに抵抗感を示す腕章なのだ。できれば一生着けたくはなかった。

「仕方ないのでしょうね・・・」

 ため息を一息つき、左腕に腕章を装着する。

「すみません、本庁勤務の方には躊躇うものですよね」

「ええ、本当に・・・。でも、着けてしまえば覚悟は決まりました。解決までよろしくお願いします」

「こちらこそ、さて、それでは国調の前任者に引継ぎを受けたら、現地へ直接行きましょう」

「引継ぎですか?」

「ええ、国調一課の課員から引継ぎをしなければなりませんので」

 何を言っているのかと漆原には訝しんだ、昨日の事件では生存者は一般市民のみだ。

「えっと、昨日の事件では・・」

「生きていますよ」

 言い終わらないうちに、とても重たい声で否定された。

「え?」

「未だに任務中です、もうそろそろ、帰ってくる頃でしょう」

 その言葉がまるで合図でもあったかのように、エレベーターホールで流れていたBGMが切れ、抑揚のない女性の声が聞こえてきた。

「帰還連絡、繰り返す、帰還連絡」

 その内容に、周りで同じようにエレベーターを待っていた職員達が姿勢を正した。

「あの、いったい・・」

「静かに」

 戸惑う漆原を軽く注意して、貴船も背筋を伸ばした。

『特別機にて2名帰還。護衛官と担当官は屋上へ集合せよ、特別機にて2名帰還、護衛官と担当官は屋上へ集合せよ、以上』

「敬礼!」

 放送が終わると同時に、まるで示し合わせたかのように、鈴木総務課長の声が響き、全員が顔を上に向けて、ゆっくりと、本当にゆっくりと、敬礼をする。

「おかえりなさい」

 柔らかな言い回しで、鈴木総務課長が言う。

その、おかえりなさい、は場違いなのに、ひどく場違いな言葉のはずなのに、漆原の心に響き、ああ、これが内務省流の弔いなのだと納得した。

「直れ!」

 締めの言葉で静寂が消え、先ほどと同じBGMが流れ始めて、エレベーターが到着を告げる。

「さて、屋上へ向かいます、荷物も一緒に持ってください」

「は、はい」

 乗り込んだエレベーターには誰一人として乗って来ない。そのまま扉は閉まり、低い駆動音が上昇し始めたことを教えてくれる。

「今からですが、引継ぎを終えましたら、そのまま寝名榎市の航空部基地へ向かいます」

「空路ですか?」

「ええ、特別機は交代要員を乗せ、現地まで送り届けるまでが任務です。その後は、現場に行きたいと考えていますが、どうでしょうか?」

「私は問題ありませんが、捜査員の案内はいりますか?」

「いえ、それには及びません。できれば、私が街に入ったことも伝えないで欲しいのです」

「えっと、それはどういうことでしょうか?」

 現場の捜査員を端から無視して、事を始めようとでもいうのだろうかと、漆原は心配になる。

「報告書を読みながら、考えたいこともあるのです、邪魔をされたくないということもありますけどね・・・」

「邪魔ですか・・・」

「そのあとで、現場捜査員の方の話を伺いたいですね」

 どうやら現場捜査員を無視することはなさそうだ、そのことに漆原は安堵した。

「分かりました。では、そういう事にしておきます」

「ありがとうございます。もし、現場が文句を言ってきたら、知らせるなと指示されたと言ってくださって結構です」

「ありがたく、言わせて頂きます」

 現場捜査員は国調が関与していることは、いち早く知りたいはずだ。さらに言えば、目付け役の裏切者が誰かもだ。伝えるのが遅れれば、それだけで現場との連携に軋轢を生みだしかねず、また、情報交換も難しくなる。しかし、国調の指示で伝えることができない、という建前があれば、最初から裏切者は完全に役に立たないと見放されることもない。

「あと、拳銃は持っていますか?」

 腰のホルスターを軽く叩いて貴船は聞いた。国調付きには拳銃携帯は必須であるし、もし、持っていないということならば、取りに行って貰わなければならない。

「装備は用意してあります。」

 制服警察官のような帯革を着けることもなく、事務方として仕事を行っている漆原だが、今回は事が事なので、乙川から警察庁にある真新しい装備を支給されていた。

「それならよかった、拳銃はなにを持ってこられました?」

「サクラです。予備弾薬も40発ほど支給されています」

 サクラとはM360 sakura、制服警察官が持つ警察御用達のリボルバー拳銃のことだ。ここから国調は警察のことをサクラと呼んでいた。

「警察庁の方は拳銃には馴染みがないと思いますが、扱えますか?」

「現場で使用したことはありませんが、訓練結果は申し分ないと自負しています」

 漆原は拳銃訓練には熱心な方だ。趣味と言ってもいい。

警察の射撃訓練は国防軍の施設で行われており、年間200発の実弾訓練が課せられている。指導教官の評価はよく、的中率もかなりのものであった。

しかし、現場で使用したことは一度もない。

「さすがに現場ではないですよね・・・」

 悩ましげな言い方をしてから、貴船は表情を引き締めた。

「はい・・・」

「しかし、今は国調付きです。関わり合いがある以上、撃つ覚悟は決めておいてください」

「それはつまり・・・」

「ええ、人を撃つこともあるでしょうし、人から撃たれることもあるでしょう。もっというならば、人を射殺する可能性があるということも、考慮しておいてください」

「射殺・・ですか」

「ええ、その可能性が十分あることを、頭の片隅にでも入れておいて頂ければと思います。でないと、貴女も私も特別機で帰ってくることになります・・・」

 冷たい眼差しが漆原を見た。やめるなら今だぞ。ということだ。

「覚悟しておきます」

 喉をごくりと鳴らして貴船に返事をする。

「エレベーターを降りたら、ホールで装備を身に着けてください。同行中は常にで、お願いします」

「分かりました」

 そう言われてしまえばそうするしかない。多分、これも覚悟の一環なのだろう。

 エレベーターを降りた私は、近くのベンチでスーツケースから取り出した装備一式を着用する。不慣れなためところどころのぎこちなく、少し時間をかけてしまった。

 ホルスターに入った拳銃を見て、少しだけ動きが止まる。

 市民を守るために引き金を引く。これは幾らでも覚悟は決められる。市民を守ることが警察の義務であり責務だ。だが、国調と行動を共にし、その行動を阻害する要因を、排除するために振るわれる武器は、果たして市民の為になるのだろうか。

「準備できましたか?」

 壁の方を向いていた貴船が振り返った。

「遅くなりましてすみません。終わりました」

 制服警察官と大差ない姿で、遅くなったことを詫びる。

「急かしてすみません、では、向かいましょう」

 鋼鉄製の重たい扉から外へと出る。

「広い・・・・」

 他の省庁より数倍の広さを誇る、国防省にも引けを取らない大型のヘリポートだった。通常のヘリならば3機は余裕をもって着陸できる場所の中央に、一機の大型輸送ヘリが駐機していた。機体に銀色で内務省と表記されたMH53EJは、その尾翼とローターを折りたたんでエンジンを止めていた。

 そして後部の貨物ハッチを開けていた。

「さあ、行きますよ、あ、それは私が持ちますね」

 漆原のスーツケースを手馴れたように引きながら、足早にヘリ方向へと向かっていくのを追う漆原は、ヘリの近くにいる人込みの中に、駿河と所沢の姿があることに気がついた。

 その顔は冷徹そのもの、狂気と言ってもいい表情で貨物ハッチに視線を向けている。両側を16名の国調課員が整列して囲んでいた。

 その現場に二人もほどなくして合流した。

「所沢さん、遅くなりました」

「今ちょうどすべてが整ったところだよ。おお、漆原さんも完全装備だね。なかなか似合うじゃない」

 所沢第1課長は返事を返し、それから漆原を見て褒める。

「あ、ありがとうございます」

「漆原さん、参加してくれてありがとう。では、そろったので始めましょう」

その指示で周りにいた国調課員達が貨物ハッチへと駆け足で向かっていく。

「では、二人とも任務をお願いいたします。」

 そう言って軽く頭を下げた所沢は課員達の後を追っていく。

漆原は貴船の裾を軽く引っ張り小声で話しかけた。

「私、遠慮したほうがいいのではないでしょうか」

「どうして?」

「お願いをされましたけど・・・国調の引継ぎですかことですから、警察の私が関与するのも・・・」

「そんなことは気にしないわ」

 言葉を遮って駿河の声が聞こえてきた。距離があるのに地獄耳だ。

「これだけは居てほしいわ」

「は、はい・・」

 ヘリの方から甲高く透き通る音色の笛が響くと、駿河と貴船は姿勢を正した。

 笛を吹き終わった機内員から、黒色のレポートファイルを受け取った所沢が、ゆっくりとゆっくりと駿河へと歩いていく。

周りで機内整備をしていた整備員達も作業を止めて、その場で姿勢を正した。

「第1課課員、東田、須藤、両名、ただいま帰還しました。両名とも安静を要するため、代わりに報告いたします」

 所沢は敬礼をして報告を終えると、脇に挟んだファイルを駿河へと差し出した。

「おかえりなさい。調査報告を受けました。両名の調査を終了とします」

 ファイルを受け取った駿河が敬礼を返した。

「ありがとうございます。両名の任を解きます」

「第1課長、両名に護衛官を着け、しかるべき処置後に自宅まで護送しなさい」

「了解しました」

 二人が敬礼を交わし終わると、駿河が道を開けるように下がった。

「警護官の先導の元、両名、降ります」

 機内員が大声で言うと笛が2回吹かれた。

ヘリの後部から金属でできた長方形の箱が、周りを国調課員によって担がれて、一歩、また一歩と、ゆっくりと時間をかけて降ろされた。

「おかえりなさい」

 漆原の隣からそんな声が聞こえてきた。

「おかえりなさい」

 周りの整備員からも声が聞こえてくる。それは、きっと、いつもどおりの、いつもと変わらない、着飾る事のない穏やかな声ばかりだ。

 目の前の箱、いや、もう棺といったほうがいいのだろうが、それがなければ、誰かが帰ってきたのだろうと思えてしまうほどに。

「おかえりなさい」

 漆原も自然と口から言葉が出た。

「ありがとう」

 貴船が小声で礼を言う。

「いえ・・」

 充分な時間をかけて、両名とその警護官は停められていたエレベーターへと歩いていき、その扉が閉まり終えるまで全員が動かなかった。

「貴船1等調査官、漆原警視、こちらへ」

 駿河が厳しい声で呼ぶが、少し声が震えているように漆原には感じられた。

「はい」

 ゆっくりと進み出る貴船に歩調を合わせて漆原もついて行き、駿河の前で揃って敬礼をする。

「本調査を下命します」

 レポートファイルが貴船に差し出された。

「了解いたしました。調査を引き継ぎます」

「よろしく頼むわね、良い報告書を待っています」

「お任せください」

 両手で恭しく受け取るとその場を離れていく。それをまた追うように漆原も続く。

前を歩く貴船の背中は、少しだけ、悲しそうに漆原には見えた。

「漆原さん」

「はい」

 しばらく無言で二人は歩き、ヘリへと乗り込む直前に貴船が振り返った。

「これから現地へ向かいます。先ほどのを見ても、任務はこなせそうですか?」

「ええ、大丈夫です。それと覚悟も決まりました」

 今度の事件で巻き込まれることは少ないとしても、犯人に接触する可能性がある以上は、躊躇えばきっと私達は死んでしまう。その時に私は逃げ出すような人間ではない。

 貴船は親切で何度も尋ねているのだ。そんなことに気を遣わせるのは、ここで終わりにしておかなければならない。

「それは良かった。迷惑をかなりかけるでしょうが、お願いします。」

 とても素敵な笑顔で言った彼が握手を求めてきたので、私も握り返した。

「宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 国調は2名で動く、そして、彼らはバディを常に大切にする。それは即席バディであったとしてもだ。

 握手を解いてヘリへと乗り込み、座席に対面するように座る。ヘリは普段乗りなれないものだけあって漆原は機内を一通り見まわしていると、機内員が声をかけてきた。

「貴船さんはないと思いますが、貴女の荷物はスーツケースだけでよろしいですか?」

「はい。それで大丈夫です」

「了解しました。もう間もなく離陸します。ヘッドセットを着用とベルトをお願いします」

 シートベルトを機内員に締めてもらい、手渡されたヘッドセットを装着すると、開いていた貨物ハッチが閉まってエンジン音が機内に響き始めた。

 その音はヘッドセットをしていても、結構響いてくる。

「離陸許可がでましたので離陸します。なお、現地までは1時間弱で到着する見込みです。なお、現地の天候は良好、貴船一等調査官の車は基地駐車場に配車が完了しているとのことです」

 ヘッドセットから先ほどの機内員の声が聞こえてきた。

「ありがとう」

 まだ、物珍しそうに機内を見まわしている漆原の前で、貴船は受け取ったファイルを開く。


 報告(1day)

 東田3等調査官、須藤3等調査官 記載、(補筆 所沢第一課長)

 寝名榎市の事件に関して、国調として関与するため、事前調査を開始。

 事件現状においては、指紋等は一切採取されず。また、犯人遺留品と思われるものについては、数多くあるが、殆どが大量生産品であることから特定に至るには難しいと思われる。

 警察鑑識、および、司法解剖によれば傷口は生体反応があり、死後に損壊された可能性は低い。監視カメラデータの公共私用を問わず調査するが、犯人の特定には至らず、また、その姿も確認することが不可能・・・・・。

 その他は警察の捜査資料のコピーとメモ書き、それ以外には取り立てて目立つものはないようだ。

「まぁ1dayだから、手始めに各種情報の整理をしていたんだろうなぁ」

 しかし、彼女らが遭遇戦に至る経緯だけは調べねばならない。何枚か捲っていくと遭遇手前に状況が分かってきた。

 捜査本部と県警の連絡網を調査中において、捜査本部外の動きを確認。

寝名榎市に県警より派遣されていた、総務課、小松原直子警部と警察庁刑事局、捜査第一課、課長補佐の漆原麻友子警視との連絡を確認:通話内容、ファクシミリ、メール、警察データベースを調査したところ、捜査本部内の捜査員に対して、疑いを抱いている可能性が高い。なお、県警上層部は小松原直子警部を通じて警察庁と秘密裏に連絡を持ち、巡回ルートの変更を捜査本部に命令している。意図的に巡回に空白地点を設置し、尚且つ、県警直下の別同部隊を用意していることも確認。

国調第一課長に対し別動隊がいる区画に展開し、遭遇戦を行う旨を提案し了承を得る。

「ここまで掴んだのか」

 そこまでで報告は終了していた。そのあとは課長の補筆であった。

 両名とも車内に投げ込まれた爆発物により死亡と判断される。体はほぼ原形をとどめておらず、周辺を捜索して回収したが、復元には至らず。

 使用爆発物:特定中だが映像から自作のようで殺傷能力は非常に高いと思われる。

 次のページには2名の検案状況が記されえており、人体図のほとんどが黒色で塗りつぶされていた。

 想像して思わず顔を顰めてしまう。

「なにかありました?」

漆原が心配そうに聞いてくる。

「いや、別に先ほどの報告以外には進展がなかったですよ」

 これは見せない方がいいだろうと判断して、ファイルをプラスチックケースへ入れる。

「少し仮眠を取りますね」

 そう言うと貴船はゆっくりと目を閉じた。しばらくすると寝息が聞こえて漆原は驚いた。

「国調の人が人前で寝るのね・・・」

 国調の人間は人前では寝ることはない。都市伝説でよく言われていることだ。思わず寝ているかどうか訝しんで、しばらく様子を伺ったが、どうやら、本当に寝ているようだ。

内務省の人間は冷酷非道、厚顔無恥を絵にかいたような人間。とよく語られる。

 内務省、それは、戦前、戦後、を通じて日本に君臨する最大の省である。

 戦前は政府の省として、戦後は政府機構を監視する省として。

 今の日本は4権分立となっている。国会(立法)、裁判所(司法)、内閣(行政)、そして内務省(監察)である。

終戦後、連合国軍総司令部の命令で日本政府から独立し支配下に置かれ、戦犯指定された人物を徹底的に取り締まった。そこで悪名が付いた。それはそうだ、戦争を推し進めていた連中が、いきなり、それを取り締まる側に着いたのだ。これは裏切りどころの騒ぎではない、各地で反内務省運動起こり暴動が発生したが、これを内務省は武力鎮圧した。重火器で武装した御召茶色の制服が徹底的に暴れまわった。

あの当時、勤め先が内務省というだけで差別され軽蔑された。

戦後20年を経て、連合軍(主に駐留主力は米軍とソビエト連邦軍)が、内務省の家族を保護と称して無給にて基地内で働かせ、人質のように扱っていたことや、それ以外にも職員に対しての数々の非人道的行為があったことが判明してきているが、人々に刻まれた嫌悪感は未だに消えることはない。

その後、日本国憲法の第10章の第98条規定の守り手として、新たな使命を帯びて内務省は再始動した。如何がその条文である。

「第10章 最高法規 第98条 この憲法は、国の最高法規にあつて、その条文に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

また、日本国民及び日本政府は最高法規を遵守し、これを内務省は監察する。

 第11章 内務法規

 内務省は日本国及び日本政府へ内務法規を用いて監察、乃至、処罰を行う。調査は如何なる干渉も受けてはならない。内務法規は憲法でもつとも優先される。規定は内務省によつて定められ、日本国民及び日本政府は永久に改正の権利を有しない。

時代を経ながらも、内務省はその任務を忠実に実行している。

国家から地方行政に至るまで、その内部に監察という部署はない。それはすべて内務省の管轄だからである。それは国の隅々まで張り巡らされ、常に監察されている。法律違反のことが行われれば、誰であっても検挙され、裁判の上で処罰されるのだ。

権力に尽くして翻弄されたがため、今は平和の番人として地位を維持している。

 だが、調査される者からすればそれは悲惨の一言に尽きる。内務省から調査を受けただけで疑いの目で周りからみられるのだ。

「怖い人達だと思ったのだけど・・・」

 窓の外の空に視線を写して漆原はため息をついた。

彼女も内務省に調査されてことのある被害者だった。会議の時は嘘をついたが、実は貴船のことも覚えていた。

 独身である彼女も、一度は結婚式まで至ったことがある。結婚相手は同期の優秀な男で信頼もおけていた。周りの評価も上司の評価もよく、漆原をとても大切にしてくれる女性としても、とても素晴らしい男性であった。

 でも、そんな人間でも悪さをすることを思い知った。

 監察を受けたのは、披露宴で2度目のお色直しが終わって席についた時だ。会場の3つある大きな扉がすべて開いて、御召茶色の制服がそこに整列していた。

「内務省、監察局、監察1課です。横領等の容疑です」

 そう令状を読み上げて、招待客の半数以上の警察関係者が検挙された。

もちろん、新郎も。そして検挙したのがこの貴船だった。

「こんなことをしていいと思っているのか!」

 怒鳴り散らしている新郎が、隣に来た貴船に掴みかかったが、すぐに腕を返されて、頭から机に叩きつけられた。

「執行、ご同行を」

 隣にいてその表情を見たとき、私は背筋が凍った。

「新婦の方には大変ご迷惑をおかけしますが、警察官として状況を理解して頂きたい」

 抑揚のない声と険しい表情をしており、神崎という名札を付けた男がこちらに銃口を向けていた。

「は・・・はい」

 震える体を自分で抱き抱えて漆原は返事をするのがやっとだった。彼の顔を見る事すらできなかった。披露宴は阿鼻叫喚の様相を呈し、結果、今も独り身である。新郎と参列者の検挙者は全員が有罪となり、懲役刑となった。

 内務省は物的証拠を基本とし、人的証拠をあまり重視しない。

 忘れてしまおうと努めているが、不意に思い出すとき、絶望感を越えるものに圧し潰されそうになる。

「今度も、私をどん底に突き落とすのでしょうね」

 思わず口をついて出た。体が小刻みに震えている。

「さて、それはどうでしょうね」

「えっ」

 ヘッドセットから返事が聞こえてきた。

「今度は、穏やかに終わらせたいものです」

 振り向くと彼が真剣な顔でこちらを見ていた。

「えっと・・・」

「ヘッドセットは意外と音を拾うのですよ」

「そうな・・・、いえ、もしかして私のこと、覚えているのですか?」

「寝ている時にふと思い出しました」

 なんとも器用なことだ。

「ですが、謝罪はしません。しかし、今回は辛い思いはさせないようにしますから、安心してください」

 ああ、到底、信用できるものではないと漆原は理解した。


くどい文章になりましたが、すみません。

お読みいただいてありがとうございます。

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