得てして巻き込まれる ②
どうも、読んでくださってありがとうございます。内務省についても纏めないといけません。
得てして巻き込まれる 2
翌朝、自宅で身支度を終えた貴船は朝食を取りながら、テレビニュースから寝名榎市で新しい事件が発生したことを知った。この時点では被害者が誰なのかは報道されていなかったので、シリアルを食べ食器を洗ってから、卓上に置かれた官給品のタブレットから職場のアプリを開いた。
なんとなく、胸騒ぎがしたのだ。
昨夜のうちの発生した、色々な事柄が纏められている題名メニューから、寝名榎市の事件レポートを探すと、それはすぐに見つけることができた。
「えっと・・・・」
事件概要などを飛ばし、被害者報告の欄を確認していく。すると、この事件には珍しく生存者という項目があり、嫌なことに胸騒ぎは的中した。
嵐山夏帆、40歳、酸性物質による広範囲熱傷、左前腕切断による欠損、意識不明(回復の見込みはあり)その後には、処置前の傷口や、事件現場などの写真が添付され、最後に包帯で左半分を隠された夏帆の顔写真があった。
思わずタブレットを落としそうになる。
「これは・・・きついなぁ」
昨日の色々な笑顔を思いしてしまった。なぜだか頭から離れていない。
軽く頭を振って笑顔を消して、仕事に行く準備を始めようとした矢先、スマホが鳴った。
『国内調査部長 駿河』
表示された着信画面にため息が出る、あのばぁ様、こんな朝早くから何の用だ。
貴船正隆は国家公務員である。
勤め先は内務省、調査局、国内調査部、第七課 政府機関の職員である。警察と国防軍を合わせたような組織で、1課から6課までが専門の調査を行っており、7課は支援課とよばれて調査サポートを行う事を主務としている。身分についても警察官と国防官を纏めた扱いで、津々浦々の警察署・国防軍関係施設を自由に出入りすることができる。
その国内調査部の総元締めからの朝からの電話とは、正直、あまりよろしくないことだった。
「おはようございます、貴船です」
「おはよう、貴船、今はどこに?」
妙に低い年配者の声が聞こえ、ああ、どうやら機嫌はいいようだと貴船は安堵した。
「自宅で準備を整えておりますが、どうされました?」
「至急、私の部屋まで来てほしいのだけど・・・・いえ、朝ご飯は食べたかしら?」
本省、地下二階の窓のない部長室に、朝一から行かねばならなど断固として拒否したいところだ。
「いえ、まだ、食べておりませんが」
食べてないと嘘をつくことにした。これならば部長の癖で食堂での話になるはずだ。
「じゃあ、モーニングミーティングとでもいきましょうか、8階の食堂で08:00に会いましょう」
電話口でガッツポーズを決める。
「分かりました」
「課長には私から伝えておきます」
「ありがとうざいます」
「では」
電話が切れるとふぅっと一息ついて彼は椅子へ座り込むと、一呼吸おいてから、自分の所属する7課にコールする。
「国調七課、大海です」
覇気のない声が聞こえてきた。昨日は宿直当番だからまだ寝ていたのだろう。
「おはよう、大海、貴船です」
「ああ、貴船さん、おはようございます、どうしました?」
「今日の予定なのだけどね、私の白板のリストすべて消しておいてくれるかな、あと、08:00に駿河ミーティングと書いといてくれる」
「ああ・・・昨日の件で引っかかりましたか・・・」
昨日のうちに寝名榎市から国防軍航空部のヘリで、東京内務省ヘリポートへと降り立っていた貴船は、そのまま7課によって、任務のレポートを提出して帰宅しており、レポートの行動履歴に夏帆や順子のことも報告していた。
夏帆が襲われる直前に見たヘリに貴船は搭乗していたのである。
「私のレポートを読んだ?」
「ええ、提出された直後に読みましたよ。まさか、こんなことになるとは・・・」
「まったくだよ。予定がすべてパーだもの」
「まぁ、事情聴取といったところですかね。あと、1課課員に欠員が出たの読みました?昨日の事件に巻き込まれて2名死亡です」
「ごめんよ、そこまで読んでなくてね、殉職?それとも事故死?」
「殉職です。爆死だそうですよ」
「爆死?」
これは穏やかな死に方ではない。
「ええ、犯人と交戦中に手投げ弾を投げ込まれて、車両ごと爆死だそうです」
「今回の奴は爆弾まで使うのか・・・」
「そのようです、もし、介入になるなら気を付けてください。あ、本来の予定の出張ですが、私だけで対応しておきますね」
本来の予定では、大海と共に長野県まで出張のために飛ぶ予定だったが、全く別の意味で予定が飛んだ以上は、彼に頼むしかない。
「夜勤明けで悪いけど、よろしくお願いします」
「了解しました。良い朝ご飯を」
「もう食ったよ」
「あれ、朝食ミーティングじゃないんですか?」
「部長室に出頭しろって言われたんだけどね、嫌だったから朝飯を食ってないって伝えた」
「それで食堂ですか、次は真似させてもらいますね。では、気を付けて」
苦笑する声が聞こえて通話が切れた。
「はいはい」
電話が切れたスマホを卓上に置いて背筋を伸ばす。
大海も良い朝ご飯などと気の利いた事を言うものだ。要するに、ご愁傷様、ということなのに。
「さて、準備するか」
クローゼット前まで移動して、制服の上着と肩掛けベルトを取り出し、素早く着こなすと、備え付けの金庫から、コルトガバメントJPモデル9ミリ拳銃、内務刀と呼ばれる短刀を取り出して食卓の上に置く。
拳銃のロックを外し、スライドと引き金を引いて異常がないことを確認してから、弾倉を込めてスライドを引いて装弾する。
ロックを外して引き金を引けば弾が出る、というのが内務省職員の基本だ。
拳銃を右側のホルスターへ、内務刀を左腰に吊り下げると準備は整った。
玄関先で制帽を被り、その下に置かれているゴツイプラスチックケースの側面ポケットにタブレットを入れて玄関を開けた。
目の前には内務省本庁舎2号棟が見える。
広大な敷地を有している内務省は、基本として職員は本省の隣にある専用官舎で暮らすことが義務付けられている。
戦前、戦中、戦後、時代を経ても、これは変わらない規則だ。
「おはようございます。貴船さん」
玄関先で隣さんから声を掛けられた。
「おはよう、神崎さん、新奈ちゃんもおはよう」
隣の部屋で暮らしている神崎茉奈が、子供を連れて出てきたところだった。ご主人は3年前に殉職して、今は4歳の新奈ちゃんと二人暮らしだ。
その新奈ちゃんは神崎の後ろに隠れてこちらを伺っている。
「新奈、あいさつは?」
「いや!」
大声で拒絶をして、彼女はエレベーターへと走っていく。
「本当にすみません」
「いえいえ、あ、ちょうどよかった。朝から部長に呼び出されたので、緊急電以外は不在と伝えてください」
神崎は7課のコントロールオペレーターという任務に就いており、この業務は電話から番から始まり、各課員の予定や作戦状況、場合によっては各県警や、国防軍等との調整任務までも行うこともある。
「朝から大変ですね・・・。分かりました。そのように伝えます。」
「お願いします」
軽く会釈をして、神崎は子供を追っていった、むろん、教育が良いのでエレベーター前で新奈ちゃんはきちんと待っている。
「孝信、娘さん元気だよ」
ふと、彼女の父であり、殉職した同期の顔が浮かんだ。面倒見の良い奴で、娘が生まれたときには大はしゃぎしていたのを覚えている。
貴船の内務高等学校時代からのバディでもある男だった。
「さて、気を引き締めねば」
官舎は階ごとに連絡通路が設けられているので、直接、2号棟へ入ることができる。通路を歩いていくと、屋上のヘリポートから国防軍航空部の大型の輸送ヘリが飛び立っていくのが見えた。いつも通りの定期連絡便が飛び立つ光景だ。
「おはよ、傷物作り」
「おはよう、松見、傷物作り?」
7課課員の松見日菜子が後ろから肩をポンと叩いてきた。やせ形で狐が人に化けるとこんな感じなのだろうなと思わせる容姿である。
「え、意味わかんないの?」
「わかんないよ、誰もが分からんと思うけど」
彼女は本当に残念そうに、ため息を吐いた。
「あのね、貴方とのご飯の後に、被害者さんは襲われているらしいじゃない」
「ああ、嵐山さんのことか、レポートを読んだのか」
「ええ、貴方のレポートは面白いから、一番に読むようにしています」
「面白いとは・・・・。あ、分かった。業務後とはいえ内務省職員と食事して、犯人に尾行されていて、嵐山が被害にあった、とでもいいたいのかな?」
「あたり」
右手の人差し指で私を指し示した。
「可能性はあるね、あとで検証しよう」
「つけられた形跡はなかったの?」
「公園でも、お店でも、特には感じなかったけどね」
まったくないとは言い切れない。食事自体がイレギュラーだったのだから。
「そうなのか・・・。まぁ、関係者になった訳だし、これから寝名榎市へ飛ぶの?」
被害者と接点があった以上、その可能性は否定できない。
「今から部長と朝ごはん会議、そこですべて決まるかな」
「うわ、ばぁさまに呼び出されたの」
ほとんどの課員から、部長は『ばぁさま』と渾名を着けられている。
「そう」
「大変だけど頑張ってね、ちなみに私はこれから定期便で、鹿児島へ向かいます」
内務省屋上ヘリポートからは各地方局に行く定期便が常に飛んでいる。
「鹿児島?」
「うん、海鳴島ってところへ」
「お土産よろしく」
「観光じゃないのよ、まぁ、期待していて、あ、もうすぐ来るだろうから先行くわ」
「はいはい」
足早に去っていった松見を見送り、その後をゆっくり追うように庁舎に入った貴船は、7課には寄らず、そのままエレベーターで8階へ上がることにした。
うまい具合にエレベーターが付いたので乗り込むと、同じ制服を着た高齢の女性が、一番奥で背中を壁に預けて立っており、その隣には中年の男性が姿勢を正して、まさしく直立不動を体現するかのように控えていた。
「おはようございます。駿河部長、所沢1課長」
乗り込みながら軽く頭を下げる。
「おはよう、貴船」
部長が低い声で挨拶を返してきた。制帽をしたまま首を傾けてこちらを見ている。その目にはしっかりとした力が宿っており、表情も年齢を感じさせない。
「おはよう、貴船さん」
国内調査局第1課長の所沢は、しっかりとした返事を返して、こちらへ頭を下げた。ラガーマン体系に編み込まれた長髪に色黒の肌、その上にしっかりと制帽を被っていた。
「所沢さんも同席ですか?」
「うん、すまないがお邪魔するよ」
「いえいえ、あ、課員2名はご愁傷様でした」
軽く頭を下げて哀悼の意を表する。
「ありがとう。残念だけどしかたない・・・」
目頭を押さえて所沢が声を震わせた。この課長、意外と涙もろい。
「悔しいわね、だからこそ、必ず突き止めなければね」
駿河が所沢の肩をポンと叩く。
「はい・・・」
「さて、貴船、先に確認なのだけど、朝食後の予定はどうなっているの?」
「すべて白紙にしました。時間は取れます」
「そう、それは、おりこうさん」
8階で扉が開くとエレベーターホール前は沢山の職員で溢れかえっていた。
不夜城の省なので24時間食堂は稼働しており、同じように朝食を食べ終えた者達が待っていたのだろう。
降りる人物が分かると、人の列が両脇へと引いて、食堂入り口までに一本の道ができた。
「おはよう、あいさつはいいわ」
静まり返った廊下に駿河の声が響く。
「総員、いつもありがとう、助かるわ」
お礼の言葉で締めくくって駿河がゆっくりと歩いていき、その後を所沢と貴船がお供もする。食堂入り口のところで、待機していた鈴木総務課長が、窓際の割と大きくパーテーションで仕切られたテーブルに案内した。
「迷惑かけたわね」
「いえ、準備はできております」
パーテーション内部には長方形にテーブルがセッティングされ、各席に大型タブレットとトーストとサラダが置かれていた。予め発注済みであったようだ。
そして席数は6席。3席はすでに埋まっている。
警察の制服で、2名は貴船もよく見知った人物だった。警察庁の大柄で巨漢の乙川刑事局長と痩せていて神経質そうな長谷川公安局長、この二人はとても仲が良いことで有名だ。しかし最後の一人が分からない、きつそうな、凛とした佇まいをした女性警官で、階級章から警視で警察庁の人間であることは分かる。
「遅くなりました」
制帽をしたままで駿河は席に着く、これは失礼には当たらない、内務省職員ならば、いの一番に教え込まれる当たり前の行動だ、所沢も貴船も軽く頭を下げて、そのままで着席した。
席順は対面する形で乙川と駿河、長谷川と所沢、貴船と女性警官という形となる。。
「いえいえ、今先程、着いたところです」
乙川が見事な亜禿げ頭を下げた。達磨のような体系だが、その目は鋭く、柔和な表情でも警戒を怠っていないことが良く分かる。
「こちらも同じです。朝食を頂けるとは有り難いですな」
同じく制服姿の長谷川も、面長の顔に優しい笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「参加させて頂き、ありがとうございます」
隣の女性警官もお礼を言って深々と頭を下げた。
「いいのよ、乙川さんたっての希望だもの」
「配慮、感謝します」
乙川が再度頭を下げた。
「さ、時間もないことですし、始めましょう」
タブレットが内務省のエンブレムを映し出した。エンブレムは日章旗の上に大きな桃の花が覆い隠すように咲いているものだ。
席を立って女性警官が一礼する。
「では、初めての方もいらっしゃいますので、自己紹介から、私は警察庁刑事局、捜査第一課、課長補佐の漆原麻友子と申します。今回の件を担当いたしますのでお願いいたします」
背筋を伸ばし、いかにも神経質そうだった。顔は逆三角形で頬はやせており、体つきも細く、吹けば飛びそうに見えるが、声には芯が通り力強い。さすがキャリア社会を生き抜いてきた人だ。
「私と所沢は先程、部長室であったわね、貴船、あいさつを」
「あ、そうですね」
貴船も立ち上がると彼女を見上げる。
漆原も190㎝くらいある身長の高い女性だ。どうも昨日から、身長の高い女性に遭遇する率が高い。
思わず心の中で笑う。
「内務省、調査局、国内調査部、第七課、貴船正隆です。よろしくお願いいたします」
目を合わせてから頭を下げると、漆原もぎこちなく頭を下げた。
「あ、漆原さん、貴船の階級が分かりづらいわよね、貴方と同じと考えてもらって問題ないわよ」
どうも警察にしろ、国防軍にしろ、相手の階級を気にすることが多い。
「わかりました。では、始めさせて頂きます」
警察庁のエンブレムに切り替わり、続いて、寝名榎市一家惨殺連続殺人事件 昨日の捜査状況と記された表紙に移った。
「端的に説明させて頂きます、発生は2カ月前より5家族、35人が殺害されております。事件現場に犯人の遺留品は一切なく、防犯カメラなどにも映っておらず、犯人は一切分かっておりません。各家庭の資産や生活状態もばらばらで、相互の関係性もありません。はっきり言えば、全くつかめていない状況でした」
そう言ったところでスライドが動く。
「昨日、消防団の車両と、国調の爆破された車両のカメラ映像から、犯人と思しき姿が映りこんでおりました。」
雨合羽を着た背の低い人物が映し出され、その下に消防車の4方を監視するドライブレコーダーと、死亡した国調課員が着用していたヘルメット映像が流れる。
消防車からの映像には、駆け下りてから逃走するまでの一部始終が収められていた。
「上手だなぁ」
その映像を見た貴船が思わず声を漏らした。漆原から鋭い視線が飛んでくる。
乙川と長谷川は表情を変えないが、駿河と所沢は相槌をして頷いた。
「上手、とはどういうことですか?」
映像を止めて漆原が質問する。
「いや、殺害方法なのですがね、下り坂からの速度と体を生かして殺害し、3人目はガードしていない部分をしっかりと貫いている。こりゃぁ、普通の人にはできないですよ。首筋に刃物を入れるのだってうまい。人体をしっかり学んでいますね」
「人体・・・」
「ええ、人間、意外と刃物を入れても、上手に切り落とせないものなのですよ」
「えっと・・」
漆原が言葉に詰まる。
「貴船君、少し聞きたいのだが」
乙川が笑みを消して、深刻そうな顔で彼を見る。
「君は全くこの件を知らないだろう、そこで5件目までの捜査資料を確認して、意見を聞きたい。なんでもいい」
「分かりました」
「じゃぁ、見終わるまでご飯を頂きましょう」
駿河がそう言って、4人がおいしくサンドイッチとサラダを頂いている間に、映像を見ながらであるが、貴船も朝食を食べた体に押し込んでいく。
食べないと鈴木総務課長がうるさいのだ。わざわざ、ラップして席まで置きにくる。
さて、事件概要を読み進めていくことにする。家族構成は最年少からみた形で記載をする。
1件目 5人家族 家族構成:父親(38)、母親(34)、長男(12)、長女(10)、次女(8)
両親は寝室にて首を切られて死亡、母親は抵抗したようで頭部に大きな外傷、子供達は全員が心臓を一突きで死亡。遺体は風呂に無造作に放り込まれている。
2件目 3人家族 家族構成:父親(65)母親(60)息子(48)
父親と息子は頭部を潰されたことにより死亡。母親は体中を叩かれたことによる外傷死。二人の頭部は原型がなく、母親に至ってはほぼ平べったくなっている。
3件目 8人家族 家族構成:曾祖母(88)曾祖父(82)祖父(65)祖母(60)父親(45)母親(38)長男(18)長女(15)
年寄連中は頭部切断により死亡、父親母親は寝室で死亡、長男は風呂で感電死、長女は自室で後頭部を殴打されて死亡。イヤホンして勉強していたところを殴り殺されたようだ。
4件目 9人家族 家族構成:高祖父(99)高祖母(95)曾祖父(75)曾祖母(78)祖父(50)祖母(52)父親(28)母親(25)長男(10)長女(10カ月)
例のマスコミ関係者の親族、長女以外は全員が焼死、家を全焼させる手法ではなく、ガソリンを直接かけて回り、その場で火をつけていると思われる。長女は切断されて無残な姿で玄関に置かれていた。後日、コメンテーターにその写真とウルサイという一言が送り付けられている。
5件目 10人家族 家族構成:祖父(80)祖母(72)父親(55)母親(50)長男(28)長女(25)次女(19)次男(15)三男(11)三女(8)
祖父母は畑で刺殺。他の家族は食卓で死亡していた。死因は母親の料理に毒物が混入されたことによる毒殺。
6件目 家族ではなく、6名死亡、1名が生存・・・。
「読み終えました」
タブレットから視線をずらして5人が貴船を見た。
「貴船、3つだけ言いなさい」
「部長、ありがとうございます。まずですか、件数は間違いであると思われます。家族単位で殺害を起こすものが、突然、夏帆などを襲う無差別殺人をしたとは考えにくい。」
今まで家族単位を殺しまわっていたのだ、気分転換に無差別、しかも、屋外で事件など起こすはずがない。別のところで殺しまわってから、たまたま、夏帆がなにかをして狙われたのだろう。
「それはあるだろう。県警でも付近を聞きまわるようにしたようだ」
乙川が頷く。
「家族構成はまちまちですが、何件かは母親に異常な暴行を働いているところを見ると、犯人の家族構成で母親がネックになっているのでしょうね」
そんな家庭、世の中にごまんとあるだろう。
「確かにプロファイリングでもそう言っていたよ」
「それから、5件目は別件だと思われます。捜査のし直しが必要ですね」
「別件?」
「ええ、殺害が異なっていること、それと、祖父母の殺され方に問題があります。外で犯行を行う人物ではなさそうです」
「なるほど」
「何かしらの間違いが、あったのかもしれませんね。現場も相当疲弊しているのではないのですか?」
「ああ、その通りだよ、そして、国調が介入してくるのではないかという危機感もあってね」
腕組みをして乙川が背もたれにもたれ掛かった。
どうやら、まだ、国調1課は介入をしていないようだ。昨日死亡した課員は、独自に捜査をしていたということになる。
「そうね、うちからも殉職をだしたとなると、そろそろ、介入を余儀なくされるわね」
警察が手に余る案件などに対して、国調は調査(捜査)をする。要請もなにもいらない。国調が決めれば勝手にやるのだ。現場から資料を取り立てて、後は好き勝手に調査する、彼らが築いてきた捜査をもひっくり返すやり方を行い、解決できればそれでよい、というのが国調である。
ということは、殉職したのは1課が放った斥候ということだ。死んでしまって表に出たので、介入されるのではと焦った県警から相談を受けた警察庁の二人が、雁首並べて来たのだろう。
「現場がまだ疲弊しているのに、かき回すのも申し訳ないですな」
所沢1課長が珍しいことを言う。
「まぁ、そうよね。私もそう思うわ、どん詰まりで白け切った現場を、かき回してこその国調よ」
コーヒーを飲みながら駿河がこちらを見た。
「しかし、全く関与しないわけにもいきませんな」
「あの、二人とも、そのどうでもよい三文芝居をやめてもらえます?」
貴船が大きなため息をついた。
「つまらんやつだな」
「次、僕のセリフだったのに」
所沢が顔をしかめ、長谷川が残念そうに笑った。
「それで、私に何をご所望ですか?」
「そうね、乙川さんと私で話し合ったのだけど、寝名榎市の事件に介入してもらいます。理由は明白、嵐山夏帆さんに被害にあう前に接触し、ある程度の好印象を抱かれていること、少なくとも嫌われてはいないでしょう?」
「それは、多分そうだとは思いますが」
「その子の一番の友人と思われる人物にも接触している。ざっと調べても、二人とも国調に家族や親族が何かをされた形跡はない。だから、この制服にも嫌悪感は抱かれることも少ない」
国調の調査は苛烈だ。だから、この制服を着ている者に嫌悪感を抱かれることも多い。
「この犯人は今まできちんと殺しているから、必ず生存者を殺しに来る」
「それは私も同意見です」
「ならば、入り込みやすい貴方を送り込んで保護させる。できるだけ、親しく接しなさい。できれば家族の様に」
「つまり、国調の身内に手を出した、と思わせるわけですか」
「そうよ、しかも、国調として表立って、貴方が動くことになる」
「身内に被害を出された職員が嗅ぎまわる、という訳ですね」
「ええ、そういうこと」
「変な手間を掛けますね」
「理由があるのよ、漆原さん、そちらの事情を説明してもらえる」
駿河が漆原に話を振る。漆原が立ち上がり、乙川と長谷川の表情が曇った。
「座ったままでいいわよ」
「いえ、立つのは癖でして・・・すみません」
「あ、ならいいわ、頼むわね」
「はい。警察庁は犯人が県警関係者だと考えています」
その言葉に貴船は衝撃を受けた。
「へぇ、身内を疑わない警察が身内を疑うとは珍しいですね」
彼らは仲間を伺うことを良しとしない。これは有名な話で実際もその通りだ。
「今までは疑っているだけだったのですが、今回の件で間違いないと確信を持っています」
「どういうことです?」
「当日の寝名榎市の県警の巡回ルートです、赤色は寝名榎市警、青色は県警応援隊、緑が機動捜査隊、そして、巡回時間表です。昨日の事件現場付近を重ね合わせると、その時間帯がどの隊からも一番離れた地点になっております」
警察も連続殺人に移行してから、徹底的な捜査をするために調べ廻っているはずだ。
そして手がかりがない以上は、巡回を増やして遭遇する確率を上げたのだろう。ところが、いくら網の目の様にしても引っかかりもしない。4回も失敗すれば疑いたくもなる。
「今回はあえて空白を作ったということですか?そこだけ消防団に埋めてもらっていたと?」
「はい、消防団には遭遇した場合には、緊急連絡を頂くようになっておりましたが、今回は対応が遅れてしまい、この結果となってしまいました」
「どうして失敗を?映像を見る限りですと、全員を殺し終わった後にはPCが映っていましたが・・・」
「警察への直通回線を用意したのですが、彼らも慣れていなかったのか、通常の消防無線で連絡し、消防から署への連絡で手間取ったようです」
「ああ、焦ったか・・・。そして、このような手は使えなくなったということですね」
「ええ、手間取ったせいで、殆どの者にこの動きを知られてしまいました」
「しかも、現場は上層部に不信感を抱いた」
「ええ、その通りです」
上層部が勝手なことをして、通常とは違う行動を取り、いたずらに被害者を増やした。と現場は考えるだろうし、犯人からすれば、この行動は身内を疑い始めたのではないか、と考えるきっかけになるだろう。
「で、ちょうどいい奴が、昨日レポートを出したのよ」
駿河が口を挟む。
「はい。事件後、捜査で嵐山さんの最後の立ち寄り先であるスローフェレッセで、聴取していた警察官からその男の報告が上がり、県警で交換された電話番号を調べたところ、国調と判明したことから、県警から警察庁に照会がかかり、私まで報告が来ました」
ああ、なるほど。そっちはそっちで状況を掴んでいたわけだ。確かに国調職員の個人情報は開示されない。
「で、私から駿河さんに電話をしてね、事態を説明してこういう計画をなったのだよ。現場には、すでに彼女は国調関係者と伝えてある」
「だまし討ちの下準備を、着実に整えている訳ですか」
「その通り」
ああ、ここまでお膳立てをされてしまっては断れるはずがない。
「そちらの情報も伺いましたし、了解しました」
「ありがとう。こちらからは漆原を連絡要員としてつける」
乙川が頭を深々と下げながらいう。
「いいのですか?昇進に響くのでは?」
国調が警察の捜査に介入関与する場合、事件に関係している警察官に命令書を見せて連絡要員を作らなければならない。その場合、その連絡要員を警察では「裏切者」と呼び、忌み嫌い、経歴にも記載されて響くのだ。
キャリア組は特に避けたいものの一つだ。
「彼女はそれを承知で、引き受けてくれている」
「はい、私も納得済みです」
さてさて、どんな褒美を提示されたのやら。キャリア組が自ら引き受けるとは、あり得ない話だ。
「それは素晴らしいですね。尊敬します」
「いえ・・それほどでも」
漆原の表情が曇った。
ああ、この責任を取らされたのかもしれない。
「さて、そろそろお開きにしようかしらね、貴船、後は任せたわよ」
そう言って駿河は席を立ち、合わせるように乙川、長谷川、所沢も席を立った。
「後は二人で詰めてくれ」
乙川は漆原にそれだけ伝え、4人は先に去っていく。
しばらくコーヒーを飲みながら無言の時間を過ごして、貴船が先に席を立つ。
「さて、漆原さん、歩きながら話しましょう」
「は、はい。よろしくお願いします」
座っていた漆原も席を立つと、狙ったかのように入ってきた人物がいた。
「お疲れさまでした」
鈴木総務課長であった。その手にラップを持って・・・・。
今回もお読みいただいてありがとうございました。