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東屋でのこと

短編より書き直しました。そして、殺人事件ものと致しました。

ー秋おろしー東屋でのこと

朱鷺房


 仕事帰りに商店街でコロッケとビールを買った。

 今日は何もかもうまく行かなった。朝から上司に頼まれた資料を提出しているのに無いと大騒ぎされ、昼にはランチが売り切れ、午後の会議では上司の失態で取引そのものがご破算となり、その残務を私が押し付けられた。

 さらに、その上司から残業はするなよと注意を受けた。

「誰のせいだと思っている?」

 喉まで出かかった言葉と平手打ちをしたい衝動を抑えて、私はなんとか時間までに残務を終えてタイムカードを切った。後輩が追いかけてきたので、もしかして飲みにでも誘ってくれるのかと期待したが、少し先に男性が待っていて腕を組んで去っていった。

 幸せそうな笑みが眩しく見えて羨ましく思えた。

 仕事一筋で生きてきて20年と数か月、もちろん、途中途中には男の影もあったし、結婚まで考えたこともあったのだけど、結局は実を結ばなかった。

 商店街裏手の大きな公園に入り池の周りを一周回る道を歩く。

 足元には色とりどりの落ち葉が落ちていて、木々の枝にも所々に秋の名残りが秋風に耐えている。

 ああ、私みたいだな。

 哀愁を漂わせる紅葉葉に思わず自分を重ねてしまった。

 いや、そこまではいってないだろう、考えすぎだ。

 そう思いなおして歩みを進めていくと東屋が見えてきた。

 近くにマンションを買ってから、この公園にはよく来るようになった。

 そして、お気に入りの場所ができた。

 それがこの東屋だ。

コンクリート造りの柱にトタン板の屋根が乗っているだけの簡素なつくりの東屋で、細長いベンチが置かれているだけの簡素なものだ。

そのベンチに腰掛けて池の方を向くと水鳥が近くで羽を休めていた。

「ねぇ、疲れたよ」

 いつも休みの日に餌をあげている鴨に独り言つぶやくが鴨は気にせずに羽の中へ頭を突っ込んだまま微動だにしなかった。

「もぅ」

 鞄を隣に置き、缶ビールを開けて一口飲む。

「ああ、うまい!」

 もう一口、缶ビールを飲んで背もたれに背中を預けると空を見上げた。

夕焼けに染まりつつある空とそれを写して染まる池の姿は何度見ても見事だと思う。

 池の反対側では親子連れやあ学校帰りの子供たちが遊んでいたが、一人、また一人と別れて帰って減ってゆく。

「もう、嫌になっちゃったな」

 なぜか気分が落ち込んでいる。普段はこんなことありもしないのに。

 口をつけていないコロッケと缶ビールをベンチに置き私は立ち上がった。

 池が呼んでいるような気がした。

 一歩、また一歩、と歩みを進めて池へと歩いていく。

 水鳥が驚いて声を上げてその場を去っていったが気にもならなかった。

 ただ、池へと歩いていく、ヒールの踵が柔らかな土へと突き刺さった。

 邪魔になってその場で脱ぎ棄て、そのまま池へ足を進める。

 あと数歩、というところで右手を力強く引っ張られた。

「落ちますよ?」

「え・・・・あ・・・・」

 ハッとするとはこのことだろう。目の前の光景に理解がいかないまま、私は素早く振り返った。

「分かります?」

 黒のダークグレーのスーツを着た青年が私の手をしっかりと握っていた。

「えっと・・・」

「逢魔が時ですからね。池に惹かれましたか?」

 そう言って青年は私を後ろへと引っ張ってゆく。

「ベンチまで戻りましょう」

 私の手を引きながらベンチへと戻す青年になすがままについていく。

「あれ・・・・」

 いつの間にか涙が出ていた。

 人の手はこんなに暖かいものだっただろうか。

しっかりと握られた手のぬくもりがこの良く分からない気持ちを溶かしていく。

「本当に大丈夫ですか?」

 ベンチまで引き戻されて、座るように促された私の顔を心配そうにのぞき込む青年が目の前にいた。

「えっと、私、何をしていたの」

 呆然と涙を流しながら彼に問いかけた。

「いきなり池の方へと歩いていくので驚いて捕まえたんです」

 恥ずかしそうに頭をかきながら彼は言った。

「えっと・・・ごめんなさい」

 思わず謝ってしまった。いや、迷惑をかけたのだから謝らなければならないのは分かっているが、何も考えずに謝ってしまったのだ。

 頭を下げると手のひらに雫がポタポタと落ちる。

「ご、ごめんなさい・・・」

 再び謝って私はポタポタと涙を落していく。

「謝らないで大丈夫ですよ」

 そう言って彼は私の手を放さずに握ってくれた。いや、私がしっかりと握っていたので離せなかったのかもしれない。

「なんでこんな行動をとったのかわからない・・・」

「そういうこともあります。そんなに考え込まないでいいんですよ」

「こんなことしたことないの!」

 感情が壊れてしまったのか、私は泣きながら彼に八つ当たりをした。何に怒っているのか、どうしてこんなことになってしまっているのかも分からないのに。

「うん。そんな日もありますよ。たまたまです、たまたま」

 にこやかな笑みを見せた彼は、私との視線を外さずにただ諭すような口調で言った。

「わかんない」

 子供じみた口調で握ってもらっている手を両手で握る。

「うん、分からない、それで良いのですよ」

 握る手を振りほどくことなく、そして笑みを絶やさず、そこに居てくれている。それがさらにこの訳の分からない気持ちを解して、そして、涙を誘う。

「もう、嫌なの」

「うん?」

「何もかも嫌なの」

「うん」

「すべてが嫌、もう、なにもしたくない」

「うんうん」

「どうせ分からないよ」

「それはそうかもしれない」

「うん、絶対に分かりっこない」

「分かりっこないかもしれないけど、聞くことはできますよ?」

「聞いてもらったって解決にもならないもん」

「それはそうだけど、でも、話さないより話してみたらどうかな?」

「いやよ、知らない人にこんな話したくない」

「そういわれると、そうだね」

「ほら、私のことなんかなんとも思っていないんだ」

「いや、そうだったら助けないよ」

「どうして助けたの?」

「助けたかったから」

「ほっとけばいいのに」

「ほっといたら池に落ちていたよ」

「いいのよ、どうせ落ちたって」

「そんなに自棄になることはないのじゃないかな?」

「いいの、自棄になっていいの」

 完全に駄々っ子で何に対しても言い訳の利かない、理由のない我儘のような話をしていることにこの時はなんとも思っていなかった。今になって思い起こせば一番恥ずかしいことを平然としていたことに戦慄を覚えてしまう。

 しかし、よくもまぁ、こんな狂った女の相手などできたものだと今更ながら感心してしまう。

「じゃぁ、落ち着くまで隣にいるよ」

「ほんとに?ほんとにいてくれる?」

「うん、いるよ」

 彼は手を握ったまま隣へと腰掛ける。

「どうせ、馬鹿にしているんだ」

「馬鹿になんかしてないよ」

「馬鹿にしてるにきまってる、迷惑な女だと思ってるに決まってる」

「そんなことないよ」

「思ってる!」

 私はそう言って手を解くと彼の膝へ倒れこんだ。顔を彼の方へ向けて膝枕をしてもらったのだ。

「撫でなさいよ」

「え?」

「撫でていいよと言ってるの」

 もはやここまでくれば頭の完全に狂った女を相手にしてしまったと思い、普通なら去っていくだろう。

「分かりました、じゃぁ、目をつぶってゆっくり寝てください」

「いや」

「うんうん、寝たら少しは楽になりますよ」

優しい彼の手が頭をゆっくりと撫で始める。それは心地よい手つきで母に撫でられているような、そんな錯覚を受けるくらいに優しい手つきだった。

「いやぉ・・・」

「目をつぶって、さぁ、ゆっくり、ゆっくり」

 優しい声、優しい手つきに、涙目の瞼がゆっくりと閉じていく。

「ねむらに・・・」

 そんな言葉を最後に私は深い眠りへと落ちてしまった。



 東屋に秋風が吹き抜けて彼女のタイトスカートから伸びた足をすぅっと抜けていく。

夕焼け空はすでになく月のない暗闇が空を覆いつくしていた。

「ん、寒い・・・」

「あ、起きました?」

 柔らかく優しい声が聞こえてくる。

「えっと・・・」

 寝ぼけ眼を擦ってしっかりと見上げると数十センチ先に男性の顔があった。

覗かれている訳でもないのに近くに感じてしまうのは自分の恥ずかしさからだろうか、目筋通った顔つきで凛々しいとまではいかないけれど、男性としては魅力的な部類に入る顔つきであった。だがその目は死んだように光がなく、その下には色の濃いクマがしっかりと横一文字に走っていた。

「ゆっくり寝られていたようで何よりです」

 紺色のネクタイに白色のワイシャツが弛みのない首筋から少し筋肉の盛り上がった肉体を包み込んでいる。

なかなかの好男子だ。

もう少し若ければ話を流れに乗せてしまうかもしれないが、あいにくこちらはそこまでの度胸も美貌もない。

「ご、ごめんなさい、迷惑をかけました」

 恥ずかしく、少し会釈をして起き上がるとパサリと地面に何かが落ちる音がした。

 彼の背広の上着だった。

掛けてくれていること、それすら気が付けない自分自身が情けなくなる。

「ああ、気にしないでくださいね」

 私が動転して跳ね上がるように起き上がると、彼も立ち上がって地面に落ちている上着を拾い上げた。

「いやはや、私も情けないことにさっきまで一緒になって寝ていたのです。早めに起きれてよかった。だらしない姿を見られずに済みました。あ、冷え込んできましたが、寒くはありませんか?」

「だ、大丈夫・・・・ふっぅしゅん」

 大丈夫と言ってすぐにクシャミをしてしまう。まったくあてにならない言動だ。

上着を軽く叩いて埃を落すと私の肩へと掛けてくれた。

「起き掛けですからね。体を冷やすと風邪をひきます」

 まったく、こんな頭の狂ったおばさんにかけるセリフではないと思う。きっと向こうもそう思っているのかもしれない、いや、こんなことを気にも留めずにできるということはもしかすると手馴れているのかもしれない。

「かさねがさね、ごめんなさいね」

 少し引き攣った笑みで彼に詫びた。

「本当に気にしないでください、それよりも何か悩み事でもあるのですか?」

「え・・」

「いえ、池へと誘われるように進んでいたのでどうしたのかなと」

 そうだった、自分でも思い出したくもないが、どうしてあのような行動を取ってしまったのか見当もつかない、いや、彼の誘われるという表現がまさしく正しいのかもしれない。

「その、何と言っていいのか分からないのだけど、貴方の言う、誘われたという表現が一番正しいのかもしれないわ」

「誘われたが正しい、ですか?」

 にこやかな笑みを浮かべて彼が問うた。

その笑みは清々しく、この人なら何でも話しをしてしまえると思えるほどだ。

「ええ、確かに仕事で嫌なこともあったのだけど、そこまでしんどいことではなかったし、何だろう、池を見ていたら呼ばれた気がしたの」

「呼ばれた、ですか?」

「うん、こう、なんて言ったらいいのかわからないけど、すべてが嫌になってきてしまって、そうしたら池が呼んでいるような、そんな気持ちになって」

 今、真剣に考えても本当に理解できない行動だ。

「無意識にという感じですかね」

「ええ、そんな感じなのかな・・・。助けてもらってからは何と言っていいのか、もう、自分でも何を言っているのかわからないくらいに頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって」

 顔に熱が再び籠った。

40代おばさんの我儘ぶりっ子のようなしぐさにげんなりと強烈な恥ずかしさがこもる。

「まぁ、それは置いておくとして、今の気分はどうですか?」

 さも気にもしていないといった態度で彼が言うのを聞きながら、そのやさしさがありがたいと思う反面、さらに恥ずかしさを掻き立てる。

「い、今はもう本当に大丈夫、池に入ろうなんて考えてないし、あんな駄々っ子みたいなことも思っていないから」

 ついつい言わなくていいことも言ってしまう。

「駄々っ子とは思っていないですよ」

「いや、でも、あれは思い出すと完全に駄々っ子よ、いや、それ以上よね・・・」

 自分の発言で再び落ち込んだ。情けない。いつもの調子からは程遠い。

「いや、まぁ・・・」

「ほら、そう思ってる!」

否定も肯定もされずに戸惑っている言葉にさらに恥ずかしさが募る。

「そうは思っていませんにょ」

 言い終わった彼の顔が分かるほどに引き攣っていた。

「噛んだ!ほら、そう思ってる!」

 もう、どうにでもなれ。私は拗ねたように横を向いた。

「あははは、そうですね、あの時はそう思いましたが、今はそんな風には思っていませんよ」

「本当に?」

「本当です、ですから許してください」

 拗ねた私の前で拝み手をして謝ってくる彼に思わず吹き出してしまった。

「い、今時、そんな謝り方はないわよ」

「あ、これ癖なのですよね」

「癖ね・・・おばさんに合わせてくれたのかな?」

「おばさん?」

「ええ、目の前にいるでしょう?」

 親指で力を込めて自分を指す。

「おばさんとはあまりにも早すぎませんか?」

 本当に気を使わない返事が返ってきた。

「上手ね、いくつに見える?」

「そうですね・・・50代手前くらいなら・・・」

 いいサバの読み具合だ、これでも頑張っているのに・・・殺してやる。

「もう少し遠慮してくれないかな?」

 少し青筋を立てながら私は声のトーンを落として言う。

「遠慮・・・ですか・・・、もう少しあげたほうがいいですか?」

「下げろって言ってるのよ。私はまだ40よ」

「あ、やっぱりそうでしたか、どおりで綺麗だなと思いました」

「あら、ありがとう」

 もう、ありがとうの気持ちなど一切こもっていない返事をする。

「えっと、50代は冗談です」

「いい冗談とは言えないわね」

「全くそうですね、でも、おばさんには早すぎますよ」

「さっきの後でその言葉とは驚くわね」

「驚くほうが面白いでしょう」

 分かった。この子は馬鹿なのだ。

「どこが綺麗か言ってみなさいよ」

 言えるもんなら言ってみろ。どうせ、そう思ってないのだろう。

「そうですね、寝顔をずっと見ていられるほど、綺麗ですよ」

「ええぇ・・・」

 笑みを消して真顔で言ってきた彼の言葉に反応できず、顔だけが真っ赤に熱を帯びていくのが分かった。

「寝ていたって言っていたじゃない」

 ずっと見られていたなんて恥ずかしい、でも、彼は確かさっき起きたと言っていた気がする。

「ええ、少しだけ寝てしまいましたが、それまではずっと見ていましたよ」

 何も言い返せなかった。ただただ、恥ずかしさあまり彼から視線を外す。

何故だろうか、その柔らか物腰の雰囲気とその言い方と相まってなのか、全くの初対面に言われたとしても普段なら何も思わない言葉にこんなに動揺させらている。

「そ、そういうことはもう少し若い子に言うべきじゃないかしら」

 少し吃りながら彼に視線を戻すと、その柔和な顔立ちが優しく微笑んで私を見ていた。

「年齢は関係ないですよ、綺麗な人は綺麗なんです。素直に受け取ってください」

「あ、ありがとう・・・ございます・・・」

 思わずお礼を言ってから私は素直に笑みを浮かべていることに気づいた。

「うん、素敵な笑顔です」

 彼の微笑みがさらに優しさを増した。

「分かってやっている?」

「どういう意味です?」

 思わず狙ってやっているのでないかと疑ったが、軽く首をかしげた仕草と変わらない表情に違うのだと分かった。

「な、なんでもないです・・・」

 下に俯いた私にそれが体にとって合図だったかのように空腹の音が響いてきた。

 重ね重ね恥ずかしい。

ランチを逃したのでこれでいいやといい加減なものを食べたのが災いしたようだ。

「お腹空いてきましたね・・・」

 言い終わらない内に彼にも空腹の音が伝播したようで同じ音が大きめに響く。

「そうだ、今回のことのお礼も兼ねて一緒に夕食でもどうですか?商店街によく行っている洋食屋さんがあるんです」

 私から誘ってみた。なにより、あのような迷惑をかけたままで何もお礼をせずと言うのはさすがに気が引けた。

「洋食ですか!それはいいですね!ぜひ行きましょう」

「じゃぁ、案内しますね」

 そう言いつつ立ち上がると足元の違和感に気がついた。

「あ・・・・」

 素足だ。

 視線を池の方へと向けていくと柔らかな土にヒールが埋もれている。

取りに行こうと動こうとして彼に静止された。

「ああ、取ってきますよ、池に入られたら大変だ」

「もう入らないわよ」

 少し拗ね気味の声で反論をしてお互いに笑う。

 土から引き抜いたヒールについた土を軽く払った彼が、私の元へとそれを持ってきて履きやすいように揃えて足元へと置いてくれる。

 こんな気遣いでさえありがたい。しかも、その仕草にはさもそれが当たり前であるかのように自然な流れだった。

「あ、ありがとう」

「いえいえ、あ、履くのは待ってください」

 自分の手をハンカチで軽く拭き、彼はそれを私へと差し出してきた。

「手だけ拭かせて貰いましたが、これで履く前に足を拭いてください」

「そんな、そこまでしてもらわなくても・・・」

「いえ、手を拭いてしまいましたし、靴が汚れてしまいますから気にせず拭いてください」

「えっと、でも・・」

「きにしないで、さぁ、早くご飯を食べにいきましょう」

 その笑みと声に流されて私は申し訳ないと思いながら、ストライプ柄のハンカチを受け取る。

これ以上固辞するのは流石に申し訳なく感じた。

「じゃぁ、お言葉に甘えて・・・ありがとう」

「いえいえ」

 ベンチに腰掛けて足を拭かせて貰う。

「ハンカチ、新しいのを買ってお返しします」

 流石に足を拭いたものを洗って返すのは申し訳ないし、私自身がそれは許せない。

「そんなに気にしないでください、そろそろ、買い換えるつもりでしたから」

 嘘だということは拭かせてもらっていて気がついた。

ハンカチの縁は毛羽立っておらず綺麗だった。つい最近に下ろしたものだろう。そして片隅に名前が捺されていることに気が付いた。

―貴船正隆― 

「きぶねまさたか?」

 何も考えずに独り言でその名前を呟く。

「あ、濁点つかないんですよ。きふね・まさたかと言います」

「名前入りのハンカチなのに・・・」

「印鑑スタンプで捺してあるだけですから気にしないでください」

 拭き終わってヒールを履くと私はハンカチを畳んでいると、手を差し出した彼に首を振った。

「ごめんなさい、やっぱりきちんとお返しします」

「そうですか、うん、分かりました」

 遠慮する言葉での返事が返ってくると思ったのだが微笑んだまま彼は納得してくれた。

「じゃぁ、代わりに私の名前も知られたことですし、お名前を伺ってもいいですか?」

「えっと…。嵐山夏帆あらしやまなつほです」

「あらしやまなつほさん」

「はい、えっと嵐山でも夏帆でも呼びやすい方で呼んでください」

 そう言って立ち上がった私は彼を見下ろした。

 私の身長は190センチほどある。

日本男性の平均身長が170センチくらいなので、20センチも違うわけだ。高校の頃に急に身長が伸び始めてあっと言う間に190センチの高身長になった。学校から今まででこの身長差で良い思いをしたことはほとんど無い。男性は女性に見下げられるのは苦手なようで穏やかに返事をしながらも表情や声のどこかに含みをもたせている。

「驚かないのですね?」

 思わず聞いてしまった。

「なにか?」

「背が高いことです」

「ああ、そんなこと驚きませんよ、さぁ、それよりもご飯にいきましょう!」

彼の表情や言葉には含みが一切無かった。それはもう、聴き慣れた私が、察し慣れた私が、驚かされるほどであった。

 ベンチの端に置かれているハードケースのゴツい鞄を持ち、その隣に無造作に置かれていた私の書類の入った鞄も持ってくれる。

「あ、ありがとう」

 手を伸ばしたのだが彼は首を振った。

「重たいし持ちますよ」

「でも、悪いわ」

「今さっきまであんな状態だったのですから、念のためです」

 そう言われて微笑まれればこちらとしても断りづらい。

「お言葉に甘えて・・・お願いします。」

「任せてください、さ、行きましょう!」

「案内しますね」

2人は商店街方向へと向かっていった。


後味悪い作品に仕上がると思います。体調がすぐれずなかなか他の作品を掛けません。すみません。

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