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第九話 第一王女メイリア

 

 王城クリスタルラピアは混乱の最中にあった。


 何せ『原因不明の突然死』で死亡したことになっている──実際には王妃教育によって殺された──ファリアル=シュガーポイント男爵令嬢が王城クリスタルラピアを襲撃、王族の守護を担う近衛騎士を殺し、国王の首を引き千切り、王城クリスタルラピアの上層を内側から粉砕したというのだ。


 それによって近衛騎士が174名死亡し、国王だけでなく第二、第三王子をもまるでついでのように巻き込まれての死亡が確認されている。


 つまり、ファリアル=シュガーポイント男爵令嬢の襲撃以前、非公式なれどシュダ=バードフォーチュンに敗北したその日のうちに行方知れずとなった第一王子を除けば、現存する『王の血』は一つとなる。



 すなわち、第一王女メイリア=レリア=スクランフィールドその人だけなのだ。



「う、ぁう……」


 今年で十歳となるメイリアは王妃教育が実質的には王に忠実な美しい肉塊を用意する加工工程である、を筆頭として国家の暗部の一切を知らずにいた。


 第一王子は言うまでもなく、第二、第三王子もまた才能『だけ』は優れていたため、女であり目立った才能のない第一王女には子供をなすこと以外に期待することは何もなかったのが最も大きな理由か。


 とはいえ、だ。

 国王や第二、第三王子は死に、第一王子は行方知れず、となればお偉方の思惑がどう転ぶかなど容易く想像できるだろう。



 無駄に才能があり扱いにくい第一王子よりも、目立った才能がなく幼い──つまり扱いやすい第一王女を担ぎ上げたほうが良い、と考えるに決まっていた。



 先の男爵令嬢は武力だけで言えば第一王子には劣るまでも将軍や近衛騎士団長に匹敵、あるいは凌駕する王族たちを軽々と殺してのけた。そのような怪物がのさばるような非常事態、早急に国家の機能を回復させ、事態収束に対応すべしということで、王位継承順位を繰り上げて第一王女こそを女王と任命する『非常対応』のための議会が開かれ──開始三秒で全会一致で可決となったところである。


(あ、あう。なんでこうなったのーっ!?)


 金髪を三つ編みとまとめて後頭部で輪に形作った独特の髪型の第一王女メイリアがお偉方が集まる会議室の一番目立つところで泣きそうな顔をしていた。


 女王メイリア=レリア=スクランフィールド様万歳っ!! などと言いながら拍手をしている連中は友好的な笑みを浮かべているはすなのに、寒気しか感じない。


 父親や兄たちもたまにそうなるが、それでも普段はメイリア『には』温かく接してくれる。意地悪な第一の兄以外はメイリアの周りにはそういった人間しか存在しなかった。少なくとも、昨日までは。


 父親や二人の兄が殺され、第一の兄が行方知れずのままこんなところに連れられて『お前が新しくこの国の頂点と君臨するんだ』と押し付けられて──恐怖を感じないわけがない。


 何も知らないまま、状況だけが進む。

 怖くて、とにかく怖くて仕方ないメイリアは平均的な同年代の女の子よりも小さな体を縮こませるように顔を伏せる。


(ぜっゼリアさん……)


 その間にも状況は進む。


「さて、新たな女王が誕生し、国家の機能回復への目処が立ったことだし、目下最大の脅威への対策を話し合うとしよう」


 宰相にしてゼリア=バードフォーチュンの父親ではあるが、あまり顔を合わせたことはないバラグラ=バードフォーチュンがそう言えば、対面に座る大男が鼻で笑い、


「あれは不意打ちだったからこそだ。死んだはずの令嬢がなぜ襲ってきたのかは分からんが、準備さえ整えておけばどうとでもなる」


「将軍の実力は知っているが、王都内にいながらみすみす国王たちを死なせた貴方の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないかと」


「おい。陰湿にライバルを排除して、王様のケツを舐めるように尽くして、ようやく宰相になった程度の小物がなんて口を聞いてやがる? 俺はこの国の軍事を司る将軍だぞ!!」


「やはり気付いていないか。先の襲撃者の正体は──」


「まぁまぁ。落ち着けよ、ベイベー」


 将軍と宰相とのぶつかり合いに割って入るのはロン毛の騎士。近衛騎士団団長は世の令嬢を虜にしてきた甘いマスクにウインクをプラスして、


「いくら強いとはいえ敵は一人。華麗なる我が王国の戦力を結集させれば敵う道理なし。とはいえ無意味にぶつかり、いたずらに戦力を削るのも勿体なし。ここは犠牲を最小とするためにもみなが一丸となって話し合うべきと思いますが?」


「ふん、くだらん。が、優男の言葉も一理ある。対策などなくとも勝利に揺らぎはないが、勝手に話し合う分には口出ししないでおいてやる」


「相手がサキュバスであっても?」


 宰相が何気なく発した言葉に将軍や近衛騎士団団長、その他のお偉方が息を飲む。


 まさか、冗談だろ、と誰かが言った。

 宰相はただただ冷徹に切り捨てる。


「冗談であればどれだけ良かったことか。情報源は明かせないが、先の襲撃者がサキュバスであることは確実だ。各々、此度の変化を利用せんと思惑を張り巡らせているだろうが──足元掬われないためにも対策だけはしっかりと立てるべきだと思うが、いかように考える?」



 ーーー☆ーーー



 結局一睡もできませんでした。

 国王殺害という異常事態に対してきちんと向き合うべき時であり、時間を無駄にする場合でないことはわかっているのですが、その、眠れないものは眠れないのだから仕方ないではありませんか。


 それもこれもシュダさまがあんなことを言うからで……いえ、勝手に勘違いしたわたくしが悪いのですが、その、嫌ではない、というのが、もう、もうです。


 と。

 来客用のお部屋、その扉の先から声が一つ。


「あー……リンティーナ。起きているか?」


 それはシュダさまの声でした。聞き間違うわけがありません。


 声を聞くだけで胸が高鳴るのですから、どうしようもありませんね。


「はい、起きています」


「そうか。……その、なんだ。昨日は悪かったな」


「い、いえ、勘違いしたわたくしが悪いのです」


「そんなことはないっ。俺様の配慮が足りなかったわけで、だから、その、婚約者だからといってどうこうする気はないからっ!」


 …………、え?


「貴族的にはいずれは子供をつくるべきなんだろうが、その辺はどうとでもなる。無理して『そういうこと』をする必要はないし、する気はないから安心してくれ」


 そ、れは、つまり、シュダさまは『そういうこと』をする気が起きないくらいにしか、わたくしのことを想っていない、ということですか?


 もちろん『そういうこと』をするかしないかが評価基準となるわけではありませんし、そもそもわたくしがシュダさまという異性を受け入れられるかどうか、そしてシュダさまがわたくしという異性を受け入れられるかどうかという問題もありますが──する気はない、と言われた瞬間、ひどく悲しくなりました。


 勝手なのは分かっています。

 面倒くさいことこの上ないのは自覚しています。


 ですが、それでも。


「わたくしは、魅力的ではありませんか?」


 言って、後悔しました。

 こんなの、本当、面倒くさいです。


 少し距離を詰められただけで恐怖に身体がすくむくせに、シュダさまもまた同じであると知っているくせに、なんで、こんな、わたくしは何がしたいんですか。


 心と体が乖離しています。

 矛盾の塊にもほどがあります。


 それなのに。

 こんな面倒くさいわたくしに対して、ドバンッ! と勢いよく扉を開いたシュダさまは予想以上に距離が近かったのか、後ろに飛び退きながらもこう言いました。



「そんなわけないだろっ!! くだらない呪いさえなければ、そしてリンティーナが辛くないなら、今すぐにだって……じゃない!! いや違う、わけじゃないが、これじゃあ下半身で物事考えているあいつみたいじゃないか、もお!!」



 その必死な姿が、全てでした。

 そう、シュダさまはいつだって真っ直ぐにわたくしのことを想ってくれているのですから。


「すみません、シュダさま。シュダさまがそういうお人だとわかっていながら、困らせるようなことを言ってしまって」


「いやいや、リンティーナが謝る必要はないってっ。俺様の言い方も誤解を招くものだったようだしな」


 ごほん、と切り替えるように咳を一つ。

 そしてシュダさまはこう告げました。


「焦らず、ゆっくり、俺様たちのペースで仲を深めていきたいと思っている。それで、いいか?」


「はい、もちろんです」


 わたくしは、本当、恵まれています。

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