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第八話 勘違い

 


「リンティーナ?」


「……ひっ、ぅぅっっっ!?」



 見られました。

 枕に顔を埋めているところをシュダさまに見られましたっ。


 枕を抱いて跳ね起きたわたくしをシュダさまはどんな表情で見ていることでしょう。見ることなんてできなくて、俯いて逃げるしかありません。


 軽蔑、でもされようものなら最悪です。欲望の制御もできないだなんて本当壊れすぎですよっ。


 と。

 シュダさまはこう言いました。


「具合でも悪いのか?」


「…………、はい。少しだけ」


 う、うう。シュダさまに嘘をつくのは心苦しいですが、はしたない女だと思われて嫌われるのはもっと嫌なんです。自分勝手な女でごめんなさい、シュダさま。


 少し、と加えたのがあまり大事にはしたくない表れだったのですが、シュダさまは慌てて、


「本当か!? よく見れば顔も赤いし、息も荒いもんなっ。今医者を呼んでくるからっ」


「いえ、そんなっ、大丈夫ですっ。少し、本当少しだけですから! 今日は色々あったので疲れただけです!!」


「本当か? 本当に大丈夫なのか?」


「はい。ご心配には及びません」


 欲望のままの行動を誤魔化すためだけの嘘でシュダさまに心配をかけるだなんて心苦しいですね……。


 そこで。

 シュダさまはこう続けたのです。



「疲れているなら、今日はもう寝るか」



 …………。

 …………。

 …………。


「ふえっぁ……うぐっ!?」


「ちょっ、大丈夫かリンティーナ!?」


 極大の衝撃に、どうやらわたくしは枕を抱いたままベッドから転がり落ちたようです。ぶつけた腕が痛みますが、そんなの意識する余裕すらありません。


 今、シュダさまは、なんと?

 寝る。婚約者に対して、お部屋に連れてきてからの、寝る? それは、その、つまり、そういうことですか!?


 貴族間の婚約とはすなわち政略的な繋がりを結ぶためのものであり、その象徴とは子供であり、子供を宿すためには『寝る』のは必須で、そういうことを済ませておくのは大事なことですが、その、そのお!!


「早い、まだそんな早いですシュダさまっ」


 ドキドキと鼓動が激しいです。

 嫌悪ではありません。期待、も少し違うのかもしれません。


「リンティーナ」


「ひぅっ」


 求められれば、拒絶はしたくなくて。

 望んでいないと言えば嘘になって。

 ですけど、『異性』を前にしていると認識するだけで、わたくしの心と身体は乖離していきます。


 恐怖、したくないのに。

 心が望むものと身体の反応が噛み合わないのが悲しくて仕方ありません。



「……ごめ、ん、なさ──」


「来客用の部屋の準備は終わっているんだが、まだ早いってのは何の話だ?」



 …………、ええと。

 それ、は、


「シュダさま。『寝る』とはどのような意味でおっしゃったのでしょう?」


「? 寝るは寝るだろ。突然連れてきたから来客用の部屋の準備に時間がかかったが、もう準備は終わっているし今日はもう早く寝て……寝、て」


 ババッ!! と。

 おそらく今気づいたのでしょう。シュダさまは部屋の隅まで大きく飛び退き、両手をばたつかせて、


「やべっ、違う違うからなっ。寝るってのはそのままの意味で、もう休んでおけってことで、何も含ませてはいないからっ。ベッドの中に連れ込む気なんてさらさらないし、いやしたくないわけじゃないが互いの状態的にちょっと厳しいわけで、いやいやその辺が解決すれば連れ込んでいいと考えているわけじゃないが、ああっと、つまり、来客用の部屋に案内するからついて来いっ!!」


 ドバンッ! と扉を勢いよく開いて、シュダさまは部屋から出ていきます。ついて来い、とは言われましたが、わたくしはしばらく立ち上がることもできませんでした。


 うう、恥ずかしくて死んじゃいそうです……。



 ーーー☆ーーー



「はっは」


 第一王子ジランド=レリア=スクランフィールドは王国の最南端、地下深くに伸びるダンジョンの最奥に到達していた。


『無冠の覇者』を筆頭に最上位の冒険者たちでさえも突破どころか上層部を探索することが精一杯とされている『未踏魔域』を第一王子は踏破したのだ。


「ははははは!」


 ダンジョンに関して『どうして』の部分が判明しているのは少ない。


 ──ダンジョンには人工物としか思えない無数のエネミーが存在しており、いくら破壊しても無尽蔵に現れ、侵入者を迎撃する。『どうして』そんなものが配置されているのか、そもそもどのような技術でもって量産しているのか判明していない。


 ──ダンジョンにはいくつかの宝が存在しており、金銀財宝は元より超常的な力を秘めているものも珍しくない。『どうして』そんなものが置いてあるのか、そもそもどうやって作ったのか判明していない。


 ──ダンジョンは大陸の至る所に存在しており、新たに構築したのではないかと思うほど年々その数を増やしている。『どうして』ダンジョンが生まれたのか、そもそもダンジョンなどつくってどんな意味があるのか判明していない。


 ダンジョンに関して、真にわかっていることなんてなく、しかし『どうして』が抜け落ちていても関係ない。



 ダンジョンの最奥には必ず宝があり、その宝の『力』はダンジョンの難易度に比例するという事実さえわかっていれば、それでいい。



 第一王子は手を伸ばす。

 未踏魔域。最上位の冒険者でさえも上層部を踏破することさえ困難な、大陸でも屈指の難易度を誇るダンジョン、その最奥に眠る宝へと。


 それは闇が蠢くように胎動する剣であった。


 それはダンジョンの最奥の地面に無造作に突き刺さっていた。


 それは超常的な力を秘めていることを確信させるほどに膨大な圧を放っていた。


「ははははははははははははははッ!! 王者に楯突いた不届き者へ鉄槌を下す『力』はここにい!!!!」


 掴む。

 ただでさえ軍勢を凌駕するとまで言われているほどの魔力(才能)の持ち主が大陸でも屈指の難易度を誇るダンジョンの最奥に眠る力を手に入れる。


 たった一人の少年を殺すために。

 ただそれだけのために。



 ーーー☆ーーー



 そして、世界のどこかで。

 サキュバスは笑う。


「あ、そんなところに隠れていたんだぁ、『同類』くん☆」



 ーーー☆ーーー



『記録』より抜粋。



 108年、赤ノ月、十六位相。


 対象:レキューラ伯爵家当主、同長男、同三男。


 罪状:領地内の若い女たちを誘拐、『消費』、及び売却。


 処分地:フォートランカ海峡深部。



 108年、緑ノ月、八位相。


 対象:アンティーク商会会長。


 罪状:王国内への依存性薬物の流通の主導。


 処分地:ラバアルユート山脈地下。



 108年、紫ノ月、二十五位相。


 対象:辺境警備隊隊長、及び同隊隊員185名。


 罪状:国境付近での略奪、及び奴隷調達への協力。


 処分地:ラピスランス沼地。



 以降、五年前の『呪いを受けた日』まで同様の『記録』あり。



 ーーー☆ーーー



「…………、」


 シュダ=バードフォーチュンは本邸の中庭にあるベンチに腰掛けていた。


 目の前には色とりどりの花が咲き誇っているはずだが、深夜の闇の中からその色彩を捉えるのは難しい。


 そもそも、その瞳は花壇を見ていない。

 ここではないどこか、遠くに広がる過去の残滓を見据えていた。


 そして。

 そして。

 そして。



「俺様のばかっ。部屋に連れ込んで『寝る』だなんだと口走ればそういうつもりなんじゃと勘ぐられるのは当然だろうがよーっ!!」



 うぐおおっ、と頭を抱えるシュダ。

 来客用の部屋にリンティーナを案内して、そこから私室に戻って自分も寝る、なんて呑気な真似ができるほど図太い精神はしていなかった。


 勘違いとはいえ、婚約者らしいことをしようと誘ったに等しいのだ。そんなつもりはなかった、とはいえ、誤解させてしまったのは軽率な発言にある。


 熱くて仕方ない顔を手で押さえて、思わず『想像』してしまった光景を払うように首を大きく横に振る。


 どうしようもない感情を吐き出すように息を吐く。


 嫌ではない。

 呪いさえなければ、そしてリンティーナが受け入れてくれれば、いずれはそういうことに手を出したいと思わないわけがない。


 だが、そういうことは段階を踏むべきであり、キスどころか手も繋げない有様でどうこうするような話ではない。


「そもそも俺様の異性への恐怖心はあくまで呪いによるものだが、リンティーナのはほぼ確実に過去の出来事に由来する恐怖心だ。呪いによる『つくりもの』の恐怖心しか知らない俺様が想像するより遥かに苦しんでいるはずだってのに、あんな、くそっ! ……傷つけてしまった、よな」


 冷静に振り返れば、最悪だった。

 デリカシーなんてカケラもない。


 ただでさえ男性恐怖症を刻まれたリンティーナの傷口を抉り開くようなものだ。


 わざとではない、なんて言い訳にすらならない。あのリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が、シュダとは比べものにならないほどしっかりしている女性がベッドから転がり落ちたのだ。そんな様を晒すほどに、傷つけてしまった。


 もしかして照れているのでは、なんてものは男にとって都合のいい解釈でしかない。


 やってしまったものは、なかったことにはできない。ならば、せめてきちんと償うべきだ。


「ちゃんと、謝らないとな」


 ちなみに、今現在リンティーナもまた勘違いしたことについてベッドの上で悶えているのだが、そのことをシュダが知る由もなかった。

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