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第六話 無邪気にして極大の怪物

 

 本日は国王主催のパーティーの日です。

 シュダさまに関しては、その、そもそもマナーが求められる展開にならないよう立ち回りましょう。シュダさまの良さは社交場では測れないものですから!!


 そこで。

 ガタゴトと揺れる馬車の中、対角線上に座るシュダさまがボソリと吐き捨てます。


「ああくそ、緊張する……」


 そちらに、わたくしは視線を向けることはできませんでした。なぜなら、そう、今日は国王主催のパーティー。婚約発表パーティーと違い、格好一つとっても相応のものが求められるのですから、流石のシュダさまもいつものボロコートではありません。


 白のタキシード。

 普段のくたびれた格好のシュダさまも安心感があっていいのですが、ビシッとした格好のシュダさまは真剣で、見つめていると頬が赤くなるのです。


 あんなの反則ですよねっ。


「……、やっぱりおかしいよな。まるでこれまで積み上げてきたものを台無しにしてもいい、とでも言うようだ」


「シュダさま? どうかいたしましたか?」


 わたくしが問うと、シュダさまは一つ息を吐きます。まるで切り替えるように。


「いや、なんでもない。俺様は俺様の好きにする、というだけだしな」


 それより、と。

 シュダはこう繋げました。


「普段の白を基調とした格好もいいが、紫を基調としたそれもいいな。すっごく可愛い」


「……あ、ありがとうございます」


 ふっふふっ、不意打ちはやめてほしいのですが!? みっともなくでれっとした表情を浮かべそうになりますから!!


「リンティーナ。パーティーでは色々苦労かけると思う。何せ、もう、散々だったからなっ!!」


「それは、その……はい」


 人には得意なものとそうでないものがありますからね。少し、その、取り繕うのが苦手でも、それは決して悪いことではないのです。


 ……礼一つとっても、その、ガッチガチでしたものね。この短期間で矯正するには難しいものがあります、はい。


「シュダさま。わたくしはシュダさまの婚約者です。苦労なんていくらでもかけてください。婚約とはそういうものなんですから」


「リンティーナ……。まったく、俺様にはもったいないくらいよくできた婚約者だよな。俺様、与えられてばっかりだ」


 与えられてばかりだなんて、そんなことはありません。シュダさまはわたくしに多くのものを与えてくれています。


 こんなにも心安らぐ日々を与えてくれたのは他ならぬシュダさまなのですから。



 ーーー☆ーーー



 王都にはミラーフォトン公爵家本邸、そしてバードフォーチュン伯爵家本邸など有力貴族の中枢が多く存在する。


 それらに囲まれた、中央。

 そこにそびえ立つのが王城クリスタルラピアである。


 窓は元より壁や天井さえもガラスで構築した完全ガラス製建造物。クリスタルと見間違うとまで評されている王国が名産品が一つ、クリスタルガラスの中でも最高品質のものを使っているからこそ、全面ガラス張りという無茶を押し通すことができている。


 クリスタルガラスはその輝きから通常のガラスと違い透けることがないので王城内部が常に丸見え、なんてことにはなっていない。


 その美しさ、そして鋼鉄を凌駕する強度さえも併せ持つ最高品質のクリスタルガラスが生み出す奇跡の光景は大陸でも有名であった。それこそ王国に立ち寄ったならば一度は見ておくべきと言われているほどに。


「相変わらず見栄しかない無駄遣いの極みだな。こんなの作るのに、そして維持するのにどれだけ膨大な予算が使われていることやら」


「シュダさま。間違ってもパーティー中はそのようなことは言わないように」


「わっわかっているさ、うんっ。それよりさっさと行って、さっさと終わらせようぜ!!」


 それは。

 シュダ=バードフォーチュンが馬車の扉を開けた、次の瞬間の出来事だった。



 ガッシャああああンッッッ!!!! と。

 目の前で王城クリスタルラピアの上層部が内側から弾けるように砕け散ったのだ。



 そう、内側から。

 爆発するような破壊は日光を反射して輝くガラスの雨を撒き散らす。咄嗟にシュダは馬車の中に戻ろうとして──外から馬車の扉を閉めた。


「シュダさま!?」


 直後に凄まじい音が炸裂した。

 余程強力な何かに破壊されたためか、細かく砕けたガラスの破片が馬車を貫くことはなかったが、外の人間が浴びれば全身ズタズタに引き裂かれるのは確実だろう。


 馬車にガラスの破片がぶつかる音が止み、慌てて馬車の外に出たリンティーナ=ミラーフォトンは目撃する。


 馬車を操っていたバードフォーチュン伯爵家の従者を庇うように立つ婚約者の姿を、だ。


「シュダさま、大丈夫ですか!?」


「ん? ああ、大丈夫大丈夫。この程度ならサキュバスの呪いで『力』を失った俺様でも問題ないさ」


 彼の手には自身のそれを脱いで束ねた白のタキシードがあった。おそらくはそれで降り注ぐガラスの破片を払ったのだろう。


 ……運良くガラスの破片は細かく砕けていたのでそれでも何とかなったようだが、巨大な破片が混ざっていれば押し潰されていたはずだ。


 そのことをわかっているのかいないのか、シュダはなんでもなさそうに平気な顔をしていた。


 それが、無性に、リンティーナは気に入らなかった。


 それでいて、シュダの行動は決して間違ってはいないことも理解していた。


 誰かを助けるために尽力することは『良いこと』だ。『良いこと』であれば、その行為自体を責めるなんてできない。


 シュダ=バードフォーチュンはそういう男だ。そんな彼だからこそ、リンティーナ=ミラーフォトンは惹かれている。


 それでも、だとしても。

 シュダが外から馬車の扉を閉めたのを見た瞬間、リンティーナの心は恐怖に張り裂けそうになったから。……心配するに、決まっているから。


「シュダ……さま」


 言葉にしてはいけない感情が溢れそうになる。そこで彼女の婚約者はどこか困ったように頬をかいて、


「悪かった、心配かけたな」


「いえ。シュダさまの行いは『良いこと』ですから。従者の方が無事でよかったです」


「俺様は何度同じ場面に遭遇しても、何度だって同じことをする」


「っ」


 シュダ=バードフォーチュンはまるでリンティーナ=ミラーフォトンの心の内を見透かしたようにそう言った。


 もちろん、そこで終わったりしない。


「そして、何度だってリンティーナに笑いかけてやる。大丈夫だって、な」


 そういう男だから。

 己が矢面に立つなど貴族としては間違っていて、だけどその真っ直ぐな生き様こそがシュダ=バードフォーチュンという男を示しているから。



 だからこそ。

 リンティーナ=ミラーフォトンはシュダ=バードフォーチュンのことが──



「本当、シュダさまらしいですね」


 そこで終われば世界は幸福に回っていた。これだけの異常事態、こんなところで終わるわけがなかった。


 はじめに気づいたのはシュダ=バードフォーチュンであった。鼻をひくつかせた彼は周囲を見渡し、そしてリンティーナ=ミラーフォトンの背後で『それ』を見つける。


 リンティーナが彼の視線の先に目を向けようとして──『待てっ!』とシュダの叫びが響く。


「見るな、リンティーナ。あまり見て気分のいいものじゃない」


「シュダ、さま?」


「流石にこれをお偉方の思惑で片付けるのは無理があるぞ。親父め、もしやしくじりやがったか?」


『それ』は赤黒く砕けたものだった。

 国王の首から上、そのなれの果てがおそらくは先の破壊と共に飛び散ったのだ。


 そして。

 そして、だ。



 カツン、と。

 足音が一つ。



 その足音はシュダ=バードフォーチュンの真横から響いた。


「ッ!?」


 誰に気づかれることなく彼女はそこに君臨していた。


 薄い赤のツインテールに小柄な体躯。十五と同年代ながらに歳と比較して幼さを感じさせる少女、その正体をリンティーナは示す。


「ファリアル……シュガーポイント、男爵令嬢?」


「いいや、違う」


 しかし、シュダはその答えを否定する。

 真横に君臨した少女を見据え、その真なる正体を看破する。


「久しぶりだな、()()()()()


「そうだねぇ。わたしとしてはもっと、もうっと早くに逢いに来たかったんだけど、ちょっと手間取ってねぇ。ごめんねぇ、寂しかったよねぇ。でも大丈夫っ。今日からはずっと、ずうっと一緒だよっ☆」


 ぐにゅり、と。

 ファリアル=シュガーポイント男爵令嬢としか見えない肉の器がこねるように歪み、歪み、歪んで──やがて姿形、その一切が変異する。


 サキュバス、その本領。

 すなわち女としての『魅力』を極め、男を誘惑する姿へと。


 それは腰まで伸びた銀髪を靡かせていた。

 それは深く赤い瞳を輝かせていた。

 それは飾り気のない純白のドレスを着ていた。



 それは、リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢そのものだった。



「……、ねぇシュダちゃん。これ、なぁに?」


 ゴギリ、とでも音が鳴りそうなほどにリンティーナ=ミラーフォトンの姿形へと変異したサキュバスが首を横に倒す。


 対してシュダは当然のようにこう返した。


「なにって、そのままだろうが。サキュバスは男を誘惑する。そのために相手の欲望を読み取り、最も魅力を感じる姿へと肉体を組み替える。まあ普通は一人の女ではなく、部位によって理想と感じるのが違うから、ツギハギのような『理想像』が出来上がるんだろうが──俺様にとっての『理想像』は頭の先から爪先までたった一人で確定しているってだけだっ!!」


「ふぎゃあんっ!!」


 ずざざっ!! と雷撃でも浴びたように膝から崩れ落ちるサキュバス。その顔は決壊寸前であった。


「う、うそだよねぇ? わたしを虐めて楽しんでいるんだよねぇっ!?」


「嘘なわけあるか」


「ふにゃああーんっ! シュダちゃんそれはあんまりだよおーうっ!! シュダちゃんのためにシュダちゃん虐めようとしていた奴の首を手土産にド派手に登場したのにぃっ!! ここは熱烈に抱きしめて、ありがとうな、愛しているぜって耳元で囁いて、それはもう猛烈なまでにキスしてくれる流れなのにぃーっ!!」


「そんな流れ、あるわけないだろ」


 決壊であった。

 もう目からドバドバ盛大に液体を流すサキュバス。


 ひっぐうっ、と嗚咽と共にサキュバスの足元が涙の海に変わっていく。


「こっこんなの間違いだもんっ。次こそわたしにメロメロにしてやるんだからぁっ!! うわあんシュダちゃんのばかぁーっ!!」


 そのまま走り去っていくサキュバス。

 そんな彼女をシュダは額に脂汗を浮かべ、見据えていた。


 完全にその姿が見えなくなったから、重く深く息を吐く。


「今回はなんとかなった、か。『力』をなくしている以上、サキュバスの性格を考えればああするしかなかったとはいえ綱渡りにもほどがあるぞ」


「シュダさま……今のはいったい?」


 もたらされた被害と、その被害をもたらしただろう人物(?)のギャップにどう受け止めていいか分からないリンティーナへと、シュダはこう告げた。


「無邪気なる極大の暴威。これだけの被害を撒き散らしておきながら、その危険度を正しく認識されないなんてのを平然と押し通す最悪の怪物だ」



 ーーー☆ーーー



 そして。

 シュダさまはこう言いました。


「リンティーナ。この有様じゃパーティーなんて場合じゃないはずだ。というわけで、今日は俺様の家に泊まっていけ」


「……、え?」


 封じたはずのサキュバスが復活した以上、せめて近くにいてもらったほうがまだマシだ、なんて言葉が続いていましたが、しかし、ええっと、それはつまりお泊まりですか!?


 お泊りなんて気にしている場合ではないのでしょうが、その、平然と受け止めることなんてできません!

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