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第五話 王家からの招待状

 

「招待状な。俺様のところにも届いたぞ」


 翌日。

 流石にこれはきちんと話し合うべきと(心臓がバクバク暴れるのをなんとか我慢して)シュダさまを訪ねたわたくしが招待状について問うと、シュダさまは件の招待状を持ってきてそう言いました。


 そう、招待状です。

 王家の刻印が刻まれた封筒は国王主催のパーティーへの招待状だったのです。それも婚約が決まったことを引き合いにして是非とも婚約者揃って顔を見せてほしい、なんて白々しい言葉が添えられていました。


 ……シュダさまが第一王子を殴った一件に関しては事件そのものがなかったことにされていますが、だからといって国王をはじめとした王族の皆さんが快く歓迎してくれる、なんてのはあり得ません。


 王族は己の血に誇りを持っています。

 というか、王の血を継ぐ者以外はすべからく見下しているのです。


 そうでなければ、あのような王妃教育が今日まで続くわけもありません。


「俺様としては参加してもしなくてもどちらでも構わないぞ」


「え? ですがこれは国王からの招待状です。この国で王族の意思は絶対です。王族の招待を()()()()()()()不参加なんて返事をすれば不敬と罰せられるんですよ?」


 この()()()()()()()というのは、どんな理由であれ罪とすると同じ意味です。それくらい、この国における王族とは絶対なのですから。


 それでも。

 シュダさまはこう即答しました。


「リンティーナを苦しめるくらいなら、なんとでもしてやる」


 即答でした。

 迷うまでもないと、当然のように。


「俺様、これでも宰相の息子だからな。親父も身内から不敬罪で罰せられるようなのが出るのは嫌だろうし、毎度お馴染みお偉方の思惑でもってもみ消すことだろうよ。……なぜか親父は表立っては王族を敬っているくせに、裏では王族に対して強気に接しているようだしな」


「シュダさま……。ありがとうございます」


 本当にシュダさまはわたくしのことを考えてくれています。だからこそ、迷惑はかけられません。


「ですが、わたくしは大丈夫です。参加、しましょう」


「本当にいいのか? 第一王子の態度があれだし、王族に良い思い出はなさそうだが」


「確かにあまり良い思い出はありませんが、貴族であるからには王家から逃げ続けることなんてできません。それに……シュダさまが一緒にいてくれるのでしょう?」


「もちろん! 俺様はお前の婚約者だからなっ!!」


「でしたら、大丈夫ですよ。殿下に婚約を破棄されたからって全然平気なのだと王族の皆さんに見せつけてやりましょうっ」


 取り繕っているのはバレていたのでしょう。シュダさまは迷うように眉を寄せていましたが、じっと見つめているとやがて降参するように両手をあげて、


「わかった。だが、辛くなったらすぐ言うんだぞ。嫌になったらさっさと帰ればいいんだからっ!」


「はい。ありがとうございます」



 と。

 そこでシュダさまは気まずそうに表情を変えました。ボソボソと小さな声でこう続けたのです。


「それはそうと、だ。実は言っておくべきことがあってだな」


「なんでしょう?」


 しばらくシュダさまは視線を彷徨わせて、ガリガリと頭をかいて、やがてこう告げました。


「実は俺様、パーティーに参加したことないんだ」


「え? でもシュダさまは──」


「みなまで言うなっ。そりゃ俺様の身分を考えればおかしなことかもしれんが、俺様自体がおかしな立ち位置なんだからしょうがないんだって! というか、今大事なのはパーティーに参加した経験がないってことだ!! 俺様は別に気にしないが、リンティーナに恥をかかせるのは嫌だしなっ!!」


 シュダさまは迷子の子犬のようにわたくしを見つめます。それこそ募るようにです。


「パーティーについて、俺様に色々と教えてくれないか?」


「……ッ!!」


 衝撃でした。

 もう、こんなの、反則です。


 あのシュダさまが、いつも自信満々に突き進むシュダさまがわたくしを頼りにしているのですっ。そんな、そんなお顔は反則ですっ!!


 きゅんっ、と心が鳴るようでした。

 心底困っているシュダさまには本当に申し訳ないのですが、可愛いと思ってしまったのです。


「わたくしに教えられることであれば、いくらでも」


 本当かっ、助かる! と。

 安堵から表情を綻ばせるシュダさまは、もう、最高でした。



 ーーー☆ーーー



 はじめこそシュダさまに頼られることが嬉しかったです。途中から少々危機感を覚えて、最後にはこう言っていました。


「あの、まだ始めたばかりですし、その、ええ」


「いいんだ、正直に言ってくれ」


「ええ、と」


「俺様が一番わかってるんだ、堅苦しいのがダメダメなのはさあ!!」


 シュダさまが頭を抱えて叫びます。

 正直に言いますと、演じるということがシュダさまは極端に苦手であり、細かい所作に気を配るのがより苦手みたいです。


 シュダさまの良さはもっと別のところにあるのですが、社交場では容赦なく攻撃の対象にされるでしょう。


「悪いな、リンティーナ。貴族の癖にこんな体たらくで」


「気にしないでください。そもそも社交場なんて無駄の極み、選民思想の現れでしかありません。そんなものを完璧にこなせたところで何の自慢にもなりませんよ」


 貴族が血筋を尊きものと扱うのも、自分たちの地位を確固たるものとするためです。社交場に社交界特有のマナーが求められるのも、新参者の参入を拒む意思の現れでしかありません。


 そうして外部からの参入を防ぐことでしか、地位の確立ができないだけなんですから。


 もちろん貴族として上を目指すのであれば、他の貴族を凌駕する社交界特有の技術を身につけるのは必須ですが、シュダさまは貴族としてのお立場になど興味がないご様子。であれば、わたくしは構いません。


 ……貴族として上を目指したところで、辿り着くのは王族のご機嫌取りなのですから。


 それはそれとして、最低限のマナーを身につけておいて損はありません。シュダさまの今後のためにも尽力する必要があるでしょう。


「シュダさま。パーティーまでお時間はまだあります。わたくしでよろしければいくらでも付き合いますので、頑張りましょう」


「……、そうだな。グダグダ言っていても何も解決しないんだ。リンティーナ、よろしく頼む!」


「はいっ」


 シュダさまに頼りにされている、というだけで、こんなにもやる気が出るのですからわたくしも単純なものです。



 ーーー☆ーーー



「親父、一体何を企んでいる?」


 リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢には見せない顔があった。シュダ=バードフォーチュンは感情を感じさせない目で目の前に座す男を見据える。


 バラグラ=バードフォーチュン。

 見た目こそダンディなおじさまと社交界で一定以上の人気がある男であるが、仮にも宰相にしてバードフォーチュン伯爵家当主。()()()()()()()()でしかなかったバードフォーチュン伯爵家程度の血筋で宰相へと上りつめただけの実力者である。


 ……この場合の『実力』には正攻法以外の項目も含まれている。


 無精髭さえも『ダンディなおじさま』という記号を構築するためのものであり、より効果的であれば外見などいくらでも作り替えるだろうバラグラ=バードフォーチュンは淡々と告げる。


「お前が知る必要はない」


「毎度お馴染みお偉方の思惑なのは分かっている。駒でしかない俺様にわざわざ説明するわけないってのもわかっているさ。その上で、聞いているんだ。俺様が表舞台に出る必要はないと考えていた親父なら『いつも通り』パーティーになど呼ばれないよう細工していたはずだ。それが、なんで、今になって俺様を表舞台に出そうと思った? おかげでリンティーナにいらぬ負担をかけてしまっているんだぞ!! まさかとは思うが、俺様だけでなくリンティーナも利用するつもりか!?」


 シュダの言葉に、しかしバラグラ=バードフォーチュンは眉一つ動かさない。ただただ淡々と返すのみ。


「婚約とは駒を仕入れるためのものだろう?」


「……ッ!! 上等だ。そもそも親父が何を企んでいようが俺様には関係ないんだ。利用できれば利用するが、邪魔をするならぶち抜いてでも好きにしてやる」


「お前の『力』は呪いと共に消失した。今、好きにしても問題ないのはあくまで思惑の範囲内であるからだ。外に出ればどうなるか、わかった上で言っているのか?」


「当たり前だ」


「当たり前、か」


 バラグラ=バードフォーチュンはやはり表情を変えない。それでも、次の言葉だけは何かが違ったのはシュダの勘違いであったか。


「お偉方の思惑というわかりやすいレールに従うだけでは満足できないと言うのならば、お前が望むレールを積み上げ、突き進むがいい」


 ただし、と。

 バードフォーチュン伯爵家が当主にして宰相はこう続けた。


「他者の思惑を跳ね除け、世界を己が望むままに進めるというのならば、相応の力と覚悟が必要だ。人の思惑に乗っかるのとは訳が違うと分かっているのだな?」


「それでも、俺様はリンティーナが幸せだと思える日々を掴み取ると誓った。そのためならなんだってしてやるとな」


「……、そうか」



 ーーー☆ーーー



『日記』より抜粋。



 サキュバスの呪いにはいくつかの性質がある。


 一つ、女に弱くなる。声をかけられたり見つめられただけで身体が万全に動かなくなり、いくら憎い相手でも俺様から攻撃なんて絶対にできず、女から触れられようものなら腕を千切られた時以上の激痛が走る。


 一つ、魔力が中和される。俺様自身が魔力を受け付けないように変異しているらしく、内に秘めた魔力は常に空っぽなので魔法は使えない。呪いを逆手に触れた魔力を消去することで魔法を無力化する、という使い方が出来なくはないが、魔法の中には物質に干渉するものも少なくないので魔力は無効化したが操られていた物質に押し潰される、なんてのも珍しくない。


 サキュバスに呪われてもう五年となるのである程度は慣れたが、精神論でどうこうするのにも限度はある。


 つまり何が言いたいかといえば、今日は流石に死ぬかと思った。


 いつもはリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が訪ねてくる時は男の使用人には下がってもらうんだが、親父からの伝言を頼まれた使用人の一人が早くしないとと焦って来てしまっていて、しかもよろめいたリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢を反射的に受け止めてしまったんだ。


 その時のリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢の様子を俺様は一生忘れることはできないだろう。


 おそらく俺様のように変則的なものではない、本当の意味での恐怖症はあそこまで辛そうなものだとは予想できていなかったんだ。


 足に力が入らず、崩れ落ちたリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢は顔を青くして、目を見開き、とにかく震えていた。それこそ『発作』とでもいうように。


 何かがあったんだ。それだけでも苦しかったのに、リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢は終わった後も苦しみ続けている。


 そう思ったら、もう、駄目だった。反射的にリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢を抱きしめていたんだ。


 冷静になれば男に触れられては症状が酷くなるのだと思うものだが、その時の俺様はとにかく必死だった。冷静でなんていられなかった。


 もちろんリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が拒絶すればすぐに離れていただろうが、すがるように俺様の胸に顔を埋めて涙を流す姿に少なくとも嫌悪はなかった。


 少しでも楽になってくれたんだと、そう思った。


 リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が泣き止むまでそれはもう激痛祭りだったが、たったそれだけで楽になってくれるのであれば安いものだ。


 それはそれとして、俺様が変則的とはいえ女性恐怖症だということがバレていたんだよな。うまく隠せていたはずだが、どこから情報が流出したのやら。これもお偉方の思惑が絡んでいるとか?


 ついでに記しておくと、親父からの伝言は『命令あるまで好きにしろ』というものだった。言われなくても好きにするさ。リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢との日々は今まで味わったことのないものだしな!

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