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第三話 定番でなくとも、貴方と一緒ならば

 

 腰まで伸びた銀の髪に深く輝く赤い瞳。

 飾り気のない純白のドレスで十分なほどに──いいや、余計なものを付け加えるのは無粋なほどにリンティーナ=ミラーフォトンは美しかった。シュダ=バードフォーチュンは胸を張ってこの世の誰も足元にも及ばないと断言できる。


「やっぱり、綺麗だなあ……」


 純白のドレスを着ている姿はたまに見かけるが、それでも感嘆とそう呟くほどには綺麗なのだから。


 だが、それはもしかしたら。

 デートの迎えにと訪ねたシュダ=バードフォーチュンが盲目になっているからかもしれないが──思わず呟いていたその一言に恥ずかしげに身を捩らせる彼女の姿がシュダの心を射抜いたのは確かである。



 ーーー☆ーーー



 ガタゴトと馬車が揺れていました。

 本日はシュダさまと出会ってちょうど一ヶ月、そして何よりデートの日です。


 迎えにいらっしゃったシュダさまと馬車の中に二人きり、なのです。


 それなりに大型の馬車でありますので、対角線上に座れば何とか『発作』が起こることはありません。……心と体が乖離しているようで、心は望んでいても体はまだシュダさまという異性に近づくのを拒んでいますから。


 そのことが悲しくて、ですがシュダさまもまたわたくしという異性に対する恐怖があるのですから、今はまだこのくらいの距離感でいいと前向きに考えるしかありません。


 それはそれとして。

 なんだかシュダさまの様子がおかしいんですよね。


「ふっ」


 それは何十回目だったでしょうか。『ふっ』と意味もなく息を吐き、髪をかき上げているのです。いえ、それ自体はたまにやっているのでおかしいわけではありませんが、本日はその頻度が多いですし、普段はそのよくわからない行動の後に声をかけてくれるのですが今日は何も続きがないんです。


「シュダさま、どうかいたしましたか?」


「どうかって、別にっ。決して初デートだからと気合い入れて予定立てていたが、そういえば移動中に何話せばいいかとか考えていなくて焦っているわけじゃないぞっ」


 シュダさまは本当シュダさまでした。これが他の貴族であれば何かしらの演技だと思いますが、シュダさまですから額面通り受け止めていいでしょう。


 わたくしは汗ばんだ手や弾けそうなほどに暴れる心臓の鼓動を意識します。……どうやら緊張していたのはわたくしだけではなかったようですね。


 ほんの少しお出かけするだけ。言葉にすればたったそれだけで、しかし高位の貴族や王族と接する時も学んだ通りに対応できていたわたくしが言葉一つ発するのにも唇が痺れたようにぎこちないものでした。


 緊張とは成功させなくてはと意気込みすぎるがために発生するもの。そして、慣れていないことを果たそうとする時に湧き上がるもの。


 つまり、わたくしにとってシュダさまとのデートは高位の貴族や王族と接した時よりも成功させたいと思うものであり、また全然慣れていないことである……ということです。


 ──純白のドレスというシンプルな服装を選ぶまでに丸二日は悩んだものですからね。髪型から化粧から全てひっくるめて頭を悩ませて、最終的にいつもとほとんど変わらない空回りっぷりも含めて、わたくしは緊張しているのでしょう。


 ああ、底が見えません。

 溺れていくのを自覚していながら、自制なんてできるわけがありません。


 だって、本当に、楽しみなんです。

 こんなにもワクワクすることなんて、今まで一度だってなかったんですから。



 ーーー☆ーーー



「ふははっ! 海だぞリンティーナっ」


 馬車から降りたシュダさまの言う通り、一面に青く唸る海が広がっていました。


 王都より馬車で三時間。

 漁業を軸に栄えた王国の象徴とも言える透き通るような生命の宝庫です。


 ザッ、と日光を反射してキラキラ輝く砂浜に足をつけたシュダさまは『ふっ』といつもよりも更にぎこちなく髪をかき上げて、こう言いました。


「よし、砂浜を走って追いかけっこしようっ!!」


「はい?」


 てっきり海を眺めながらお茶でもするのでは、と思っていたので、あまり激しい動きができる格好ではないのですが。


 そのことにシュダさまも気づいたのでしょう。『あっ』と声を漏らして、一目で分かるほどに気まずそうに視線を逸らします。


「……先にそういうことすると言っておくべきだったな、悪い」


「い、いえ、そんな謝らないでくださいっ。それより、その、どうして追いかけっこなどをしようとお考えになったのでしょう?」


「海といえば追いかけっこが定番だからな」


「そういうもの、なんですか?」


「ああ、そういうものだ」


 定番、というものがわたくしにはイマイチわかりませんが、シュダさまがわたくしのためにと頭を悩ませて出したデートプランがそれなのです。


 ……少し、思うところがないわけではありませんが。


「なあリンティーナ。走るのは難しいだろうが、砂浜を歩いての追いかけっこくらいならできないか?」


「それくらいならできますが……」


「よし、じゃあやろうかっ!!」


 というわけでわたくしたちは砂浜を歩いての追いかけっこをすることになりました。シュダさまが前で、わたくしが後ろ。いつもと同じくらい離れて歩いているだけですので、何か普段と変わるわけがない……はずだったのですが、


「キャッキャうふふがないぞ……」


「シュダさま?」


 どこか、シュダさまが遠いです。


「ううむ。キャッキャうふふとなって華やかな空気になるはずだったんだが……。『定番』を果たせばうまくいくはずなのにっ。これは挽回するための何かを、花火、そう花火も『定番』だ! って、昼に花火を打ち上げても意味ないだろうがっ。後は、何か、何かあるはずだ、考えろ考えるんだ俺様っ」


 シュダさまは悩ましげに俯き、何事か言っていました。


 やっぱりシュダさまが遠いです。物理的な距離ではありません。そんなものは互いに異性に対する恐怖があるためにいつもこのくらいは離れています。


 そうではなく、普段ならば前後左右どこにいようとも何度もわたくしを見て話してくれますし、目線が向いていなくてもわたくしのことを意識してくれているのが伝わってきます。


 ですが、今は違います。わたくしに目線を向けることなく、考え事に没頭しているのです。


 見えない範囲に護衛の方達もいらっしゃいますが、それでも気分としては二人きりなんですからもっとわたくしを見て欲しいと望むのはわがまま……なのかもしれません。


 デートを成功させようとシュダさまが頑張っているんですから、何も言わずに従う……のが正しいのかもしれません。


 それでも。

 せっかくのデートをこんな気持ちで過ごすのは嫌です。


「シュダさま」


「大丈夫、俺様ならいけるやれるせっかくのデートなんだ時間さえ経てば夕日の海を背に『定番』の言葉で決めることができるんだから今はなんとか繋ぎの『定番』を用意して──」


「シュダさまっ」


 少し強めに呼んで、ようやくシュダさまは振り向いてくれました。


「リンティーナ、ああっと、大丈夫だぞっ。絶対にデートは成功させる。完璧なデートをかましてみせる。だからもうちょっと時間をくれ! 夕日、いいやその他にも『定番』を用意するからっ!!」


「シュダさま。シュダさまが今日のために色々と考えてくれたことは十分に伝わっています。ですが、砂浜で追いかけっこをはじめとした『定番』通りに無理して動く必要はあるのでしょうか?」


「リンティーナ……」


「『定番』とされているのならば、多くの人にとっては好ましいことなのでしょうが、だからといって必ずしも『定番』がわたくしたちにも好ましいものとなるわけではないかと」


「そ、れは」


「デートだからと特別なことをする必要はありませんよ。特別なことなんて、『定番』なんてなくても、シュダさまと一緒にいるだけで胸が躍るのですから」


 しばらくシュダさまは何も言わず、目も合わせず、俯いていました。もしかして、怒らせてしまったでしょうか? シュダさまが今日のデートを成功させるために頑張っていたというのに、それを否定するようなことを言ったのですから。


 いいや、それ以上もあり得るのでは?

 そう、そうです、嫌われてしまったのではないでしょうか、とそう考えた瞬間、足元が揺らぐような心地がしました。やっぱり少し我慢してでもシュダさまの努力に付き添うべきだったと、まずは謝って許してもらわないといけない、と背筋に走るおぞましいほどの寒気に震えながら口を開こうとした、その時でした。



 ゴンッッッ!!!! と。

 シュダさまはあろうことかシュダさま自身の頬を殴ったのです。



「しゅシュダさま、何を!?」


「悪かった、リンティーナ。お前の言う通りだ。『定番』だからなんだ。お前のためだとしながらも、俺様はお前のことを見ていなかった。『定番』を果たせばそれでいいと、『定番』であればお前は楽しんでくれると、勝手に思い込んでお前のことなんて見ずに突っ走っていたんだ」


 目が覚めた、と。

 そう告げて、シュダさまは真っ直ぐにわたくしを見つめます。


 口の端が切れたのか、流れる血を親指で拭い、真っ直ぐに──そう、いつものシュダさまらしく。


「リンティーナ、改めて俺様と一緒にデートしてくれないか?」


「シュダさま……。はい、喜んで」


 予感、いいえ確信です。

 今日は一生忘れられない幸せな一日になるでしょう。



 ーーー☆ーーー



『日記』より抜粋。



 今日は待ちに待ったリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢との初顔合わせであった。


 一言でいえば、凄かった。

 とにかく綺麗だった!


 絶世の美女っているんだなと感心したくらいにはもう美人さんだった。


 後、(もちろん俺様のように呪いが原因ではないだろうが)異性に対して恐怖を抱いていた。公爵令嬢であれば常に守られる環境にあるだろうに、異性であれば誰だって怖くなるくらいの何かがあっただなんてミラーフォトン公爵家は一体何をやっているんだ!


 とにかく、だ。

 何があったのか、話してくれなくてもいい。ただ、恐怖に顔を歪めてほしくない。何の憂いもなく笑った顔が見たい。絶対、可愛いからな!!


 リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢の心から笑った顔を見るためにも、ハッピーライフを目指そう。


 どうせ婚約するならせめて嫌われることなく、幸せになってもらいたいと望むのは普通のことだろうしな。


 まさか一目惚れ、じゃない、よな? いやいやまさか、出会ってすぐに惚れるなんてそんなのハニーハニーうるさいあいつじゃあるまいに!!


 俺様はあそこまでチョロくない! ……はず!!

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