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最終話 そして物語は収束する

 

「うぅうう、ふあああああーっ!! なんっ、なにっ、うううああああーっ!!」


 ごっろんごろん! とわたくしはミラーフォトン公爵家本邸の私室のベッドの上を転げ回っていました。第一王子ジランドと決着をつけて早三日。そうです、もう三日も経っているというのに、気持ちの整理がついていませんでした。


 色々とあった気もしますが、最後ので全部吹き飛びました。だってシュダさまが、あんなことを、もう、本当、もうですっ。


「へ、えへへ。好きって、結婚してくれって、えへへっ、へへ、シュダさま、あぅ、ふぉうあああーっ!!」


 胸が熱く、心臓が破裂しそうで、とにかくじっとしていられません。かつては『生きた人形』などと揶揄されたこともあったほどには感情を制御できていたはずですが、身につけた技能なんて露と消えています。


「『奇遇だな、俺様もリンティーナのこと好きだぞ』、ですってえ!! 好きって、えっへへ、シュダさまがわたくしのこと好きつてえーっ!!」


 真っ直ぐに、熱烈に、純粋にして激烈な感情をぶつけられては、もう、もうもうシュダさまそんなの反則ですよお!!


「『今こそもう一度約束させてくれ。我が全霊をもってめくるめくハッピーライフを共に送ると約束する。だから、俺様と結婚してくれ』、だなんて、そんな、約束しますよお!! 共にって、ここですよね、この共にってところがもう最高に最強ですよねえ!! 結婚します、するに決まっていますう!!」


 それこそが、シュダさまの答えでした。

 いつかのデートで『「定番」に頼ることなく、俺様の言葉で俺様の想いを伝える。だから、もう少し待っててくれないか?』と言ってくれたシュダさまはあろうことかあんなにも、もう、もうすぎる答えでもってぶつかってきてくれました。


 わたくしは幸せ者です。

 恵まれすぎていて怖いくらいです。


「好きぃ。シュダさま、好きぃいいいいーっ!!」


 ぎゅう!! と枕を抱きしめて、ゴロンゴロン転がりながら、抑えられるわけがない想いを吐き出した、その時でした。


 ガチャリ、と扉が開き。

 わたくし専属のメイドである(とにかく一部がグラマラスな)ルナアルナが入ってきて、こう言いました。


「お嬢様、流石に屋敷中に響かせるのはどうかと思うですわよ」


「…………、屋敷、中…………???」


「はい。お嬢様の惚気、全部まるっとだだ漏れですわよ」


「そっ、そんなに口に出していま……ふにゃあ!?」


 びっくう!! と全身を跳ね上げたわたくしは体勢を崩した勢いのままベッドの上から転げ落ちていました。顔からゴッツンと落ちたせいで額が痛いですが、浮かぶ涙はそれだけが理由ではないでしょう。


 全部、まるっと? 屋敷中に聞こえていたんですか!?


「うそ、ですよね? ちゃんと扉は閉めていましたもの。外に聞こえるわけありません!!」


「『奇遇だな、俺様もリンティーナのこと好きだぞ』とシュダさまに言われたんですわね?」


「いやああああ! 丸聞こえじゃないですかあ!!」


 そ、それでは、その、感情のままに吐き出していたアレやソレも屋敷中に、メイドやシェフ、庭師に護衛にまで聞こえていたんですかあ!?


「お嬢様、幸せそうで何よりですわよ」


「うふうううっ! 今そういうこと言われるのは複雑ですーっ!!」



 ーーー☆ーーー



 バードフォーチュン伯爵家本邸。

 第一王子によって綺麗に両断された屋敷の中庭にあるベンチに腰掛けるはシュダ=バードフォーチュン。奇跡的に無事だった花壇の一部で咲き誇る花を見ている──ようでいて、その瞳はまったく別の何かを見つめていた。


 と。

 声をかける影が一つ。


「お兄様」


「ゼリアか。色々と忙しそうだが、大丈夫か?」


「ええまあ。予定よりも早かったとはいえ、僕が次期当主となることは決まっていたので今のところは目立った問題は起きていません。そんなことより、今日こそリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢と顔を合わせるんですよね?」


「ゼリア。親父を筆頭にお偉方が死に、次期王となるのが確実視されていた第一王子が『昏睡状態』のために第一王女が女王となったことで様々な思惑が絡み合っているんだぞ。伯爵家の人間として、体制に混乱が生じている時期を狙って悪しきことを企んでいる者がいないか、いるならば適切な対応を取るために──」


「はいはい『力』があろうとなかろうと脳筋なお兄様に何ができるというんですか」


「バッサリ言われた!?」


「そもそも今のお兄様は使い物になりませんよ。頭の中、リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢のことでいっぱいでしょうし」


「うっぐ!?」


 弟にバッサリ言われた兄は図星だと丸わかりなほどに息を詰まらせる。額に手をやり、一つ息を吐く。


「あんなこと言うつもりはなかったんだ。告白ってのは、もっと、こう、準備してから決めるもんで、だけど気がついたらぽろっと言ってて、だから、だからな、どんな顔してリンティーナに会いに行けってんだよ、こんにゃろーっ!!」


「それ、もう三十回目です」


 頭を抱えて惚気やがる兄を弟はそれはもう冷めた目で見ていた。告白して、受け入れてもらった。だったら二人でイチャイチャしていればいいものを、なぜここで踏みとどまるというのか。


 告白するかしないか、で止まるならまだしも、告白が成功した後に止まるとは。


「とにかく、さっさとリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢とイチャイチャしていてください。思惑だなんだ小難しい話は僕が対処しておきますから」


「ゼリア……。いや、だがお前だけに任せるのはあんまりだ。俺様も──」


「お兄様が首を突っ込むととにかく拳で決着をつけようとするので却下です」


「うっぐ!! ……否定できないのがキツい」


「適材適所、というものですよ。僕は僕にできることを果たすので、それだけではどうしようもなくなったその時はお兄様の力を貸してください」


「それは、もちろん! 俺様に出来ることならなんだってやってやるぞ!!」


 この状況で──父親が死に、次期当主に弟が選ばれた状況でそう言える兄の姿にゼリア=バードフォーチュンは目元が霞むのを感じていた。


 貴族らしくはなく。

 しかし、そんな兄にこそ、ゼリア=バードフォーチュンは助けられているのだから。



 ーーー☆ーーー



「それはそれとして、やっぱりどんな顔して会いに行けばいいのかわかんないんだよあ!!」


「もうなんでもいいですから、さっさとイチャイチャしてきてくださいよ」



 ーーー☆ーーー



「う、うぐぐ……っ!!」


 ミラーフォトン公爵家本邸が視認できるギリギリの路地でシュダ=バードフォーチュンはぐるぐると行ったり来たりを繰り返していた。


 第一王子との闘争から早一週間。第一王子とのアレソレは一新されたお偉方の思惑、というか新たな女王にして()()()()()()()のお陰で不自然なまでに触れられていない。


 サキュバスに関しては予測不能ではあるが、だからといって『力』を失った今のシュダにできることはあまりない。お偉方やゼリア=バードフォーチュンの動きに合わせるしかないだろう。


 と、現実逃避気味に対処すべき問題を探すも弟の言う通りシュダにできることなんて何もなく、そうなれば現実を直視する他にない。



 すなわちさっさとリンティーナに会いに行けという話である。



「いっ勢いに任せて色々言ってしまったもんなぁっ! く、くそう。別に恥ずべきことは言っていないが、さりとて素面で顔を合わせられるほど余裕ないんだよなあ!!」


 弟はさっさとイチャイチャしてきてください、などと半ば追い出すように送り出したが、そう簡単にできれば苦労はしない。


 脳裏に浮かぶは第一王子との決着をつけたその後のこと。


『今こそもう一度約束させてくれ。我が全霊をもってめくるめくハッピーライフを共に送ると約束する。だから、俺様と結婚してくれ』


「うおおおおっ!! 調子に乗りすぎだ馬鹿ぁっ!!」


 結婚だなんだ言ったが、デートすら一回、前段階である恋人らしいことなどロクにできていない有様なのだ。


 それでも。

 あの時の言葉が本心であることに変わりはない。


「そ、そうだ。結婚、夫婦になるんだ! これから四六時中顔を合わせる仲となるってのに、ちっとばっか会いに行く程度で躓いていられるかっ!!」


 だんっ!! と大きく一歩前に。

 それこそ膨大な魔力『量』を司る怪物へと挑んだあの時のように真っ直ぐと──踏み出してはみたが、じりじりと二歩、三歩と後ずさる始末。


「も、もうちょっと心の準備が、そう、万全でもって挑むべきだからな、うんうん!!」


「シュダ=バードフォーチュン様?」


「うおっわあーっ!?」


 突如として横からかけられた『女の声』に大きく飛び退くシュダ=バードフォーチュン。サキュバスの呪いはこんな時でも存分に効力を発揮しているようで、ぶるっ! とシュダの背筋に震えが走る。


「驚かせてしまい、申し訳ありません」


 声をかけてきたのはグラマラスなメイドさんだった。確か……、


「リンティーナのところのメイド、だったか」


「はい。リンティーナ=ミラーフォトン様の専属メイドであるルナアルナと申します」


 呪いを受ける前なら確実に一部に目が向かっていただろうグラマラスなメイドさんは公爵家に仕えるくらいには作法が身についているようで、シュダが見惚れるほどに綺麗な礼でもって示す。


「シュダ=バードフォーチュン様、一つお尋ねしたいことがあるのですが」


「お、おう。あっと、俺様のことはシュダでいいぞ。リンティーナの専属メイドなら長い付き合いになるだろうしなっ!」


「かしこまりました。それではシュダ様。このようなところで一体何をやっておいでなのでしょう?」


「うっぐ!! そ、それは、だな」


「僭越ながら推察しますに、お嬢様をお訪ねに参ったのでしょうか」


「ま、まあ、それは、そのう、その通りではあるんだが、ええっと」


「そうでしたかっ。お嬢様もシュダ様にお会いになることを今か今かと心待ちにしているはずです。ささっ、今すぐにでも、ささっどうぞ!!」


「いや、その、うっぐう!!」


 公爵家に仕えるメイドさん、教育が行き届いているにしては少々強引な彼女に流されていくシュダ=バードフォーチュンが気付くことはなかった。


 呪いによって『女に弱くなっている』のもあるだろうが、単純に特定の分野以外においては鈍感極めているということか。


 ……出会って間もなく、公爵令嬢として表情をつくっていたリンティーナの内心を的確に読んでいたのが全てである。



 ーーー☆ーーー



「う、うううーっ!」


 ぼっふんぼっふんとわたくしは恥ずかしさをぶつけるように枕に拳を振り下ろします。


 ぜっ、全部丸聞こえ……わたくしのシュダさまに対する想いが屋敷中に響き渡っていただなんてあんまりですっ。


 感情の制御ができないほどに溺れてしまうのも良し悪しです。いえ、嫌なわけではないにしても、恥ずかしさが勝る時もあるんですねっ。


「シュダさまの、ばか」


 ですから。


「お嬢様、シュダ様がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいですわね?」


 ──内に溢れる感情に翻弄されていたから、わたくしは扉の外からかけられた専属メイドの声に気づくことすらありませんでした。



「でも好きっ。シュダさまのこと大好きなんですうーっ!!」


「ぶぇっほう!?」



 …………。

 …………。

 …………、ええっ、と。


「う、うそです。聞き間違えです。そんな、だって、シュダさまがここにいるわけ──ッ!!」


「あ、あーっと……悪い、リンティーナ。俺様だ、うん」


 ぎり、ギヂギヂギヂ、と。

 ぎこちなく、ゆっくりと、それこそ現実逃避気味に首を動かし、それでも現実は容赦なく飛び込んできます。


 シュダさまでした。

 紛うことなきシュダさまが開かれた扉の前で申し訳なさそうにあらぬ方向を向いていました。


「今の、聞こえました?」


「ま、まあ、その、うん」


 へ。

 えへ、えへへっ!!


 うわあん! わたくしのばかぁっ!!



 ーーー☆ーーー



 心理的な要因による男性恐怖症。

 呪法の副作用による女性恐怖症。


 未だに双方ともに完全に解決したわけではない。心はすでに相手のことを求めていても、トラウマや副作用が触れ合うことを拒絶してしまう。


 ゆえに物理的に彼我の距離が縮まることはなかった。


 それでも。

 それでも、だ。



「リンティーナ」


「はっはいっ!?」


「もちろん俺様もお前のことが大好きだぞ」


「ふっひゅ!?」


 物理的な距離だけが全てではない。

 物理的には離れていようとも、胸の奥に荒れ狂う感情に変わりはない。


 好きの気持ちは熱く、激しい。

 その想いはいずれ心理的な恐怖心も超常の副作用による恐怖心も跳ね除けることだろう。



 ーーーfinーーー

これにて完結となります。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


そもそも短編(第一話)においてヒーローがヒロインを助けるという一見文句なしのハッピーエンドで終わった……のですが、そもそも第一王子はシュダではなくリンティーナが乗り越えるべき過去の象徴なのです。それをヒーローがやっつけたからそれで良い、としてしまうと、リンティーナは一生過去を乗り越える機会に恵まれないのでは? ということで【連載版】を始めたという経緯があったりします。いえ、ヒーローがヒロインを助けて、レッツ甘々展開というのも大好きなのですが、少なくともこれで終わりだと色々と引きずってしまうな、と。


ちなみにサキュバスに関しては意図してぼかしています。描写された過去でさえも『魅力』による錯覚だったという徹底ぶり。これはサキュバスが『過去の女』という位置づけだからです。恋愛において『過去の女』のことをがっつり話されても困りますし、匂わせるくらいが限度というものです。


恋愛モノでありながら終盤はバトルやら何やらと不穏でしたので、いつか間話の形でシュダたちの日常を描けたらと考えていますので、その時はよろしくお願いできればと思います。

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[一言] 続き書くってホントですか? 完結になってますけどだいじょぶなんですか? 続き楽しみにしときますね
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