第十七話 決着の時
王城クリスタルラピア内部。
お偉方だったもので赤黒く染まった室内でゼリア=バードフォーチュンが第一王女メイリアに頼んだことは一つ。
「リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢、お兄様の婚約者へと『魔従ノ杖』に吸引した魔力を与えてほしいのです」
「え、ええと、それは構わないけど、それでどうやっていじわるな兄を止めるの? 吸引したのは兄の魔力の一部なの。いくらリンティーナさんがかつては王妃に選ばれたほどのお人で、そこに魔力を『上乗せ』したとしても決していじわるな兄には勝てないのっ!!」
「確かに普通ならそうかもしれません。いくら魔力を『上乗せ』したところで一度に使役できる魔力量には限りがあり、なおかつ第一王子の魔力量は魔法と変換していない状態でさえもこの国で最強と君臨するレベル。並大抵の人物では太刀打ちできないでしょう」
ですが、と。
ゼリアはこう続けた。
「リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢は己が宿す全魔力を魔法と変換しても余裕があるという話です。全魔力の一割でも魔法と変換できれば上等であると考えれば、その力量は凄まじいものでしょう」
「え、ええと」
「そこに『魔従ノ杖』が吸収した第一王子の魔力を加えれば? どれだけ魔力を効率的に魔法へと変換できても通用しない『量』の極致、その魔力の一端を『上乗せ』した膨大な魔力を効率的に魔法へと変換できたならば──瞬間的ではありますが、第一王子に勝てるかもしれません」
希望は繋がった。
決着はすぐそこに。
ーーー☆ーーー
それは純白の閃光であった。
一の魔法を百でも千でも増幅する魔法術式、それも普通の魔法使いに比べて遥かに突き抜けた魔力変換量の上限値を誇る一撃である。
リンティーナ=ミラーフォトンの全魔力、そして第一王子が放った魔力攻撃。その全てを破壊力のみを追求、増幅に増幅を重ね合わせた上で突破力を増すために細く細く螺旋へと束ねた閃光と化して漆黒の濁流へと突き刺さる。
魔剣サクリファイス、その暴虐との拮抗。さりとて魔道具はあくまで『使い切り』、これが新品であればまた結果は違っただろうが、お偉方の殺害やバードフォーチュン伯爵家本邸を両断、ましてや移動手段としてなどという無駄遣いをした上で、そうも考えなしに出力を続ければどうなるか。
ふっ……、と漆黒の濁流が霧散する。
魔剣サクリファイスに内蔵されていた正体不明のエネルギーが切れたのだ。
拮抗は崩れた。
そうなれば、後は真っ直ぐに第一王子を貫くだけである。
「は」
だけど、忘れてはならない。
敗北を知らずに育った怪物──正確には一度敗北してはいるのだが、あんなものは油断したがための誤差範囲でしかないと考えて『しまう』ほどに肥大化した自己の塊、それが第一王子である。
新たに手に入れたおもちゃを面白がって使っていただけで、その本質は道具に頼るような形をしてはいない。
「はははははは!! それがどうしたというのです!? 私は第一王子にして新たなる王者っ!! この国を支配する絶対的な支配者であり、この私のために搾取されるのが貴様らです!! 王者が王者たる暴虐、強制的な搾取を受けるがいいぃいいいいいいいっ!!!!」
ゴッッッバッッッ!!!! と。
放たれるは強烈極まる閃光。漆黒の濁流も、純白の閃光も、何もかもが霞んでしまう頂点たりうる『量』の極致。
すなわち、魔力。
『どうして』の一切が不明な未知の武具の最高峰も、かつて王妃候補と選ばれたほどの能力を持つ令嬢が膨大な魔力を『上乗せ』しても、なお、凌駕する最強無敵の一撃である。
……『魔従ノ杖』はあくまで五十メートル内における外界に出力された魔力のみを吸収する。あくまで先制、お偉方さえも舐めきった第一王子の一撃が全力ではなかった場合、いくらそれを『上乗せ』した上で増幅に増幅を重ねたとしても、全力全開の第一王子には届かない。
純白の閃光が無慈悲なる『量』に呑み込まれる。繋がれた希望は、しかし絶望に喰い殺される。
その。
寸前の出来事だった。
ばぁっっっアン!!!! と。
リンティーナ=ミラーフォトンと第一王子の全身全霊がぶつかり合わんとする中間地点に飛び込んだ影が埃でも払うような気軽さで第一王子の一撃を吹き散らしたのだ。
「リンティーナ」
それは、彼は。
細く細く螺旋へと束ねられた純白の閃光が肩を大きく抉るのも構わず、真っ直ぐにリンティーナ=ミラーフォトンを見つめてこう言った。
「決めてしまえ」
「っ……!! はいっ!!」
シュダ=バートフォーチュン。
その背中に、その瞳に、その声に、魂が歓喜するほどに勇気づけられたリンティーナの想いに応えるように純白の閃光が爆発するような輝きを発する。
第一王子ジランド=レリア=スクランフィールドへと、迫る。
「お、ォおお。私、はぁ! 王者ですよお!!」
その時、第一王子には二つの選択肢があった。避けるか、受けるか。螺旋を描く細い攻撃範囲であれば、身体能力的には凡人の第一王子であってももしかしたら避けることができたかもしれない。避けることさえできれば、残るのは魔力を無効化する呪い以外には特出した所のない男と全魔力を消費したむき出しの令嬢のみ。適当な騎士でも差し向ければ簡単に殺すことができるだろう。
それでも、だとしても。
第一王子は、怪物のごとく肥大化したプライドはかつてシュダ=バードフォーチュンに敗北した程度で変異することはない。
なぜなら彼は第一王子であり、王者として君臨することが定めであり、王者とは国という搾取するための肉塊を支配する者であり、絶対的強者の生き様とはすなわち喰らい殺すことに他ならないから。
己こそが正しいと、シュダに負けたとしても構わず邁進した彼が止まることなどあり得ない。
「だから、だからあ!!」
とはいえ、だ。
全力全開、全身全霊の一撃を放った直後に同様の攻撃が放てるわけもない。咆哮と共に放たれたそれは大抵の相手であれば粉砕できるくらいの『量』はあったが──己の全魔力に加えて第一王子の魔力さえも取り込んだ純白の閃光には遠く及ばないものだった。
ゾッッッパァン!!!! と。
真っ向からの勝負で己の『量』が喰い破られていく中、第一王子は幼子がいやいやするように首を大きく横に振る。
「違い、ます。こんなの間違いです。だって、だってえ! あの男のような反則ではなく、力と力のぶつかり合いで私が負けることなど、こんな、ふざけるなあああああああ!!!!」
純白の閃光が第一王子の『量』を貫く。
最後まで現実が見えていなかった男へと眩い限りに輝く閃光が突き刺さった。
ーーー☆ーーー
「勝っ、た……ので、ございます、か?」
信じられない、という色が濃い呟きだった。誰よりも近くで感じざるを得なかった才能の塊。天才の代名詞ともいうべき暴虐が倒れ、ぴくりとも動かないその光景は、誰よりも追い求めていたリンティーナ自身が達するために乗り越えるべき壁の高さを実感していたのだから。
それでも、現実は現実。
リンティーナがどう思おうとも変わることはない。
ゆっくりと、だが確かに現実が染み込んだ、その時だった。
「お疲れ様、リンティーナ」
極限の状況下であったからだろうか。誰よりも好きな、ようやく好きだと実感した男の声だった。
シュダ=バードフォーチュンはぶしゅっ!! と盛大に抉れた右肩から血を噴き出しながら、そう言ったのだ。
「いや、あのっ、シュダさま血がぁっ!? ああそうです、わたくしがやったんでしたーっ!! ごっごごっ、ごめんなさいシュダさまあ!!」
「ん? ああこのくらいなら慣れっこだから気にするな」
サラリととんでもないことを言ってのけて、シュダ=バードフォーチュンは『それより』と繋げる。
「遅くなって悪かったな、リンティーナ」
「いえ、遅くなんてそんなことはありません。シュダさまは駆けつけてくれました。助けてくれました。それだけで、そうしたいと想ってもらえているだけで、わたくしは幸せ者なんですから」
「いや、だが俺様がもっと早く魅──」
「シュダさま、済んだことはもういいじゃないですか。お互いに無事だった、それだけで十分ですよ」
「だけど……いや、リンティーナがそう言うなら、うん」
「そんなことより、です! シュダさま早く治療しましょう!! 早く早くっ!!」
「お、おう。わかったわかった。まったく、そんな心配してくれなくともいいんだがな」
「心配します! 好きなんですから!!」
…………。
…………。
…………。
「へ?」
「…………、あ、いやっその今のは違いまっ、いいえ違うわけではないのですが、その、だって、違うんですっ。こんなっ、勢いに任せて言うものじゃなくて、でも我慢できないくらいには自覚していたということで、その、好きなのは嘘じゃありませんけど、その、そのお!!!!」
ぼっふんっ!! とそれこそ先の純白の輝きもかくやというほど顔も首も手も足も魂さえも瞬時に真っ赤に染まるリンティーナ。令嬢として染み付くまで教育されたはずの所作なんて吹き飛び、あわあわと表情を弾けさせ、瞳から涙を散らせ、もう自分でも訳がわからない感情に穴があったら頭の先まで入ってやりたい衝動が全身を走り抜けていて、そして──
「奇遇だな、俺様もリンティーナのこと好きだぞ」
「ぅ……あ?」
「婚約しているとか関係なく、一人の男としてお前のことが好きだ」
「あ、あふっ」
いきなりのことに受け止められずに頭を真っ白とするリンティーナへと、シュダはトドメを差す。
「今こそもう一度約束させてくれ。我が全霊をもってめくるめくハッピーライフを共に送ると約束する。だから、俺様と結婚してくれ」
真っ直ぐに、変わることなく、それでいてほんの少しだけ変わったその想い。
じんわりと、熱が広がる。
今までの激しいそれとは違った、それでいて今までのそれが霞むような感情が溢れて止まらない。
だから。
リンティーナ=ミラーフォトンは意識することなく、感情のままに、シュダ=バードフォーチュンへとこう答えていた。
「はい」
それだけで、その二文字の肯定で、決着となった。