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第十五話 貴族としてではなく

 

 貴族の令嬢にとって最も重要な役割はより位の高い家に嫁ぎ、人脈を広げることである。


 リンティーナ=ミラーフォトンという道具の価値を高めるための教育はそれこそ寝る間も惜しむものだった。外見を磨き、マナーを会得し、人の心を射抜く立ち振る舞いを出力する『生きた人形』と完成するまで教育は続いた。


 だからこそリンティーナ=ミラーフォトンには結婚というものに世間一般的な女の子が抱くような憧れはなかった。恋愛感情なんて、それこそより良き縁を結ぶために利用する手札の一つでしかない。


 ゆえに、リンティーナ=ミラーフォトンは恋愛感情というカードを対象へ誘発されなくとも、他のカードをフルに使うことで第一王子の婚約者へと成り上がった。


 貴族としての役割を果たした、それ以上も以下もない。これからは第一王子の妻という役割を果たすだけだと、そう考えていた。



 ──まずはじめに、腕を折られた。



 ──次に目玉が蒸発した。



 ──胴体に数十もの細い槍が突き刺さり、脚が切断され、……そこから先は認識すらできていなかった。



 とにかく、痛かった。

 それ以外の何もかもが吹き飛んだ。


 より良き縁を結ぶための道具として良くも悪くも精神的に平坦と維持する『生きた人形』であったリンティーナ=ミラーフォトンは皮肉にもより禍々しい『教育』によって自己というものを思い出すことになった。


 王妃教育、その一つ。

 王妃ともなれば命を狙われることもあるということで必要最低限の護身術を会得する必要がある……という話であったが、ここまで非効率的にして悪趣味とは聞いていなかった。


 王妃教育は王城内部で行われており、王妃教育を担当するのはどれもこれも国家中枢に位置する実力者であったためにいくら痛めつけられても治すことができた。治されて、しまった。


 いっそ死んでしまったほうが楽だっただろう王妃教育の記憶はツギハギだらけであった。一つ一つを正確に覚えていたならば早々にリンティーナの精神は壊れていただろうから、一種の自己防衛であったのだろう。


 たすけて、と。

 貴族の令嬢としてはお手本のように従順だった『生きた人形』が家の意向に逆らい、そう泣き叫んだものだが──当然のように誰も手を差し伸べてくれなかった。


 母はリンティーナが幼い頃にはもう死んでおり、兄は自分が継ぐ家の価値を底上げするために使い潰されるのは当然と言い、父はこれもまた必要な犠牲だと無感動に吐き捨てた。


 そして、第一王子ジランドはといえば『護身術を身につけるのにいつまでかけているのですか』と呆れて首を横に振っていた。


 王妃教育という蹂躙を担当する数十もの男たち、そして身内である兄や父、婚約者である第一王子。敵も味方もあったものではない。誰も彼もがリンティーナを地獄に突き落とす悪魔であった。


 だから、だろうか。

 いつしかリンティーナは異性そのものを恐れるようになった。


 声をかけられただけで全身に悪寒が走り、触れられでもしようものなら過去の王妃教育の記憶がフラッシュバックして『発作』を起こしてしまうのだ。


『生きた人形』として精神を平坦と維持できていれば、こんな思いをすることもなかったのか。貴族の令嬢としてふさわしい道具たれ、という教育によって自己が希薄化されていたのも不幸といえば不幸なのだろうが、苦痛を感じることはなかったのだから。


 だが。

 結果的に爆発的な苦痛によって自己が引き摺り出されたからこそ、シュダ=バードフォーチュンとの出会いを十全に受け止めることができたのかもしれない。


『いやはや、よもや俺様のような者がミラーフォトン公爵令嬢と婚約できるなど恐悦至極っ。我が全霊をもってめくるめくハッピーライフを約束しようではないかっ』


 彼と出会ったからこそ、リンティーナ=ミラーフォトンは救われた。


 であれば、彼のために死ぬことに迷いがあろうはずがない。


「さようなら、シュダさま」


 せめて時間を稼ごう。

 王妃教育。あの地獄の中を足掻いてきたのだ。天才に勝つことはできずとも、抗うことくらいはできる。


 シュダ=バードフォーチュンが逃げる時間くらいは稼げるはずだ。


 だから。

 だから。

 だから。



 ーーー☆ーーー



 バードフォーチュン伯爵家が当主にして宰相バラグラ=バードフォーチュンは死ぬ直前に二つの魔法を使っていた。


 一つは空気の振動に指向性を与えて、特定座標のみに伝わる『声』を生み出すもの。


 もう一つは己が関わってきた過去の記憶を他者に伝達する『記憶魔法』である。


 伝達されたのは、三つの記憶。


 一つ目は、


『リンティーナには魔力が足りない』


『魔力?』


 ミラーフォトン公爵家当主と宰相との会話であった。宰相の記憶を通して情報が流れ込んでくる。


『魔力という元手を増幅、あるいは変質させるのが魔法というもの。もちろん魔力が多ければ多い分だけ魔法は強力なものとなるが、大抵は制御不能となって暴発するのがオチだ。だからこそ自身が持つ全魔力を一つの魔法と変える、なんてことはできやしない。一割でも魔法と変換できれば上等ってものだ』


『それが?』


『リンティーナは違う。あいつは血筋から多くの魔力を受け継ぐ貴族の子息子女が集まる学園においてトップクラスの魔力を持ち、なおかつ宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『な、に?』


『我が娘ながら優秀ではあるが、本当に惜しいものだ。リンティーナに第一王子ほどの魔力があれば、その魔力を魔法と変換(増幅)した時にはどれだけの力を発揮したことやら』



 二つ目は、


『それは王家の秘宝が一つ、「魔従ノ杖」。その杖は王家の血筋が触れている間、半径五十メートルの外界に存在する魔力を吸収する。この通りに」


 おそらくは王城内でのこと。

 お偉方が集まる中、宰相は言う。


『「魔従ノ杖」は吸収した魔力を他者に分け与える、あるいは純粋なエネルギーとして放出する。そこに上限は存在しない。つまりサキュバスを撃滅できるまで大勢の人間から魔力を徴収すればいいということだ』



 三つ目は、


『本来であれば「悲劇の象徴」を貴様が殺した後『倒すべき象徴』として君臨してもらう予定だったが、事情が変わった。サキュバスの注目がアレに集まっている間に貴様の魔力を奪い、迎撃の準備を整えるとしよう』


『な、にを……やったか、理解しているんですか? 私は! この国の第一王子であり、王者と君臨する男ですよお!!』


 第一王女メイリアの持つ『魔従ノ杖』が第一王子の膨大な魔力攻撃を吸収した光景、そして件の第一王子が魔力以外を用いてお偉方の胴体を輪切りとしたこと。


 その上で第一王女メイリアの顔を掴み、


『出来損ないとはいえ、王の血を受け継いではいますものね。後世に私の、王者の濃い血を残す器としては使えますか』


 床に転がった視点。赤黒い液体が広がる中、第一王子の声が響く。


『倫理観がどうのと父上は言っていましたが、王者とは選ばれし者。肉塊どものルールに合わせる必要はありません。はは、そうです。ははははは! ようやく、よおやく!! 誰に邪魔されることなく清く正しい王道を突き進めるというものですッッッ!!!!』


『さあ』


『今日、この瞬間より、新たな王道が席巻します。となれば、はっは! はじめにやることといえば、もちろん不遜にも我が王道に立ち塞がったかの者の廃棄処分ですよねえ!!』



 全て伝え終わった、その後に。

 その『声』がゼリア=バードフォーチュンの鼓膜を揺らす。


『今ならば第一王子を始末できる。貴族制度の粉砕という第一希望は成し遂げられないが、せめて国家を破滅と導く因子を粉砕するのが貴族の役目と知れ』


 死ぬ最後の瞬間まで、そんなことを言うのかとゼリア=バードフォーチュンは呆れたように息を吐いたものだ。


 どこまで言っても宰相は宰相でしかなかった。最後まで決して受け入れることはできない生き様ではあるが、ゼリア=バードフォーチュンの願いを叶えることにも繋がるのもまた事実。


 突破口は見えた。

 ならば、後は切り開くのみ。


「メイリア様っ! ご無事ですか!?」


「ぜっ、ゼリアさんっ!!」


 伝達された通り、その部屋はお偉方の死体で真っ赤に染まっていた。そこに、第一王女メイリアは杖に隠れるように身を縮めていた。


「あの、その、大丈夫!?」


「ん? ああ、この程度の損傷、気にする必要ありませんよ」


 軽く言う間にも全身に刻まれた傷から噴き出すように血が流れているのだが、ゼリアは涼しい顔をしていた。


 腕や足を失う覚悟くらいはしていたのが五体満足でたどり着けてラッキーだとすら考えているほどである。


 それより、と。

 ゼリアはメイリアが持つ杖に視線を向けて、


「これ以上、第一王子が犠牲者を出す前に止めたいと思っています。メイリア様の力をお貸ししてもらってもいいですか?」


 言い回しこそ良くも悪くも純粋なメイリアに気遣ったものだった。その奥の真意に気づくことなく、メイリアはうんうんと首を縦に振って、


「わたしにできることならっ。でも、わたしなんかに何かできることがあるの?」


「ええ。メイリア様にしかできないことがあります」

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[一言] 拷問だよね、もはや刑罰
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