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第十三話 闘争、同時多発

 

 一つ、『魔従ノ杖』には王家の血筋の者が触れていないと作動しない仕組みが施されている。現在、女王メイリアが所持しているので半径五十メートル内において外界に出力された魔力の全ては『魔従ノ杖』が吸収する。


 一つ、第一王子ジランドは生まれながらに膨大な『量』の魔力を宿している。魔法という『魔力を変異させることで性質を組み替える、あるいは一を十にも百にもなるよう増幅する』──あくまで魔力は始点であり、魔力という燃料をどれだけ高精度な回路に通すことで力と変えるのが本来の魔法使いのスタンダードであるというのに、ただただ膨大な『量』による力押しでどんな相手も粉砕可能な天才、それが第一王子ジランドである。


 一つ、あくまで第一王子の暴虐の全ては魔力そのものに集約している。それ以外は並の人間とそう変わりなく──逆に言えば、それでもどんな相手も圧倒できるだけのポテンシャルを秘めている──すなわち魔力さえ奪われれば凡夫と成り下がる。サキュバスに呪われたシュダ=バードフォーチュンが第一王子を殴り飛ばしたように、『魔従ノ杖』の影響下において第一王子は弱者へと転落する……はずだった。



 お偉方の集まる会議室に鮮血と死が舞う。第一王子がその手に持つ剣を横に薙いだかと思えば、その軌跡に沿う形で漆黒の濁流が噴き出し、お偉方の一切を両断したのだ。



 女王メイリアを両断するギリギリのところでヘドロのごとき漆黒の濁流は停止していた。その、間。咄嗟に武器を構えて受けた将軍や近衛騎士団団長でさえも一律にお偉方の全てが胴体を輪切りとされ、上半身がずるりと床に落ちる。


 ぶっしゅう!! とお祝い事でも催しているように、残った下半身の断面から真っ赤な液体が噴き出す。サイケデリックなその光景を、第一王子は満足げに眺めていた。


「はっは!! 王者に楯突く不届き者にはお似合いの末路です。そうは思いませんか、メイリア?」


 乱雑に、適当に、それこそゴミでも払うように宰相だったモノを脇に蹴りながら、第一王子は悠々と歩を進める。


「ひっ、ひぅ……」


 齢十にも満たない女王メイリアが赤と黒が飛び散るサイケデリックな光景に悲鳴をあげることさえできずに喉をひくつかせ、ボロボロと涙が流れるその頬を第一王子ジランドは乱暴に掴み取る。


「出来損ないとはいえ、王の血を受け継いではいますものね。後世に私の、王者の濃い血を残す器としては使えますか」


「ぅ、あ……?」


「倫理観がどうのと父上は言っていましたが、王者とは選ばれし者。肉塊どものルールに合わせる必要はありません。はは、そうです。ははははは! ようやく、よおやく!! 誰に邪魔されることなく清く正しい王道を突き進めるというものですッッッ!!!!」


 言葉の意味を女王メイリアは完全に理解してはいなかった。しかし、しかしだ。()()()()な第一の兄が『この目』で他者を見ている時は決まって悪いことをさも正しいように振る舞う時だ。


 普段であれば父親に第二や第三の兄が(メイリアから見れば遅すぎるくらいだが)一定のところでやりすぎだと止めるのだが、もう父親も第二、第三の兄も死んでいる。


「さあ」


 暴走する第一の兄を止める者はおらず。

 ()()()()な暴虐が誰に阻止されるでもなくまかり通る。



「今日、この瞬間より、新たな王道が席巻します。となれば、はっは! はじめにやることといえば、もちろん不遜にも我が王道に立ち塞がったかの者の廃棄処分ですよねえ!!」



 笑い声だけが、響く。

 国家の安全装置はすでに崩壊しており、お偉方の思惑という想定の外に事態は突き抜けていく。



 ーーー☆ーーー



 ゴッガァッッッ!!!! と。

 漆黒の濁流が内側から王城クリスタルラピアを食い破り、そのままある建物に向かっていく。


 すなわち、バードフォーチュン伯爵家が本邸。伯爵家にして宰相が住まう屋敷にふさわしい豪華で巨大な建物の真ん中へと襲いかかり、まるでケーキでも切り分けるようにすんなりと両断したのだ。



 ーーー☆ーーー



「……ッ!!」


 リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が外に飛び出したと共に、それは炸裂した。



 漆黒の濁流。

 魔力は感じないので魔法ではない。それでいてどこからどう見ても超常である、ということはサキュバスによる攻撃、あるいは──


「魔道具、ですか……?」


『どうして』がことごとく不明ながら、とにかく存在するのだから仕方ないと扱われている未知の領域、ダンジョン。その中には魔力以外の『何か』を元手として稼働、超常を具現化するモノが存在する。


 それが、魔道具。

 ダンジョンの難易度に比例してその性質や力の総量が跳ね上がる『使い切り』の兵器である。


 元手となる『何か』さえ補充すればいくらでも使えるのだろうが、『何か』の正体すらわかっていないので基本的にはエネルギーが切れればもう使用することはできないが、問題はそこではない。


 魔道具は魔力以外の『何か』をエネルギーとして超常を具現化する。だとするならば、シュダ=バードフォーチュンの魔力を無効化する呪いは通用しないということになる。


 使い手がリンティーナの予想通りの人物であれば、確実にリンティーナの想像通りの狙いがあってあんなものを持ち出したはずだ。


 となれば……、


「仕方ありません、か」



 ドゴォンッッッ!!!! と。

 内側から吹き飛んだ王城クリスタルラピアから再度漆黒の濁流が走り、今度はバードフォーチュン伯爵家本邸のすぐ目の前に炸裂した。



 それは一撃目と違い、破壊が目的ではなかった。漆黒の濁流に乗って、すなわち移動のためだけにその男は屋敷さえ両断する力を使用したのだ。


 地面を抉り飛ばす轟音、そして吹き上がる粉塵。それもまた彼の歩みと共に屈服するように収まっていく。


 十メートル先。

 そこに君臨したのは一人の少年。


 王族の証たる金髪に深い青の瞳、絵本の中の王子様もかくありきといった女性を魅了する端正な顔立ちの彼こそ第一王子ジランド=レリア=スクランフィールドである。


「これはこれは、リンティーナ=ミラーフォトンではありませんか。私のものとなるために待っていたのですか?」


 ふざけた言葉だ。

 何よりも彼自身がその言葉を絶対の真実だと思って口にしているのが、リンティーナは心底ふざけていると感じていた。


「ですが、状況は変わりました。囀る身内を納得させるためだけの肉塊にもう価値はありません。あの時、すがり付いてでも私についてきていれば今この時でさえもお情けで王者のそばに置いてあげたものですが」


 とはいえ、と。

 第一王子は軽やかに続ける。


「貴女の手でシュダ=バードフォーチュンを痛めつけるとなれば話は別です。もちろんトドメは私が刺しますが、はっは! 私に逆らってでも手放さなかった女の手で蹂躙されるとなれば中々に面白い顔を晒してくれるでしょうしねえ!! 搾取されるだけの肉塊であるという本懐を思い出し、示したならば、慈悲を与えるのも王者のあるべき姿というものです!!」


 本当に、本気で、そうあるのが正しいと信じ切っているのだろう。


 その顔には一切の曇りもなく。

 その声には絶対の自信だけが込められていた。


「殿下」


「王です、間違えないように」


「……そうですね」


 リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢は大きく息を吸い込み、そしてばんっ! と己の頬を両手で挟むように叩く。


 真っ直ぐに。

 あの人のように、十メートル先の怪物へと言い放つ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「おい……」


「もう、貴方の好きにはさせません。シュダさまには指一本触れさせません!!」


「おい、貴様! 誰に向かってそんな口を叩いているんですか!? そもそも、我が名を呼び捨てとするなど!! それほどの不敬、死をもって償うしかありませんよお!!」


「やれるものなら、どうぞやってみてください」


「き、ききぃっ、貴様ァあああああ!!」


 ゴッアア!! と第一王子ジランドの怒りに呼応するようにその手に握る漆黒の剣が不気味に胎動、空間そのものが震えているのではと錯覚するほどの圧を放つ。


 それほどの怒りに周りが見えなくなったからか、それとも単に魔力だけであらゆる敵対者を圧倒できるがゆえに魔法なんてものに手を出す必要がなかった弊害か。



 血筋によるものか才能を開花、絶大な力を誇る者が多い貴族の学園においてさえも王妃教育が始まる『前』からトップクラスであり、一般的な騎士であれば数十人をまとめて相手とできる力を誇るリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が微弱に、だが確かに空気に干渉していることに第一王子が気づくことはなかった。



 空気を振動させ、なおかつ指向性を調整することである地点にのみ伝わる『声』の内容は単純明快。


 ──わたくしが足止めしますので、シュダさまはどうかお逃げください、とそれだけであった。



 ーーー☆ーーー



「ふざっけるな!!!!」


 だからこそ。

 シュダ=バードフォーチュンは感情の爆発と共に勢いよく立ち上がった。



 ーーー☆ーーー



 このように魔法の中には空気を振動させ、なおかつ指向性を与えることで特定の地点にのみ『声』を伝えるようなものがある。


 であれば。

 あれだけ思惑を張り巡らせ、表舞台からは決して見えない暗部で静かなる闘争を繰り広げてきただろう男が何も残さずに死ぬわけがない。


「最後の最後まで人を動かして利益と変えることしか頭にありませんか。まあ、それがメイリア様を守ることに繋がるなら従うまでですが」


『声』は届いていた。

 だからこそ、ゼリア=バードフォーチュンはただただ己の衝動のままに突き進む。


「え、あ、まさかゼリア=バードフォーチュン様か!? まっ待ってください、この非常時にこれ以上問題をもってこないで──」


「悪いけど、押し通させてもらいます!!」



 ゴッバァン!!!! と。

 二人の門番の男の間に突っ込み、そのまま王城を守護する正面の門、見上げるほどに大きな壁のごとき障害物へと拳を叩きつけ、ガラス細工でも叩き割るように木っ端と粉砕した。



「今行きますから、メイリア様っ!!」


 単身、王城に殴り込み。

 そこにはゼリア=バードフォーチュンの想いの他にも意味は込められていた。


 これこそが。

 暴虐蠢く絶望に対する突破口へとなるのだから。

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