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第十二話 運命接続地点

 

「が、ぐばぁ……ッ!?」


 顔面に拳を叩き込まれた第一王子がぐるんと大きく一回転して、壁に激突する。ガヂャンッ! とその手に握る漆黒の剣が壁とぶつかり金属音を響かせる。


 宰相バラグラ=バードフォーチュンは真っ直ぐに第一王子を見据えて、


「本来であれば『悲劇の象徴』を貴様が殺した後『倒すべき象徴』として君臨してもらう予定だったが、事情が変わった。サキュバスの注目がアレに集まっている間に貴様の魔力を奪い、迎撃の準備を整えるとしよう」


「な、にを……やったか、理解しているんですか? 私は! この国の第一王子であり、王者と君臨する男ですよお!!」


 潰れた鼻から血が噴き出すのも厭わず叫ぶ第一王子を前にして、しかし宰相は表情を変えることさえない。


 軍勢さえも粉砕可能な『量』の極致。

 しかしてこの場には『魔従ノ杖』があり、王家の血を宿す女王メイリアがその手に握っている。



 つまり。

 王家の血筋の者が『魔従ノ杖』に触れている限り、外界に出力された半径五十メートルの魔力は一切の例外なく吸収されるということだ。



 第一王子は軍勢さえも通用しない『量』の暴虐。なれど、言ってみればそれだけだ。サキュバスの登場によって狂った盤面であっても、『本来の予定通り』対処は可能。


 この世に最強は数多なれど、無敵はあらず。適切なレールでもって誘導してやれば、どんな相手でも撃滅できる。


「貴方のような者がこれまで大手を振って権威を示せたのは、わかりやすい悪性として都合が良かったからだ。サキュバスの登場によって盤面が狂った現状、貴方の価値は魔力タンクとして以外の何物もなくなった。だから、潰す。それ以上も以下もないと知れ」


「王に媚びを売って売って売りまくってようやく宰相になれた程度の男が! 舐めた口を叩いていますねえ!!」


 ガンッ!! と闇が蠢くがごとき漆黒の剣を床に突き刺し支えとして、逆の手で宰相を指差し、第一王子は周囲に言葉を撒き散らす。


 これまでのように、王者の命令を。


「何をしているんですか? 近衛騎士団団長、第一王子である私が傷つけられる前に下手人を殺すのが貴様の仕事でしょうっ。将軍、国家()の敵を葬るのが貴様の役目ですよ!? 搾取されるだけの肉塊なら肉塊らしく、その全てを私のために使い尽くしなさい!! さっさとあの男を殺しなさいぃいいいいいいっ!!」


 しかし。

 しかし、だ。


 近衛騎士団団長も将軍も、その他のお偉方も答えない。軽く肩をすくめたり、呆れたように息を吐くだけだ。


「おい……? 貴様たち、もしや、私を裏切るつもりですか??? これまで私の加護の下、好き勝手やってきたくせに!!」


「まあ王妃教育は楽しかったし、他にも色々と楽しませてもらったが──それはそれ、これはこれってことで」


 近衛騎士団団長がそう言えば、将軍もまたゴギリと肩を鳴らして、


「ま、ここらが潮時だな。第一王子というブランドよりも第一王女というブランドのほうが価値がある。だから、なんだ、邪魔なほうはここらで破棄するべきだろ」


「……ッッッ!?」


 ぶぢぃっっっ!!!! と唇を噛みしめ、突き破り、口の中に鉄錆くさい味を広げる第一王子。


 その感情の猛りを示すようにこれまで彼が所持しているのを見たことのない漆黒の剣がカタカタと揺れていた。ぶるりっ!! と全身を大きく震わせる。


「全員、そうだと、それでいいんですね?」


「だとすれば? ここではもう第一王子を最強たらしめていた才能は通用しない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その後は、貴方もよくやっていたように適当な建前で覆い隠す形になるな」


「よくわかりました。ええ、わかりましたとも。でしたら、はっは、搾取される本懐を見失い、思い上がった肉塊を殺処分するのが王者の役目ですよねえ!!!!」


 そして。

 そして。

 そして。



 ーーー☆ーーー



 ズッッッゾォンッッッ!!!! と。

 運命が決する一撃は、王都に住まう全ての民が感じ取れるほどだった。



 ーーー☆ーーー



 それはまるで魂を揺さぶる咆哮のごとき『圧』でした。


 シュダさまが舌打ちをこぼした次の瞬間、耳をつんざくような轟音が炸裂します。


 外から響いたその音はまるであの時の再現。そう、王城クリスタルラピアの上層が内側から砕け散ったあの時のような……。


「シュダさま、今のは……ッ!?」


「さあな。わからないが、放っておくわけにもいかないだろうよ。リンティーナ、ちょっと確認()()()()()()()()()


「はいっ!」


 ──後から思い返せば、違和感しかありません。あのシュダさまが、何かしらの異常が発生している中、わたくしだけに確認しに行くよう勧めるだなんて。


 逆ならば、シュダさまらしいでしょう。殿下に真っ向から立ち向かったように、王城クリスタルラピアの破片の雨から従者を守ったように、脅威に対して立ち向かうのがシュダさまという人間です。自分は動かず、誰かを差し向ける。そんな貴族らしい生き方なんてできるわけがありません。


 少し考えれば分かったはずなんです。

 炸裂した『圧』に混じる忌々しいほどに恐ろしい気配さえなければ、そう、恐ろしいからこそその目で確かめて適切に対応しないと取り返しのつかないことになると無意識化で猛烈に感じていなければ。


 シュダさまに言われた通り、確認のために部屋を出ることはなかったはずです。


 冷静になって考えれば。

 脅威に対して立ち向かうことを選択するのがシュダさまであるのならば。



 今、この時、炸裂した『圧』以上にシュダさまが脅威と感じる何かがあるということなのですから。



 ーーー☆ーーー



 リンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢が外に出たのを確認したシュダ=バードフォーチュンは小さく息を吐く。


 外からの『圧』も脅威ではあるが、外には弟がいる。シュダが婚約者『だけ』を外に放り出したことを知れば、婚約者『だけ』でも逃がしてほしいというメッセージは伝わるはずだ。


「なんだってこんな時にやってくるんだか」


「えー? 大好きな人に逢いにくるのにこんな時もそんな時もなくないかなー???」


 声があった。

 甘ったるく、脳髄が痺れるような、どうしようもなく『魅力』が詰まった声が。



 いつの間にそこに立っていたのか。

 椅子に腰掛けるシュダ=バードフォーチュンの向かい側。机を挟んだその先に薄い赤のツインテールに小柄な体躯──すなわちファリアル=シュガーポイント男爵令嬢にしか見えない少女が立っていたのだ。



「サキュバス」


「はいはいサキュバスさんですよー。何なら冠に愛しの、とか、好き好き大好き、とか、マイラブリースーパーキューティクルエンジェルたん、とかつけちゃってもいいんだゾ☆」


 それは悪魔の亜種にして快楽と愛情を結びつけた極大の無邪気なる怪物。自分さえ気持ち良ければそれでいい、恋に溺れることができればそれが幸せ、好きな人に尽くす自分という構図さえ満たせるならそれが最上であり、好きな人がどう感じるかなどどうでもいい身勝手な愛情の化身。


 だから、かつてはより尽くしているという構図でもって好きな気持ちを表現しようと世界征服なんてものに手を出そうとした。それが、現実味があるほどに、サキュバスという暴威は最悪の可能性に満ちていた。


 単体であればもしかしたら第一王子のほうが強いかもしれない。だが、サキュバスには『魅力』がある。


 人を狂わせ、堕落へと導き、破滅を撒き散らす『魅力』が。


 それでも、かつてはシュダ=バードフォーチュンにも『力』があった。『魅力』が本領を発揮する前に転移の魔法でもってダイレクトに『禁域ノ宝玉』へと封じることもできた。


 今は、無理だ。

 最後の最後に呪われ、『力』を失った今では。


 呪いは魔力の無効化という武器も授けたが、悪魔の亜種であるサキュバスが扱うのは呪法。魔力とは別種のエネルギーである呪力に対しては何の効果も宿しておらず、つまり立ち向かっても何の抵抗もできずに粉砕されるだけ。


 わかっていて、シュダ=バードフォーチュンは立ち向かうことを選択する。好かれている自分であればサキュバスを止められる、なんて自惚れではない。世界征服さえも現実的なものとして捉えられる怪物を、他の誰かに押し付けたくなかったから。


 そして、


「話をしよう」


 せめて、後悔だけはしたくなかったから。

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