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第十話 サキュバスについて

 

『おっと。先客がいましたか』


 それは王城でのパーティーでのことだった。いつも通り王族の中で唯一パーティーに参加することのない第一王女メイリアがいつもの通り中庭の花壇を眺めていたその時、ゼリア=バードフォーチュンと出会ったのだ。


 地面すれすれまで伸ばした黒髪を後ろで一本にまとめたその少年は男でありながら美しいという感想が第一に浮かぶ容姿をしていた。


 バードフォーチュン伯爵家が次男。

 ()()()()()伯爵家でしかなかったのだが、気がつけば当主が宰相の座を獲得していたほどに急成長……というよりも、周囲が落ちぶれた結果、浮かび上がった貴族の者である。


 美しいその少年はパーティーを抜け出してきたのだという。暇潰しにと普段は立ち入ることのできない王城を散策している内に中庭に迷い込んだらしい。


 その日をきっかけに王城でパーティーがある時は必ずといっていいほどゼリア=バードフォーチュンは中庭に足を運び、第一王女メイリアの話し相手となってくれた。


 内容なんて他愛無いもので。

 しかし、父親や兄たちと比べて才能がなく、常に疎外感を味わってきた第一王女メイリアにとってゼリアとの一時は心安らぐ時間だった。


 だから、だろうか。

 誰にも言わずにいた想いを吐き出したのは。


『自分には才能がない、ですか』


『うん』


 王族の者たちは基本として魔法の才覚に優れている。


 魂由来の生命エネルギー、すなわち魔力を変換、超常を具現化する魔法は先天性の才能に左右される。つまり、どんな魔法を使えるかは生まれながらに決まるのだ。


 父親や第二、第三の兄には絶大な魔法の才能が、第一の兄には小手先の技術を圧倒する膨大な魔力があるが、第一王女メイリアには特出した才能はなかった。


 ──ちなみに人間をはじめとした多くの種族は魔力を軸とした魔法を扱うが、悪魔やその亜種だけは魔力とは別種のエネルギーを軸とした呪法を扱うとされている。


『わたしは魔法も体術も何もできない。才能があれば、わたしもちゃんと王族らしいことができるのかな?』


 その他の分野についても一般的なレベルを超えない第一王女メイリアが表舞台に出ることはない。このまま国家の中枢に関わることなく、血筋を存続させるためのスペアとして飼い殺しとされることだろう。


 メイリア自身そこまで分かってはいなくとも、父親や兄たちと同じ所に立てないのは才能がないからの他ならない、と考えていた。


 しかし、


『メイリア様が何をもって才能と考えているかは不明です。ですが、僕が考える才能の基準で言えば、メイリア様は十二分に満たしているかと』


『え……?』


『メイリア様は関わる者に安らぎを与えます。それは魔法だ体術だ人を害することしか能のない「才能」よりも、よっぽど素晴らしいものなんですよ』


 だからこそ、僕はパーティーという貴族としての人脈つくりを投げ出してでもメイリア様に会いに来ているんですから、と。


 そう言って笑うゼリア=バードフォーチュンから彼女は目が離せなかった。


 疎外感、孤独な牢獄でしかなかった日々の中、彼と過ごす時間だけは幸せなものだったのだから。


 ──王族らしくなんてならなくていいと考えるゼリアによって話の終着点をズラされたことに第一王女メイリアが気づくことはなかった。



 ーーー☆ーーー



 最初は王族の内情を探れればラッキー、くらいの軽い気持ちだった。


 いつしか、そんなもの関係なくメイリアという個人に会いたくて中庭を訪れるようになっていた。



 第一王女メイリアはゼリア=バードフォーチュンにとっての憧れとなっていた。



 お偉方の思惑、そして己の父親の真意。どちらが達せられたとしても今の王権は崩壊──すなわち彼女の家族を引きずり落とすことになるとわかっていて、それでも惹かれてしまったのだから仕方ない。


 せめて全てが終わるその日までは、などとすがりつくほどに。


「サキュバスの魂胆がなんであれ、それさえ利用してお偉方は思惑を張り巡らせるはず。ミラーフォトン公爵家のように現王権を打倒して新たな王とならんとする、お父様のように貴族制度そのものを破壊する『乱』を招く、など様々な欲望が乱立すれば、どう転んでもメイリア様が傷つくのは明白」


 今年で齢十一となるゼリア=バードフォーチュンは一人静かに拳を握りしめる。


 王妃教育さえもあのように腐敗している現状、他の部分にも悪意は蔓延している。『記録』にあれだけ多くの悲劇が記されているが、あれさえも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、すなわち悪意の一端でしかない。


 このまま放置していれば民は平穏に暮らすこともできないほどに国が荒れ果てるのは目に見えている。


 それを阻止するためなら、王族や一部の特権階級が民衆を食い物とする流れを断ち切るためなら、ゼリア=バードフォーチュンはどんな闘争にだって挑む。それこそ貴族に生まれた者の義務なのだから。


 だけど。

 お偉方の思惑に従っているだけでは第一王女メイリアの命なんてついでのように奪われることになる。それを阻止するためなら、お偉方でさえも敵と回そう。義務よりも大事なものを見つけたのだから。


 ……『お互い、惚れた女のためにも気合入れないとな』、となぜか兄には誤解されているが、この想いは惚れたなんてものではない。


『呪いを受けた日』に至るまでシュダ=バードフォーチュンが『隠蔽機能付きの暴力装置』として扱われていたことを知っていて何もできなかった薄汚れた卑怯者にとって、純粋に輝く第一王女メイリアは文字通り眩しいものだから。


 彼女を穢したくない。

 そのためならなんだって出来る。


「全勢力を敵と回す覚悟、決しないといけませんね」


 お偉方が思惑のために第一王女メイリアを利用するというのならば、ゼリア=バードフォーチュンは第一王女メイリアを守る側に立つだけである。



 ーーー☆ーーー



「…………、」


「…………、」


 カチャカチャ、と片方の食器とナイフとがぶつかり合う音だけが響く中、シュダ=バードフォーチュンは頭を抱えたくなっていた。


(気まずい……ッ!!)


 毎度お馴染み席五つ分あけて座るリンティーナ=ミラーフォトン公爵令嬢は音を立てず、感嘆と眺めてしまうほど優雅に朝食をとっていた。いつもなら(音を立てずになんて器用な真似できないくらいにはマナーが身についていない)シュダ=バードフォーチュンは食事中だろうがお構いなしに声をかけるのだが、今はどう声をかけていいのかわからなかった。


 勢いに任せてこっぱずかしいことを言った気がする。というか、リンティーナを前にすると大体こっぱずかしいことを言っているような……?


 とにかく勢いに任せるぐらいの熱が冷めてしまえば顔から火が出るのではと思うほどの感情が吹き荒れるものである。


 嘘を言ったつもりはなく。

 さりとてもう少し言いようがあったのでは、と思うくらいには勢い任せすぎた。


 サキュバスの件があるので今後の方針が決まるまではリンティーナのそばから離れるのは得策ではなく、それはそれとして恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


「シュダさま」


「ッ……なっ、なんだっ?」


「昨日の件について、聞きたいことがあるのですが」


 昨日? 今日じゃなくて? としばらく考え、そして思い至る。



『疲れているなら、今日はもう寝るか』、と誤解を招くような発言をしていたではないか。



 そう、今日こっぱずかしいことを言う羽目になったのももとを辿れば誤解を招いた己の過失である。


「あ、いや、あれは、その、『寝る』云々についてはもう片付いたと思うんだが、まだ何かあったっけか!?」


「い、いえ、それではなくっ!」


 ガチャンッ、とナイフが食器にぶつかる音が響き渡る。常に音を立てずに食事を進めていたリンティーナからであった。


 見るからに動揺している彼女は深呼吸を繰り返し、そしてこう告げた。


「王城クリスタルラピアに襲撃を仕掛けて、国王を殺害した女についてです」


「あ、ああ、サキュバスのことな」


「その、シュダさまの言葉を疑うわけではありませんが、あれは本当にサキュバスなのですか?」


「ああ。あの女の力は間違いなく悪魔の亜種のものだ」


「……、顔見知りのようでしたが、どこでサキュバスなどと関わったんですか?」


「あー……。サキュバスに関して全部話すと長くなる。要点だけまとめて話すが、それでいいか?」


 リンティーナが頷いたのを確認して、シュダはどう話そうかと思案する。


 そして。

 そして。

 そして。



「『悪い奴ら』がサキュバスの封印を解いて、なぜか俺様に惚れたらしいサキュバスがプレゼントとか言って世界征服始めようとしたから再度封印したんだよな」


「まとめすぎではありませんか!?」



 あまりにもざっくりしすぎている説明に声を荒げるリンティーナ。対してシュダは軽く肩をすくめて、こう続けた。


「封じたはずのサキュバスが襲来した、とだけ分かっていればそれでいいからな。長々とつまらない話をすることもないだろ」


「それに、その、惚れたというのは?」


「大したことじゃない」


 シュダはどこか怪訝そうに眉を潜めて、


「出会った瞬間にはもう惚れていたんだと。『これから』の日々に蕩けそう、なんてことを言っていたが、あの女との『これから』をどうこうするつもりはないから気にするな」



 ーーー☆ーーー



『記録』より抜粋。



 109年、青ノ月、十四位相。


 対象:ボストロラ侯爵家当主。


 罪状:悪魔信仰を掲げる犯罪組織への資金援助。


 処分地:ディープディーン森林深部。



 109年、青ノ月、十六位相。


 対象:アビスレス教団。


 罪状:7777もの民間人の魂を『消費』、及びその犠牲によって『禁域ノ宝玉』に封じられしサキュバスの復活を目論む。


 処分地:ローズ高原地下。


 備考:対象は完全に処分したが、サキュバスの復活は食い止められず。



 110年、赤ノ月、十六位相。


 対象:サキュバス。


 罪状:世界征服のための虐殺行為(←この項目は二重線で塗り潰されている)。


 処分地:『禁域ノ宝玉』。


 備考:種族の違いを埋めることができれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 それでも、俺様は選んだ。

 対話による困難な方法を捨てて、暴力による簡単な方法を選んだ。


 選んだ側が悲劇の主人公ぶるなんて滑稽極まりない。


 これはあいつを止められなかった俺様の罪。最後の最後まで信じきれなかった弱さが招いた結末だ。


 ならば、せめて、勝者であろう。

 あいつが心の底から恨むことができるよう、完膚なきまでに。

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