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密告

 少女は自宅の隅で震えていた。自分の口を両手で塞ぎ、全身をすっぽり覆い隠す布を頭から被りながら。

 彼女はインドネシア諸島のとある原生林で暮らしている、マメア族という少数民族の一人だ。少数民族といっても他の民族との仲は良好で迫害も受けておらず、貨幣経済にもまぁまぁ馴染めたため観光ガイドや出稼ぎによる現金収入もある立場。精々インドネシアに暮らす人々の中で、平均よりちょっと貧しいぐらいだ。村に建つ何十という家は痩せた木と草で作られたものだが、これはマメア族の伝統的住居なので貧しさとはあまり関係ない。

 そんなこの村に暮らす人々は、確かに嫌な性格の奴もいるが、それ以上に良い人ばかりだ。例えば少女の友達、友達の親達、少女の親族……他の人から見てどうかは分からないが、少なくとも少女にとっては、みんな良い人達である。

 なのに、みんな殺された。

 『化け物』の手によって。

「パパ……ママ……」

 両親の名をぽつりと声に出す少女。ほんの十分ぐらい前に父は「助けを呼んでくる」と言って家を出て、そのすぐ後に悲鳴が聞こえたのに。父の様子を見てくると言った母も、未だ戻ってこないのに。

 いや、きっとあの悲鳴は別の村人が出したものに違いない。両親は今頃村を出て、森の外にある町まで辿り着いている筈だ。町の警察は両親の訴えを聞き入れ、今は助けが来ている最中。もうすぐ警察官が何十人も集まり、大きな銃であの『化け物』をやっつけてくれるに違いない――――

 少女はそう思った。それは根拠のない現実逃避であるが、しかし落ち着きを取り戻す上では意味のあるもの。荒れていた呼吸は静まり、身体の震えも収まる。

 冷静に考えれば、じっとしていれば問題ないのだ。村人を殺していった『化け物』は屋外を闊歩している。対する少女は建物の中に身を隠している状態だ。良く言えば伝統的、悪く言えば原始的な家であり、木の板で作られた建物に窓なんてない。外から建物内を窺う事は出来ないのである。

 息を潜めていれば見付からない。もしかしたら『化け物』は建物を破壊してでも自分を探し出そうとするかも知れないが、屋根の下敷きになるなりして運良く身を隠せれば……少女がそう祈った時だった。

 メキメキと、木の板をへし折るような音が聞こえてきたのは。

 村の周りにある木々が薙ぎ倒された? それとも近所の家が倒された? ――――どれもあり得ない。あり得ないと分かるほど、その音は少女のすぐ傍から鳴っていた。

 次いで少女の被っていた布が、ゆっくり、だけど力強く持ち上がる。

「あっ……」

 突然の出来事に、少女は自分が被る布を咄嗟に掴む事すら出来なかった。布は少女の遥か頭上へと浮かび、もう少女の身体を隠せていない。

 少女は自然と顔を上げる。

 少女の目の前には屋根が破壊されて見えるようになった大空と、『化け物』がいた。

 五十メートルはある身体と、その身体よりも遥かに巨大な四枚の翼。先っぽで器用に布を引っ掛けた一本と、大地を踏み締める五本の、合計六本の脚が胴体から生えていた。口のない頭には家よりも巨大な複眼があり、じっと少女を見つめている。頭・胸・腹の三つに分かれた身体は老いた葉のように濃い緑色をしていて、表面は樹木のようにひび割れていた。四枚の翼には紋様がなく、間近で見れば身体と同じ材質で出来ていると分かるだろう。

 動物と植物の要素が混ざり合ったような、異様な外観だった。マメア族の暮らす森には様々な動植物が生息しているが、こんな巨大な化け物は見た事もない。いや、世界の何処にこんな生物がいるというのか。だって、こんなのは、明らかに()()()()

 しかし少女にとって、コイツの正体がなんであるかなどどうでも良い事。

 村人を殺しまくった『化け物』が自分の目前に居る事に比べれば、何処までも些末な問題である。

「……ふ、ふへ……」

 少女は笑った。引き攣ったものだが、自然と笑みが出てしまった。

 人間の笑顔は、相手に敵意がない事を伝えるためのものだ。あくまで同種のための表情であり、人間以外に笑顔の意味が通じるかは分からない。分からないが、この無力な少女には己の無力さを主張する事しか出来ない。

 理解してもらったところで、相手がこちらの意思など気にも留めていないなら無意味な行いだが。

 巨大な『化け物』が、布を引っ掛けた前脚を高々と掲げる。少女は笑顔のまま、全身から力を抜いていき――――

 抉るような打撃音と、小さな地震が村の隅々にまで行き渡る。

 少女の家の調理場に積まれた、今日収穫したばかりの瑞々しい山菜がころりと落ちた。


















 黙示録が始まる。


 人の驕りと怠惰の結果として。

























 ただしそれを理解している人間は、一人としていない。




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