能力主義の国〜追放された王子〜
短編、初投稿です!
ルマコ王国の中心にそびえ立つ美しい城。
繊細な細工がされた窓の一つから、俺ーーリクエス=ルマコは顔を出していた。
「いい天気だな。絶好の儀式日和だ」
「そうですね。今日はいよいよ"発現の儀"を行う日でございます」
「うん、分かってる。すっごく楽しみだよ」
後ろでハラハラしながら見ているであろう俺つきのメイドに本心を吐露した。
ちなみに俺が楽しみにしているのは、"発現の儀"という儀式である。
この儀式は、王城のすぐ近くにある神殿で祈りを捧げ、一人につき一つだけ特別な能力をもらうというものだ。
能力によって制限される職業もあるため、特定の能力を狙う人も多いと聞く。
つまり、今後の人生を左右する非常に大切な儀式というわけだ。
なぜかは知らないが、"発現の儀"は十五歳の誕生日の翌日に行われる決まりとなっており、この原則は今に至るまで破られていない。
ちなみに俺には王太子という立場があるので、支配者に相応しい能力が欲しいなと思っていたりする。
能力が原因で、臣下に舐められる王とか最悪以外の何者でもないからな。
「ちなみに、リクエス様にはお望みの能力などはあるのですか?」
「絶対無理だと思うけど、【神の加護】持ちです、って堂々と言いたいかな」
【神の加護】は人を動かす仕事に最適なスキルであり、自分が部下と認めた人のレベルをアップさせる、素晴らしい能力である。
持っている人はさぞかし大事にされることだろうし、王が持つに相応しい能力としては別格だろう。
「十万人に一人しかもらえないというレアスキルですからね。もらうことが出来たら大騒ぎになりますよ」
「確かに。みんなが大騒ぎする様子が目に浮かぶよ」
俺と、話し相手のメイドが同時に苦笑する。
そんな能力を誰かが授かったときには、国中がお祝いムードに包まれるだろうな。
臨時の祝日みたいなものが続くかもしれない。
「とりあえず、国王様にお会いしてはいかがでしょう。作法の確認などという意味合いも含めて」
「ああ、そうしてみる。ありがとうな」
お礼を言ってから部屋を出て、父の執務室へ向かう。
その途中、双子の弟であるアストと会った。
彼も、俺とともに発現の儀を受ける予定だから、鉢合わせても不思議ではない。
しかし、俺としては出来るだけ会いたくない人物でもある。
その理由は、彼が俺のことを蛇蝎のごとく嫌っているからだ。
「チッ‥‥‥あ、いや、兄さんも作法の確認?」
アストが舌打ち混じりに聞いてきた。
仮にも血の繋がった兄弟に対する態度とは思えない。
「ああ、まさか王子が作法を無下にするわけにはいかないからな」
「同感です。まあ、お互い頑張りましょう」
アストがニヤリと笑った。
その得意げな顔からは、大きな自信が伺える。
マナー講師に気に入られている彼は、俺より長い時間をかけて作法を学んでいる。
確かに作法については俺より上だろうが、講師に教えてもらえないこともあるんだよ。
「失礼します」
「お父さま、失礼いたします」
それは執務室に入るときに現れた。
俺は簡略した挨拶だったのに対し、アストは格式ばった挨拶をしながら入室している。
ただ、俺は何も考えずに挨拶を省略していたわけではない。
「アスト、私はお前の父なのだから、格式ばった挨拶は不要だ。妙な距離を感じて悲しい」
「そ、それは失礼いたしました」
アストは慌てたように頭を下げ、俺の方を射殺さんばかりに睨んでくる。
敢えて心情を予想すれば、"どうして教えてくれなかったんだ!"といったところか。
だって、俺が教えることじゃないじゃん。
お前のことを気に入っているマナーの講師に教わっとけば良かったじゃないか。
そのような意思を込めてアストの目を見返していると、父上が玉座から立ち上がる。
「二人とも準備は整ったな。では行くぞ」
「えっ‥‥‥作法の確認はしないんですか?」
思わず父上に問いかける。
作法の確認のために執務室まで来たんだけど。
隣でアストが勝ち誇ったように笑っているが気にしない。
俺は恥を書きたくないんだ!
「しない。マクエラに教わっているだろう」
「ええ。教わりました」
面倒そうに言う父上にアストが同意する。
俺は教わってないんだけど。
相変わらずの弟贔屓だなー、アイツは。
俺は軽い怒りを覚えながら神殿へと向かう。
ちなみに神殿は、ルマコ王国で信じられているアマネ教が建立したものだ。
白い塔が三つほど連なる様子は『白亜の神殿』と呼ばれ、人々の畏怖の対象となっている。
金が散りばめられた入り口の扉に着いたところで、ローブを着込んだ初老の男性がお辞儀をしていた。
「リクエス様、アスト様、神殿へようこそ」
「ジェラ教皇。まだ王ではない僕たちにお辞儀などしなくても‥‥‥」
「いえいえ、いずれ国を背負ってくださる方ですから。最低限の敬意だと思ってください」
俺の言葉にジェラ教皇は反論しながらも体を起こし、扉を示した。
「どうぞお入り下さい。儀式の準備は出来ております」
「ありがとう。それでは失礼させて頂きます」
俺はジェラ教皇に一礼してから神殿の内部へと足を踏み入れた。
その瞬間、あちこちから歓声が湧き上がり、期待混じりの視線が容赦なく突き刺さる。
「げっ、何これ」
「予想していたよりすごい人だね‥‥‥」
アストも会場の雰囲気に圧倒されているのか、言葉に棘がない。
俺たちはぎこちない笑みを浮かべながら、神殿のシンボルが彫られている中心部に向かった。
「リクエス=ルマコ、前へ進みなさい」
「はっ、失礼いたします」
神の前では、肩書きが消えて皆が平等。
アマネ教には、そのような理念が存在している。
そのため、王族であっても平民であっても、例外なく呼び捨てで呼ばれるのだ。
「神よ‥‥‥能力を受け取る資格を新たに得た彼の者に素晴らしき能力を与えたまえ!」
先ほど俺の名を呼んだ神官がロザリオを掲げ、喉も枯れよとばかりに叫ぶ。
すると、純白の粒子が俺を祝福するかのように辺りを舞い始める。
「わぁ‥‥‥」
「美しいわね。こんなの初めてじゃない?」
「ああ、すごく神秘的な光景だ‥‥‥」
あまりにも神々しい光景に、あちらこちらから感嘆の声が漏れてきた。
粒子はしばらく空中を舞っていたが、やがて俺のもとに収束していった。
えっと‥‥‥これで能力を得られたのか?
「それでは、この水晶に手を置いてください」
「はい」
言われた通り、水晶に手を乗せると、透明の板のようなものが浮かび上がってきた。
そこにはたった一言だけ、こう書かれている。
『能力:【修復】 LV:1」
俺はしばらく【修復】という文字を見つめる。
突如、不穏な空気を感じて後ろを振り返ると、父上が微妙な顔をしており、その横にいるアストはこちらをバカにするように笑っていた。
そこでようやく俺は、自分が"嘲り"の視線を向けられていると感じ取る。
どうやら、俺はハズレのスキルを当ててしまったようだ。
はっ、まさかもう俺は見限られた!?
そんなことを考えてしまい、思わず体を震わせた。
今まで向けられたことのない侮蔑の視線。
恐れていた、臣下に舐められる王への道をしっかり進んでいるような気がする。
「修復とはどのような能力なんでしょう?」
「一言で言えば、壊れたものを直すスキルだ」
父上が苦い顔で言う。
それならば当たりのような気がするが‥‥‥。
「でも半壊までしか直せないし、人の怪我なんかを癒すことも出来ないんだよなぁー」
「なっ‥‥‥」
何だ、そりゃ!?
とんでもないゴミスキルじゃないか。
半壊までしか直せないとか、用途が限られすぎてるだろ。
アストの煽り口調も、もう気にならなかった。
俺が気になったのはただ一点。
手に入れた【修復】についてのみである。
「それでは、アスト=ルマコ。前へ」
「はっ、失礼いたします」
俺と入れ替わるようにして、アストが出る。
先ほどと同じように白い粒子が空中を舞う‥‥‥と思われたが、アストの場合は違っていた。
なんと、光り輝く黄金の粒子が、視界を埋め尽くすような勢いで舞い始めたのである。
突然の出来事に、神殿内は騒然となった。
「な、何だこれ!?」
「リクエス様とは比べものにならないな」
「アスト様‥‥‥すげぇ」
ざわめく観客たちを抑えたのは父上だった。
威厳のある声で神官に尋ねる。
「これは何だ? なぜこうなった?」
「分かりません。初めてのケースですし‥‥‥」
神官もお手上げという感じで首を振っている。
黄金の粒子がアストのもとに収束すると、父上が駆け寄っていった。
「大丈夫か? 体に異常はないようだが」
「心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。むしろ体調が良くなった気すらします」
アストが爽やかな笑みを浮かべる。
さっきまで俺をバカにしていた奴と同一人物だとは思えない。
「それでは水晶に手を」
「そうでしたね。よいしょっと」
アストが水晶に手を乗せる。
するとありえない文字が浮かび上がった。
『能力:【神の加護】 LV:MAX』
レアスキル、神の加護。
十万人に一人しか手に入れられないスキルがアストのもとに!?
「おお‥‥‥神よ‥‥‥」
「アスト、凄いじゃないか! 祝賀会だ!」
神殿の盛り上がりは最高潮に達した。
みんながアストに祝福の言葉をかけている。
俺は膝から崩れ落ち、アストを見上げた。
「そんな‥‥‥」
「リクエス、【神の加護】だよ! 凄くない?」
アストはどうやら興奮しているようだ。
嫌いなはずの俺にまで笑顔を向けている。
ああ‥‥‥爽やかで眩しいな。
弟が、雲の上の存在になった気がした。
「おめでとう。お前は夢を掴んだんだな」
「うん。お兄ちゃんも頑張ってね」
それはどういう意味だ?
アストらしくない言葉に違和感を覚えたとき、父上がみんなの前に立った。
何やら重大な発表でもしそうな勢いである。
「皆のもの、国王のドーピンだ。今回は重大な発表をしようと思う」
俺とアストは並んで父上を見やる。
こんな発表をするなんて聞いてないぞ?
俺たちの戸惑いをよそに、父上は言葉を紡いでいく。
「今、この時をもって王太子をリクエス=ルマコからアスト=ルマコに変更する!」
頭の中に絶望の二文字が散らついた。
まさか、俺は王太子の立場を剥奪されたのか?
いや‥‥‥その後の方がヤバい。
「はっ、ありがたき幸せ」
「そしてルマコは我が国を追放とする」
やっぱりか、と思う。
俺がいたらお家騒動の原因とあるからな。
父上の処分は間違っていない。
でも、当然のように俺は納得がいかなかった。
「どうしてですか! 僕は王太子として頑張ってきたつもりです!」
「能力の差だ。【修復】では王になどなれん」
だったら。
俺の十年にもわたる努力は何だったんだよ。
五歳の時から英才教育を施されてきて。
城下町にも、ほとんど出たことがなくて。
自分の気持ちを必死で抑えこんで来たのに!
「リクエス、諦めな。これからは僕の時代だ」
「アスト、てめぇ!」
俺は怒りに任せて、アストに向けて拳を放つ。
しかし近衛騎士に取り押さえられ、無様にも床に叩きつけられてしまった。
もはや王族の威厳などかけらもない。
そう思うと、乾いた笑いが込み上げてくる。
「ふふっ、あははははは!」
「ついにリクエスも壊れてしまったか」
父上が冷たく吐き捨てる。
俺は近衛騎士の手を退けて立ち上がり、アストを正面から見据えた。
「じゃあね、リクエス」
「ああ、さようなら。アスト」
簡潔な別れの挨拶を済ませた直後、父上から追放先を言い渡された。
俺の追放先は「魔の森林」。
多くの魔物が住んでいる森で、各国が自国に引き込もうと軍隊を送っているが、大量の魔物に阻まれており、未だどの国にも属していない森林地帯だ。
「リクエス、このような結果になってしまい残念に思っている」
「‥‥‥さようなら父上。いや、ドーピン国王」
俺はそう言って神殿を去る。
こうして、俺は国を追放されたのだった。