幕間〜家族会議〜
辺境にある石造りの家。しかしその家は、辺境にあるにしては大きかった。
他の家と比べても二周り程大きさが違う。村長の家ではない。
ごくごく普通の農民が暮らしているのだ。
そう…
異種族にめっぽう愛されている一人の少年が居る、平凡な農民の家だった。
周りの農民から彼らが虐げられる事はない。もし万が一にでも少年とその家族を虐げようものならば
何の前触れも無く少年達を虐げたものに確実に報復と称した、人間では絶対に止められない天災が降り注ぐだろう。
例え魔物討伐隊や王国最強騎士団と名を馳せるものが立ち向かったとしても、彼らを止める事は出来ない。
まぁ兎も角、『大量虐殺上等』そんな物騒な代名詞の彼らが平穏に平凡に
ほのぼのと暮らしているのは、少年とその家族がほのぼのしているだけではなく
ポリメシアという辺境にある村自体が、とても平穏で平凡だからだろう。
村人も彼らが異種族であっても構わないようだ。
寧ろ彼らが異種族であると気付いている村人は居ない。
そう―――
五年程前まで、膨大な魔族を率いて人間を惨殺し魔族の領域を広げていた元魔王の一人とか。
悪魔や魔族も一目置いている神都。そんな神都がブラックリストの上位に載せている高位悪魔とか。
今では伝説として語られている最強の不死の一族とか…
まさかそんな連中が「平和が一番」と言わんばかりの辺境の村、ポリメシアに居るなど誰も思いはしないだろう。
そんな人外魔境な彼らが溺愛している少年の家の一室でのことだ。
楕円形のテーブルに四人が向かい合うように腰掛けている。
「はい。これから『第五回、拾われてきちゃったヤツ』についての会議を始めます」
一人はフワフワのダークブラウンの髪と同じ色の眸。アルトヴォイスの持ち主。
ここの家主が目に入れても痛くない程、溺愛している孫が初めて拾ってきた人物
―――オーマだ。
「まず議題一。おチビちゃんが異種族―――
それも何故かいつも厄介な立場の人物を拾ってくる。
その事について意見を出してほしいんだ。今後の対応策としてね…」
テーブルに肘をかけたまま両手の指を絡めて溜息を吐く。
その姿だけならば美少女が恋わずらいしている図、に見えなくもない。
しかし実際は、神都がブラックリストの上位に載せている高位悪魔だったりする。
「今回は殆ど問題が無いと思うぞ」
黙っていれば優雅、麗人、男性の美そんな名詞がぴったり、金髪碧眼の絶世の美青年(村人談)ゼロム。
確かに美しいが、実際はヘタレ。溺愛している少年にすら可哀想と思われている。(本人は知らない)
そんな彼でも伝説と語られる一族なのだ―――が、一度たりともゼロムの本気を見た者はない。
それで何故ゼロムが伝説の一族だと判明したか?
何度オーマやリセが殺しても復活し、死なないからだ。そして朝日を浴びると苦しみだす。
(今では気合と根性と、オーマやリセに鍛えさせられた忍耐で陽光を克服中)
典型的な夜の一族、伝説の一族の特徴と同じなのだ。
「問題が無いわけないでしょう!判ってるの?!
風の皇位精霊なんだよ!銘があって華人じゃなかったら、此処までしないって」
「別に使役するために名を与えた訳じゃなし、ちびは良い子だろに」
「そんなの判ってるの!だーかーら〜…」
「ミルギスは別にいいんだ。問題なのは精霊王の方だろうね…
ま、あの人はおおらかだから、今回はゼロムの意見に俺は賛成かな。そこまで重視しなくて平気だろう」
青銀の髪の色と水色の眸。髪と同じ色の羽根を持つ稀な有翼人、エルオーネ。
三番目に少年に拾われた御仁だ。物凄く女顔(美形)だが性格は漢前といってよい。
長い青銀色の髪を後ろで一括りにしながらゼロムの意見に賛成した。
「オーマが懸念しておる事は、精霊の事情ではなかろう。
ちびになんぞ手を出しようものならば、我らが直々に断罪してくれよう。
しかし問題は人間の方であろう?風の皇位精霊の御子がおると知られれば、黙っている国はない」
漆黒の髪に赤銅色の眸、今は浮き上がらせてはいないが、その肌には蛇の鱗が刻まれている。
五年程前まで、膨大な魔族を率いて人間を惨殺し魔族の領域を広げていた焦獄の火蛇と呼ばれる元魔王。
彼らが溺愛する少年が二番目に拾ってきた人物、リセだ。
「人間ってそんなに強欲なのか?」
ゼロムが首を傾げ、不思議そうに聞いてくる。
オーマは眉間に皺を寄せ、まるで想い人相手に告白前に玉砕したような表情を浮かべた。
「ゼロムって馬鹿だよね。何見てきたの?君の住んでた場所ってどんなトコ?」
「黄昏の都か?殆どの人間は夜の一族が支配していたな。
怯えた目の人間が多かった。時々貴族に楯突く人間も居たが身内も含め殺されていた。
何かを欲する事などあまりしない生き物だと思っていたんだがなぁ…ちびだって無欲だし」
「ゼロム、それはお前らが恐怖で人間を支配して思考を奪っていたんじゃないのか?」
「失敬な。人間を飼い馴らしておるのは貴族だけだ。
平々凡々の儂はそんなことはしとらん。しかし何故かいつも遠巻きに見られていたな…」
「人間にとっては貴族も平民も関係なく、お前が夜の一族だから怯えていたのかもな」
「どっちかつーと儂も人間と同じく、貴族に虐げられていたんだがなぁ…」
「今はゼロム如きの身の上話など、この上なくどうでも良い。―――御子は稀有だ。
皇位精霊は特にな。むしろ初めてではないか人間に見つけられるなど。
そんな珍種が、何の変哲もないポリメシアに居ると判れば攻め込んでこような…」
「だよね。やっぱりそう考えるよね。さすが魔族を統括してただけはあるね」
「あ、儂の話は結局スルーするんかい」
「確かにポリメシアの土地は何処にでもある普通の土地だろうけど…
俺やお前らが居る時点で、何の変哲もないって言葉は違ってくるんじゃないか?
人間が攻め込んできたところで、お前ら三人がズバッと片付けてくれるだろうに」
「エルオーネ、お前もスルーか」
「片付けるのは別にいいの。問題はその後さ。領主とかその程度ならどうにでもなるよ。
でもね騎士団とか、コレはまだいいか。神都からの輩が問題なんだよ。あの狂信者共」
「人間の間で、神都からの通達はほぼ絶対であろう?何処の国の王も無視はできまい。
例え大衆から神聖視されていても蓋を開ければ欲望渦巻く、愚者の行列ぞ。
そんな輩共が『皇位精霊の華人が攫われた』と吹聴してみろ。
ちびは魔王並の悪党扱い、ダリアとグレーンは極刑。ポリメシアごと灰にされかねんぞ」
「ちっさい勇者さんが悪者に仕立て上げられる…神官が聞いて呆れる」
エルオーネが肩にかかる青銀色の髪を軽く払い、溜息を吐く。
その顔は憂いを帯びても美しい。
今までスルーされていたゼロムが、ポロリと言葉をこぼす。
「ミルギス自身に自分の意思でここに居ると言わせればよかろうに。
実際、本人はちびを気に入っているし。
まだ他の人間に気付かれてはいないのだから焦らずとも良いだろう」
「ゼロムってさぁ…本当に人間の穢さを知らないの?
ボク、ちょっとトランシルヴァニアに行ってみたいよ。
どれだけ人間が無欲なのか知り合いし、伝説の一族も見てみたいし」
「やめれ。滅ぼされるぞ。特に今黄昏の都を支配しているのは正真正銘の神だ。
だいたい、ちび達の事を懸念して、ミルギスが精霊の加護持ちと偽ったではないか。
暫くはこのままでも問題なかろうよ。加護持ちと華人とでは反応も違うしな―――」
「ほぉ…すでに先手が打たれているのか。まぁ加護持ちと言っておけば問題ない」
リセが腕を組み、軽く頷いた。ゼロムも同様に首を縦に振り、オーマを見る。
オーマはいまだ眉間に皺を寄せたまま、唸っていた。
「まぁ、バレないようにするけど。いざとなったら村人の記憶を弄くればいいし」
「オーマ。お前ホント、ちっさい勇者さん以外には厳しいよな」
「ボク、基本人間は食料としてしか考えてないからね」
「悪魔だな」
「ボク、悪魔だし」
オーマはおどけて言う。しかし彼が本気なのは此処にいる誰もが知っていた。
「では、ひとまず…攻め込まれたらば皆殺しの方針で―――」
「賛成〜」
「「異議あり!!」」
リセがあっさりとまとめオーマが頷くが、ゼロムとエルオーネが立ち上がる。
そして二人の声が重なった。
「めんどくさいではないか!」
「あの子の前で殺しはだめだ!」
「エルオーネの意見は聞くけど、ゼロムはまったく…」
「最強の不死の一族が聞いて呆れるわ」
オーマとリセがあからさまにゼロムを馬鹿にする。
ゼロムの考えとしては、自分達が口外しない限り、ミルギスが狙われる事もまた
自分達が大切にしている少年が、危険に巻き込まれる事もないと思っていた。
そしてそれは事実だった。
結局、暫くは大丈夫だろうと言う事で、今回の話し合いは終了したのだった。