第五話
「皇位精霊―――それは精霊の王様、若しくはそれに連なる精霊に与えら得る称号。
連なるって事は、精霊の王妃様、王子、王女。片親が精霊王でも可。
一般的には低位・中位・高位、おまけに帝位なんてのもある。はい、おチビちゃん復唱!!」
「へ?!えー、と…皇位精霊とは―――王族っぽいので、位がいくつかあって」
「オーマ。ちっさい勇者さんは俺達と違って魔術等に詳しくないんだ。
一気に詰め込むのは逆に混乱しか招かないだろう。特に悪魔と人間の知識量は違いすぎる」
「だからって、『何も知らなかった』ですむわけないでしょ!
基本、人間は物理的にしか束縛される事は無いけど、多種族は違う。
程度はあれど、言葉一つで支配されてしまう。特に銘を与えられる事、逆に奪われる事―――」
「ん、まぁ。皇位精霊の、まだ名もない華人だしね…」
何だか二人が難しい話をしている。僕は風人の赤ちゃん、ミルギスに
ひどい事をしてしまったのかな?あんなにオーマが眉間に皺を寄せるのって滅多にないし。
エルオーネが言葉に詰まる事だって、ヨルン兄さんが迫った時くらいだったのに…
僕がもんもん悩んでると、ゼロムがお茶を僕の前に出してくれた。
ちゃんとお砂糖とミルクも入れてくれているし、おばあちゃんが焼いたパイも取り分けてくれた。
そして、僕の隣に座ってお茶を啜っている。
「ねぇ、ゼロム。僕はミルギスにひどい事をしちゃったのかな?」
「ミルギス―――いや、ひどい事ではないぞ。ただ、お前は知らなかったんだ」
「でもオーマは知らないじゃすまされないって、言ったよ?」
僕はパイをつつく。さっくりと音を立ててパイ生地が割れて、中からトロリとベリーが垂れた。
うん。いいにおい。
パクリと一口食べて、口の中にほんわりと甘酸っぱいベリーが広がる。
おばあちゃんの作るパイはおいしい…おいしいけど、僕の気持ちは晴れない。
「僕が勝手に名前をつけて、ミルギス自身それが自分の名前だった思ったら
ミルギスのお父さん達、すっごく怒るのかな?本当は自分達が名前を付けたかったんだって…」
「…ちび、お前はあの子をどうしたい?」
「ちゃんと、お父さん達のところに返してあげたい。それから、あやまりたい」
「名前を与えた事か?」
「うん。僕の名前はお母さんが一生懸命考えて付けてくれた、っておじいちゃんが言ってた。
だから、ミルギスのお母さんやお父さんだって、生まれて来た子の名前
すっごく考えてたと思うんだ。だから、僕が勝手に名前を付けちゃってって思うと―――」
「だが名前がないというのは憐れだろう。精霊とは名を重んじる。
名が無いのとあるのとでは力の発揮方が違ってくるのだ。
お前があの赤子に名を与えた時、ミルギスは嫌がったか?
拒絶などしなかっただろう。お前を信用したのだ。
精霊は赤子といえど、判っているものなのだ。己を服従させるか、否かを」
「ふくじゅう…それって、命令するってこと?」
「そうだ。だがお前はミルギスを服従させ、命令を聞かせたいと思ったか?」
「そんな事!そんな事全然思わないよ!!僕はただっ」
「ふっ。ならば問題などない。ちび、よく覚えておけ―――」
「ゼロム?」
「名には祈りと祝福を捧げるものだ。そして名を呼ぶ時その者は、確かに存在する。
お前はあの赤子を、ミルギスを束縛するために名を与えたのではないだろう?
もし、名を与えた事が重荷になるのならば、それはミルギスに対しての差別だ。
精霊だから、人間だから、そんな隔てなど言い訳にしかすぎん。
誇れ―――名の重さを知り苦悩したことを。儂は、そんなお前を愛おしく思うぞ」
がしゃん!
僕は今までパイをつついていたフォークを落とした。
ゼロムはまるで、ひ孫でも見るような目をして僕の頭を撫でた。
あれ、ゼロムってこんなに大人っぽかったかな?なんかいつも、リセとかオーマにぎったんぎったんにされてたのに…
「ぜ、ゼロ、ム―――」
がしっ!!
「あ、」
「ぐっ?!」
「なに、しようとしたの、ゼロム」
「少し、向こうで話そうか、ゼロム」
「な、何で儂がっ―――ぐぇ?!」
オーマがゼロムを掴んだ。エルオーネがゼロムの口に何かをねじ込んだ。
ねぇ、オーマ。何でゼロムの首に手をかけて持ちあげてるの?
片腕で持ち上げてるけど、ゼロムって意外と重いんだよ。
エルオーネも何で薬瓶を6本も構えてるの?今さっきゼロムの口に入れたのって…
それに薬瓶の色とか、ものすごく毒々しいんだけど、何に使うつもり?
「二人とも、ゼロムが―――」
「おチビちゃんはおばあちゃんの様子見に行ってきてよ」
「ミルギスがぐずってないか、様子見てこいよ、な」
「え、あ、うん。はい」
う、頷くしかできなかった。二人ともいったいどうしたって言うんだろ…
うん。まぁ一応心配だからミルギスの様子を見に行くけどさ…
僕はおばあちゃんが居るであろう寝室に向った。
案の定、おばあちゃんはミルギスを抱っこして、ミルクを飲ませていた。
ミルギスは相変わらず、ぷきゅぷきゅと音を立ててる。精霊の赤ちゃんの鳴き声って、変ってるんだなぁ。
「おや、坊やはミー坊が気になったのかい?」
「あ、うん。」
「そうかい。じゃぁちょっとミルクを上げててくれないかい。
あたしゃ少しおじいさんとリセの様子を見に行ってくるよ。
そろそろ商売から帰ってくるはずだからね。二日ぶりさね」
「はーい」
そう言って、おばあちゃんは部屋から出て行った。
僕はミルギスを抱っこして、少しぬるいミルクを口元に持っていった。
ミルギスはぷきゅぷきゅミルクを飲んでいる。
「あのね、ミルギス。僕は君が精霊だから名前を付けたんじゃないんだよ」
「ぷはっ。ぷぇ?」
「ゼロムが言ってた。名には祈りと祝福を―――きみを縛り付ける為に付けたんじゃなんだ」
「ぷきゃ」
「きみのお父さんやお母さんがきみと会えるまで、この名前でいてくれないかな?
僕やゼロムも、オーマやエルオーネだって、おばあちゃんも…きみを歓迎するよ、ミルギス」
「ぷきゃ…!」
あれ?
なんかプルプル震えてる…どうしたんだろう?
はっ、もしかしてミルギスって名前がやっぱり嫌だったのかな?!
ど、どうしよう、なんかすっごくいい名前とか思い浮かばないよ!
「み、じゃない、ええと、名前嫌だったの?で、でも他の名前とかはっ」
「ぷぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「わぁぁ!!?」
ぶわぁ!!
ミルギスの泣き声に反応して、部屋の中に風が生まれる。
ベットががたがた震えだし、置いてあった花瓶が天井に当たって砕けてしまった。
しかも窓にもひびが入って…うわぁ、修理が大変だよ。
僕はミルギスを抱えているから被害とか無いけど、っていうか
ミルギスがくるまってた布がふよふよヒラヒラと僕ごとミルギスを包んでいて
飛び交っている破片から守ってくれてるみたい。
「ちょ、ど、どうしちゃったの?!」
「ぷきゃぁぁぁ、ぷぇぇぇぇ!!!!」
「ちび?どうした、何が起こっておるのだ?」
天の助け!もとい、リセだ!
いや、助けじゃないよ、今この部屋に入ったら怪我しちゃうよ!
「えーと、大丈夫!多分だけど!!」
「当てにならん!」
どごっ!
リセが言うと同時に扉が吹っ飛んだ。
僕に当たりそうになったけど、ふよふよヒラヒラ漂っていた布が
またしてもジャキンっ!と硬化して扉を叩き落した。