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幕間~ツハイン=リラ~


豪奢な廊下、そこに使用人はいない。此処はエヴァーゼン邸の離れに当たる。

本邸より中庭を間に挟み、構築されているツハイン=リラのみが使用する離れの邸。


主の許可なくして立ち入ることは許されない。

その主とはツハイン=リラを守護する、苛烈なる悪魔と称されるシェリルルシエ=シェリー=シェルスサーキス。

異端の悪魔であり人間にもっとも寛大と言われ、ある国の王より手白香(シェルスサーキス)と呼ばれた。

唯一、人間に味方をし、人間をけして裏切らない悪魔―――そう彼は有名なのだ。



手白香(シェルスサーキス)は裏切らない。


手白香(シェルスサーキス)は約束を破らない。


手白香(シェルスサーキス)は過去を否定しない。


手白香(シェルスサーキス)は例え間違っている行動すら肯定する。


手白香(シェルスサーキス)を従えた人間(もの)は栄光を手にする事ができるとまで言われていた。




そんな手白香(シェルスサーキス)を手元に置いていたにもかかわらず

未だ自分は栄光を手にしていない―――未だ自分は貴族の庶子扱いではないか!


ツハイン=リラは胸元にあった細身のリボンを乱暴に緩める。




―――随分と揶揄してくれたモノだ。




ツハイン=リラは忌々しげに先程の遣り取りを思い返した。


自分だけの館を用意させた。ここは自分だけが認めたものが入ることを許した場所。

他の誰にも侵されぬ自分だけの空間。そんな空間を苛烈なる悪魔(シェリルルシエ)に用意させたのだ。

それにも関わらず、あろうことかシェリルルシエは、あの悪魔は、貴族の血を引かぬ農民の子を招き入れた。


ツハイン=リラのその領域を侵したのだ。


―――なぜだ?!


その理由が、ウルト=エヴァーゼンが農民の子を害させない為だった。


―――たったそれだけのことで!



その言葉を聞いた時、彼は目の前が真っ赤になった。

怒り狂うことはあれど、ここまで殺意を覚えるとはいつ以来だろうか。

ツハイン=リラは、ただシェリルルシエの前で爆ぜそうになる感情を押しとどめていた。



まだ招き入れただけならばいい―――本当は良くはないのだか…



その農民の子と対面して、幼い少年を視界に入れてツハイン=リラは眉を寄せた。

シェリルルシエ以外の悪魔が人間の少年を加護(・・)していたからだ。

自分は苛烈なる悪魔の守護下(・・・)に置かれているというのに―――母とその親友の願い故にそう(・・)なってしまったのに。



だがそれと同じ位に興味がそそられた。

だからこそツハイン=リラは少しだけ感じた不快感に目を瞑ったのだ。



つまるところ、ツハイン=リラは悪魔(シェリルルシエ)との契約ができなくなってしまった。

力をてっとり早く手に入れる事が出来なくなった。

母とその親友のせいで―――恨むつもりはないけれど、それでも面倒なことになったと感じている。






ツハイン=リラは目の前に座る幼い少年を見つめていた。


―――こんな、何の変哲もない農民の子供が

―――こんな、さして容姿も平凡な子供が



悪魔の加護を持つ少年に、嫌がらせ半分とどれ程の加護を得ているのか確かめるために猛毒草(ジルヴァーナ)が混入された茶をすすめた。

それに気づかれたわけではないが、戸惑と困惑と不安と

負の感情が混ざり合う表情を浮かべ、少年は目の前に置かれたカップに口を付ける。



―――マナーは弁えているようだが、さて…どうしてやろうか



貴族の屋敷に連れてこられ、貴族という立場の男と対面して一るのだ。

普通ならば緊張しない方がおかしい―――そうツハイン=リラは考えていた。


しかし現実は違った。


だからこそ驚いた。



―――この少年はいったい何なのだ?



貴族に対しぞんざいな物言いをするなど。例え悪魔と契約を交わしているだろう少年といえど

貴族特に魔術の権威であるエヴァーゼン邸でため口を利いてくるとは夢にも思っていなかった。


自分の動揺を隠すように、ツハイン=リラは表情を変え、別の話題を振る。


丁寧に、しかし隙が有らば徹底的に叩いてしまおうと…

すべて徒労に終わってしまったが―――




―――せめて少年と契約しているであろう悪魔の正体さえ判れば、まだ手の打ちようがあったのだが…



幼い少年との会話を一方的に打ち切り、ツハイン=リラは豪奢な離れの邸の中の

大地の色を基調とした控え目な部屋から出る。

背中の扉越しから、幼い少年が自分の専属執事であり、片腕ともいえるセト=ルビィナと会話をしている。

その内容も魔術をたしなむものならば常識的なものだった。


位持ち―――悪魔に階級を付けて実力を計る…といっても所詮人間が一方的に決めたため全てが当てはまるわけではない。

人間に対し危害を加える度合いが強い―――危険視されている―――悪魔が上位又は最上位などと呼ばれているのだ。

事実、苛烈なる悪魔シェリルルシエ・シェリーの位は中位だった。これは、比較的人間に友好的に接しているからだ。

無論、手白香(シェルスサーキス)として戦場にたったこともあった―――ある人間の国に味方をし敵国と戦ったのだ。

その時の戦禍はすさまじく、手白香(シェルスサーキス)と対峙した敵国の兵士は誰一人存在しなかった。

誰一人、存在することを赦されなかった。

味方につけた国もこれには慄いた。だから手白香(シェルスサーキス)は裏切りはしないが、悪魔なのだと危険視された。

利益をもたらし契約を違えない、故に中位という位に収まったにすぎなかった。


実力としては上位に匹敵する。ただ、その力を奮う事をしないだけで…生涯の友との約束故に。






爆ぜそうになる感情を鎮めるために、中庭に面する渡り廊下までツハイン=リラはやってきた。

風にあたって熱を冷まそうとしているのだ。

暫くは微動だにしなかったツハイン=リラだったが、背後から見知った気配を感じ振り返った。

ツハイン=リラが振り向くと同時に、虚ろで白く小さな影がゆらりと現れた。



「ツハイン。ちびとなにをはなしていたの?」


フィヨーダの落日(ははうえの死)を何故知ったのかを尋ねただけです。

 結局あの少年は何も知らぬ、存ぜぬを通していましたが、さて、実際はどうなのか…」



「そう…それはほんとうのことだ。ちびはなにも知らないと言った。

 かれも知らないと言った。知っているのはケルトだけ。ケルトから聞いただけだとも言っていた」



「…そうですか―――シェリルルシエ。彼とは何者なんですか?」




空っぽな声の持ち主、それがシェリルルシエだった。

虚ろで白く小さな影の主シェリルルシエは、出会って半日もしていない少年の事を語る。


ツハイン=リラの苛立ちが募る。





「かれ?……かれは蠢欲の悪魔オーセルダ・マーティスだ」



「――――?」




今、この悪魔は、何と言った?



名を聞いた。ただそれだけだった。聞いた名を理解できなかった。理解したくなかった。

驚愕から思考する事が出来ず、ツハイン=リラは声を出すことができなかった。



目の前のこの悪魔は、力と権力を渇望するわたしに、わたしの前で、今、何と言ったのだ?





神都(アーズカルド)がもっとも恐れた、ぼくの悪魔(どうほう)。すこしまえに神都(アーズカルド)からいなくなったと聞いていたけれど

 かれはいなくなったあの時から、ちびのそばにいたと言っていた…性格がちがうのも、ちびがいたからだ」



蠢欲の悪魔オーセルダ・マーティス



「ツハインは力をのぞむの?それならば、なおのことかれはやめておくべきだ。

 かれは人を糧としか見ない。れいがいはおそおらくちびくらいだ。それほどかれは変わっていた」


「…」


「ぼくらが変わることはまれだ。ぼくのしこうは人間よりだから変化がおおいけれど。

 ほんらいの悪魔(ぼくら)は、かいらくとこうきしん、えつらくとざんぎゃくのしこうをとくに強くもつんだ」


蠢欲の悪魔オーセルダ・マーティスは残虐的思考が突飛していると聞いています」



「そのとおりだ。ルビィナはけんめいなはんだんを下した。かれらの後をおうことをしなった。

 エヴァーゼンはかれの正体を知らない。だから尾行させてしまった。

 ブロワたちはもどってこない。かれがいる村にはちかづくべきではない。きょうふとぜつぼうしかないのに」


「何故、父上に助言しなかったのですか?」


「……エヴァーゼンはウソをついていると、かれが言った」


「信じるのですか?蠢欲の悪魔オーセルダ・マーティスを」


「エヴァーゼンはケルトのトモダチではなかった。

 周り(ほか)が言っていたからぼくもそうなのかと思っていたのだけれど…

 けれども…じっさいは違っていたんだ。ぼくはそれを見てしまった。かれの力でみてしまった」



虚ろで白く小さな影がさらに小さくなった。空っぽのような声にほんの少し、哀愁が交る。

ツハイン=リラと並ぶ虚ろで白く小さな影。

ぶかぶかの白いローブを目深くかぶっている為、シェリルルシエの表情は判らない。

けれど、その表情は感情を読み取らせないだけで、本当は何よりも後悔をしているのかもしれない。




「ウルト・エヴァーゼンはフィヨーダ(ははうえ)を利用した。それが事実だったんですね。

 母上を殺害したのも父上だった。それを見越してケルト殿は、わたしにお前をつけた。そうですね?」


「ケルトは、しんじていた。いまはどうなのかは知らないけれど。

 エヴァーゼンをしんじてフィヨーダをまかせた。まだ生まれていなかったきみの方をぼくにまかせた」


「それは、父上を信じていたとは言わないと思いますが?」


「…そうなの?」


「魔術師の権威が、こんな辺境に近い地方領主に追いやられたわけが何となく判りました。

 やはりこの国はケルト=エンゼリカとお前を恐れていたんですね…報復が恐ろしいなら始めからしなければいいものを」


「どうしてケルトがおそれられるの?」


「ケルト=エンゼリカの名を利用し外交政策を行っています。いまも、王都に居ると装ってね。

 お前がケルト殿を慕っていることは周知の事実でしょう?それにお前は単独で国を滅ぼすことができる、違いますか?」


「いみのないたたかはしない。守るもののないたたかいはむなしいだけだ」


「ケルト殿の名誉を守るために、ケルト殿の思想と理想と祈りも願いすらも穢した者を、お前は許せますか?」


「―――せんそうをしてはいけない。死ななくてもいい人が死んでしまうから。

 ぼくがせんじょうにでれば、はじまるのは一方てきなぎゃくさつだ。フィヨーダはそれをのぞまなかった」


「そうですか。では、別の方法で報復しましょう。血を流さないで復讐を果たしましょう。

 手始めに父上にはエベノス地方領主の座をの居ていただきましょうか。五年…いえ三年で中央へ行きましょう」





虚ろで白く小さな影は、自分よりも遥かに短い命を持った青年を見上げる。





「行きましょう、必ず―――欲望渦巻く都へ、断罪の刃を携えて真実と現実を示しましょう」





確固たる意志を持ち、ツハイン=リラは父親がいる本邸の方を睨みつける。

人間に対し寛容だった(・・・)悪魔は生涯の友との約束を胸に、青年の傍らに寄るのだった。




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