第二十三話
「あの子の子飼か…まったく、なかなかにどうして―――優秀な者を連れてきたようだな」
くぐもった声が聞こえたと思ったら、グニャリと壁が歪んでそこから人が出てきた!
オーマの言った通りだった。なんで分ったのかな?
「我が主!?」
「お褒めに預かり光栄です、ウルト様」
「お名前をお聞かせ願えるかな、リトル・レディ」
苦しくないのかなぁって思えるほど、服を重ね着してて、キラキラ光る石とかもいっぱいついてた。
あれって輝石かなぁ?
あんなにごてごていっぱいつけてる人が領主さまなんだ…おじいちゃんよりもおじいちゃんに見える。
そのせいなのかな?
オーマは女の子じゃなくて僕と同じ男の子なのに…領主さまって実は目が悪いみたい。
そう思ってたら領主さまはオーマに向かって手を出した。
なんだろう、何か欲しいのかな?
「…シェリー」
「!」
「?」
オーマ?
オーマは笑いながら、でも領主さまの手は空中で止まったままで、ちょっと顔がひくついてる。
二人を見比べて、でもどっちも動かなくて…
しばらくじっとしてたら、オーマの方がやれやれって首を振ったの。
「本当はね、大人しくしていようと思ったんだけど…気が変っちゃった」
「…気が変わったとは?」
「キミには『彼』を飼い馴らすほどの実力はないでしょう。
『彼』の行動原理は『暇つぶし』や『面白そうだから』なんてもっともらしいのが理由じゃない。
同胞からは異端者と呼ばれる事があるんだ。人間達には『彼』の行動がなんとなく理解できるだろうけど」
「っ―――」
同胞?異端者?
彼って誰のこと?さっき呼んでいたシェリーって人のことなの?
ぐるぐるする。何を言ってるのか分らないよ…
「本当に恐ろしい程優秀だ。是非とも私の推薦で王都の魔術学院へ通わないかね?」
「ねぇ、教えてあげたら?少なくとも知り合いなんでしょ?」
「ねぇねぇ。さっきから誰と話してるの?」
僕が思い切って聞いてみると、オーマはちょっと困った風に笑った。
そんな顔されても僕だって気になるよぉ。
「おチビちゃん。ゼロムからなんか言われてたよね。アレこの人に言ってくれない?」
「領主さま?でも僕たちひどい事されてないよ?」
「いいから、いいから」
「えーっと…『フィヨーダの落日』?」
「「「なっ!!?」」」
領主さまだけじゃなくて執事のおじさんとお部屋の真ん中にいたおじさんも驚いてた。
あれ…この人たちってゼロムの…ううん。ケルトさんの知り合いのなかな?
僕が首をかしげてるとオーマはクスクス笑ってた。
もぉ…僕ヘンなこと言ってないのに。
「かのじょが死んだ日―――どうしてきみが知っているの?」
真白なぶかぶかのローブをすっぽりとかぶった小さな子が領主さまの後ろから出てきた。
僕と同じ位の背かな?あ、でも、オーマに似てる気がする。
静かな声。
森がざわざわした時みたい―――怒ってるわけじゃないと思う。
でもなんだか…ぽっかり穴があいたような、そんな声。
「えっとね、教えてもらったの。きみもケルトさんのこと知ってるの?」
「「!!」」
ゼロムの友達のケルトさん。でももういない人。
そんなことを思ってたら、領主さまと僕とオーマを連れてきたしつじのおじさんがびっくりしてた。
「ケルト…ケルト=エンゼリカ―――?」
「う、うん。昔、王都にいたって言ってたから…」
「今はどこにいるの?」
「えーっと…」
ぽっかりと穴があいたような声で、僕と同じ位の背の子は問いかけてくる。
ケルトさんとは会えないけどゼロムと一緒にいる…でいいんだよね?
でもでも、ゼロムは魔術師の人と、あまり関わりたくないって言ってたし…
ケルトさんの思い出で、いい思い出が少なくて、ゼロムも魔術師の人好きじゃないって言ってたし…
「キミの質問に答えてもいいけど―――ただでは、ねぇ?」
「え?え?」
「どうして、きみがいるの?」
「ふふ。それはボクの勝手でしょ」
「あの、さ…その。ケルトさんとは多分もう会えないよ?」
「―――どうして?かれはぼくにウソをつかなかった。
かれはぼくと約束をした。だから―――かれは約束をやぶることをしない」
ゼロムがケルトさんから力をもらって、でもその時にケルトさんの全部をもらって…
だからゼロムの中にケルトさんが居て、それで会うことができなくて
―――こんな感じで言えばいいのかな?
「もういい!やめなさい!!」
「ゎ」
領主さまが大声を出す。
周りに居る子供たちもビクってなって、しつじのおじさんも怖がってて、僕はびっくりして声出しちゃった。
「ねぇシェリー?よぉく考えてごらん。
語り継がれる物語の主に、囚われてしまったら、いったい誰が助けてくれるというの?」
優しい声でオーマが言う。
僕が知っている優しいオーマの声とはすごく違ってて
でもやっぱり優しいはずの声で…初めて見た気がする、こんなオーマを。
「…語り継がれる―――物語の夜の一族
どうして…どうして?―――かれは、かれは人間で、かれは魔術師で、かれは…」
「その先を知りたいならボクと取引しようか。
出れるでしょう?あ、その間おチビちゃんに傷一つでもついたら…ねぇ?」
白くて小さな子はしばらくしてからゆっくり頷いた。
とてとてオーマの方に歩いてくる。でも僕の横に来た時にぴたりと止まったの。
「―――ケルトはぼくのことをキライと言ったの?」
「え?」
「会えないと言った。ケルトがぼくをキライになったから会えないと言ったの?」
「え、え?そ、そう言う意味じゃなくてね。ケルトさん、友達に力を全部あげちゃったから会えないって」
「ちからをぜんぶあげた?―――生命を?魔力を?記憶を?未来を?
ぼくにはくれなかったのに…きみの言うトモダチには身を捧げたの?ぜんぶ、わたしたの?」
「ぅ?ぇ?」
「ぼくには約束しかくれなかったのに―――ずるいよ」
「その、シェリーはケルトさんと同じ魔術師の人で仲が良かったの?」
「ぼくは魔術師じゃなくて、悪魔だよ。シェリルルシエ=シェリー=シェルスサーキス。
ほかのヒトからは手白香と呼ばれているし、同胞からは苛烈の悪魔と呼ばれている。
だからきみは、ぼくをシェルスサーキスと呼ぶんだ。シェリーは同胞が呼ぶんだ。
ぼくをシェリルルシエと呼んでいいのはケルトたちだけ。ケルトとツハインとフィヨーダだけだ」
「シェ、リル…ス?」
「ちがう。シェルスサーキスだ。きみは一度で言ったことをおぼえられないの?」
「え、あ、ご、ごめんね…」
僕って長い名前とか覚えずらくて…初めて会った人とかは特にそうみたい。
気を付けてるんだけど…うん。大人になるまでには頑張ってなおそう。
「ちょっとシェリー!ボクのおチビちゃんに酷いこと言わないでくれる?
バカな子ほど可愛いって名言をキミ知らないワケ?―――だったら信じらんないんだけど!」
「この子バカなんだ―――きみはしばらく会わないうちに性格がかわってしまったね。
すくなくともぼくらが出会ったころから考えると…ほかの同胞の失笑をかうほど変わっている」
「失礼な。もういいよ。ちょっとこっち来て!
ボクはね、キミと取引して、さっさと帰りたいの!!」
「魔術師の選定をしなくてはいけない」
「そんなの適当でいいよ!魔力持ってそうなカモ…じゃなかった、子を見繕えばいいでしょ!」
「じゃぁ…あのバカな子と」
「バカって言わない!」
「ちびと……………きみににらまれて怯えてるその子」
「おチビちゃんはボクと一緒に村に帰るからダメ。他のにして!
っていうか、キミとおチビちゃん背が変わらないじゃない。違和感ありすぎ」
「そんなことない。ぼくのほうが大きい…左から三番めの子。ほかはダメ。無能者。
エヴァーゼン。ぼくは同胞と話があるから席をはずす。そのちびは丁重に扱って。
でなければツハイン以外の安全は保証はしない。同胞はぼくらの中でも一等ぬきでている」
「な、それは、どういう…っシェルスサーキス?!」
うん…ほんと、オーマの愛情表現って分ってるの。
でもちょっと、もうちょっと違う時に言って欲しいとか思う時があるの。
領主さまが何か言う前に、二人はふらりと外に行っちゃた。
シェルス?の言ってた同胞って、オーマのことだよね。
同胞って仲間って意味だよね、確か…じゃぁオーマ同じアクマの人なのかな?
「行っちゃった…けっきょくフィヨーダの落日ってどういう意味だったんだろう?」
「「は?!」」
連れてこられた子供以外の人たちが僕を見てきた。
ちょっとこわいなとか思いつつ、でも僕だって言いたい事が一つあるんだ…
絶対にシェルスより僕の方が背がおっきいよ!