第二十話
ほんのりと、空が紫色から明るい色になってきてる。
まだ眠たいけど、馬車から見える景色は、僕がはじめて見るポリメシア以外の場所。
馬車道は石がキレイに埋まってて、固そうだったけど歩きやすいと思うなぁ。
僕がもぞもぞと外を見てるとオーマが毛布の中からひょっこりと顔をだした。
「はよ、おチビちゃん。ちょ…朝早くない?ああ、あんまり窓に近づかないでね。
術式が浮かんじゃう。それに執事のおじさんにボクが魔法使えるって知られたくないし」
「えへへ。おはようオーマ。うん、気を付けるね。
…ねぇオーマ。オーマは貴族の人がいる魔術師の学校に行きたい?」
馬車の車輪が壊れて、それをオーマが直してる時にしつじのおじさんが、どうして子供を集めてるのかをお話してくれた。
ほとんどゼロムと言ってることが同じだったけど、しつじのおじさんはとっても真剣な感じだった。
あと、魔術師の学校に行くと領主さまからお金がもらえるんだって。
このお金があれば不作の時期でも村一つ分生活するのに困らないって言ってた。
…お金ってさ、ちっちゃくて丸くて、金色だったり銀色だったりのアレかな?
ポリメシアってお金をあんまり使ってない気がするんだけどなぁ。
持ってるのっておじいちゃんとか、外に物を売りに行くおじさんたちだけな気がするし…
でもおじさんたちが持ってた袋の中身って茶色っぽいのと紫色のだけだったし…
お金ってよく分からないなぁ…
しつじのおじさんは他にもイイ事があるっていってたっけ。
魔術師の学校は王都にあって、運が良ければ貴族の人にめしかかえられるって言ってたなぁ。
めしかかえられるって、お仕事くれるって事らしいけど…
でもそれってお仕事貰ったら王都の方に住まなくちゃいけないのかな?
もしそうだったら、僕おじいちゃんとおばあちゃんのお手伝いだけでいいや。
ゼロムも貴族はイヤな人ばっかりでイイ人なんて少ないぞって言ってたし。
リセは昔お城に住んでて、でもお仕事が忙しくて遊べないから家出してきたって言ってたし。
エルオーネは都会は危ないからやめとけって言ってて、ヨルン兄さんは…うん。
「ショタコンモエー。キタコレー。ハァハァ。テラヤバス」とか呪文唱えた後、マジメな顔して
さっき言った呪文を唱えるヘンシツシャばっかいるからダメねって言ってた。
オーマだったら魔法使えるし、何でも知ってるから魔術師の学校に行っても平気だと思うんだけどなぁ。
ああ、でも離れて暮らすのはなぁ…うん。やっぱりイヤだな。
そんな僕の考えてたことがわかったのか、オーマがムスっとした顔でいってきた。
「行きたくないね」
「え、そうなの?」
オーマでもイヤがる場所なんだ。
王都って本当はすっごく危ない場所なのかな…?
「だっておじいちゃんやおばあちゃんと離れなくちゃいけないんだよ?
おチビちゃんは皆と離れるのイヤでしょ!ま、どうしても行きたいって言うなら
収穫が終わって物を売りに行く時に近くの町とかまで乗せてってもらおうよ。うん。それがいい」
「あ、そっか。じゃぁ魔術師の素質があっても僕ポリメシアにいる!」
「それがいいね。いざとなったらリセとかエルオーネに教えてもらいなよ」
「うん!―――オーマは教えてくれないの?」
「あのね…ボク―――魔法使うんだよね。魔術じゃなくて、ね」
「うん?」
「魔術って言うのは魔法とは違うんだよ。ねぇ、おチビちゃん。
ボクがおチビちゃんと同じ人間じゃないって言ったら、おチビちゃんはどうする―――?」
んん?
「実は、ボクはとっても悪くて怖いモノで、人間を食べちゃうんだ!」
んんん??
「酷い事も悪い事をいっぱいしたし、色んな人間を困らせてたんだ。楽しかったよ本当に」
んんんん???
「ボクはね、悪魔なんだよ」
えーっと…?
「―――なぁんてね」
「え、ウソなの?」
「どっちだと思う?」
どっちって言われてもなぁ…あ、今すごくオーマが困ってる。
眉をきゅってよせて、ズボン握ってる。
僕はオーマにひどい事も、悪い事もされたことないし。
おじいちゃんのお手伝いとか、おばあちゃんのお願いとかオーマは聞いてくれるし。
村の家とか直してくれるし。僕だけじゃなくてティコたちにも勉強教えてくれるし…
でも、オーマはウソとかついたりしないよ。
「わかんないなぁ」
「そ」
「オーマはウソ言わないし」
「は?」
「ひどい事も悪い事も僕はされてないし。いつも一緒に遊んでたし。
あ、ねぇねぇオーマ。アクマってジュードさんと同じ魔族のこと?
でも魔族って髪の毛が黒いヒトの事を言うんじゃなかったの、違うの?」
「あのね、おチビちゃん。あいつは魔族―――魔獣に分類されてるんだよ。
別に髪の毛が黒くない魔族だっているし。髪の黒い精霊とかもいるから…
ただ単に人間には黒って色が発現しにくいだけでね、ほら、セインも毛の色が黒いよね。
天狼族って魔族じゃなくて霊獣に近いからさ、ね?それと悪魔は別モノなんだよ」
「んん?」
「悪魔はね、人間の感情から生み出された思念体の事をいうんだ。んーと。
長い年月をかけて身体を創り上げ、思考を持ち魔力を増やし存在を確固たるものにする。
そしてね、悪魔と契約を交わした人間を魔法使い、または魔女と呼ぶの。
契約をすると体の一部に契約の印が刻まれ、その一生を契約した悪魔に捧げる。
魔法と魔術の違いはね、前者が自分とそれ以外の周りの魔力を使って術を発動させる。
後者は自分の魔力だけを使って術を発動させるもの。まぁ、例外はいくつかあるけどね…」
「今言ったのと、オーマに魔術を習うのと何が関係があるの?」
「ボクに魔術を習うってことは、魔法使いになってしまう可能性があるんだよ。
もしも万が一にも本当に運が悪い事に、おチビちゃんが魔法を覚えちゃったら
神都から指名手配されちゃうよ。ボクはそんなの嫌だしね。
っていうーか。おチビちゃんはさぁ、ボクが悪魔でも別になんとも思わないの?」
「うん?―――うん。僕とオーマが家族で友達なのは変わらないもの。
それによく分からないし。人間じゃななきゃいけないなんて決まってないでしょ?」
エルオーネは水守と有翼人のハーフで、ミルギスは風人の華人で
でも僕たちとほとんど変わってなくて、違う所はあるけど、全然気にならないし。
人間じゃなくちゃいけないって、誰が決めたの―――?
「あ」
「あ?」
「あはははははは!そうだね!そのとおりさ。決まってはいないよ!!」
「オーマぁ。大きな声出すとしつじのおじさんに聞こえちゃうよ!」
「ボクはそんなヘマなんてしないさ!ゼロムじゃあるまいし!!
あ、おチビちゃん。今言った事は内緒だよ。他の人に言ったらダメだよ。」
「うん。ないしょね。…エルオーネたちにも?」
「いや、エルオーネ達は知ってるからいいよ。でも村の人にはまだ内緒」
「!…そっか。うん。まだないしょね!」
"まだ"ないしょかぁ。うん。まだ、ないしょだけど、いつか話してくれるんだ!
そならいいよね?
「あーあ。ボクっていつの間にこんな丸くなったんだろう?」
「オーマの顔はふくふくしてて丸いと思うけど?」
「おチビちゃんはぷくぷくしてて丸いよね…全体的に」
「!?」
「まだ朝早いからもうひと眠りしようよ。どうせ帰りもここ通るんだからさ」
「う…うん」
オーマは毛布を広げて、僕はその横にもぞもぞと移動した。
領主さまの所に着くまでゆっくりと眠ろう。