第十九話
馬車にゆられて、ゆらゆらゆら。
僕とオーマは領主さまのとこまで、しつじのおじさんと一緒に馬車旅をする。
ティコとかルストーとか、村の皆は一緒に行けない。
テキセイがどうとか、よく分らなかったけどオーマと一緒なら安全だよね。
僕たちが馬車に揺られて五日がたった頃、ガッコン!って音がしたんだ。
そしたら馬車の車輪が緩くなって、外れかかってたんだ。
しつじのおじさんは困ったように、「領主様の処に着くのが遅れる」って言ってたの。
「手伝った方がいいのかな?」ってオーマに言ったら「やんなくていいでしょ」って言われちゃった。
でも、もうそろそろ日が暮れちゃうし…
ご飯の準備くらいしといた方がいいよねぇ…
「あ、あの!しつじおじさん!」
「―――どうした?」
「僕たちご飯作るよ!いつも保存食じゃ健康に悪いし。それにね…
馬車の修理できなかったらオーマが直してくれるから、おじさんはちょっとやすんだら?」
オーマが「あちゃー」とか言いながら頭を抱えてたけど、
しつじのおじさんが、ポカーンっておどろいてたけど、
やっぱり困ってるときは皆が皆協力し合わないとね!
◆ ◆ ◆ ◆
何だというのだ…!
何ということだっ!!
ありえない!ありえない!!ありえない!!!
いま、目の前で起こっていることが現実だというのかっ!!?
「おじさん?どうしたの、お腹痛くなったの?」
「あ、おチビちゃん。それまだ入れちゃダメだよ。コルトレの葉を先に入れないと!」
「えー。ゼロムはコルトレの葉をいつも後に入れてたよ?」
「あ~…コルトレの葉は香り付けの時は後に入れるけどね、野宿の時は別だよ。
野宿の時に食べられるスープってそこら辺の雑草とかが具になってんの。
ポリメシアは基本精霊がいるから早々普通に食べても問題ないんだけどね。
他の処じゃ毒素持ってるのがあるから、コルトレの葉を先に入れて毒素を中和させるのさ」
「え、毒草って道端にいっぱい生えてるの!?
僕てっきり森の奥とかに生えてるのだと思ってた!」
「うん。間違ってはいないけどね…あ、おチビちゃん。それ毒草だよ」
「!?」
「何…もしかしていつもつまみ食いしてたり?」
「えっと…風人を見に散歩行く時に…で、でも僕お腹壊さなかったよ?」
「水守のたまり場の水飲んでたでしょ」
「うん。湖のお水は美味しいよ。オーマだって、だからお水を引いてきて、噴水作ったんでしょ?」
「はぁ…ところで、執事のおじさんはいつまでその馬車の修理に時間をかけるつもり?」
「今日はここでお泊りするの?」
「ボクは早く行って用事を済ませたいんだけど。
あ、おチビちゃん。帰りはゆっくりと色んなものを見て帰ろうか?」
「本当!―――うわぁ楽しみだな!」
私の目の前にいるのは子供だ。十歳程度の子供が二人いる…
そう領主様に命じられたとおり、各農村の魔力を有する子供を連れていく途中だった。
子供たちをただ連れてくる簡単な任務―――というわけではない。
裏を返せば才能のある子供たちを発掘してくる重要なものなのだ。
私はある意味でこの任務を成功させることができるだろう。しかし―――
この子供たちはいったい何だというのか!
コルトレの葉だとっ―――それは秘薬の一種ではないか!!
我が主ですら入手するのが困難な物をどうしてたかが農民の子供が持っている!?
しかも少年がつまみ食いをしていると言う毒草、それはエベノス地方特有の猛毒を持つジルヴァーナだぞ?!
その猛毒を癒すために必要な薬草は秘境の中にしかない。
精霊がいる泉の精霊水を飲めば治る可能性もあるが、それは上位精霊が憩う場所と条件がつくんだぞ!
その上位精霊がいる泉を見つけるのもほぼ不可能だ!
下位精霊ならば運が良ければ見つけられないこともないが、猛毒草の毒を浄化できるなど…
ポリメシアにそんな聖域とも呼べる場所があるというのか?!
ありえない。
私はそんな気配を感じ取れなかった!
私の片目は特殊なものであり、妖精眼と呼ばれている。
精霊になる前の妖精などを見る事が出来る魔眼の一種だ。
私の眼は精霊を見る事も出来る、しかし見続ける事が出来ない。
あまりにも彼らの存在が強烈だからだ。故に、彼らを視ると眼を覆い激痛が走ってしまう。
存在を感じ取れても、それ以上は激痛が走り行動が起こせない。
そう、痛みがあれば私の近くに精霊が存在すると分かるのに、ポリメシアではそれがなかった。
この子供たちが嘘を付いている?
―――いや、そんなことは無意味だ。現に今も猛毒草を食べている。ありえない。
ポリメシアの奥地に上位精霊が住み着いている?
―――確かに空気は澄んでいたが、精霊の残滓など感じ取れなかった…
この子供は依り代たる素質を持っているのか?
―――それもなさそうだ。依り代たる素質を持っているなら体の一部に精霊の刻印が刻まれるはず。
それでは?
この子供たちは?
いったい何だというのだ、どうなっているのだ?
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!
「そういえば、しつじのおじさんって、片方の目だけ別の色だね。キレイな紫色!」
「ソレ妖精眼だよ。精霊になる前の妖精をみれるんだ。
裏を返せば、それ以外は感じ取れても視る事が出来ない。普通の目の方が幾分かマシなものだね」
「グラムサイト?へぇ…紫色の目の人は皆そうなの?」
「そう言うわけじゃないけど…妖精眼の見分け方は…大まかに二つかな。
一つ目はこの人みたいに、片方だけ妖精が気まぐれにその眼をくれるんだよ。
二つ目は、両目に妖精が自分の印を入れて渡したものがあるんだ。
前者は中途半端すぎて、あまり歓迎されるものじゃないけど…後者は希少価値高いよ」
「きしょーかち…えっと、珍しいんだよね?」
「そ。だって妖精から精霊に格上げした時、その妖精から印をもらってた人も力が上がるの。
妖精って何処にでもいるでしょ?長い年月をかけてゆっくりと精霊になる。
ごく稀に精霊になる手前で印を入れて渡すヤツがいるんだよね…ま、相当の物好きに限られるけど」
「ふ~ん。じゃぁしつじのおじさんって、妖精さんと友達なんだ!」
「このおじさんの場合は違うよ。悪戯で目を取り換えられたんだね。
ほら―――この人の目、茶色だけど、輪郭の部分が赤みが強くて輪っかの中に茶色が入ってるし」
「わぁ、わぁ!すごいっ!なんだか不思議な感じだね!!」
「まぁどうでもいいけど、ほら、おチビちゃん。スープがいい感じにできたよ」
「はーい。いただきまーす―――あつっ、ふー、ふー…おいひぃ」
「執事のおじさん。いつまで口開けてるの?一応保護者なんだからしっかりしてよね」
「あ、ああ…っ」
知識がある。ただの農民ではないのか!
貴族か?
ならばどこの貴族だ?追放された話など流れてきていないぞ。
では違う?
それにしてはこの少女の知識は辺境にある学院生よりもあるぞ。
「あ…ねぇねぇオーマ。このおじさんとヨルン兄さん、どっちが珍しいの?」
「それはやっぱりヨルンだね。加護持ちって滅多にいないから」
「へ~」
「ま、珍しさで言ったらポリメシアに居るボクらは伝説級だね」
「伝説級?」
「そ。にしても、今日はここで野宿かなぁ。領主様の所つくの遅れるね。どうでもいいけど。
それともボクが馬車を直して一晩中走りと押せば今日の分の遅れを取り戻せるだろうけど
執事のおじさんどうする?つくのが遅れたからってボクらが罰せられるなんて嫌だからね…」
「?」
「っ!?」
貴族に対しての常識を持っている…?
間違いない。この少女は貴族の在り方を理解している。
すべての貴族はそうではないが、貴族の傲慢さと理不尽さを知っているようだ。
加護持ちが身近にいたと言うならば、この少女の知識があるのは納得できる。
私は―――もしかしたら、とんでもない子供たちを見つけてしまったのかもしれない…