幕間~家族会議 3~
「ぷぁっ!」
びしっ
『や、やめてっ!』
「ぷきゃっぷきゃっ!」
ざしゅっ、ざしゅっ―――びったん!
びよ~ん。
『せ、せなかぁ、ぎゃーっ!?ひっ、耳引っぃっ!』
「ぷぁ~。ぷぇ、ぷきゃっ。きゃっきゃっ」
びったん、びったん。びっし!ばっし!!ざっしゅっ!!!
「「「…」」」
『た、たすけ、誰か、助けてっ…』
―――ぶっち
「ぷきゃ♪」
少女と見紛う姿のオーマは思い切りため息をついた。
椅子に深く腰掛け、背もたれにだらりともたれかかる。
ズボンに隠れるほっそりとした足は、これもまただらりと投げやりにのばされていた。
「はぁ…これから『第六回、拾われてきちゃったヤツ(仮)』についての会議を始め…るのぉ?」
気だるげに腕を上げ、クイっと指を手前に動かす。
オーマの傍に、テーブルに置かれていたクッキーの乗った皿が音もなく移動した。
ぽりぽりぽり。むぐむぐ。ごっくん。
そばに置いた大剣を軽く撫ぜ、水守の加護を持つ異世界の青年―――霧間夜はため息をついた。
今まで希望に満ち夢見た世界を完全に裏切られたような、そんな表情をして、だ。
「俺さ―――二次元で獣耳とかしっぽとか愛でた記憶はあるんだよ。
獣化はありだ。半人半獣とか獣人とか聞いたら普通は、キター!って言うだろう?!
っていうか、アレは愛でるものだろ!?美女や美少女だから許されるのであってっ!
でもこれはっ…こんなのって、こんなのってないぜっ、なんで初めて見たのがっ野郎なんだっ?!」
心からの叫びに連動して、だんっと思い切りテーブルに八つ当たりをする。
こちらではヨルンと呼ばれる彼の心情は少しでも厳しい現実からの逃避だった。
癒されたかった。だからこそ眉間のしわをぐりぐりとほぐし隣に座る人物を見た。
青銀の髪に同色の翼、有翼人と水守の混血児であるエルオーネがカップに口付けながら呟く。
ヨルンの期待を籠めた視線などキレイさっぱり無視してだ。
「ニジゲン?が何だか知らないが、見た目はただの犬っぽいし…しかし―――
きゃんきゃんと吠えられても、何と言っているのかは俺達にはさっぱり分らないし、うるさい」
肩をすくめ、オーマの目の前に置かれた皿を自分の方に引きよせ一つまみする。
伝説の一族のはずのゼロムは、つまらなさそうに否、疲労をたっぷりと滲ませた
ため息をつき、自分の膝に頬杖をつきながら日が沈み始めた窓の外を遠く眺めた。
「もういっその事、こ奴は犬のままでいいではないか。
考えるのがめんどくさい。大体にして、リセが仕置きしてコレに落ち着いたのだろう?」
因みに、ゼロムの今の格好は床に胡坐をかき、足の間に華人のミルギスを乗っけている状態だ。
ミルギスの意思をそのまま表す、ゆらゆら揺れる(濃厚な密度で風の魔力を宿す)布は若干薄紅色になっている。
そしてミルギスの目の前にはコレと称された黒い犬ならぬ、黒い狼がプルプルと震えながら縮こまっていた。
何気に黒い毛皮の間から幾筋も赤い色が見えるが、誰もそれを口に出さない。
唯一、ゼロムだけは、ミルギスも手加減ができるようになったのかとしみじみと思ったと同時に
どうして自分の時には頸動脈を寸分違わず狙ってくるのか、調子のいい時など心臓を一突きではないか…と哀愁を漂わせている。
「―――そうだね。おチビちゃんの拾い癖とか色々と諦めた方がいいかも…
それにさ、ミルギスのオモチャとしてはコレなかなかいいんじゃない?
普通ありえないよ。皇位精霊の傍に天敵がいるなんてさ…
しかも力の制御をこの頃からできるって、次代の風の精霊王にでもなれるんじゃない?」
オーマは諦めたように、いや、実際は投げやりにゼロムに答えた。
だらしなくテーブルに肘を付き、ぽりぽりとクッキーを咀嚼する。
勿論、エルオーネの前に置かれた皿を無言で奪い取って、乗っていたクッキーをがっつりと。
美少女と見紛い憂いを帯びる表情を浮かべているのにも拘らず、上品とはかけ離れた姿だ。
だがやはり誰もそんなオーマの姿に突っ込みを入れない。
『待てよ!一生このままかよっ?!』
きゃんきゃんと吠える黒い狼を無視し、元魔王のリセは額に手をやり、だるそうに頭をふる。
リセの失態はポリメシアにきて二度目だ。一度目は彼らが溺愛する少年を泣かせてしまった事。
今回は少年を傷つけてはいないが、少年の傍らに国家指名手配犯の盗賊を置く状況を作ってしまった事だ。
無論、少年に床で縮こまっている黒い狼が『漆黒の爪牙』と呼ばれた盗賊ジュードであるとは告げていない。
リセは溺愛する少年に「盗賊には罪を償わせるだけだから心配いらぬ」と言っていた。
「まさかちびに見つかるとは思わなんだ。終いにはコレの毛並みが気に入ったらしい、非常に不本意だが」
「ホントっ、不愉快だけどね。ねぇリセ。裏の山で何する気だったの?」
「うむ、不本意極まりないが。今回はちびが狙われたのではなくエルオーネだったのだろう」
「本気で苛立たしいよな。そう有翼人が狙われた。しかも以前も追いかけられた事のある連中だった」
「んー?だけど盗賊君はハニーとちみっこを間違えてたぜ。
―――あ、もしかしてハニーを以前狙って追ってきたのって依頼主の方か?」
「うむ。ウラド市の商人らしい。その場で八つ裂きにしようと思ったがヤツの傍に…」
「そう言えば、なんぞおったなぁ。あれは何だ?
魔族っぽいが「ぷぁ!」ちょっ、ミルギス「ぷぅ!」イタッ…他のも交じっていたぞ」
「ヤツのコレクションの合成生物だろう。変態な趣味の持ち主だ。
まさかあの子を探している途中で鉢合わせになるとは思わなかったぜ。
ゼロムとリセが来なかったら俺もやばいことになってたな。二人とも助かったよ。ありがとう」
「うむ。非常に気色悪いナマモノがいて見るに堪えず、逃がしてしまったので名誉挽回しようと思うてな。
まぁその商人がウラド市で幅を利かせているらしいから、コレを使ってダメージでも与えようと…
魔獣本来の姿のままウラドで暴れさせる予定がちびに見つかってしまい…ちっ。レウの子倅の癖に使えん!」
『ぎゃーっす?!やっぱし親父のこと知っていらした!!ちょっ、痛っ!』
「ぷきゃっぷきゃっ」
「裏の山で魔獣の力を覚醒させる、ねぇ…やっぱりリセってバカだね。
あそこはおチビちゃんの遊び場でしょ?おじいちゃんやおばあちゃんは入らなくても
おチビちゃんは大体あの場所にいるんだから、ホント何してくれてんの。内臓だけ亜空間に捨てるよ」
「うっ…」
オーマの静かな怒りにリセは椅子に座ったまま後じさる。
「まー。なにはともあれ、ちみっこのペットとしてコレ置くんだろう?
しゃーねーって諦めて、コレの名前でもつけて遊んでやればいいじゃねーの。
つかそろそろ、じい様とばあ様がちみっこと一緒に戻ってくんだろー?部屋片付けねーと」
オーマとリセの緊迫した空気にヨルンがあっさり割って入る。
そして赤く汚れた床と赤黒く肉の抉れているゼロムを指差し、いいのか?と皆に聞く。
「…―――はぁ。もう!ほんっっとに仕様がないねぇ」
「あーうーあーあーあー…」
「リセ。幼児退行は部屋片付けて、自分の部屋に戻ってかららにいろよ」
「ぷぁ!」
「なんかもう、儂の身の安否はスルーするんかい。うぅ、優しさが欲しい…」
「ゼロムー。今夜酒一緒に飲んでやるから落ち込むなよ、な?」
こうしてぐだぐだにポリメシアの村に新たな住人が加わったのだった。