第十七話
「お、ちみっこ。あそこにいるのゼロムっぽくねーか?」
「あ、本当だ!!ゼロムー!!」
金色の頭がひょこひょこ揺れながら近づいてくる。
あれ、ゼロムが片手で持ち上げてるのって…
「ゼロム…何で、え、え?あれ…エル」
「ゼロム、何でお前が俺のハニーを抱き寄せてるんだ?」
僕がエルオーネの名前を言い終わる前に、ヨルン兄さんはずずいとゼロムの前に出た。
あれ?
ヨルン兄さんがいつの間にか背中にあった大きな剣を鞘から出してる…
ジュードさんがなんかフルフルしてるし…ヨルン兄さんはブツブツ何か言ってるし
僕はヨルン兄さんの背中しか見えないから分らないけど
ゼロムの顔がだんだん青くなっていく。
「待てヨルン。儂の話を聞け。魔力を高めるな!剣を抜くな!!詠唱をやめんかっ!!!」
ゼロムが片手をわたわた振りながらヨルン兄さんをなだめてる。
それから今気づいたみたいで、地面に転がされたジュードさんをじぃ〜と見た。
エルオーネはゼロムに抱っこされたまま。寝ちゃってるのかな?
全然動かないの。でも土埃が付いてるだけで大きな怪我はしてないのかな?
「HAHAHAHA!俺ってけっこー独占欲強いんだよなー。
何でハニーがお前に抱かれてんの?ってかなんでこんなボロボロ?」
「一戦やらかしたらしいぞ―――で、そっちの黒いのはなんだ?」
「あー。なんか盗賊だってよ。ちみっこ狙ってたみたい」
僕がエルオーネを見てたらヨルン兄さんが事情をゼロムに話した。
でもちょっと言ってることがヘン。僕、さっきうまく説明できてなかったのかも…
「ちがうよ。エルオーネと僕を間違えたんだよ、ヨルン兄さん」
「「は?」」
「だってジュードさんが言ってたよ。僕は有翼人なんだろ〜って」
「つまり…てめーは俺のエルオーネを狙ってここまで来たと?」
「ヨルン落ち着け。だから構えるなっ!!!」
ゼロムがエルオーネを抱えたままヨルン兄さんの大きな剣を受け止める。
なんだかジュウジュウ音が鳴ってお肉が焼ける匂いがしてるけど…
「!」
「あー、ゼロム。俺がただこの剣を振り下ろすだけなワケないだろー。
水の加護持ちだからって、それ以外を使えないと思うなよー。だてにRPGはしてねーし」
「あーるぴー?ま、それより、お前だけはオーマとリセの用にならんと思っとったのに!
どこでこんな捻くれ、痛っ!ちょ、マジでしゃれになっとらんぞヨルン!儂の掌が焼け落ちるっ!!?」
「うわー。ゼロムってけっこー丈夫だな!この技で西の一角族の角叩き折れたのに」
「おまっ!?真面目にそろそろ骨が軋み出しとるんだ!!
何故一角族に喧嘩売るまねしたかとか聞かんから!マジで退けっ!!!」
ギャーギャー騒ぐゼロムとヨルン兄さん。
二人の間にいてもぴくりとも動かないエルオーネがちょっと心配だな…
カルローンおじさんと何かあったのかな?
ううん。でもなぁ…よくわかんないなぁ。
「な、なぁ、少年よ…」
「あ、ジュードさん。芋虫のままじゃつらいでしょ、大丈夫?」
「えっと、そう思うならって、いや別にいいです。じゃなくて!
竜殺しの騎士と話してる奴って、岩の大樹切り倒した―――?」
「うん!」
「まさか、でもあれは魔族じゃない。もっと、恐ろしい…あ、あれが、伝説なのか」
「うぅん?」
「一角族の最大の特徴の角を叩き折るとか、やべぇよあの竜殺しの騎士」
「えぇと?」
「蛮族とか戦闘民族とか色々逸話あるってのに、まじで怖ぇ、なにアイツ!?
しかも有翼人と恋人?!あのめっぽう他種族に排他的な一族なのに!?オレ様マジヤベェ!」
「あのね、」
「これで焦獄の火蛇とか出てきたらマジで死ねる!」
「ねぇ、いぜるどがるって何?」
「魔王だよ!魔王リーセンハイドラの二つ名だっ!
あぁっ!何でオレ様ってばあんな強欲ジジィの依頼受けちまったんだよぉ」
「???―――魔王って人の前には出てこないヒトなのに、何で怖がってるの?」
「だって、おまっ…」
ジュードさんは魔族とのハーフって言ってたのに知らないのかな?
僕もエルオーネたちに教えてもらうまで知らなかったんだから、馬鹿にするわけじゃないけど。
でもね、ここはちゃんと教えてあげるべきだよね!
「いつまで、そこでじゃれ合っているつもりだ、ヨルン、ゼロム―――」
「「あ、リセ」」
「!!?」
「リセだー。あれ、そのお肉どうしたの?」
僕がジュードさんに魔王はめったに人の前には出てこないって教えようとしたら、リセがスタスタ歩いてきた。
うん。なんかね、牛一頭くらいの大きさのお肉を肩に抱えて…
ただのお肉じゃないのかも。だって血の臭いがしないし。
多分干し肉なのかな…あんなに大きいお肉でどうやって作ったんだろう?魔術?
「うむ、チビか。先程あちらの方で調達してきたのだ。夕餉を期待しておけ。ゼロム貴様に任せるぞ」
「儂が作るんかい!?」
あ、ゼロムが真っ黒な手をぶんぶん振ってる。
もー。エルオーネ抱っこしてるのに泥に触っちゃうなんてダメだなぁゼロムは。
「この我に調理場に立てと申すのか?抉り焦がすぞ―――」
「わ、儂って、いったい…」
うん!やっぱりゼロムはヒエラルキーが一番下なんだね。
しょんぼり肩を落としてるけど、今夜はヨルン兄さんがいるし、お酒もいっぱいだしてあげよう。
それから僕はゼロムの背中をポンポン叩いて、お家に帰ろうっていったんだ。
ヨルン兄さんはエルオーネをゼロムからやさしく抱きとって背負ったの。
リセはしばらくゼロムの方を見てたけど、ヨルン兄さんのほうに行っちゃった。
◆ ◆ ◆
「うーん。ゼロムは相変わらずだなー。あ、リセ。こいつの処理よろしく」
「ほぉ。未だ彷徨っているのか稀人」
「おー。帰り方見つかんねーし。エルオーネ愛してるし」
「して、ソレはなんだ?」
「ちみっこ誘拐した犯人」
「嬲り殺せばよかろう。オーマも呼んでやるか」
「っ!!?!?!?!?」
「あ、俺も混ぜてな。ハニーのことも狙ってたし」
「そうか」
そう呟くと、焦獄の火蛇の二つ名を持つ元魔王はうっそりと嗤った。
水の加護を持ち大剣を携える異世界の青年は、くつくつと喉を鳴らした。
「あ…ははは…は…オレ様マジで死ぬかも―――」
漆黒の半人半獣はほろりと零した。いろいろ。




