番外編 焦獄の火蛇
我が名はリーセンハイドラ。
魔族の王―――焦獄の火蛇と恐れられる魔王の一人だ。
いや、魔王の一人だった。
何故過去形で語っているかだと?
フン。当の昔に魔王業なんぞ溝に捨ててきたわ!
嘗ては我も魔王である事を誇っていた。
我ら魔族は数百種にも及ぶ一族が栄えている。そんな中、その一族を統括するのが魔王だ。
魔王とは人間のように世襲制ではない。強く秀でし者が下々を支配し統括する。
魔獣・魔人・妖魔等は皆、我の下僕であったのだ。
しかしだ…我の所業故か、ここ数百年で支配する種族がぐっと増えてしまった。
人間共も戦を仕掛けては来るが、まったく我の相手にならん。
これは我だけに言える事ではないが、他の魔王たちもやる気がそがれておる。
人間共に殺して欲しい下僕もいる事にはいるのだが、逆に人間が殺されているし…
昔は夜の一族と魔族は争っていたらしいが、我が生まれて600年はまったく姿を見ない。
たしか森の彼方の国に、否、彼奴らは己の国を黄昏の都と呼んでおったか―――
兎も角、滅んだのかはたまた自国に引き篭もっておるのか、暇潰しの相手がおらぬ。
悪魔も我ら魔族と似ている。
ただ彼奴らは我らと違い、人間共しか糧にできぬ事か…人間が居なければ存在できぬ
なんとも不安定な生き物共よ―――そんな悪魔共も最近はなりを潜めている。
なんでも四方に君臨する聖魔の一人が入れ替わったとか、どうとか…
そう、我の余暇は下々の管理に全て費やされていったのだ…
下々の声を聞き、要望をかなえ、行動を起こす。それの繰り返しだ。
はっきり行って単純。そして一定で、我でなくとも誰にでも出来てしまう。
戦争もなくいたって平和だ。平和なのはいい。
しかしだ!!
下々が平和でのんびりしているにも関らず、何故に我だけが雑務に追われねばならぬ?!
他の魔王たちとて悠々自適に人間の国へ旅したり、精霊の祭りに参加したり
ドラゴンを捕獲してペットにしたり…その他もろもろやっているのにっ!
何故、我だけ、城から一歩も出られんのだぁぁぁぁ!!!?
喧嘩か、喧嘩を我に売っているのだな?
この焦獄の火蛇であるリーセンハイドラに宣戦布告しているのだな!?
憤りを感ぜずにはいられん!!我も外へ行くぞ!
そう思いいざ扉を開けようとしたら、何故か下僕どもが書簡を持ってまいった。
しかも明かに、我が統括し支配している一族以外の者まで居る。
「魔王様、判子をお願い致しまする」
「「「焦獄の火蛇様!此方の書簡もお願い致します!!!」」」
なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!?
待て待て、待てっ!!
「何故、貴様らが、我の元に、集うておるのだ?」
「「「魔王様が焦獄の火蛇様ならば城にいらっしゃるから、と」」」
「おい、此処最近、我の領域に出入りしている管轄外の下々とは貴様らか…?」
「「「はい。我が魔王様より許可を頂いております!!!」」」
まさか、なんぞ最近書類業務が増えていると思えば、原因はコレか?
我の管轄外、統括しなくてもよい一族の分も、我は雑務をこなしていたと…
寝る間も惜しんで、外に行く事も出来ず、仕方無しと括っていた我に対して
彼奴らめっ、あろう事か己らの仕事を我に回していたのかっ?!!
「おい、貴様らの主の名は?」
「苛烈なる氷華様でございます。焦獄の火蛇様」
「暴欲の無彩色様です。焦獄の火蛇様」
「混沌の砕片様であります。焦獄の火蛇様」
我よりも歳下の奴等ではないかぁぁぁぁ!!!!
「あの、焦獄の火蛇さま…」
「く、今度は誰の管轄の一族だ?!!」
「ひっ!?あ、あの、暁の闇様より―――」
プチっ―――
「頂に君臨せし闇の…あの暁の闇殿まで…」
あれ、何だか目がしょぼしょぼしてきたぞ。
心なしかしょっぱい感じがする。
そういえばこの部屋の掃除って、どれ位前にしたか覚えておらぬな…
「「「「あ、あの焦獄の火蛇様?」」」」
「魔王なんてやめてやるっっっっ!!!!」
皆して、皆してっ!好き勝手に遊びくさってからにっ!!
「うわぁぁぁん!貴様らなんか大っっっ嫌いだぁぁぁぁっ!!!!」
もう誰も信じない。
だって、我に全部押し付けてのうのうと生きてるんだもん。
ううっ。
我っていったい何なんだ?
◆ ◆ ◆
「ううっ。我は、われは―――ぐすんっ」
気が付けば見知らぬ森の湖のほとりに来ていた。
城を破壊した後、どうやって此処まで来たかは覚えてはおらん。
フン。あんな城なんぞ木っ端微塵に吹っ飛ばして清々しておるわ。
…ちょっと前まで収集していた絵画はもったいなかったかも知れぬが
いや、もう良いのだ。次は一から、誰にも邪魔されずに集めなおそう。
「うううっ。ぐずぐずっ。疲れたぞ。もう―――う、うぇぇぇん」
ダメだ。何かもう色々とぐちゃぐちゃしていて、だめだ。
「どうして泣いてるの?みちに迷ったの?」
「む?」
「僕のおうちに来る?おばあちゃんが野いちごのパイを焼いてくれてるよ!」
「人間のガキが、我に構うな!」
「…う、うぇぇぇん」
「なっ、何故に泣く?!!泣きたいのは我だ!!いや、実際は今まで泣いていたがな!」
「う?」
そうだ。もう我は後戻りなどできぬ。魔族を統括する魔王を更に統括している
頂に君臨せし闇である、あの暁の闇殿の部下を城ごと吹っ飛ばしたのだ。
見つかったら殺されるのが落ち、良くても無元の牢に繋がれるだろう。
「我は、われは…う、う〜…もう帰れない…つか、帰らんぞ」
「…ねぇ、僕のおうち来る?」
何を、この人間は言っておるのだ?
「僕ね、お友達がオーマしかいないの。だから僕のお友達になって?」
「は?―――トモダチ?」
魔王をしていた我と、この人間がトモダチになる?
「独りぼっちはさびしいからね。家族はいっぱいのがうれしいよ」
我を恐れず、その小さき手を差し出した人間は、何も聞くことなく我を導いた。
漆黒の髪を厭わず、赤銅色の蛇眼を美しいと褒め、たわいのない話をする。
力弱き手はまさに人間だ、しかし温かくもある。
我が今まで居た場所では感じられなかった温かさだ。
暖かな日差しの中、小さな手に引かれ導かれた先に居たのは―――
「おかえりおチビちゃ―――そいつ今すぐ捨ててきなさい」
「オーマ?だめだよ。僕のお友達だよ。家族だよ」
「ダメダメ。捨ててこれないならボクが始末つけるよ」
「オーマぁ」
「そんな声出してもダメ!」
小さな子供に感化された悪魔だった。
「漆黒の髪に赤銅色の蛇眼、肌も蛇肌…焦獄の火蛇だな?」
「…いかにも。我はリーセ―――」
「え、リセって言うの?オーマの知り合いだったんだ!」
「「!?」」
「わーい。これで安心だね!おじいちゃん達に言ってくるね」
小さな人間はとことこと走っていってしまった。
「相変わらずおチビちゃんは名前も聞かずに拾ってきて…
何で焦獄の火蛇と呼ばれる魔王が辺境の村に居るのさ?」
「…魔王業はついさっき止めてきたのだ」
「は?なにそれ、何の冗談」
「頂に君臨せし闇に、否、その他の魔王の所業に耐えられなくなってな…」
「魔族って身内には情が深いって聞いてたんだけど?」
「フッ。彼奴らは己が第一だ。他の者の事情など垣間見ん自己主張の激しい鬼畜どもだ!!」
「色々あるんだね。って言うか世間狭すぎ悪魔と、魔王が同じ場所に居るなんて…」
「ああ。そういう汝も今は忙しいのではないのか?
四方に君臨していた聖魔が入れ替わったと噂されているぞ」
「あー。それ結構微妙らしいよ。でもボクには関係ないし。
知ってた?聖魔って悪魔とは全然別の存在なんだよ。
ま、これを魔王に言ったって仕様が無いけど。あの子に手を出さないならココにいていいよ」
微妙な雰囲気ではあたが、どうやら認められたようだった。
そして、説得の際にはオーマも加わり、我がココにいてもよいと許可が完全におりた。
城に居た時では考えられぬ程のんびりとした生活で、我にとってはこの上ない至福の時だった。
ああ、家出してきてよかった―――