第十一話
それから暫くしても、魔術師のイースと名乗った人は僕達の家に居続けている。
オーマとずっと喋ってる。でもオーマは早く終らせたいみたい。
ゼロムのほうは全然喋ってない。オーマにまかせっきり。
「ねぇ、エルオーネ。正規の魔術師ってどういう意味なの?」
ミルギスはお腹がいっぱいになって、エルオーネの腕の中でぐっすり寝ている。
僕とエルオーネは壁に耳をつけたまま会話した。
「正規の魔術師―――多分、魔術師の学び舎を卒業した者の事だろう。
ほら、ヨルンが傭兵の証を持っていただろう?あれと似たようなものだと思うが」
「ヨルン兄さんが持ってた…傭兵になるのも魔術師になるのも許可が要るなんて、大変だね」
「ああ。最低限のラインを作っておかないと、調和が乱れるからじゃないか?
魔術を扱えるものと、そうでない者の差は大きい。国はそれを管理したいんだろう。
まぁ学び舎と言っても、実際は金持ちか余程の才能の持ち主でなければ入る事はできない」
「へぇ、お金持ちって貴族とか?」
「そうだな。まぁ気にするほどの事じゃないさ。魔術が習いたければ俺が居るし―――
魔獣召喚や魔王の技を学びたければ、リセに聞くといい。知識を広げたければオーマだな」
「えぇ?エルオーネも魔術を使えるの?!」
「水守のハーフだからな。ま、水に関することが専らだけど」
「へぇ〜。でも何でリセが魔王の技なの?そもそも魔王の技って何?」
「それは…魔王の称号、つまりは二つ名を借りて魔術を行なう事を言うんだ。
あー、極端に言うと頂に君臨せし闇の名を使えば、大抵の高位魔族は従える事ができる。
でもそれはとても高いリスクがかかるから、まったく使用される事はないけれどね…
リセがそういった事に詳しいのは、昔に色々あったんだよきっと。
―――リセは努力家で、色々な事を昔から良く知っているんだ。長く生きているから…かな」
「ロード・コーシェクって魔王で一番偉くて怖いんでしょ?
殆ど姿を現したことのない魔王でしょ?すごいね!今度リセに教えてもらおうっと」
「だから、危険だから誰も使わないって…」
すごいなぁ、リセは。
確か魔王って歴史の中でも殆ど出てこない存在で、姿も殆ど判らないんだっけ?
リセは昔、お城に住んでいたって言ってたから、きっとその時に魔王の事を勉強したんだね。
本当にリセはなんでも頑張る頑張り屋さんだね!
にしても、あの魔術師の人まだいるし…いったいどうしてここに来たんだろう?
…もしかして
「リセが魔王の技を使えるって知ってたから会いたいのかな?」
「違うな。大方川を塞き止められる技量を持つリセの出身が気になったんだろう。
特に貴族出身の魔術師は、自分よりも才能のある市民出身の魔術師を嫌うと聞いたし…」
「何それ…別にリセ悪い事してないのに」
「まあな…って、どこに行くんだ?」
「僕、リセを呼んでくるよ。会えばすぐにあの魔術師の人いなくなると思うし」
「は?ちょっと待っ」
「いってきまーす」
僕は反対の扉、つまりは裏口から外へと出て行った。
エルオーネが何か言ったみたいだけど、ミルギスを抱っこしてるから追ってはこない。
ほら、動くとミルギスが起きちゃうしね。ミルギスの寝起きは悪いんだ。
ぷぇぷぇぐすんってすぐにぐずるから。
ああ、何だか嫌だなぁ。
ゼロムは魔術師の人を見ると辛そうな顔をするし。
オーマもニコニコしてるけど、本当には笑ってないし。
早くリセに会わせて、さっさとこの村から出て行ってもらおう。
魔術師の人さえいなくなれば、みんないつも通りに元に戻るよね!
「え〜と、リセがツラッティ退治に行った方は…」
ガサガサ
「え?」
なんか草の間に黒っぽいものが―――
「う、うわぁぁぁぁっぁ!!!?」
キシャァァァァ
ガツン!!
僕はとっさに後ろに飛びのいた。
目の前にはネズミが、多分、これがツラッティだ。
飛び込んできた勢いが、すごく強かったみたいで地面に大きな穴が開いた。
何これ…ぶつかったら僕のお腹に穴開いちゃうよ?!
異常繁殖した異様に大きなネズミ…毛皮?
違うよこれ、針っぽいよ…触ったらちくちくじゃすまないよこれ!
「な、何で、こんな」
え、え、え?
リセとおじいちゃん達が退治しにいったんじゃなの?
何でこんな村の近くにいるの、どうして口の周りだけ真っ赤なの!?
ふと僕の頭にゼクセンさんの言葉がよぎった。
『皮膚が硬化してて普通の武器じゃ歯が立たないとよ』
そういえば、オーマも言ってたよね…
『製作者の魔術師以上の力の持ち主じゃなきゃ殺せない』って
魔術なんて僕使えないよ!
使えてもこんな、凶暴なヤツに勝てる気がしない…
「どうしよ、逃げなきゃ…」
来た道を走って戻るつもりでいた。でもその前にもう一匹飛び込んできた。
か、囲まれちゃった…
どうしよう、どうしようっ
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
「ふ、ふゎ…」
目の前がかすんでくる。泣いてる場合じゃないのにっ!
どうしよう…
連レテ行カレル
―――誰が?
ホラ、振リ下ロサレル銀色
―――あの銀色は何?
泣ク声ハカ細イ
―――何これは?
手ヲ伸バシタ人ハ遠イ
抱エテクレタ人ハ熱ヲ失ッテイク
―――どうして、真っ赤になってるの…
「ぅ―――うわぁぁぁぁっぁ」
訳が判らずに僕は叫ぶ。
こんな事は自殺行為なのに、それでも叫ばずにはいられない。
だって、何、何なのこれ…
僕はこんな場面を知らない。
僕はこんな真っ赤な地面なんて知らない。
泣いている人が誰なのかも、動かなくなった人が誰なのかなんて―――僕は知らない。
【―――】
「ひっ?!」
幾つもの重なった音が僕の耳に聞こえてきた。
背中がビクリと震える。だて、何だか、怖いよ―――
そしたら、僕に今まで唸っていたツラッティ2匹は大人しく木の下で丸くなる。
な、何?今度は何が起こるの?!
すると、僕の傍に影が落ちた。
「ちび。怯えるな。それらはお前に害を与えぬ」
「リ、セ…リセっ!」
僕は必死に手を伸ばした。
リセはぼくのその手を取ってくれた。そして優しく抱っこしてくれる。
温かいのに、まだ恐怖はなくならない。
「驚かせてしまったな。この地に住む魔族は絶対にお前を傷つける事はさせぬ」
【我、リーセンハイドラは此処に誓おう―――我が眷属はそなたを傷つけぬ。何があとろうとな】
「ひっく、う、うぇ、リセぇ。ひっく、ひっぅ…怖かったぉ」
また幾つもの重なった音がリセから聞こえた。
僕は思い切り泣いた。
リセに抱っこしてもらってからも、ずっと泣いた。
リセは何も言わずに僕の背中を撫でてくれる。
それが心地よくて、つらつらとしてしまったのは仕方ないよね…
「…あれを服従させたのは良いが、まさか此処までこの子が怖がるとは思わなんだ。
さて、これからどうしたものか―――致し方ない。処分して別のを連れてきて代用するか…」