【7】黒き眷属
片手剣を力無く構えるその若者は、安価で調達した装備でありながら、その瞳に”狂気”の色を宿す。
初めて魔物を見た、斬った、殺した。それらが齎す精神状態は不安定であり、不確定である。
若者は剣を振り上げ、女子高生を見据える。切先が天井を指す。剣は語る。斬ります、と。
尻餅を着いたまま、頬を伝う一筋の汗。
女子高生は思う…────。
「さようなら、魔物さん」
───…助けて、と。
そして、容赦なく振り下ろされた剣。
「────…っ」
その刃が触れたもの。それは女子高生のか細い腕では無く、それよりも細い、黒い骨。
岩肌から上半身を出す一体の”黒い骸骨”は、表情無く、片腕で剣を防いでいる。
「女子高生聞こえるか。説明しろ」
通信魔法を展開し、説明を求めるエル。
闇魔法か、黒魔法か。はたまた召喚魔法なのか。いずれにせよ、その”黒い骸骨”は無詠唱で現れた。魔力の臭いも無く、動作も無く。
「───…”黒き眷属”」
目を丸くし、女子高生はそう零した。
「妾に仕えし不死の軍団。それが、何故」
「おい、聞こえてるか。説明をしろ」
「いや、まさか」
まるで声など届かず、女子高生はそれを思う。それとは、黒き眷属による反撃。
刹那、岩肌から全身を現した黒い骸骨が剣を押し退け、乱暴に、不恰好な前蹴りを剣士の腹部に沈める。
閃光の如く吹き飛び、岩肌に身を埋める剣士。
体長六尺余り。砂埃すら黒に染めるその体躯は、禍々しく背中を曲げている。
「なるほどの。───…おい、うつけ、聞こえるか」
「もちろん、さっきからずっと聞こえてる」
そう皮肉を零すも、女子高生は冷然と言葉を紡ぐ。
「妾には荷が重いと言うたな。ならば見極めよ」
そう掌を構えた途端、岩肌が次々と割かれ、黒い骸骨の大軍が姿を現す。
咀嚼の度、骨と骨がぶつかり音が鳴る、畏れの象徴。冒険者の二人は腰を抜かし、その光景をただ眺めるばかり。
「馳走じゃ。喰え」
無情の宣告により、黒の大軍が一斉に襲い掛かる。太刀打ちする事など適わぬ暴力の波。
そして、冒険者二人は攻略する事なく、この迷宮から姿を消した。
迷宮防衛成功の鐘が鳴ると同時に、黒い大軍は塵となり、入れ違いでエルが空間転移で現れる。
その表情は、まるで戸惑いを縫い付けた様である。
「女子高生、君は何者なんだ」
「暗黒界の王、ライ…────」
「───…忘れ掛けてた感覚だ。君から感じた、畏れ」
言葉を遮られ、唇を尖らせる女子高生。
迷宮の最奥に集う従業員達は、興奮気味に言葉を捲し立てている。
「念願の迷宮防衛。僕がその立役者でないのが残念だけど、初陣でこの活躍、お見事としか言い様がないな」
「あなたの所作は一つ一つが洗練されていて、とても美しかったわ。同じ女として、拍手を送らせて頂戴」
「黒い骸骨を従える白い君。可憐で、粗暴で、繊細で、粗悪。螺旋に渦巻くその関係性はまるで、そう…───」
緑色の無骨な三面が揃って言葉を紡ぐ。紡ぐ。
スライムは地を這い、言われるでもなく、女子高生の足元に腰を据えた。
未だ、瞳孔を開き女子高生を見据えるエル。女子高生は眉を顰めて睨み返す。
「君が、此処にいていいのか分からない」
「それはどういう…───」
言葉の真意を問おうとするも、再び鐘が迷宮内に反響し、遮られてしまう。
その鐘の音は、成績表の到着を報せる音。
光の粒が集い、紙の形を一枚、二枚、三枚、四枚、五枚と形成してゆく。
迷宮協会が正確公平に換算し、分配される完全歩合給。成績表は給与を閉じた巾着袋へと変わる。普段より巾着袋の底が広いのは、防衛成功に伴う報奨金である。
何より、女子高生が握る巾着袋の豊かさは、この迷宮の開放以来、初のものであった。
当然、エルにも報奨金が配布される。
「うつけ、先程の話じゃが…───」
「───…忘れて下さい、女王様」
瞳孔の開いた瞳は、すっかりお金色に染まっていた。