【6】適性診断
其処は迷宮の最奥に位置する、岩肌に囲まれ、凸部に宝箱が配置された空洞。
迷宮の最終到着地点を意味する其処は、あの、スライムが、血肉を削り、冒険者達と死闘を繰り広げる戦地である。
その戦地で管理人と従業員達は適性診断をしていた。
無論、女子高生の適性診断である。
具体的には、筋力、持続力、瞬発力、柔軟性、心肺機能、反射神経等の身体的基礎能力を始め、魔力量の測定、六属性の得意性、耐性等を診断すると言うもの。
現時点、ここまで女子高生の数値は、魔物の中でも、否、あのスライムと比較しても、劣等と言わぜるを得ない。
エルは思う。これではまるで”人間”である。
黒色の履歴書に抱いた淡い期待は脆くも砕け、悩みの種が芽を出す。一階層三フロアの迷宮で、どう配置するか。
「何時までこの戯れ事を続けるつもりじゃ。妾は暗黒界の王、最奥に君臨し、闇に受け継がれし禁忌魔法”大髑髏の吐息”にて、有象無象を一網打尽にしてくれようぞ」
岩肌に減り込む程に重い、それは重い溜め息を吐き捨てる。魔力量が無に等しい事は測定済みである。
その大層な魔法も、もはや言霊。ただの言葉である。
そしてエルが最終診断の模擬戦に差し掛かろうとした時だった。突然通信魔法がエルに干渉し、冒険者の出現を報せる。
「各自配置に着いてくれ」
エルはそれだけを言うと無詠唱の空間転移魔法で管理人室に移る。
古い地図を酒樽に広げ、従業員が持ち場に居る事を確認する…───が、最奥のフロアにてまだ女子高生が留まっていた。
耳たぶに指を添え、通信魔法を展開する。
「女子高生、これは模擬戦じゃない、実戦だ。適性診断の結果、君にはまだ荷が重い」
「二度も言わすな。一網打尽にしてくれるわ」
「いいから戻…────」
エルの言葉を拒絶するかの様に、通信魔法が干渉破棄される。
可笑しい。魔力が無に等しい魔物が、いや、仮に膨大量の魔力を備えていたとて、此の様な高等技術をこうも容易く扱えるものだろうか。
”黒色の履歴書は前列がない”…───。
エルは唇を紡ぎ、再び地図に視線を落とす。
《Sword》《Magician》の所在が墨で記された古紙。二つの点は凸凹の外線の間を進み、やがてゴブリンAと遭遇する。が、見せ場も無く撃退される。
「僕から離れないで、ゴブリン・ビアンカ」
「あなたから離れないわ、ゴブリン・カール」
未だ暗号名に反旗を翻すゴブリンBとCは、語感の良さを模索中の様だ。
程なくして、呆気無く撃退されるビアンカとカール。
あとは迷宮の最奥、スライムと女子高生が待ち構える最終到着地点を残すのみである。
そして《Sword》《Magician》の二人は、ついにそこに辿り着く。
岩肌の空洞。松明が揺らぐ其処に、宝箱に鎮座する者一人。
その者は艶のある黒髪を背中まで垂らし、直線的な前髪から覗く勝気な瞳が二人を捉えている。
足元には、凹状のスライム。
「に、人間…?」
思わず漏れた言葉に、それは嗤う。
「妾が人間とな。片腹痛いわ。妾は暗黒界の王、ライヴ・アルドメドゥーラ・キラⅨ世」
「暗黒界の王…!」
「ふふふ、畏れるがよい」
「聞いた事もない…!」
無礼に剥くれる女子高生が指を一本立てる。
それが号令と成りスライムが突進するも、剣士の一振りによりその軟体は一刀両断される。
「プギュッ」と声は消える。眼前の刃、眼前の敗北、眼前の死。
「まあ、いいや。魔物は魔物だし、あんたも斬るか」
血の気が引いてゆくのを感じる。
突如、女子高生は蹲り、右の眼帯を押さえた。
「ぐ…っ、疼きよるわい…、右目に宿う邪竜が…、不本意じゃが、ここは一旦…───」
女子高生の額に汗が滲む。刹那、剣士は一瞬にして距離を詰め、剣が地面を裂いた。
避けたのではない。腰を抜かす、言わば運。
「ねえ、今”引こう”としたよね。駄目じゃない。魔物なんだから、宝箱を守らないとさ」