【5】スライムの踏み心地
ひとまず管理人室に集合する従業員。鍵の壊れた宝箱に鎮座し、足を組む女子高生。
本来、畏れの象徴としてその姿形を成す魔物とは相反し、その姿は美を模している。
息を飲む従業員達。又、まるで写鏡の様に、女子高生も目を丸め息を飲んでいた。
筋骨隆々な外郭を持つゴブリン族。緑色の肌に血管が盛り上がり、その爪も、その牙も、確かな殺傷能力を備えている。
そしてスライム族。彼女はそれに目を惹かれていた。呼吸器官や循環器官の一切を掴めぬ、青磁色の半円体。
その愛らしい外郭に、女子高生は興奮気味に訊ねる。
「其方、名を何と申す」
「プギュッ」
「プ、プギュッと申すか。そうかそうか。愛ほしのう、粋じゃのう」
「あ、いや、すみません。ピノ・ローブレイブ、です」
スライムは金輪際「プギュッ」以外の言葉を禁じられた。申立により棄却されたが。
「近う寄れ」と傍に置かれるスライム。膝下まである紺のソックスを脱ぐと、陶器と揶揄されても可笑しくない、長く、美しい脚が伸びる。
薄紅色の爪が五枚弧を描く爪先が、そのまま、スライムを踏んだ。足裏の重量により凹型に形を変えるスライム。
その際に一瞬覗いた、唇と同色の下着に、スライムは思わず血を一筋垂らす。
「ピ、ピノ君、君、血、出るの…?それは鼻からなの…?鼻血なの…?」
と、ゴブリンB。
「い、いつも有無を言わさず木っ端微塵だから、驚愕の事実だ」
と、ゴブリンA。
その傍らで甘美の表情で震える女子高生。息遣いも荒く、規制が必要な程に悶えている。
「はあ…あ…っ、気持ち、良い…っ」
要規制である。
無論、スライムの踏み心地に悶えているのだが、指が反り、小刻みに跳ねる姿は、あまりに官能的である。
「妾の名は、暗黒界の王、ライヴ・アルドメドゥーラ・キラⅨ世である」
踏み心地にも慣れた頃、ようやく本題へと移る。
「種族が女子高生の、奉 飾さんです」
即座に訂正するエルを一睨み。
「此の方は”黒色の履歴書”から採用したんだが、黒色の履歴書について、情報がある者、挙手」
その一睨みを余所に、話は進む。
だが”黒色の履歴書”は前列に無い物。当然、挙がる手などある筈もない。
「黒色の履歴書とは何じゃ」
「当の本人がこの有様なんだ。推測するに、彼女にはこの世界の情報、つまり記憶が何一つない」
「侮るでない。ここは剣と魔法が織り成す夢物語。妾はその王、暗黒の王、魔王である」
高らかに笑う女子高生を尻目に、エルは消える様な声で「それはない」と漏らす。
「君の言う様に、この世界は剣と魔法が織り成している…───」
──…嘗て、勇者率いる王国軍と、魔王率いる帝国軍が敵対し、血が血で染まる悍ましい時代があった。
それも一通の報せにより一変する。それは内乱による、帝国軍の頭目、魔王の死。
統率力を奪われた帝国軍側。王国軍は好機と言わんばかりに攻め入り、ついに、勝旗を振った。
そして、勇者の判断により、人間は魔物を滅ぼす道では無く、管理する道を選んだ。
それが、迷宮制度である。管理資格を持つ者が魔物を雇い、従業員として、人間社会の共存を謀り、管理する。
履歴書もその為の物で、白、銅、銀、金、虹の資格により色が変わる。白は安く、金は高い。白は弱く、金は強い。至極単純である。
「妾の”黒”は何処におる」
「どうかな。白より弱いか、虹より高いか。調べる必要がありそうだ」
「ふむ、ならば仕方ない…───」
そう言って目を瞑り、果肉程に潤う唇を引き伸ばすと、指を一本立てた。
「妾を雇え、うつけ」
「ああ、そのつもりだ」
「ほう、話が早いな」
「当然。俺が君を雇ったんだから」
何が気に障ったのだろうか。”君”だろうか、”雇った”事だろうか。知る由もないが、知る必要もなさそうだ。
兎にも角にも、女子高生は瞳孔を開いてこう言った。
「妾の従僕にしてやろう、うつけ」
「ま、まじか…っ」