【4】黒色の履歴書
この出会いを必然と呼ぶ者がいたが、首を横に振ったのを覚えている。何故ならば、これは偶然。ただの偶然である。
それはガルフェロ一行のキャンプ跡を清掃していた時の事。炎魔法の魔素が香る空洞には、銀の食器類、調理道具、諸々が使い捨てられている。
迷宮の管理人が屑籠に一個ずつ拾う最中、視界の一端にそれは映る。
それは、蝋印された一封の封筒。変哲もない封筒だ。
だがエルの脳裏に浮かんだ事、それは職業案内所でガルフェロが見せた”虹色の履歴書”の存在。
すると、エルの善意と悪意が、天使と悪魔の思念体と化して現れる。
「きひひひ、なあ、開けちまえよ。ここに忘れた時点で、ほかのゴミ屑と同等。言い換えれば、どうするもお前の自由って事だ」
黒い悪魔が囁く。
「あははは、ねえ、そんな悠長な事を言ってる間にあいつが来たらどうするの。さっさと開けて、契約しちまえよ」
天使も黒かった。真っ黒だった。
となれば一択。エルは口角を歪ませると、勢い任せに封筒を破いて見せた。
「ようこそ”アルテマライセンス”の従業員よっ」
だが、宙を舞うそれは”虹色”などでは無く、履歴書なのかすらも怪しい、文字一つない”黒色”の紙。
呆然とそれを眺めるエル。やがて硬直を解き、その紙を拾う。
ドクン…───────。
指先から伝わる鼓動。紛れも無く、疑いようも無く、これは履歴書だ。
しかし”黒色の履歴書”など聞いた事もない。種族や名前等が一切無記述な履歴書。
ドクン…───────。
一筋の汗が頬を伝う。固唾を飲み、エルは覚悟を決めた。
「汝、我の…────いや、我が、いや、我の、…以下割愛」
一人頬を染めるエルは、咳払いを一つ「”採用”する」と言葉を終える。
刹那、黒色の履歴書が点々と赤熱を灯す。熱は履歴書を燃やすでなく、ジリジリと、一文字一文字、言葉を成し、それが文となる。
「奉日本 飾。聞いた事のない名前だ。種族、女子…高生…?」
次の瞬間、履歴書は巨大な炎に包まれる。指先から離れた履歴書は、次第に、何かを形成してゆく。
爪先、足首、膝、太ももと、炎は人型を築き、ついに、それは姿を現す。
艶のある黒髪、右目の眼帯、珊瑚色の薄い唇、穢れを知らぬ肌。
左胸に紋章を掲げた未知なる衣服を纏う女子高生と言う魔物。辺りを見回す度、膝上の筒状の布が舞い、適度に肉感のある太ももが露わになる。
「此処は何処じゃ」
揃った前髪から覗く、勝気な瞳。華奢な体躯からはまるで”恐れ”を感じない。
「ようこそ、迷宮へ。管理人のエル・ディアブロムだ」
「変わった名じゃの」
「君に言われたくはないよ」
露骨に表情を曇らせる女子高生。
「”君”、とな。うつけ、妾を誰と心得る」
「女子高生の、奉日本 飾だろ」
「何故それを…────いや、いいや、それは仮初めの名よ。妾の名は、暗黒界の王、ライヴ・アルドメドゥーラ・キラⅨ世である」
「いや、女子高生の、奉日本 飾でしょ」
「女子高生など知らぬ。JKなど知らぬ。妾は暗黒界の王。うつけ、この魔眼にて貴様を支配して見せても良いのだぞ」
そう言って右目の眼帯に指を添える女子高生。エルは無表情を貫き、ただそれを見据える。
「よ、良いのだな。あれじゃぞ、魔眼はあれじゃぞ、凄いぞ」
「従業員の力量を測るのも管理人の務めだ。遠慮せず、存分に披露してくれ」
「後悔するがいい…────と言いたい所じゃが、妾は大病に侵された身故、無駄な殺生は避けたい。今回に限り見逃してやろう」
「大病?」
「うむ、中二病と言う、不治の病じゃ」