【2】職業案内所
薬草を紙袋一杯に抱え、裏路地を右へ左へ。石造りの地下階段を通り、エルが足を運んだのは職業案内所。
地下空洞に在る職業案内所は、打放し混凝土の外壁に、三枚羽の天井扇風機、定間隔に豆電球が並ぶ薄暗い空間。
革張りのソファでは、職員と管理人が交渉する姿や、管理人同士が談笑する姿がちらほらと窺える。
職業案内所の奥には、天井まで届く書棚と、コの字型のショーケースに囲まれる形で職員が三人姿勢良く立ち並ぶ。
ショーケースの中では”銀色の履歴書”や”金色の履歴書”に照明が触れ、宝石の様に輝く。
「デュラハンをうちで雇えたらな…───まあ、財政難のままじゃ、夢のまた夢か」
金色の履歴書を眺め、肩を落とすエル。
「蜥蜴人でもいいから…───いや、財政難のままじゃ、夢のまた夢か」
銀色の履歴書を眺め、肩を落とすエル。
現実に目を醒まし、エルは職業案内所の隅にある掲示板に歩を進める。職員からの冷たい視線を背中に感じたが、気にならなかった。
掲示板には銅の履歴書が数枚、それを白の履歴書が乱雑に埋め尽くしている。
「せめて怪宝箱を…───ああ、そうだ、うちは財政難じゃないか」
銅色の履歴書を眺め、一筋の涙が頬を伝う。
すると、職業案内所がざわつく。エルが首を回すが刹那、表情が暗雲を纏う。
あいつだ…─────。
あいつとは、黒毛皮のコートを靡かせる、あいつの事だろう。
「いやあ、実はね、うちの迷宮、近々十階層になるんだけどね、従業員不足なのよ。だからその牛頭人身とデュラハンあと鷲獅子も頂戴」
「日頃、御贔屓頂き有難うございます、ガルフェロ・オイブッシェマン様」
「そう畏まらないでくれ。良好な関係性を保とうじゃないか…───ん?」
ご機嫌な様子のまま、ガルフェロが目尻に瞳を転がす。そこに映る、エルの姿。
会計を付人に任せ、ガルフェロは黒毛皮のコートを靡かせ「おやおやおやおや」と歩み寄る。
高貴な金の髪、陽を避けた白い肌、中性的な顔の構成、ガルフェロ・オイブッシェマン。
長い睫毛の隙間から、邪な視線がこちらを窺う。
「これはこれは、我が同期、エル・ディアブロム君じゃないか」
「よ、よう、ガルフェロ」
「”様”を忘れてないか、我が同期。まあ、同期とは言え、いまや天と地程の差が生まれてしまったが」
身振り手振りが大袈裟で、芝居掛かったガルフェロ。エルは苦虫を噛んだ様に、その表情は酷く歪んでいる。
「おいおい、手ぶらじゃないか。ここは職業案内所だぜ。金の履歴書は無理でも、せめて銀の履歴書くらいは買えるだろうよ」
「あ、いや、まあ」
「嘘だろ、我が同期。まさかお前の迷宮がそこまで業績不振だとは」
昔から癇に障る男だった。それに拍車が掛かり、癇を抉るようだ。
紙袋を握る指先に力が入る。表情は愛想を徹し、ただ時間の経過を待った。
「ああ、そうだ。甥が冒険者になってな。今度その迷宮に遊びに行ってやるよ。同期の誼だ、有難く思え」
「あ、ああ、ありがとう」
「”御座います”を忘れてないか、我が同期よ。まあいい。せっかくだ、良い物を見せてやろう」
そう言い指を鳴らすガルフェロ。それを合図として、付人が封筒を渡す。
紐を解き、姿を表す一枚の紙。
”虹色の履歴書”。
「過去、世界で三枚しか確認がされていない幻の履歴書だ。どんな従業員なのか、俺もまだ知らない」
「………」
「それじゃあな、埃でも掃いて待ってろ、我が同期よ」
迷宮の管理人の苦悩は募る。