上弦と下弦の月
「俺は守りたかった」
ーこれはマスターと呼ばれる少女とその背を守る者の出会いの昔話ー
『“荒神”、それは化け物を倒すために「神様」が人間に与えた「神様」の別体であり、人間で云う式神のこと
“荒神”は「神様」の駒にすぎない
化け物を見た「神様」が人間に借りを作るのも悪くないだろうと、祈りに答えただけの駒
それは“荒神”自身も分かっていた
作られた自分達は「神様」に邪魔者扱いされている単なる駒にすぎない
誰でも良い、戦闘に明け暮れるこの“荒神”を愛してはくれないだろうか
ーーーーーーーだが誰もその願いが叶わないと知っている』
ーー俺は、他の“荒神”とは違っていた。怪我をすれば傷がつくのではなく、ガラスが割れたようなヒビ割れが入り。普通の治療ではそのヒビ割れは治らず、人間の霊を必要とした。霊を使えば人間は体力も精神も奪われるため、俺の治療などしなくなった。まるで花瓶の水を変えるのを面倒だからとやらなくなるように。簡単に、そっけなく。
ー俺は欠陥品の“荒神”だったー
周りの“荒神”も普通とは違う俺から次第に離れた。最初は普通なのにヒビ割れた肌を何かの拍子にさらすたびにその目には気味が悪い、と云う言葉が嫌と云うほどに滲み出ていた。俺はあんまり、気にしていなかった。………弟がいた、からかもしれない。弟は俺を気味が悪がることなく俺と接していた。俺とは全く違う、普通の弟。俺も弟のように普通が良かった。普通の弟が羨ましかった。嫉妬じゃない、と云えば嘘になる。けれど、それでも良かった。守ろうと思った。そう思っても出来やしないのに……そして弟は俺よりも要請が多かった。
そして、あの日、あの夜、俺は弟と最初で最後の要請を受けた。
**…
いつまで戦い、いつまで斬るのか。自分をも見失いかけるほどに敵を斬り裂いた。斬って斬って斬って斬って………もう、疲れた。
見渡せば、一緒に来たはずの“荒神”は疎か、弟さえいない。いるのは倒れた化物と武器を持つ俺だけ。
思考が、この状況を拒否する。でも、心の中で薄々分かってた事だった。
ー嗚呼、なんだ。そう云うことかー
「………もうムリ、か」
自嘲気味に笑って腕を見る。腕には既にヒビが入り、いつ腕が落ちても可笑しくない状況だった。ピシリ、首からも音がする、ヒビが深くなる音、死の音が。普通なら此処で死にたくない、とか思うんだろうけどそんな感情さえ、俺は斬ってしまったかのよう。でも、それはある意味、好都合かもしれない。
ー普通とは違う俺は、捨てられた。ー
黒すぎる空を仰ぐ……と目から涙が溢れ落ちた。ははっ、俺、悲しいのかな。一人で死ぬのが。それとも、彼らに、弟に見捨てられた事が。もう、どれが正解かも分からない。
唐突に頭の中に浮かんだ女性。夢の中で出会った、触れる事の出来る距離にいるのに陽炎のように喋る事も許されない、美しく光輝く瞳をした女性。君に会えたら良かったのに。誰だが分からないけれど、君に会えたら、俺は何か変わっていたのかな?
現実を認めず、見てみぬフリを続けて来た俺も、弟の思いに気づいていながらも「守る」と偽りを語った俺も、変わろうとしなかった俺も……君に会えたら、なにか……それすらも、分からない。
ー嗚呼、叶うことならー
「……せめて、君に一目…」
俺の体は最後の言の葉を紡ぐことなく、崩れた。
*…
血が地面にまで染み込んでいる。まぁ、こういう光景は‘何度’も見ているから慣れている……ま、良いものではないね。
また、一つ、命が消えた。何を願ったか、何を望んだか。何を思ったか。私には分かりっこない。そう、きっと、永遠に分かりっこない。
「ん?」
幾多の亡骸の中に光るものがあった。死んだ人の遺品?……違う、この感じは……
「〈蘇生転生〉?」
〈蘇生転生〉、死んだにも関わらず、魂も体も世界から離れず、放置し続けると二度と転生出来ない、ごく稀な体質。
もし、その〈蘇生転生〉なら、私は助けないといけない。何故って?……………さぁね。
光るものの元へと歩み寄るとその正体は傷ついた男性が持つ刀だった。私はゆっくりとその男性に触れた。ヒビ割れた腕は、普通ではない事を示しているが私にはどうって事ない。私が触れると男性は軽く呻いて、目を開けた。
「……誰」
「悪いが私も質問に質問で返させてもらうよ。君も誰?」
男性は私が見えているのだろうか?目は濁っているから見えていないのだろうな。けれど、まっすぐに私を見つめている。何処かで見たことがあるような瞳で、私を見ている。
男性は続けて云う。
「俺……?俺は、見捨てられたんだ」
「見捨てられた?」
「そ……俺は、皆とは違うから」
悲しそうに言う男性。なんでそんな事を言うの?貴方はこんなに傷ついてまで戦ったのに……
男性を見捨てたと云う見えぬ者たちに怒りが湧いたがそんな事しても意味などない。
彼は〈蘇生転生〉だ。私の〈力〉で転生ないだろうか?
私は男性に問う。
「私と一緒に来ないか?」
「?」
「私は身内に入れた者には甘いんだ。それに君を放っておく事なんて出来ないし」
男性が驚いたように目を見開き、その後、嬉しそうに笑った。良い、と云うことだろう。私はそう受け取った。
私は男性に向かって手を差し伸べた。
「生きよう」
男性は、私の手を、取った。
*…
「三日月 響。お前の名だ」
目の前に立つ男性。私が転生せた、最初の〈蘇生転生〉。
闇のように深い蒼と黒の混ざった色のショートに、黄色でたまに黄緑色が混ざって見える瞳。髪よりも深い紺色と白銀の糸を使った狩衣と下駄とブーツが組み合わさったような茶の靴。
名前にピッタリ。
響は瞳を開けて私を見ると驚いたようだった。が嬉しそうに笑った。私にはなんのことだかわからなかったが気にしなかった。
響は私の前に跪き、こうべを垂れた。
「我が恩人にして主。忠誠を誓います」
「そんなに固くなくて良いよ。居場所がないのは私も同じ。仲間として、家族としてやっていこう?」
「……分かった。君が死す時、俺が死す時まで君と共に。君の〈武器〉となろう」
「うん、私は…十六夜。響だけには特別に教えよう。好きに呼んで良いよ」
今日はこの戦場に似合わない、けれど私達の門出には相応しい月が暗い空に浮かんでいる。なぁ、私は上手くやって行ける気しかしなくて困っているよ。それに、君とは………やめておこう。思い過ごしかもしれないから。
響は立ち上がって頷いた。
ーさあー
「じゃあ、マスターなんてどうかな?」
「ふふ、響の好きにして良いと言ったからね」
「でも、ありがとう。名前教えてくれて、名前くれて…色々…」
「私がしたかった事なんだから、な?」
響はにっこりと笑う。
「宜しく、マスター」
「嗚呼、宜しく、響」
私の、愛しい子。
ー新たな物語に御手を拝借?ー
お読みいただきありがとうございます!
『異世界戦争』をもし読んでいない方がいたら此処、少し飛ばした方がいいかもしれません……
よろしいですか?
それでは。『異世界戦争』での過去編では響以外は語りましたが彼は既にマスターといるんですよね。響とマスターの出会いの構想は前々から練っていたんですけど出す場所がなかった(笑)ので今回、短いながらも投稿しました。響はこれ以上掘り下げたら終わらないんで勘弁してください……いまだに作者の頭ん中でマスター達がワイワイ楽しく会話してて大変(笑)
最後になりますが読んでくださりありがとうございます!