モンスターだらけの街 四話
「どうしたのよ、藍。さっきからムスーッとしちゃってさ」
「……別に、なんでもないもん」
帰りに近くをブラブラしていこうという凛花の案により、私達は現在近くの割と大きなショッピングモールに来ています。こんなのあったら近くのスーパーとか潰れるんじゃないかな、大丈夫かな。
本当なら先程の事情によってあまり付いていきたくなかったのですが、彼女は唯一の私の友達。あまり邪険にして嫌われるのも嫌だし、隣の部屋なので嫌でも顔を合わせます。なので、関係は良好にしておきたかったのです。
「……別に、ねえ。あ、これなんかいいんじゃない? あんた朝弱いんだから」
「目覚まし時計?」
それは何というか、如何にも可愛らしいといったようなものでした。簡素なプラスチック組みの安物ですが、ビジュアル的には悪くありません。こういう時の凛花のチョイスは大抵謎のセンスが発揮されるのですが、なんだか意外。普通の品です。
……もしかしたら、それも嘘だったのかもなあ、なんて。私の前で、偽りの凛花を見せていただけなのかな。
「藍?」
「あ、ううん。なんでもない。可愛いね、これ」
「でしょ? 流石あたしよね、ナイスセンス」
「あはは……」
結局、彼女の勢いに負けて購入。まあ、家で使っていたのも壊れてたし、丁度良いかも、と思います。
その後も色々と回ります。田舎町にしては中々に充実したショッピングモールで、機嫌が悪くても多少は心踊るものがあります。
100円ショップに出張的な家電量販店やらなんやら。そういえば鍵のストラップも見付からなかったので、ここで買っておきたいところです。すぐ物を失くすのでね。
「あ、携帯カバーとか売ってる。ここ行ってみましょうよ、藍」
「う、うん。私もストラップ見たかったしね」
「じゃあお揃いにしましょうよ。引越し祝いって事で、あんたの分も買ってあげる」
何やらやけに気前が良い。あんまりそういう記念とかは気にしない性格なのに。もしかして、柄にもなくはしゃいでいるのかも。
「あ、見てこれ。『デビーちゃん』だって、可愛くない?」
それは、どうやら悪魔をモチーフとしたらしい二頭身のストラップでした。手に鎌を持っていて顔もディフォルメされているとはいえ髑髏だし、とても可愛いとは言えない気がします。やっぱり彼女のセンスは健在でした。
「良いんじゃないかな。私もこれにしよっと」
「あっ、じゃああたし色違いにするわ」
白を基調とした私のデビーちゃんと、黒を基調とした凛花のデビーちゃん。今更思ったけど、やはり悪魔だから悪魔っぽいストラップに惹かれたのでしょうか。どちらかというとアンデッドな気もするけれど。
「じゃあお買い上げって事で。あたし、買ってくるわね」
「あっ、……うん」
パッと私の手から白いデビーちゃんを取り、黒デビーちゃんと合わせてレジへと駆け出していく凛花。私はいまいちそのテンションに乗れずに、立ち止まってしまいます。
けれど、凛花は私の事なんて見ずに居なくなってしまいます。────まるで、私の中の彼女みたいに。
知らない一面ばかり見せて、私の中の凛花が、どんどん消え去っていって。幼馴染である望月凛花は、悪魔であって何も分からない、掴み所のない唯の望月凛花へと移り変わっていきます。
それは、私の大切な拠り所が一つ消えていく事を意味しているような、そんな気がします。元々友達が少なくて、彼女に頼っていた部分が強かったからこそ。
だからこそ、私は彼女に、戻ってくる彼女にどんな顔をすれば良いか分かりませんでした。
「ほら、買ってきたわよ? えーっと、はい。こっちがあんたの方。感謝してよねえ、ふふん」
「……あり、がとう」
「…………藍? どうしたのよ、そんな俯いて。お腹痛いの?」
「べ、別に違うよ。大丈夫、次行こ?」
「ほんと? あんた鈍臭くてドジなクセに、誰かに伝えたりしないからねえ。分かってんのよ、幼馴染なんだから」
幼馴染なんだから、って。
なんで今、都合良くそんな事言うの? なんで私の事知った風に、そんな。
「…………っ」
「……藍? 本当に大丈夫?」
嫌だよ。
そんな、覗き込まないでよ。
もう凛花なんて────
「────なんでもないって言ってるじゃん‼︎ しつこいよ凛花‼︎ そんな……私の事知った風にさ‼︎」
……ああ、ついに言ってしまいました。
心の中で溜まりに溜まっていた事を、今ので全て。
嫌だなあ。これじゃまるで、身勝手なお子様だよ。実際凛花が何かしたわけでもないのに、勝手に私が怒ってるだけ。馬鹿みたいじゃん。
「…………あ、い?」
「……!」
その時、私は見てしまいました。
信じられないと、そう目で訴えるような彼女の表情。私がこの16年間未満の人生で一度も見た事の無かった、涙で潤んだ凛花の瞳。
それを見るのに、私は耐えられませんでした。だって私の中の凛花はいつだってクールで、それでも優しくて、格好良くて、強くて、私の憧れで────。
そんな彼女を、強い彼女を、弱い私の勝手な我儘で泣かせてしまったのですから。
「……ぁ。ご、めん」
「あ、い? あたし、何か怒らせるような事……?」
「……ぁ、あぁ……!」
瞬間、私の目の前から、凛花が消え去りました。いいえ、私が自分から、彼女を視界の外へと押し出したのです。────彼女に背を向けて、逃げ出す事で。
周りの人達は、私を見てなんだなんだという顔をします。人というよりかはモンスターの方が数が多く、また人の姿をしているのも結局モンスターなのでしょうが、そんな事なんてどうでもいいんです。彼らからすれば、勝手に叫んで、勝手に逃げ出した私の方が変な奴なのでしょうから。
────ああ、完璧に嫌われた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……何やってんだろ、私」
ショッピングモールの屋上。そのしがないベンチの一つに座っている私は、溜息と共にそんな独り言を呟きました。
色んな事が重なりすぎて、何やら混乱してしまっていたのかもしれません。でもそれによって引き起こされた私の叫びは、間違いないく私の責任であり、私が悪いという結論に何もおかしい点は見当たりません。
親友というのはおかしなもので、片方がそう思っていると、相手もそう思っていると思い込んでしまうものです。そんな事に溺れて肝心な事に気付けず錯乱してしまった良い例が、私というわけです。
私は別に、彼女の特別な友人でもなかった。そりゃあそうです、彼女はいつだってあのスタンスで、度胸もあって人望も集めて、リーダー向きの人間です。そんな彼女は私とは違って、沢山の友人を作る事が出来るでしょう。
(……私は、違うなあ)
人見知りで、自分から話しかけるのが苦手で。凛花とだって、親同士が仲が良かったから子供の頃から遊んでいただけで。小学校高学年辺りから、その辺の違いが顕著に表れていたわけです。
私には凛花という幼馴染しかいなくて、でも凛花には私以外にもたくさん友達がいて。もしかしたら私以外には、自身が悪魔だという事を話していたのかもしれません。
それって、つまり。
────私は別に、特別でもなんでもなくて。
(……嫌だなあ、重い子みたい)
自分が一番じゃなきゃ怒るなんて、子供としか考えられません。結局、あのストラップも凛花に投げ返してしまいました。
嫌われたかな。いや、嫌われないわけがありません。
(……あ、れ。なんだろ、これ)
胸に嫌な感情が溜まっていくと同時に、頬に何かの温かさが伝っていきます。これって、まさか。
(何さ……私。自分からあんな事、言って……おいて……)
嫌だなあ、嫌われたくないなんて。
嫌われたくないからって、一人になりたくないからって、だからって──泣くなんて。
「ご、めんね……凛、花……わた、し、私……!」
本当に。
本当に、身勝手極まりない。
誰も居ない場所で、勝手に泣いて、勝手に謝るなんて。
これなら、最初から。
謝るくらいなら、最初から────。
「────謝るくらいなら、最初から怒らないでほしいわね、まったく」
その時、声がしたのは、別に幻聴とかそんな類ではありませんでした。
もちろん、それは。
「凛、花……」
「びっくりするじゃない、いきなり何処か行っちゃって。探すの大変だったんだから」
そこには、駆け回って汗をかいた様子の凛花が居ました。ぶっきらぼうな様子で話してはいるものの、やはり目頭は涙を擦ったせいで赤く滲んでいます。
「……凛花、尻尾は?」
「あー……うん、ちょっと隠してるだけ。私だって一応人間に化けられるんだから。さっきまでは気を抜いてたから見えていただけで」
「なん、で?」
「だって……藍、私が三年前と全然違ったから怒ってたのかな、って思ったから」
────やっぱり、幼馴染のようです。隠し事は出来ないものなのですかね。
凛花は私の隣に座って、私を抱き寄せてくれます。
「……ごめんね、藍。あたし、中学校に入ってここに来てから、自分の正体を知って。藍がこっちに来るって知ってから……あたし、あんたとどうやって接すれば良いか分からなくってさ」
「……!」
「だからとりあえずいつも通りにしようって思ってたけど……あの先公が余計な事言うし、あんたは機嫌悪いし……距離を縮めようとしたのよ。私に親近感を感じられてないのかしらって思ってね」
だから、ここに連れてきたり、私にストラップを買ってくれたりしたらしいです。共通している物を持っていれば、それだけで親友のようではないですか。
「望月家ってのはさ、ここら一帯の悪魔の中でもそれなりに力のある一族で、私のお父さんがそうだったのよ。お母さんは普通の人間だけど。現にお爺ちゃんは魔王……悪魔の中でも一番偉い人だって言うし。だけど、あたしはそんな事言われるのは嫌なの」
「どうして?」
「だってあたしはあたしでしょ。お爺ちゃんじゃない、望月凛花。だから今日先公に言われた事も、本当は答えたくなかった。本人に悪気は無いんだろうけどさ」
別に彼女は、悪魔だからとか、名家だからとか、そんな事は気にしてなかったようです。というより、そんなものに縛られたくないらしいのです。
「そのせいで中学校でもあんまり友達が出来なかったわ。出来たとしても、あたしに媚びを売るようなつまんない奴ばっかりで、本当の親友だなんて思える子、一人もいなかった」
私は勘違いをしていました。
きっと彼女は友達が沢山いて、私なんかよりよっぽど楽しい人生を送っているんだと。所謂リア充って奴だと、私はずっと思い込んでいたのです。
でも、それは違いました。彼女も彼女なりに孤独で、誰かの温もりが恋しかったのです。しかも私と違って、親友が作りたくても家のせいで作れないのです。
「……だからあんたに怒鳴られた時、本当に恐かった。唯一親友と呼べると思っていたのは、あんただけだったから」
「そ、それは……」
「でも、それは勘違いだったのよね。あたしの方から親友だと思っていても、あんたの方から親友と思っているとは限らない」
────彼女は、さっきの私と同じ事を考えていました。彼女の方も、私の事を親友だと思っていて、でも勘違いだと思ってしまった。
本当は、そんな事無いのに。
「あたしはあんたの親友なんかじゃなかったのよね。そう、あたしが思い込んでただけ」
「そんな事無いよ‼︎ 私は、私は……凛花の幼馴染で、大親友だよ‼︎」
「……なーんて、気付いてたわよ。あんたが泣いて謝ってるところを見たから」
「ゔっ」
先程の己の愚行を思い出し、思わず顔が火照ってしまいます。恥ずかしくて悔しくて、何が何やら分からなくなってきました。
ですがそんな私を、凛花は強く抱き締めてくれました。温かくて心地良くて、眠ってしまいそうな程に気持ち良いのです。きっと私より体温が高いのでしょうね。
「ありがとうね、藍。あんたはいつまで経っても何処に行っても、あたしの一番の大親友よ」
「……ごめんね、凛花ぁ……!」
「ほら、泣かない! あんたは昔からすぐ泣くんだから! ほら、泣き虫さん」
泣き虫というのは私が、よく昔から凛花に言われていた事です。それを言われるのが今までは無性に悔しかったのに、今となっては懐かしくてたまりません。
それからの事は覚えていません。きっと泣き疲れて眠ってしまったのでしょう。目覚めた時、私は自分の部屋のベッドにいて、既に六時あたりの時間帯でした。
それから少しして凛花は夜ご飯を作りに来てくれました。と言っても彼女はあまり料理が得意ではないので、この間と似た様になってしまいましたが。何かと言うと、鍋で作るラーメンでした。
でもそれが物凄く美味しくて、私はいつの間にか泣いてしまっていました。そしてまた、泣き虫と言われて。でも全然、嫌な気持ちはありませんでした。むしろ楽しいくらいです。
そして、お互いに空白の三年間を埋め合う様に、自分について話し合いました。私としてはあまり楽しい思い出はありませんでしたが、凛花と話しているだけで何の話題でも楽しいと思えました。
────やっぱり彼女は、私の大親友です。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、一ヶ月ほど経って。
私は、そろそろこの魑魅魍魎だらけの街に慣れようとしていました。
もう、いちいちモンスターを見ても驚きませんし、それどころかバリエーションが増えたと大喜びするでしょう。きっと。多分。
いつもの様に目覚ましを止めて起きて、シャワーの後に朝ごはんを済ませ、制服を着た後に髪を梳かして家を出ます。
どうでも良い事を頭の中で考えながら玄関に鍵を掛けようとすると、丁度隣からも凛花が出てきました。彼女もその手に鍵を持っています。
────そう、色違いでお揃いのストラップ付きの。
「えへへっ、おはよう」
「おはよう。早く行かないと遅刻するわよ、泣き虫ちゃん」
「ふーん、今日は日直もないもーん」
「朝から追試とか言ってなかった、昨日?」
「…………あ」
余裕ぶっこいていましたが、今思い出しました。今日は八時半から短い追試なのです。数学の。
はてさて今は……20分。やばい、とても今からでは絶対に間に合わない。私は凛花を見つめながら苦笑します。
「……遅れた」
「まあ、どうせ遅れるくらいならゆっくり行きましょうよ。追試なんて放課後受けなさい、放課後」
「いえす……」
登校時刻少し手前に教室に入る習慣の私は、数学の追試など放り出し、凛花についてゆっくりと学校へと向かいます。あのモンスターだらけの高校へ。
不思議な事ばかり起きるけど、ありえない事も沢山起こるけど、私は。
────私は、魑魅魍魎だらけの生活を楽しんでいこうと思います。
だってこの門星町には、モンスターが溢れかえっているのですから。