モンスターだらけの街 二話
今、私は門星高校の目の前に居ます。隣には凛花も居るし、他にも生徒がたくさんいます。
けど、おかしな点が一つ。
────この街、モンスターだらけです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ぴんぽんぴんぽーん、というインターホンの音が耳に届きました。
私はシャワーから上がって朝食も頂き、制服も着て、髪も梳かして、よっしゃ準備万端、という所でした。後は持ち物の確認だけ。
そんな時、インターホンに対応すると、私と同じ黒地のブレザーを着た凛花が立っていたのです。相変わらず……尻尾は生えたまま。
結局あの後から三日が経ち、色々聞きそびれてしまいました。身辺の整理で忙しく、とても余裕なんてなくって。
「おはよ。準備出来てる?」
「うん。持ち物大丈夫かな……えーと、筆箱に上靴に、と」
「ハンカチとティッシュ持った? あんたちっちゃい頃からいっつもそういうの忘れるんだから」
そう言われて、私はその二つについて思い出します。慌ててポケットを確認……無い。テーブルの上に置いていたのを思い出しました。
私は生まれつきどこか抜けている所があると良く言われます。それは私自身もそう思うし、だから抜けてると言われても苛立ったりはしません。慣れてます。多分。
しっかり者の凛花はいつも私を注意してくれます。だからこそ、幼馴染で良かったなあと。私にとっては最終的なチェックになり得る彼女は、そういう意味で頼もしいです。もちろん友達としても好きですけど。
「準備オッケー。よし、行こう!」
「ええ。早く行きましょう」
玄関を出た私は、忘れずに鍵を掛けます。この習慣はちゃんと身に付けておかないと……田舎とはいえ、出るものも出るでしょうから。万が一に備えて、ね。まあこの心掛けがいつまで続くかって話なんですけど。
トントンと階段を心地良い音を立てながら降り、アパートの玄関を出て自転車に乗る私と凛花。私のは白系統、凛花のは黒というか紺というかって感じの配色の自転車です。
「どっか近くのスーパーとかに置いときゃバレないわよね、自転車」
「うん」
当たり前の事ですが、自転車は学校に登録しなければなりません。私達はまだ入学式も済んでいないので、本当は自転車登校はイケないのです。まあ、バレなきゃオーケーって事で。
────そう、今日は私達の通う門星高校の入学式。私も晴れて、今日から高校生というわけです。
門星高校は、規模的には割と大きいです。田舎特有の敷地の広さに加えて、別の村や街なんかから通う人も多いらしく(主にこの辺りにはここしか高校が無いから)、全校生徒の数は300人程度だそうです。
という事はあれか、単純に考えて一年生は100人だから、三クラスくらいなのか。うんうん、凛花と一緒のクラスも夢ではないですね。というか一緒じゃないと困る(特に友達作り的な面で)。
アパートから離れていき、辺りは畑から少しずつ建造物の量が増えていきます。20分もすると、もうそこは都会(田舎生まれの女の子が考える程度の)の街並みです。
と、そんな時でした。
────なんと、私達の隣を、巨大な蜘蛛が通り過ぎていったのです。しかも、割と馬鹿にならない速度で。
「…………へ。え? え⁉︎」
思わず二度見。そんな事をしている間に、蜘蛛は私達の進行ルートと平行に消えていきます。
「ああ、あれが噂の八雲先輩かも」
「り、凛花……あのすぱいだー的な何かを知ってるの?」
「うちの高校で最も美しい女性と名高いらしいわよ」
「あれ? 私あの蜘蛛について話してるよね? あれ?」
いまいち会話が噛み合わない。どうやら、あの正体不明の巨大な(恐らく軽トラックと同サイズの)蜘蛛は、うちの高校の生徒らしい。
……いやいや、何受け入れようとしてんの私。どういう事よ、蜘蛛が生徒って。てかそれ以前に、あんなの居たらこの街滅びそうなんですが良いんですかあれは幼馴染サン。
凛花の悪魔然とした尻尾といい、あの軽トラ蜘蛛といい、私はとうとう頭がおかしくなってしまったようです。この街はモンスターの巣窟なのか。
と、思ったら、今度は私の頭上に影が落ちてきます。それに気付いて上を向くと、なんとそこには両腕から羽根が生えた人間がおり、当たり前のように飛翔していました。
「あ、あれ……?」
受け入れ難い現実に、私は思わず自らの頬を引っ張って確認します。しかし痛い。夢から覚める様子もありません。
と、いう事はこれは、現実?
いやいやいや、待て待ておかしいぞんなわけない。モンスターなんて非日常的な存在が、一体どうして存在し得ると思ったのか。大体モンスターというのは山里に潜んでたり海の中とかに潜ってどこぞの湖でちょろっと首と背中だけ出すような存在でしょうが。なんでそんな、人目につくように当たり前に出てきているんだ。しかもさっきの鳥人間、思い切りウチの高校の制服着てましたけど。
……理解出来ぬ。もう一度だけモンスターが現れたら、信じる事に────
瞬間、目の前を五メートル級の巨人が猛ダッシュで横切っていきました。もちろんウチの制服を履いています(上半身が巨大過ぎて着れず、下半身のズボンだけ履いていた為)。
……わ、わあー、モンスターだらけで新鮮だなあー、なんて思い切り現実逃避しながら、私はヤケになって笑うしかありませんでした。
なんやかんやで高校まで辿り着いてしまった私。結局これまでマトモな人間は一人も見当たらず、というか見付けても、きっと私はそれを人間だと信じられないでしょう。
近くのスーパーマーケットに自転車を停めておきます。ちゃんと鍵は二段構えで掛けておきましたが、もしモンスターが踏んづけたりすれば、全く意味が無いとも思います。
「あんたにしては用心するわねえ、いつも抜けてるあんたなのに」
「ここ来たばかりだから少し警戒してるだけだよ……色々と。ていうか!」
「ん?」
私はもう、知りたい聞きたい欲求を我慢出来ませんでした。凛花の肩を思い切り掴み、揺するようにして尋ねます。
「なんでこんなにモンスターばっかりなのこの街は! あと、なんで凛花もモンスターになってるの⁉︎」
「え、あ、あれ? 言ってなかったっけ? っていうか揺すらないで吐きそう」
バリバリの体育会系が何をおっしゃるやら。でも可哀想なので、とりあえず肩を掴むのはやめました。
「……この街はあんたの言う通り怪物だらけよ。あたしもここに来た時驚いたけど、彼らにとってはここが一番住み良いらしいわ」
「じゃあなんで凛花もモンスターなの⁉︎」
「それは生まれつき」
「知らねーよふざけんな!」
いけないいけない、同様のあまり言葉が乱れてしまいました。仮にも女の子だというのに。しかし今は緊急事態、そんな事を気にしているいとまはありません。
すると補完するように、凛花は説明してくれました。それを纏めると、こういう事。
この門星町は、何らかの理由で凄くモンスター達にとって住み良い街である(恐らく田舎で空気も澄んでいるからと予想)。そしてモンスター達はこの街以外では、人間の姿になって生活しているらしいです。というか、ここ以外に住んでいて人間だと自覚していた人達が、ここに来て己の正体を知る場合もあると言います。
……なんじゃこりゃ。理解出来ません。私の頭が理解する事を放棄しています。
「で、あたしもそのクチだったってわけ。どうやらどうにも、あたしの先祖は悪魔だったらしいわ」
「そんな厨二病的な事を無理矢理信じろというのか」
「だって本当の事なんですもの」
「じ、じゃあその尻尾も?」
「? ……あー、これ。うんうん、そういう訳。あっ、じゃあ、あんた初日から気付いてたわけね。いやあ、もう慣れちゃったから全然隠す気無かったわー、言ってくれれば良かったのに」
んな事軽々しく言えるかアホ。凛花は既に人外に喰われてて、この凛花はその人外が彼女に化けていてバラした瞬間喰われるかもうわあーとかいう展開も可能性ゼロじゃなかったですし。
理屈を知った私は、妙に落ち着いていました。だからモンスターっていうのは認知されないのか、と私自身理解したからでしょうか。
あれ。ってことは私がモンスターである可能性も否定は出来ない? もしかしたら実は私、既にモンスターとしての鱗片が現れちゃってるかも? うわあ、嫌なフラグ自分で立てた気がする。
「っ!」
私は慌てて己のお尻を見ます。周囲を確認してから、一瞬だけスカートもめくってみます──が、どうやらハズレ。私は正真正銘人間のようです。フラグ敗れたり。
「もしかして自分が人間か確認してる? 大丈夫よ、鈍臭いあんたがモンスターなわけないから」
「良かったよモンスターじゃなくて。いや別に、凛花を馬鹿にした訳じゃなくてね」
「分かってるわよ、抜けてるあんたがんな皮肉まで考えられる訳ないでしょ。ほら、早く行かないと遅刻するわよ」
私の手を引っ張り、高校へと連れていく凛花。彼女もまたモンスターの一員である事に、私は動揺を隠せず、またこれからの不安も隠せずに、とにかく付いていきます。喰って殺されるなんて事がないと良いんですけれど。
────この街、モンスターだらけです。
しかも。
────私は、そこの高校に入学する事になっちゃいました。