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青色の日

作者: 葉巻集


「青色の日はお客さんが来ないんだよ」


  私は最初、月島さんのこのセリフの意味がまったく分からなかった。口ひげを触りながら、なぜかニヤリと目を細める姿は、見ていてちょっと気持ち悪い。


  でも、月島さんの言う『青色の日』という下りだけは凄く綺麗で、何の事なんだろうとバイト中もずっと気になっていた。よくよく考えてみると、ただの雨の日の事じゃんと、家の玄関でビニール傘を畳みながら気づいた。月島さんて、意外と単純だったんですね。


  月島さんは私がバイトしている古本屋『月見古書』の店長で、今年で32歳と言っていた。痩せていてシルエットはカッコ良いけれど、壊れかけた黒ぶち眼鏡にボサボサの髪と、正直あまりモテそうには見えない。

  ちなみに、月見古書は驚くほど狭く、『青色の日』なんて、ほとんど月島さんと2人きりみたいな感じになる。それでも、話す事も特にある訳ではないので、言葉のキャッチボールが成立することはほとんど無い。15歳も離れてるんだから、むしろ盛り上がれって方が難しい。


  でも、

「まだあそこでバイト続けてるの?」

  と、冷蔵庫からレタスを取り出す母親に聞かれた時、

「気に入ってるし、卒業するまでは辞めない」

  と、答えたのは、嘘でもないし、本当に正直な気持ちだと思う。


  なんだかんだ言って、私はこのバイトが好きなのだ。時給は620円だけれど、月島さんは物静かだし、やる事もないし、客もまったく来ないし。暇だけど、時間の流れがすごくゆっくりで、この時間だけが私の日常の中で唯一安らげる場所のようにさえ感じる。流れる時間があまりにゆっくりすぎて、

「あれ、もう店閉めちゃうんですか?」

と、ついつい反射的に聞いてしまった時も、月島さんは苦笑いしていた。


  そうそう、そんな月島さんも、レコードの話をしている時だけは、まるでスポットライトを当てられたミッチーのように輝き出す。ビルなんたらが80年代で、アンダーなんたらがスタービングで…まあ、とにかく話している9割以上が意味の分からない単語だけれど、とにかくレコードが好きなんだろうな、という事くらいは分かる。



「青色の日が続いたからな…」

  ある雨の日の閉店間際、月島さんが窓の外を眺めながらポツリと呟いた。

あまりにも小さな声だったので、

「どうかしたんですか?」

  と、整理していた本を置いて尋ねると、

「うん。実は月見古書、今日で店じまいにしようと思ってるんだ。今日まで本当にありがとう」

と、振り返って笑った。蒸し暑い梅雨の雨を背に、月島さんはフフフフ笑っていた。

  ちょっとキモかった。





  それから一週間後、私は月見古書のその後が気になって、買い物のついでに様子を見に行った。一週間前までは毎日通っていた道なのに、並木通りの風景も、魚屋の生臭い匂いも、もうすっかり懐かしく感じるから不思議だ。もしかしたら、月見古書も私がまったく知らないようなものに変わってしまってるんじゃないかと少し不安に思ったが、実際見てみると特に変化はなかった。

  

  違うといえば、ドアの横に『月見レコード開店大セール』という手書きの看板が、まるで店じまいセールのように、しょんぼりと立て掛けられているくらいだ。

  作るモノには作った人間の雰囲気がこうもにじみ出るものなんだな、と関心していると、大きな段ボールを抱えた月島さんが鼻歌混じりにひょっこりと現れた。


「その鼻歌、もしかして自作ですか?」

「はっはっは、そうそう。最近ハマってるんだよ」


  月島さんは段ボールを足元に置くと、しょんぼりした看板の頭をポンポンと叩いた。

「実はさ、人手不足で困ってるんだよ。うちでバイトしないかい?」

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