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この乙女ゲーの中では薔薇の紋章を持つ貴族――御三家がいる。私は赤薔薇、キルヒアイスが黄薔薇、もう一つ青薔薇の紋章を受け継ぐ貴族がいる。貴族の中でも高位に位置する御三家だ。その貴族の紋章が入った服を売れば、そこら辺の職人が作った服と比べても、その紋が入っているだけでブランドイメージが段違いになる。
貴族に憧れない女の子がいるだろうか――まあ、いるだろうけど。
それなりに効果はあるはずだ。
ただ――悪いイメージがつけば終わりなので、それが怖かった。
ファッションは流行り廃りの世界だから、流行りすぎるとすぐに飽きが来て、「そんなブランドまだ使っているの」とか言われるのは眼に見えているし、粗悪なものを乱発したら品質が悪いといわれる。
前世でも聞いたこともある。
地球では日常茶飯事の言葉だ。
そうなると、ブランドイメージを決める決定打が欲しいところだ。その決定打は分かっているけど、分かっているだけでは手に入らないものだった。
……よし、やろう。
女は度胸、男は愛嬌だ。
とにかく動いて動いて、欲しいものを手に入れよう。
「なるほど、貴族の名を借りるのですね。虎の威を借る狐ですね。さすがです、お嬢様」
「……すごい印象が悪いんだけど」
「あと、忘れていけないのは作業員の増い……」
「あとさ、紋章を入れるとして、レースの模様って気を使っていた?」
「いや、そんなことより増員を」
アルスをその場で四つん這いにさせて、背中に乗った。背中に尻肉の柔らかさを存分に味わうが良い……。
「お前、奴隷の分際で話を無視して……そんなに椅子にして貰いたいのか? ちょうど館の中に椅子が無いって思っていたんだけど、飯のときに座ってやろうか?」
背中に全体重をかけてやった。
たまに主従関係を思い出させてやろう。
「すみません。お嬢様、今日も残業三昧で心が洗われるようです! そしてお嬢様の全体重を支えられて、私はとても幸福です! 本当に幸福なので許してください!」
「よろしい。……まあ、可哀想だから増員はしてやるけど、とりあえず私の話を聞きなさい」
「百合はどんなイメージ?」
「えーと、女×女ですね」
そういうことではない。
「……男らしさ、権力の象徴です。模様の話をしているんだからね」両性的と言う意味もあるけど、分かりづらくなるので省く。
「ほうほう、となると薔薇は何なんでしょうか?」
「美しさと、それを覆い隠すミステリアスな雰囲気。茨が花を護り、花弁は複雑かつ巻いているようにみえるからそういうイメージが出来ているのよ」
「へー」
話し聞いているのかこの猫男は……。
「とにかく……アルスには芸術のイロハが無いわね……残念だけど。商売の相手は服装に金をかけられるそれなりの金持ちだから、デザインは抑えておきたいところよね。とかくネットやゲームを含めて娯楽の少ない時代において、芸術は娯楽の一種ともいえるわ。買い手はそれなりの素養を持っていると思わないとね」
「そ、そんな事いわれても、いつも同じ紋様で作っていましたから(というかゲームとネットって何だ?)」
「それが駄目なの。いま言ったモチーフを知っているだけでも、今後その模様を見たら、作り手の意図が分かるでしょ。模様に物語が生まれるわけ。ただ美しいだけじゃ、少し足りないわよね」
「そんなことを言われても、すぐに対応できませんよー」
そりゃそうだ。
明日から画家になれと言われて、なれる人間がいるはずが無い。
「それに、服をごちゃごちゃ装飾しても色々詰め込み過ぎになりますよ。何が言いたいか分からなくなりますよ」
「それはそうよ。私が模様で物語を作れっていうのはね。部屋のカーテンのことよ」
「……ほお、カーテンですか。大きいから表現しやすいですね。それに視界は遮れるけど、光を通すことが出来るから良いかも知れませんね」
少し納得したようだ。
この世界を色々観察していて、私は職人が男ばかりしかいないのに目をつけていた。
乙女ゲーなので女が少ないためかもしれないけど、中世がモチーフのため女性が社会進出していない設定になっていると言ったところだろう。
つまり、デザインなどに女性目線の考えが含まれていないと、私は仮定した。仮定したと言うのも、元々は女性向けのゲームなのだから、その考えは裏目に出る可能性もあった。だから、時間をかけていろいろな場所を巡ってこの世界のことを調査した。
うん……いける。と私は思った。
地球では歴史においてロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックと時代を経るごとに様式が変わっていった。当然、「これはバロック様式だ!」と思って、芸術を作ったわけではなく、後世の人たちが名前をつけただけだ。
で、バロックの後にはロココという時代があった。
何故、私がそれに着目したかと言うと、それは女性が主動で作られた時代だからだ。
曲線的であり繊細、モチーフとして水が多用されて、婦人部屋に革命をもたらしたとされる。そしてロココは中国趣味が流行った時期でもある。
そしてその後に日本趣味が流行るのは良く知られている。どちらも西洋から遥か彼方の国、おとぎの国のようなイメージがあったと言われている。
デザインの展開としても、私の得意分野の日本への道が広がるので、まずロココは成功させたいところだ。大丈夫だ……地球をモデルに作られたゲームの世界なら絶対に成功するはずだ。
でも、私には芸術的な才能は無い。
決定打なのは分かるけど、決定打にできない由縁だ。
「はー、どこかに女の子で芸術的才能に溢れる人がいないかなー」
と、二人で溜息をついていると、庭を黒い猫が横切った。
見覚えのある美しい黒猫――トトだ。
乙女ゲーの主人公の愛猫だった。