参
本読んでいるからか、美雪はそこそこ頭がいいけど、サヤは美雪よりも頭が良いようだった。
子供のころから自作ゲームを作り、その他にも色々な物に興味を持って取り組んだため、勉強だけではなくアウトドア的なもの、パソコンも舌を巻くほど詳しかった。
ただ、ゲームの資料集めは美雪に頼んでいたようで、それが後々役に立つことになった。
俺たちが学業を終えて、働き出す頃には、国立大学の研究室でサヤは天才と呼ばれていたそうだ。
サヤが入ったのは科学の最先端であるVRの研究室だ。
ゆくゆくは教授になるとまで言われていた。
サヤは自作するほどゲームが好きだったので、ゲームでVRを実現したがっていた。
だけど、VRの主な使い道は軍事目的だった。
アメリカのシューティングゲームはFPSが主流だが、軍人を訓練する時にFPSが使われることがあった。
反射的に撃つように訓練することで、ためらいを無くすためだ。
FPSですら効果があるのだから、VRの効果は計り知れないものになるだろう。
だけどサヤの目的はあくまでもゲームでのVRの実現だった。
誰もがゲームに求めた技術だ。
夢の世界が5感全てで感じることができる。
それは、本当に居心地の良いものになるはずだった。
ある時、サヤは戻らなくなった。
俺と美雪は卒業後に結婚していたので、一緒に大学へ行った。
義父も連れて、大学の研究室へ行くと、狼狽している大学教授がいた。
「戻ってこない?」
「はい。ゲームの世界に閉じ込められているようです」
案の定、義父が教授を怒鳴り始めたが、付き合っていられないので、俺たちは眠っているサヤを見た。
筐体の中に入って、ヘッドギアをつけられており、栄養を送り込み、排泄を吸うようにチューブが繋がれていた。
眠り姫のようだった。
筐体の外側にあるモニターを見ると、サヤは男と連れ歩いて幸せそうだった。
「原因は分かるんですか?」
「……おそらく、本人の意思です。それ以外に考えられません」
ゲームに入っている間は、全てを操作する力を有して入るそうだ。
脱出できなくなったのは、彼女の意思ということだった。
その日から、何日も経ち、色々と救出活動が行われたが、結果はまったく出なかった。
まず初めに、ゲーム内にあるキャラクターを操作しないと、サヤにばれてすぐに排除されることがわかった。
次に、既存のキャラクターを操作すると、記憶障害が起きることがわかった。
そのうち、サヤの記憶はすでに無くなっていると判断された。
ある時、美雪と教授が会話していた。
「あの世界に、まったく違和感がなくなっているようだ」
「違和感が……」
「記憶を失った彼女は、あの世界を嘘の世界と思っていない――だから、あの世界に違和感を植えつければ、考え始めるはずだ。そうすれば、あの世界から出たいと思うはずだ」
「強制的には連れて来られないのですか?」
「あの世界はサヤのものだから、力づくでは――力ではね退けられてしまう」
事実、色んな人が何度かサヤを連れ戻そうと、VRに入ったが力で排除された。
それに辿り着く前に記憶が混濁してしまい、サヤと出会う前に脱落する人も多かった。
試行錯誤の末に、記憶を消すことによる、記憶障害の予防が発見された。
同時に体験していない記憶は残せることも分かったので、強制的に連れ去ることは止めになり、サヤに違和感を植えつける方法が取られた。
それは、世界を成長させると言う手段だった。
予定外の成長は、全ての歯車を加速させて、狂わせると予想された。
だけど、サヤを連れ戻るのはどうしたらいいのだろうか?
記憶が無くなれば、帰り方が分からなくなるのでは?
その疑問を解消するため、教授はゲームのとある場所に帰るための扉を何とか作った。
人目に外れた場所に作られたのは、サヤに気付かれないようにするためだ。
苦労して作ったのに壊されたのでは意味が無い。
あの世界は作られた場所以外は行けなくなっているので、世界に疑問を抱きさえすれば、必ず探索して見つけることができると主張していた。
「私が行きます」
美雪が言い出したときは驚いた。
「姉の私が行けば、今までとは違う成果が出るかもしれない。それに、私はやり慣れたゲームだから他の人より上手くできるわ。ドット絵の頃からやっているんだから、絶対に上手くやれる」
「そんなの、危険じゃないか」
「百も承知よ。でも、私は沙耶の笑顔をもう一度見たいの」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫。ただ――私が帰れなかったら」
あなたが助けに来てね。
最後まで反対したが、美雪は行ってしまった。
そして、彼女は沙耶と同じように眠ってしまった。
やはり、記憶無しでは成功は難しかったのだろう。
しばらくして、今までとは違う成果が出た。
美雪が行ってから、数度目のループを繰り返して、美雪は見知らぬ少年を産みだした。
芸術と呼ばれる少年だった。
突如、現れたので産んだと言ったほうがいいだろう。
俺たちは結婚してから、まだ子どもができていなかったので、美雪は口癖のように「子どもが欲しい」と言っていた。
その願望が、アルスという形であらわれた。
その少年は色々な知識を吸収して、すぐにサヤを脅かすまでの優秀な人物となった。
腹立つことに、美雪が添い寝で色々と教えていて、成果がでているようだった。
そして、初めて別の結果が出た。
美雪が世界をかき乱して、アルスがそれに拍車をかけた。
そのため、青薔薇の攻略対象者はあの世界が偽物なのに気付いておかしくなった。
すると、サヤがその男を消失させて、新しく世界を創め直した。
サヤは自分で世界を操作することができた。
彼女があの世界が偽物と自覚すれば戻って来られるのは間違いなかった。
俺は決意した。
その頃には、記憶操作も精度が高くなり、少しだけなら記憶を持っていけるようにもなっていた。
「前までと違うのは、あのアルスと呼ばれる少年の存在ですね」
「たしかに、美雪君が伝えたことを全て吸収して、それを美雪君以上に自由に使っている。それに、サヤ君の魅力がまったく効かない」
「あの少年ならサヤを救うことができる。俺は美雪を救出しに行きます。あの少年に全てを任せても大丈夫なはずです」
美雪がVRには行ってから数ヶ月が経とうとしていた。
すぐに救出へ行く必要があった。
美雪は頭痛の発作が出ていないが、長い時間潜ってしまっているので、いつ記憶障害が起きてもおかしくなかった。
「大丈夫かね」
「俺は彼女に一目惚れして、結婚したんだ。あの世界に行っても、一目惚れすると思いますよ。その人を連れてくればいい――簡単ですよ」
こうして俺はヴィクター・バデノックとなった。
せめてのもの抵抗として、名前は姓有りとして、誰かが違和感を持ってくれるように祈った。
あまり意味が無かったけどね。
そして、俺は美雪を見つけた。
美雪と俺はリハビリを続けて、サヤの帰りを待った。
失われた記憶も徐々に戻り、生活に支障をきたすことも無くなった。
モニターで見るとアルスは約束通り、サヤに違和感を持たせるために、予定調和外の行動をした。
一緒に行動している雌猫たちやオーリが四苦八苦しているけど、次々と成し遂げたことは痛快だった。
教授は色々と心配をしていたけど、俺たちは何も心配していなかった。
数ヵ月後、サヤは戻ってきた。
アルスは約束を守った。




