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 財産難に見舞われている赤薔薇の館をレース工場として商売を始めて、しばらく間、商売は軌道に乗っていた。館の庭にある桜が咲き、桃色の吹雪として散った。この世界に来てから、1ヶ月が経とうとしていた。


 いまだ、従業員1名。


 猫耳と尻尾に愛嬌のあるウェアキャットのアルスは執事兼従業員(奴隷)という過酷な仕事を嬉々としてこなしていた。

 本当に使える男の子だ。太陽がある頃は職人として働き、寝る頃には抱き枕と化す、しかも美少年で銀色の毛並みをしている。

 孤軍奮闘の活躍と言える。

 365日、24時間労働を難なくこなそうとしている。

 労働者(奴隷)の鑑だ。

 そのアルスの奮闘のお陰で、レース生地は飛ぶように売れていた。

 だけど、予想外の出来事が起こった。


「他の服飾系の店舗に、レース生地の技術を盗まれました」


 レース生地はお姫様が愛用したため、すぐに流行に乗ったけど、しょせんは従業員一名の出来立てホヤホヤ赤ん坊服屋だ。他のライバル店に技術を盗まれてしまい、従業員の数の差もあり生産は滞り、客足は遠のきつつあった。

 さすがの対応能力と言って良いだろう。技術は盗み盗まれ、先鋭化していく、それは分かっているけど盗まれて気分が良いものではない。それに、盗まれることを続けていたら、いつかアイディア不足で追い詰められてしまうかも知れない。


 なにか対策を立てなければ――。

 そうして……数日が経過した。


 その日は宣伝のために社交界に参加して、夜更けに私は帰宅した。

 アルスが扉をあけて迎え入れて、「お風呂の準備は出来ました」と言った。

 私は元々日本人なので、やはり風呂は湯船に限る。

 私は風呂場の鏡の前で服を脱ぎ、結い上げた髪を下ろした途端に髪粉が舞い散り、少し咳き込んでしまった。鏡に映る髪の色は髪粉で真っ白だ。

 モーツァルトやマリー・アントワネットの肖像画で見たことがあるがまさか自分でやるとは思わなかった。

 白い髪粉の正体は、小麦粉だ。

 マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言った醜聞が流された時に、とうのマリーも含めて上流階級の人たちは小麦粉をつけてお洒落をしていた訳だ。

 アホらしくて乾いた笑いしか出てこなかった。


 湯船に入る前に体の汚れを落としてから湯に浸かった。指先まで温まり、肌が桜色になった。肩まで浸かってから気付いたが、アルスが気を使って湯に香水をたらしたようだ。

 これは――スターアニスの匂いだ。

 アジアが原産のはずだが、中世の西洋を模したこの国でも使われているようだ。心地よく爽やかな匂いが、嗅覚から全身をほぐしてくれるようだ。

 私は上がる前に湯船の上湯を取って捨て、寝巻きに着替えた。

 館の廊下は寒く、火照りが蒸気となった。

 歩く足音がこだまする。

 使用人たちが金目のものを盗んでから、館内は家具が無いためか音が反響するようになった。そのせいで夜の館の中は、少し気味が悪かった。

 アルスに風呂からあがったのを告げると、すぐに銀色のウェアキャットは風呂へ直行した。猫の性質からか風呂嫌いなため、私が寝室でベッドを温めていると、すぐに寝室へ来る。

 寒いからという理由だけど、最近では夜の館が不気味なので寝ている。昔から怖いものは苦手だった。特に洋館となるとホラーの印象がある。


 ……決していかがわしい事はしていない。


 ただ、猫の毛並みとその温かさは、抱き枕に最適だった。最初の時のようにアルスも赤くもならないので、これが普通になってきた。モフモフしていると、すぐに睡魔がやってきた。


 朝を迎えると、アルスは寝息を立てていたので起こして、私は料理、アルスは清掃を、終わりしだい仕事へ取り掛かる。キッチンへ行くとスターアニスが置いてあったので、時間はかかるがスターアニス入り羊のクリーム煮を作った。あとは買ってあったパンとバターで朝食だ。

 ダイニングに鍋を運び、紙の上にパンを置いた。

 そう――いまだ家具は買い揃えていなかった。

 なので、鍋もお玉で交互にすくって食べるという悲しい光景がそこには広がっていた。

「美味しいです」

 飯は美味いが、その他が駄目だった。


 これもそれも、技術を盗まれたせいだ。

 すぐに盗まれなければ、金にも余裕があったんだ。


 なので、朝から私が色々考えたことを発表することにした。

 だけど、アルスに先手を打たれた。

「従業員を増やしてください」

 アルスからの当然の懇願だった。

 だが、私にも事情がある。


 増やそうにも腕の良い職人(ただしイケメンに限る)はそう簡単には見つからない。


「従業員を増やしてください」

 私はアルスの提案を無視した。

「……最近色々考えていたんだ。本当はあまり使いたく無かったけど、商品に赤薔薇の紋章をつけましょう」

 最初の案は、商品のブランド化だった。

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